The little evil of the underground waterway 中編
リチャードは会社の用具庫から対ガス系ドラゴン用マスクとローブ、ほうき、そして不衛生な場所を探ることは分かっていたので、ゴム手袋を取り出した。
ローブを着ると、いよいよ臨戦態勢という感じがして、より一層気持ちが入る。
リチャードは、路地裏や側溝、ゴミ捨て場などを片っ端から探索した。
彼らのいる場所を特定できているわけではない。
だが、傾向からあの小さなドラゴン達は不衛生な場所を好むことも分かっていた。
特徴的なのは匂いだったが、リチャードくらいしか出歩いていない今のロンドンでは、それ以上に頼りになるのは音だろう。
歩きつつも耳をよく澄ます。自分の足音以外、小動物の走る音や、あの特徴的な鳴き声が聞こえたら、そこにやつらはいるはずだ。
耳を澄まし続けて、ちょうど奥が突き当たりのT字路に差しかかろうというその時だった。
「キュピ」
「!」
この耳が確かに、探していた鳴き声を捉えた。
周辺を探すと、T字路の突き当たりの側溝の床に、足跡を見つける。
小さく、ネズミのような足跡だ。
しかし、爪先が二又に分かれたY字のような形になっている──この足跡の主はネズミではない。リチャードは足跡の進行方向へと追跡を開始する。
しばらく足跡を辿ると、突然直進路にも関わらず、足跡が曲がってしまう。
「直進路を曲がった?どうなってるんだ?」
リチャードは側溝をよーく見てみる。すると、側溝には道路側に小さな穴が空いていた。亀裂が広がったような穴で、人工的に作られたものとは思えない。
しかも、この幅では恐らくここはネズミでも通り抜けられない。
だが──
「ドラゴンなら可能ってことか……」
リチャードはそう勘づくと、回り道をして地下水道へと潜入していく。
地下水道の治安は悪く、人目につかないことや、密閉された空間ということも重なり、この空間はドラゴン、それもガス系ドラゴンの巣窟となっていることも珍しくない。
地下水道では、閉じられた空間にリチャードの足音と水の流れる音が大きく響き渡る。
リチャードはそこでも音を頼りにする。さっきの街人から隔絶された地上よりも音のないはずの世界。
音がなれば、それは大抵ドラゴンだ。
カツン……カツン……カツン……キュピ
左手の方向の奥から声が聞こえた。
"やつ"がいる。
暗い地下水道を杖のぼんやりとした灯りが照らす。
灯りに反応したのか、カサカサとした音が大きくなる。
「キュピ……キュピ……キュピィ」
小さいが、間違いなくやつの声が聞こえる。
しかも一つだと思った鳴き声が、反響しているわけでもないのに、複数方向から聞こえる。
いつの間にか自分が進んできた方向からも声が聞こえるようになってきた。
リチャードは自分が包囲されているという確証はないが、確信があった。
背後からやつらのうちの一匹がリチャードに不意打ちを仕掛ける。
リチャードは振り向き様に光線を放つと、見事不意打ちを企んだ目的個体に命中した。
ビチャン
地下水がチョロチョロと流れる地面に叩き伏せられたのは、昨日見かけたあの珍妙な生物だった。
「こいつ……。見ない生物だとは思ったけど、この事件はこいつが悪さをしてたのか……」
リチャードがそう呟いた時、包囲していた別の個体が一気にリチャードを攻め立てた。上から、背後から、足元から、大量のネズミのようなこのドラゴンがリチャードに対して攻撃を仕掛ける。
リチャードは光線を放ったり、魔法石に光を貯めた状態で杖を振り回すなどで、このドラゴンの攻撃を払い除けるが、そうしても有り余る数の暴力が、リチャードに襲いかかる。
ローブなどには、じわじわと齧り跡がつけられ、マスクもヒモが着実に消耗させられるなど、その効果は絶大だった。
リチャードがドラゴン達を振り払おうと体を揺らしていると、奥の方に動いていないドラゴンがいた。
これだけ他のドラゴンがリチャードに襲いかかってきているのに、あのドラゴンだけが動いていない。
リチャードは不可解に思い、ドラゴンを振り払いながら、その動かないドラゴンへ光線を撃つ。
光線は不動のドラゴン目掛けて一直線に進んだが、他のドラゴンが飛び出して、攻撃が不動のドラゴンに当たることを阻止した。
リチャードは、他のまとわりつくドラゴンのことを一旦無視して、不動のドラゴンを集中的に攻撃する。不自然に動かないあのドラゴンは、この集団において何らかの機能を持っている可能性が高い。
しかし、まとわりつく大量のドラゴンが、リチャードの体を揺らして、照準を定めさせない。
やっとの思いで光線が不動のドラゴンへ向かって行っても、その都度飛び出す別の個体がそれを許さない。
次にリチャードは、まとわりついてくるドラゴンを殲滅してから不動のドラゴンを倒すことに作戦を切り替えた。
魔法石にエネルギーを貯めて振り払う。
ドラゴン達は非力で、その一振で数匹が伸されてしまうのだが、いかんせん数が多い。
何匹倒しても手応えは薄く、魔法石の感触もない。
──使い捨てか。
そう考えた瞬間、リチャードはあの不動のドラゴンがボスであり、それ以外はボスを守るためだけに配置されていることを理解する。
どうにかして、ボスの守りを緩くしたい。
刹那、リチャードの頭にアイデアが浮かぶ。リチャードは魔法石を手で覆うと、魔法石に大量の魔力を貯めた。
魔力を大量に供給されながらも、発射されない事で、魔法石の放つ光は大きくなる。リチャードの指の隙間からは抑えられないほどの光が漏れ出ていた。
リチャードは手に、光エネルギーによる強烈な熱を感じていく。彼の左手は温度の上がり続ける灼熱の魔法石を、気合いのみで抑え続けていた。
リチャードはその間魔法を発することが出来ない。ドラゴン達は動きの止まっているリチャードに対して「今が攻め時」と言わんばかりに襲いかかってくる。
そして、リチャードは魔法石から目を逸らし、魔法石から左手を離した。
閃光が辺りを照らし、ドラゴン達は地下水道の暗闇が瞬間的な爆光にさらされたことで、視界を奪われてしまう。リチャードはその隙に不動のドラゴンの元へ駆け寄った。
不動のドラゴンは身を投げてでも自らを守れという命令が通らず困惑する。ただ、自分を守護する防御システムが崩壊したことを悟り、この場に留まることはできないと察した。
不動のドラゴンが無意識下にとった行動は逃走であった。
背後を見ずとも、後ろには自分にトドメを刺すことを使命とする暗殺者が迫ってきているのは、肌が感じさせていた。
逃げなくては──逃げろ逃げろ逃げろ。死にたくない死にたくない死にたくな……
生存本能に頭を支配された逃走劇は、あまりにも呆気なく終わる。
彼の身体は背中から、無作法に光線の侵入を許してしまう。光線はあっという間に、彼の腹を突き破って彼の体内から脱出、湿った地下水道の床に着弾した。体を撃ち抜かれた彼は、もう逃走を図ることは叶わなくなった。
リチャードは彼の体にサバイバルナイフを突き立てる。そして解体を始めた。生を忘れられない肉体の温かさが徐々に消えてゆく。やがてリチャードは小さな肉塊の中から、身の丈にあった大きさの石を取り出した。
ただの玄武岩のようにも見えるが、所々に紫紺の結晶が露出している。間違いなくこいつの魔法石だ。
ボスが討伐された途端に、他のドラゴン達は慌てて逃げ出した。中には自分がなにをすればいいのか分からず混乱しているものや、閃光の余韻がまだ抜けないもの、他のドラゴンに踏みつけられて動けなくなってしまったものなども散見された。
ただ一つ言えるのは、リチャードに対して立ち向かうドラゴンはもういなかった。
リチャードは魔法石を両手で包むと、意識を集中させる。




