You can't outrun the Cold 前編
トンブリッジで乗り換えて、リチャード一行はケント州のタンブリッジ・ウェルズ駅で降車した。
観光地ではあるものの、ホリデー期間でもないからか人通りはあまり見られない。歴史的建造物の立ち並ぶ景観を、彼ら一行は独り占めにできていた。
「綺麗な街だなぁ。なあ、プロ」
リチャードはプロに話しかける。
「リチャード、ここ……寒いぃ」
しかし、プロは体を震わせていた。寒すぎて、景観を気にしている余裕もないようだった。
「あー確かに、ロンドンよりは冷えるかもな」
「寒いぃ……」
「じゃあ……このローブでも羽織っておきな」
リチャードはプロに自分の羽織っていたローブをかけてあげる。ローブを羽織るとプロは少しだけ元気を取り戻した。
「リチャード……優しい」
その時、駅前の坂の上から少し強い風が吹き下ろしてきて、リチャードとプロは一瞬目を瞑る。
再び目を開けて空を見ると、北から黒い雲がこちらへ向かってきていた。
「寒いのは、風のせいかな」
リチャードはそんなことを呑気に考えていた。
しかし、雨が降るのであれば、なおさらプロの体を冷やすわけにもいかないので、どこか室内に留まろうと考えた。
「プロ、寒いでしょ?どこかで傘を買って、その後どこかお店に入れてもらおう」
リチャードが周辺のスーパーマーケットに入ろうとした時、リチャードの目の前になにか岩のようなものが落ちてきた。
「うわっ!危なっ!」
なにが起きたか分からなかったが、落ち着いてそれを見てみると大きな氷の塊だった。
人の頭かそれ以上くらいの大きさをしていて、こんなものが頭に当たっていたら、タダでは済まなかっただろう。
「プロ!追っ手がいる!この街は危険だ!」
リチャードがプロにそう話しかけようと振り向いた時、プロは胸元に剣を突きつけられていた。あと少しでも彼が彼女の方へ剣を押してしまえば、人間の子どもの体であるプロの胸は、簡単に貫けてしまうのではないかという危うさがあった。
そして、その剣を突きつけていたのは、白いマントに白銀の鎧を纏った騎士。その姿はあまりにも白く、新雪のように美しい。
「目標補足。リチャード・オブライエンと……」
騎士は突きつけていた切っ先を、プロの胸に押し当てて、なぞる。
「ひやあぁ……ぁぁ……」
剣の刃が彼女の血によって染まり、プロは痛みから声をあげる。
彼女の胸の骨の奥が、ほんの僅かに光を放っていた。
人間の体は胸元に発光する器官を持たないことから、この奥に魔法石があることは一目瞭然。同時に、証明でもあった。
「対象。ドラゴン個体であることを確認」
白銀の騎士は、冷淡にそのことを報告する。
残忍なことをしているのだが、そこに特別大きな感情などは持ち合わせていない。ただ彼は、任務を全うしているに過ぎなかった。
「プ、プロ──」
「動くな。リチャード・オブライエン」
声は透き通っているが、冷たく鋭い印象を与える。
その声に気圧されて、リチャードは凍てつかされたように動けなくなる。
動揺の中でリチャードの目に止まったのは、彼のマントの留め具だった。
ドラゴンの頭と剣に、王冠の縁どりのエンブレムがあしらわれていて、そのマークにリチャードは見覚えがある。いや、このイングランドに住まう者ならば、見覚えがないという選択肢は用意されていない。
なぜなら、その機関はイングランドにおける対ドラゴンの最高戦力──
「王立……ドラゴン討伐院……」
リチャードは、自分の追っ手の格に震え上がる。
このような強大な組織を前にしたなら、撒いたら上出来だ。
震えながらもリチャードは杖に力を込める。
「こっ、黒煙!」
リチャードは怯みながらも指示を出す。だが、杖は応じない。
「えっ……なんで……」
杖に問いかけても、杖から返事は返ってこない。
その場にあったのは、リチャードが国家に逆らったという現実のみだった。
「ああ……ああぁ……」
剣の切っ先が凍りついていく、そして──
「アウッ──」
魔法石に剣が干渉したのか、プロは魔法にかけられた眠り姫のように気絶した。
「プロ!」
白銀の騎士は動かなくなったプロを置くと、ゆっくりと、一歩ずつ、リチャードへと近寄ってくる。
「もっ……申し訳ありません!どうか!お慈悲をください!どうか、プロを殺さないで!」
リチャードは頭を下げた。逃走者、魔法使い、ロンドン市民、その場に限りそれらのプライドは一切捨てた。
だが、騎士は歩み寄るのをやめない。リチャードはまだ死ぬ覚悟やプロを失う覚悟など用意できようもないので、必死に頭を下げる他なかった。
一切表情のブレない騎士によって、剣が振り上げられる。
刹那、強い風が通りをすり抜けた。気がつけば空はどんよりとした雲が覆い、パラパラと雨が降り出した。
振り下ろされた剣は、リチャードの横へ突き立てられていた。
「討伐対象。妨害により、変更」
「……へ?」
リチャードが顔を上げると、騎士の顔はリチャードを見ていない。坂の上からこちらに向かって歩いてくる人間がいて、騎士はその人物を捉えていた。
そして、その視線に釣られるようにリチャードも目を坂の方へ向けていく。
その人物にリチャードは驚きを隠せなかった。
「ロイヤーくん!?なんで!?」
「奇遇ですねぇリチャードくん。外回りをしていたら、虐められているリチャードくんが目に入っちゃって、つい手を出してしまいました」
「ロイヤーくん、逃げて!こいつはロイヤーくんでも敵わないかも──」
「逃げるのはあなたですよ、リチャードくん。この間僕が、人には得手不得手があると言ったこと、覚えていますか?」
「……それでも──」
「僕の得意分野は……」
ロイヤーが杖を構えると、雨がより一層強くなる。
「最前線で、戦うことです!」
杖を振るうと空気の刃が形成され、それが騎士を目掛けて飛んでいく。
しかし、騎士が剣を一振すると、その刃は騎士に届く前に無数の六花に変換され、地に落ちてしまう。
その挙動はまるで、騎士の周りだけが気温が何度も低いような異様なものだった。
「その鎧、剣、なによりその魔法石……あなたが、討伐院のエース……コーディー・E・フロストベル」
「ならば、なんだと言うんだ」
「お会いできて光栄というだけですよ。こんな……雨模様じゃなければですが」
煽り合いの後、ロイヤーは距離を一気に詰める。魔法の杖の先では空気が渦巻いて、刀身のように振る舞う。
コーディーは剣でその攻撃を受けようとしたが、即座に身を交わす。
「実体がないのに、力がある」
空気の刃には実体がない。故に鍔迫り合いが発生しない。コーディーは情報をアップデートする。
そして、剣をもう一度振った。攻撃は空振りに終わるも、真骨頂はそこではない。
ロイヤーの風の剣も、先程の空気の刃のように凍てつき出す。これは物理法則ではない。常識では考えにくいが、魔力そのものが凍らされている。そのため、風の剣はたちまちその気流を凍結させられてしまったのだった。
「クッ!リチャードくん!早く逃げてください!」
「ロイヤーくん…………ありがとう!」
リチャードはプロを起こしに駆け寄る。その間ロイヤーは、強大なコーディーを相手に果敢に攻撃を行い続ける。
「分からない」
「どうしたんですか?悩み事なら聞きますよ?」
「なぜ戦う」
「…………」
「答えたくないならば、それでいい」
「……知りたいんです。彼が……リチャードくんが、ドラゴンに優しくできる理由を」
辺りには冷えた嵐の風切り音が響いた。
「ロンドンに住んでいれば、ドラゴンが憎くて仕方がないはずなんです。僕もリチャードくんも、そんな街で生きてきました……だから分からないんです!リチャードくんが、ドラゴンと楽しそうに喋れるのか!」
「それが、私と戦う理由?」
「……なんだこのわからず屋。僕がっ、戦う理由はっ!リチャードくんのことが──」
その瞬間、嵐の轟音がすべてを飲み込んだ。
ロイヤーは己の魂を叫びに変えて宣言したが、嵐の轟音がその声を阻む。コーディーにはその言葉の先が聞こえていたようだが、生憎彼の凍てついたような鉄仮面は、動じることを知らなかった。
次の瞬間、ロイヤーは凍てついた杖先をコーディーに突き出し、決死の攻撃を仕掛けた。
しかし、その攻撃が不発に終わると、コーディーはその隙を見逃さず剣を振るった。
その一撃はロイヤーに命中し、コンクリートの路面と剣、そしてコーディーの白銀の鎧に深紅が飛び散る。ロイヤーはこの勝負において、致命的な傷を負った。
「ロ、ロイヤーくん!」
プロを起こしたリチャードは、眼前に広がるショッキングな光景を前に、思わず彼の名前を叫んだ。
そして、その時プロはまだ目を覚まさない。




