リチャードとランチを食べそびれた日 後編
ドラゴンの食欲とは恐ろしいものだ。
繁華街のハズレにあるハンバーガーショップの一席。そこでランチをする二人。だがリチャードの手は止まっていた。あまりにもガツガツと食べる様を見て、リチャードはドン引きしていたのだ。
机の上にはありえない量のハンバーガーとフライが並んでおり、オープンキッチンでは料理人が忙しなく職務を全うしていた。
「あの⋯それ好き?」
「フき!」
威勢よく彼女が答える。
「そっか⋯」
リチャードは呆れるしかなかった。
「ねえ、まだ食べるの?」
「もっと!」
「まだ食べるんだ⋯」
リチャードは確かに腹は減っているのだが、財布の中を確認して、もう資金に余裕が無いことを考えると、とても食が進まなかった。
しまいには自分の持っていたハンバーガーを少女に差し出す。
「これ、あげるよ。お腹すいてないし」
「いいの!」
「お食べ」
少女は目を輝かせてハンバーガーを手に取ると、少女の容姿に似合わない大口で、あっという間にハンバーガーを食べきってしまう。
「こりゃあとんでもないものと出くわしちゃったなぁ⋯」
リチャードがボヤく。だが、少女はそんなリチャードの心配事な知る由もなく、嬉しそうにハンバーガーを貪り食っていた。
「そういえば、君は名前はあるの?なんて呼べばいいか分からないし」
リチャードが尋ねる。
「名前?美味しい?」
「⋯美味しくないよ。君がなんて呼ばれてるかだもん」
「っ!プロ!みんなあたしのことプロ!」
「プロ⋯へぇ、素敵な名前だね」
リチャードはにこやかに返す。プロはそれがとてつもなく嬉しかったのか大声で喜びだしてしまう。
「あたしプロ!プロ!!!」
「ちょっ、落ち着いて!」
周囲の客の視線が少女に向けられるが、リチャードがプロを抑えると、人々は再び日常へ回帰していく。
気がつけば空が橙色に染まり出していた。もうすぐ夜がくる。
「満足!美味しい!リチャード優しい!」
腹が膨れてご満悦なプロがリチャードに感謝を述べる。リチャードは、机の上に散らかっていたハンバーガーやフライの包み紙を片付けていた。
充分腹が膨れたようだが、その代償は重い。しかし、リチャードは人を喜ばせるという経験に乏しかった。叱られてばかりの毎日だったので、彼女の笑顔がささやかなご褒美だろう。
だが、次の瞬間その平穏が終わった。
二人がハンバーガーショップを後にするのと同時に、黒いローブを着た長身の男性が、カランコロンと入店の鈴を鳴らす。
「すみませぇぇん。このお店にぃ⋯ドラゴンがぁ、来ませんでしたかぁ?」
店内をゆっくりと見回しながら彼は店主に尋ねる。
「ドラゴンがハンバーガーショップに?面白い冗談ですねぇ。そんな庶民的なドラゴンが居るはずないでしょう」
店主が笑いながら返答する。
「それがぁ⋯いるんですよぉ。庶民的でぇ⋯明るくてぇ⋯⋯"女の子"の見た目をした⋯ドラゴンがぁ」
言葉を放った時に、男は窓の外に目的物を発見する。
次第に血色の悪い顔が歪んでゆく。口角を上げながら、男は言葉を発する。
「⋯みィつけたぁ」
それまでのスローモーションが一転、彼は店を勢いよく飛び出すと、あまりにも素早い手つきで懐から杖を取り出して構えた。
魔力が杖の先に付いている宝石に充填され、宝石は紫色に発光した。
次の瞬間、宝石のエネルギーが一直線に解き放たれる。その先にいたのは、リチャードとプロの二人だった。
光線は一瞬で目的物の肩に直撃した。
「ガッ!」
突然プロが肩を押さえてうずくまる。
リチャードには何が起きたか分からなかった。
プロの肩を見ると、銃で撃たれたような跡と、出血が確認できる。
「何っ!?どうしたのっ!?」
リチャードは突然プロが倒れたことに動揺する。
「あれれぇ〜。魔法使いぃさんじゃ〜ん。危ないですよぉ〜。その子ぉ、"ドラゴン"ですよぉ〜」
男が杖の先に付いている宝石を撫でながら、二人に近寄ってくる。
最悪だ。同業者、しかもプロの正体を知っている。
「私はぁ。"魔法使い"のぉ⋯モーリスぅ・ブラウン〜・ジュニアですぅ。私達はぁ⋯同じぃ、"魔法使い"ですよねぇ⋯。ここはぁ、協力してぇ、その子を捕まえましょ〜」
魔法使いの男はリチャードに呼びかける。
プロは肩の傷を再生させると男を睨む。リチャードに見せた警戒心のような睨み方ではない。憎悪から来る睨み方であり、因縁が透けて見える。
「ボサっとしてないでぇ。ほらぁ、こっちにぃ、その子をぉ、渡してくださぁい」
しかし、リチャードはなにもしない。
不思議に思ったローブの男が尋ねる。
「⋯なんでぇ⋯渡さないぃ⋯んですぅ?」
「こ、この子は⋯ドラゴンじゃない」
「とぼけないでぇ⋯くださいよぉ。肩のぉ、傷がぁ、塞がってるでしょおぉ。人ならぁ⋯そんなぁスピィドでぇ、治りませんよぉ?」
「違う!この子は⋯」
「はぁあぁ。君はぁ⋯"魔法使い"、失格ぅ⋯ですねぇ。めんどぉ⋯なのでぇ⋯私がぁ⋯処理ぃ⋯しちゃいますねぇ」
男は杖を構え、先をプロに向ける。
魔法石が紫の閃光を発生させ、プロは絶体絶命となる。
そして光線が放たれる。それと同時にリチャードがほうきと共にプロをすくい上げ、光線はプロの居た場所の道路に焦げ跡を作る。
「逃げよう!プロ!」
捕まるようにほうきを掴んでいたリチャードは、なんとか足をほうきの柄に引っ掛けて、またがる姿勢をとると、プロを後ろに乗せた。
後ろを確認すると先程の男がほうきにまたがり追いかけてきているのが見える。
「プロ、怪我はない?」
「平気!」
「良かった。じゃあ、最高速で飛ばすよ!」
そういうと、ほうきがさらに一段速度を上げる。
一方のローブの男も離されまいと速度を上げる。
「ドラゴンはぁ!この街をぉ!脅かす存在ぃ!殺さなきゃあ!ダメでしょお!!」
そういうと男は街中にも関わらず杖を構える。
光線が二人を襲うが、リチャードはなんとかほうきを操り、その光線を回避した。だが、ローブの男は不敵な笑みを浮かべる。
「その先はぁ⋯大通りぃ⋯かぁ」
リチャード達が入った先の大通りではオフィスビルが立ち並ぶ。ローブの男はニヤついたまま、ミラーガラスに向かって光線を何発も無造作放った。
光線はミラーガラスや別方向から向かってきた別の光線と衝突すると紫色の火花を散らして乱反射する。
いくつかの光線はエネルギーを消費しきって消えてゆくが、それでも次から次へと撃たれる光線が反射を繰り返しながらリチャード達を追い詰めていた。
その時だった。
「前!」
プロが叫ぶ。
リチャードが振り返ると進行方向には二階建てバスが停車していた。
「うわあああぁぁぁ!!!」
リチャードは絶叫する。そして、ここでミスが出てしまう。
リチャードは魔力を込めすぎて、ほうきが直角に上がっていくように急上昇。
ローブの男はその瞬間、ほうきに向かって光線を放ち、ほうきに命中した。ほうきは空を飛ぶ力を失い、リチャードはロンドンの夜空に投げ出された。
ほうきがないまま、空に投げ出されたリチャードは絶体絶命。
やはり自分ごときが他の魔法使いに勝てるわけがなかった。
死の間際、リチャードは魔法使いから逃走を図ったことやそこまでしておいてプロを守りきれなかった自分の力の無さを後悔する。
「プロ⋯ごめんな⋯。俺が弱いばっかりに⋯」
後悔と共に彼は目をつぶり、ロンドンの夜景が、重力を用いて彼を空から引き離していく──
だが、リチャードは死なない。
なにかがリチャードを受け止め、彼は一命を取り留めた。なにかが自分を抱えている。
リチャードが恐る恐る目を開ける。
そこに居たのは鱗で覆われた爬虫類のような皮膚を持つ大型の生物。ドラゴンだ。
自分を抱える腕の先を見ると、鋭利な爪と赤い鱗をまとった立派な手が存在感を放つ。
その手を見て、リチャードは気がつく。
「プロ⋯助けてくれた⋯のか?」
「バアウ、バウバアウ!」
リチャードにはドラゴンの言葉は理解できない。しかし、ほんのわずかに力の強まったリチャードを抱き抱える力から、強い想いのこもった唸り声だと分かる。
「⋯。ありがとなぁ⋯それより、あの男は?」
リチャードがその男の存在を思い出したと同時に、ローブをまとった男が飛行するドラゴンに光線を放つ。
「正体ぃ⋯表したなぁ!プロティアスぅ!」
その名前を聞いた瞬間に、リチャードも顔をギョッとさせてプロの顔を見る。
「おいぃ!三流魔法使ぁい、このぉ、ドラゴンがぁ、どれほどぉ、希少かぁ、分かっただろぉ?変幻ん⋯自在のぉ!伝説のドラゴンン!それがぁ!こいつぅ!」
「希少なドラゴンだからなんだ?人に危害を加えてないじゃないか!なぜ殺す必要がある!」
「なにもぉ⋯知らないのかぁ?三流魔法使ぁい。この魔法石はぁ、全部ぅ⋯ドラゴンからぁ!産出ぅ、されているぅ!」
ローブの男は自分の杖先に取り付けられた魔法石を指さしそう告げた。リチャードはその言葉を聞いて、さらに衝撃を受ける。だがローブの男は喋るのを辞めない。
「プロぉ⋯ティアスぅ⋯。フフフゥ⋯そいつの魔法石はぁ⋯何色ぉ、だろうなぁ⋯。見せろぉ⋯⋯見せろぉよぉ!」
「黙れ!」
リチャードは杖を構える。リチャードが魔法を撃とうとした瞬間──
「バウアアアウ!」
プロが大きな声で吠える。そして、ローブの男に向かって口から真っ青な炎を吐いて見せた。
「アハッ、その気にぃ⋯なったなぁ?」
男はアドレナリンが出ているのか、戦闘狂のような不気味な笑みを浮かべる。
「一撃でぇ⋯仕留めるぅ!プぅロぉティぃアぁスうぅぅ!」
殺意が魔法石に宿っていき、今までに見たことのない程に輝いてゆく。
彼の全てがこもった一撃が、プロを目掛けて射出された。
一方のプロも応戦し、大火球を男に対して放つ。
光線と火球が衝突すると、強い衝撃が伝わって、辺り一帯が震える。そして、空には青と紫の光が飛び散った。
「ママ見て!花火!」
街の人々は空に散乱する光に目を奪われた。その日のロンドンの夜は、まるで夜空が昼のように明るく、鮮やかだった。
「うわぁあぅああぁぁ!ほうきぃ!飛べぇ!飛べよぉ!」
そんな美しい空から、なにかが降ってくる。
焼け爛れた姿はローブを纏わずとも黒く焦げていて、一見誰だか判別もできそうにないが、焦りながらもあの特有の喋り方は健在だ。
だが、もう分かることはないだろう。闇夜と同化した彼は、ロンドンを代表する河川、テムズ川へと飛び込んだ。
一方の二人はまだロンドンの夜空の中にいた。
「綺麗だな⋯プロ」
「バアウ!」
「それにしてもプロがそんなすごいドラゴンだったなんて⋯俺、知らなかったよ」
「バウアウ!」
プロは少し誇らしげだ。
「なぁ、プロ。これからも二人で生きていかないか?このままドラゴンとして命を狙われ続けるのって、あんまりじゃないか?」
「バウゥ?バアァアウ⋯」
「違う。こんなことが言いたいんじゃない。俺、プロと離れるのが嫌なんだ。プロと過ごした今日が、本当に楽しくて、それと同じくらい⋯魔法使いに狙われて⋯プロを失うのが怖かったんだ⋯」
その時、プロがリチャードの頬を舐める。
「ちょっ、なんだよ急に!」
その後、プロは辺りを見回すと、急激に方向転換をして、急加速する。
「プ、プロ?⋯本当にどうしたんだよ!」
プロが降りたのは超高層ビルの上。
「ここ?ここが、どうかしたのか?プロ」
ドラゴンの姿をしたプロがスルスルと姿を変え、出会った頃の少女の姿に戻る。
「リチャード⋯優しい⋯美味しい。プロ、リチャード⋯優しい。プロ⋯ここ⋯楽しい」
リチャードはその言葉を聞くと、何も言わずに歩み寄り、プロを抱きしめる。
「ありがとう⋯プロ!」
ぐう〜
突如、大きな腹の虫が鳴る。
「お前また腹へったのか?」
「プロ疲れた。腹減った」
「しょうがない。どこか食べにいこう」
「美味しい?」
「美味しいよ」
「プロ嬉しい!」
そうすると、プロは再びドラゴンに変身し、ロンドンの夜空に繰り出す。
第一話【完】
1話を後編まで読んで頂きありがとうございます。
今回、他の連載作品の展開を考えている時にふと、頭に降ってきたアイデアをブラッシュアップして、投稿に漕ぎつけました。
読み切りにしたかったのですが、書きたいことが多く前後編で8000文字を超えてしまったので、やむを得ず2話構成にしました。せっかく連載になったので、今後の展開が思いついたりしたら、もしかしたらエピソードが追加されるかもしれないですね。
別の作品にも目を通してもらえるとありがたいです!




