人として 後編
「本当は、変身したくなかったんですよね?」
「いや……そんなことは…………そんな、ことは……」
ドラゴンは、自分の言葉に自信がなくなっていく。
「……あなたはロンドンよりも、自分の周りの環境を、守りたかったんじゃないですか?」
「……」
ドラゴンは目を伏せ、自分の胸の内を明かす。
「……守りたかった……です。会社も、部下とよく行くあの通りのカフェも……」
更に少し笑いながら、ドラゴンは続けた。
「僕を慕ってくれる部下も、なんでも流されて聞き入れてくれると思ってる社長も、書類整理が苦手な同僚も、クッキーを焼くのが上手い事務の女の子も……」
少し息を深く吸う。
「僕は……嫌われたくなかった。今の生活を、失いたく……なかった…………」
「言えたじゃないですか」
「…………見下しますか?僕のことを。この、汚らしい正体を……」
「どうして、見下すんですか?」
「え……」
ドラゴンはまたしても、彼に虚をつかれる。
「確かに、魔法使いは街を守ることが仕事です。でも……」
リチャードはドラゴンの困惑した瞳を見つめた。
「あなたは人として、自分の大切なものを見つけ、守ろうとした。それって……」
ドラゴンの視線は困惑してさらに揺らいだ。その言葉を告げるのはやめてほしいのに、どこかで欲しているような。そんな自分がいることに気がついていた。
『人として生きたってことじゃないですか』
ドラゴンは、喉から絞り出すように声を出した。
「それで……許されるんでしょうか……」
声は酷く震えていた。
「僕は、多くの仲間や街を……守れたのに、守らなかったんです……よ?」
「許されるかは……俺も分からないです。でも、」
リチャードは自信を持って口を開いた。
「それが間違いなら、俺は間違いの方が好きです」
空気が止まった。
「街よりも、自分の居場所を守ろうとした。それは、英雄のする選択じゃないかもしれない。それでも……人間の選択です」
ドラゴンは息を飲む。
「あなたは最期まで、人間だった」
ドラゴンは感情がじわりじわりと込み上げてきて、ついに溢れ出した。
それはまるで、自分の隠していた本性や心の枷が解かれたように。
「……僕は……僕はァ……守りたかった…………守りたかった!街も!みんなも!でも…………」
ドラゴンは途切れながらも、心境を言い表す言葉を紡いだ。
「嫌われるのが……怖かった……。今の生活を……壊したく…………なかった……。全部守りたかった……」
正義感はあったのだ。その正義感が彼を苦しめてしまった。リチャードは、どちらも守ろうとしたことや、それが叶わないことは、彼の独白から痛感していたので、彼にどんな言葉を与えたらいいかが分からなくなって、黙ることしかできなかった。
精神世界には、彼の苦しみや後悔が、叫びにならない叫びとして響いていた。
意識が戻ると、プロは少し不安そうな顔をしていた。
「リチャード……大丈夫?」
「なにが?」
「それ、泣いてた。リチャード……落ち込んでる?」
「大丈夫だよ。この人は、強い人だから」
「……わかった」
二人の何気ない会話の横で、宝石は艶やかに光を反射する。その輝きが、心なしか淀みなく見えたのは、果たして偶然か、必然か──
あれから数日。ロンドンからも死臭が消えて、連日報道を賑わせたあの大事件の傷も、次第に癒えていった。
魔法使いの死体処理に魔法使いを起用する倫理、非人道的な問題や、それに伴う大規模なストライキなどといった政府と魔法使い組合の軋轢も沈静化し、ロンドンには数日前までの日常が戻っている。
リチャードの我が家はというと、新たな魔法石が加わったことで、より活気に包まれていた。彼は名をアルというらしい。人間の世界に飛び込んで、最初に拾ってくれた人がそう名付けたらしい。
「リチャード!プロはすごい!」
「プロさん、なにが凄いのかを言わなければ、リチャードさんが困ってしまいますよ」
「もう一回、やってみようか」
「リチャード。プロは……話せる!すごい!」
「そうだね。初めて会った時から話せてるぞ」
アルがこの家に来てからというものの、プロは人間の文化や言語に強い興味を示し、勉強をしていた。
中々上手くいかないものの、楽しみながらめげずに挑戦を続けるプロを見ていると、自分も負けてられないという感情が、リチャードにもふつふつと湧いてくる。
一方のリチャードも好調だ。雷のドラゴンを討伐したのではないか。そんな噂が、都市伝説程度に騒がれている。
その甲斐あって、今や社内で彼を"落ちこぼれ"や"ダメなやつ"などと呼ぶ者はいなくなった。
ふと、アルがリチャードに話しかけてきた。
「プロさん、すごいんですよ?リチャードさんが外に出ている間、ずっと色んなことを聞いてくるんです」
「そうなんだ。本当に、人間の生活が好きなんだろうね」
「昔のがむしゃらに人になろうとしていた頃の僕を思い出します」
「うん。プロも楽しそうだし、アルも楽しそうなのが嬉しいな」
「僕も……ですか?」
「うん。心配だったんだよ。あんなに、人になりたい、ドラゴンになりたいって……」
「そ、その話は……。恥ずかしいので、しないでください……」
「照れないでよ〜。いい思い出話じゃん」
「私にとっては思い出したくないんです。人前であんなに取り乱してしまうなんて……らしくありません!」
少し間を置いてから、一息ついてアルがまた話し出す。
「もちろん、後悔はあるのです。『自分が変身していれば……』と、思わない訳ではありません。あの時僕は、選んだのではなく、選ばされてしまったのだと思います」
更に一息ついて、アルは宣言する。
「だから、あの子には……プロさんには、なにかを犠牲にしない人生を……送らせてあげたい」
リチャードはその力強い想いに、静かに首を縦に振る。
「リチャード!アル!二人だけずるい!プロも話す!」
「おお!プロ、今のいい感じだぞ!」
「ほんと?嬉しい!」
二人の想いなど彼女にとっては、見えない世界なのだろうか。この良くも悪くもマイペースな彼女だからこそ"守りたい"と感じさせるのだろう。
しばらくプロの勉強に付き合っていたその時。
コンコン──
扉をノックする音が聞こえた。
「お客さん?珍しいな、うちを訪ねるなんて……」
コンコン──
再びドアがノックされる。
「せっかちな人だなぁ……はーい!今いきますよ!プロ、お客さんかもしれないから、大人しくしてるんだよ?」
「うん」
プロの返事を確認すると、リチャードはそそくさと玄関へ向かった。
「はーい。どうかなさいました……か……」
扉の前に立っていたのは、丸みを帯びた帽子、きっちりとした黒い服を着こなす男たちだった。
そして、ロンドンに住む者ならば、この出で立ちには必ず見覚えがあるはずだ。
「こんにちは、リチャード・オブライエンさんで、よろしいですね?」
「は……はい……」
「ロンドン市警です。家宅捜査に参りました」
第九話【完】




