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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
17/24

人として 前編

「どうして……魔法使いから、魔法石が……」

 困惑を隠せないリチャード。だがそれも致し方ない。本来、魔法石はドラゴンから産出されるものである。遺体の中にあった事から、人が所持していた魔法石だとは考えにくい。

 色々と推理してみようかと思ったが、動揺からか思考が鈍る。

「あのー、どうかしたんですか?」

 さっきの清掃業者の男が、中々戻ってこないのでリチャードを呼びに来たようだ。

「あっ……ああ、すぐ行きます」

 リチャードは駆け足で、男の元へと向かった

「どうかしたんですか?……あっ、その……ご冥福をお祈りします」

 男は察したようにリチャードに告げた。

「ああ、その……少し、考え事をしてしまって……。お気になさらないでください」

 リチャードはその場を濁した。今は目の前の業務をこなす事が先だが、この仕事が終わったらこの魔法石と対話をしてみようと、リチャードは計画するのだった。


 遺体処理には、他の会社の魔法使いも駆り出されていた。

 ある者は鼻をつまんでいたり、ある者は「なぜ自分がこんなことを」と、文句を言っていたり、またある者は知人を見つけ、遺体を前に祈りを捧げていたりした。

 リチャードは、がむしゃらに遺体をブルーシートに運んだが──終わらない。

 数が多すぎる。

 リチャードが遺体を運んで、再び仮設の集積所に向かうと、一人の女性が胴体から上のない遺体の前で、祈りを捧げていた。リチャードはその女性に見覚えがあった。

「君は、ウィンブルドンの……」

 リチャードが助けた魔法使いの女性、イザベラだった。

「あなたは…………昨晩はありがとう。あなたは命の恩人よ」

 彼女は微笑みながらリチャードにお礼を言うのだが、どこかやつれているし、声にも覇気──というより、元気や生気と言ったものがないように感じる。

「その人、もしかして……いや……ごめん……」

「謝らないで。この仕事をやってたら、いつかこういうことが起きるかもって、覚悟はしてたから……」

 イザベラは強がってそんなことを言ってみたりした。だが、座り込みながら遺体を見つめていると、思い出話を始めた。

「この人はね……私のバディだったんだ……。私の二個上でね、お堅い人だったけど……ドラゴンを討伐しない日は、一緒にカフェでティーをご馳走してくれたり、意外と気前が良くて……。パソコンを使うのは下手だったけど、魔法の腕は……凄くて……。あの日も……あたしを逃がしてくれたの……。私はどんくさくて当たっちゃったけど……あなたが助けてくれた」

「……」

「この死体を見た時、スニーカーとミサンガですぐに分かった。『これ、彼の死体だ』って」

「そっか…………素敵な人……だったんだね」

 リチャードはしゅんとしつつも、素直に私の思った事を口に出して、亡き彼を称えた。

「知ってる?私のいるウィンブルドンね。魔法使い、今四人しかいないの」

「……え?」

「元々三十人くらい居たのに、昨日の一件で……私を入れて、四人しか連絡がつかないみたい」

「そんな……それで、運営できるの?」

「無理よ。ウィンブルドンは、あなたのところのヴァージルくんみたいな、一人で一年に三十匹討伐できる人なんていない小さな会社だもの」

「じゃあ……」

「だから、死体処理みたいな、小さな仕事で政府から補助金を貰うしか、方法はない。ウィンブルドンは、今生きてるみんなで死体の処理をしてるわ。今はエースも下っ端も関係なく……ね」

「そう……なんだ……。あー……俺にできることがあったら、なんでも言ってよ。君を助けたのも何かの縁かもしれないし、力になりたいんだ」

 イザベラは溢れかけた雫を拭う。

「ありがとう。その優しいところ、この人に似てて嫌いじゃないわ」

 亡骸を指しながら、イザベラがイタズラっぽく笑う。今度の笑みは少しだけ元気そうに見えた。リチャードは少しだけ照れる。ただ、彼女のそんな笑みを見れて、少しホッとし、そんな笑顔を引き出せたことを純粋に喜んだ。

「あなたのおかげで吹っ切れたわ。何度も助けられて……何かしてあげたいのはこっちの方よ。この仕事が終わったらお茶しましょ」

「いやぁ、さすがにこの匂いのままじゃ寄れないよ」

「それもそうね」

 リチャードは冗談っぽく笑いながら返答し、提案者であるイザベラも、それに同調する。

「仕事に戻ろう。このままじゃ、お茶どころかディナーにも間に合わないよ」

「そうね。私も、働かないと補助金に響くかもだし」

 二人は仕事に戻った。


 遺体の運搬作業が終わったのは、午後五時手前だった。

 魔法使いの死体の数は、ロンドンだけでも百を超えたらしく、かのドラゴンがいかに強力なドラゴンだったかが分かる。

「はぁ〜。くたびれたし、臭いし、もう二度とやりたくないや」

 リチャードは愚痴っぽく呟いて、家路についた。

 ほうきに乗っている間も、自分の衣服や肌からは、悪臭が漂ってきてうんざりする。

 少しでもそんな匂いがしないように、彼は普段よりも高速でほうきを飛ばしたのだった。

 彼が自宅に帰るやいなや「ただいま」すらも言わずにシャワールームへと直行した。

「リチャード?どうし……うえぇ……臭いぃ……」

 プロは普段と様子の違うリチャードを不思議がり、声をかけに行ったのだが、悪臭からなにかしらあったことを理解した。いや、理解できていないかもしれないが、彼女にとってそんなことはどうでもいいと思えるような悪臭だったのだ。

 しかし、プロはなにかに目をつける。それは、悪臭に抗ってでも彼女を惹きつけるほどのものだった。


 シャワールームで、リチャードは念入りに自分の体を洗う。

 ただの悪臭ですら不快感は尋常ではないが、その根源が同種族の死体となると、その嫌悪感は到底我慢できるものではない。

「リチャード!」

 プロがシャワールームの扉を勢いよく開く。

「キャアアアアア!」

 リチャードは大きな声を出してしまった。人は入浴中、なぜかそこが不可侵領域な気分になる。それが突然崩れると、人は皆動揺するのかもしれない。

「プロ!勝手に入ってきちゃダメだろ!」

 リチャードは前を隠しながらプロを叱る。しかし、プロにとってそんなことどうでも良いのか、自分の言いたいことだけを喋る。

「リチャードすごい!これ喋る!」

 プロはさっきまで履いていたリチャードのズボンを突き出す。

 洗い流した悪臭が再来し、リチャードは眉をひそめた。

「分かった!分かった。後で聞くから、一旦出てて」


 リチャードはシャワーを終えて服に着替える。

 プロに人間の常識を教えておかないと、将来的にマズいなと感じ、リチャードは教育の重要性について考えさせられた。

 脱衣所から出るやいなや、プロはリチャードにズボンの自慢がしたくて堪らないのか、あのズボンを持ったままソワソワしていた。

「ばっちいからずっと持ってちゃダメだぞ」

 リチャードはプロから服を取り上げた。

「酷い!リチャードいじわる!」

「いじわるじゃないです〜。これは元々俺のだし、汚れたから洗濯するの」

「ちーがーうー!しゃーべーるー!」

「喋るわけないだろ。ただのズボンだぞ?」

 リチャードが服を前に突き出した瞬間──リチャードは違和感を覚える。

 ポケットに重心があった気がした。そこでリチャードは思い出す。

「あっ、これだ!」

 ポケットの中には魔法石が入っていた。プロが反応していたのはこれだ。

 仕事の不快感から、この魔法石のことをすっかりと忘れてしまっていた。

「あー!喋る〜!」

 プロは喋るものの正体が分かってとても嬉しそう。

 それを横目に、リチャードは意識を集中させ始めた。


「中々……元気な子がいるんですね」

 精神世界に入った途端に、リチャードは誰かに話しかけられた。

 その声の主は何の変哲もない青年だった。

 ただし、羽織っているローブから、彼が魔法使いなことは、一目瞭然だった。

「あなたが、あの焼死体……?」

「お見苦しい姿を見せてしまいました」

「とんでもない。街を守って死ぬなんて……魔法使いの誇りじゃないですか」

「フフッ……そう言ってもらえると、少しだけ心が穏やかになります」

 青年は微笑みながら笑顔で返した。

「それはそれとして、あなたは……」

「言い当てますよ。ズバリ、『あなたは何者ですか』……ですよね?」

 リチャードは、見事に言い当てられて、一瞬言葉につまる。

「……はい。人なのに魔法石があるなんて……不思議で」

「答えは単純ですよ。僕はドラゴンです。人に擬態していましたが、この魔法石がその肉体に宿っていたこと……それが、僕がドラゴンである証明です」

「……プロ以外で、初めて見ました」

「僕も、僕以外で人に擬態したドラゴンを見たのは初めてです。よく変身できています。僕もすぐには気づきませんでした。人間の生活に溶け込むのは、時間の問題でしょうね」

「はぁ……」

 あまりにも自分の聞きたいことを先に話されてしまうので、リチャードは少し押されてしまう。ただ漠然と「この人は仕事ができそうだなぁ」などと思うくらいしか、彼にできることはなかった。

「ところで、あなたはなぜ、人間に擬態していたんですか?」

 押され気味だったリチャードは、一旦話題を変えた。

「人間として生きることに、憧れがあったんです。僕らは助け合って暮らしたりしませんから、群れて暮らすことがどんなものかを、味わってみたかったんです」

「それで、バレなかったんですか?」

「幸いにも、僕は環境に恵まれて、ドラゴンであることがバレずに生きてこれました。魔法使いとしても、部下を持って幸せに生きることができていたんです」

「それで……良かったんですか?あなたはドラゴンなのに……ドラゴンとしての生活を、捨ててしまって……」

 ずっとにこやかな笑みを浮かべるドラゴンに対して、リチャードは少し眉をひそめながら、質問を重ねる。

「そうですね。ドラゴン時代の仲間とは、もう長い間あってません。でも、人間として生きている方がずっと楽しかったんです。苦草を食べたり、事務作業は辛かったですけどね」

「人間としても結構長いんですね」

「いえいえ、そんなことはないですよ。でも、最後の最後でしくじっちゃいました。ロンドンで暮らすうちに、この街が好きになって。それで、魔法使いになったのに、僕は……ドラゴンだとバレたくなくて、あの時……ドラゴンに変身できなかったんです」

「あの時って……雷の?」

「はい。部下を逃がしてドラゴンに変身しようと思ったんですが、この生活が終わってしまうと思うと、ドラゴンに変身する勇気が出なくて……雷に撃たれて死んでしまいました。あの瞬間、僕は……街を見捨ててしまったんです。今思えば……魔法使い……失格だったのかもしれませんね」

「……」

「僕があの時、ドラゴンに変身していれば……」

「本当に、変身していればと……思っていますか?」

「……え?」

 ドラゴンは少し、虚をつかれたような気分になった。

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