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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
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雨上がり後始末 前編

「ビジャアァァ……」

 痛恨の一撃を受けたドラゴンは、力なく巨体を横倒しにした。体を起こそうにもどこにも力が入らない。死んだ。少なくとも肉体はそうだ。

 リチャードはこの巨大なドラゴンを解体する。巨大な肉体を、比較すると頼りなさを感じるサバイバルナイフで切り裂いてみると、胸の部分にリチャードの肩ほどまである、巨大で、サファイアのように鮮やかな青い魔法石の原鉱が確認できる。

 血を浴びながらリチャードが解体作業を行っていると、一人の男がリチャードに近づいてくる。

「これが……ドラゴン……ですか……」

 バーの店主だった。この規模のドラゴンをこれほど間近で見るのは初めてなのか、ゴクリと息を飲む。

「そうですね。俺もまだまだ見習いなので、こんなドラゴンを見るのは初めてですけどね」

 リチャードが笑いながら答える。他愛のない会話をしている間も、彼は肉を捌く手を止めない。

 魔法使いとして、ドラゴンを討伐する者としての行動が、板に付いてきている証拠だ。

「いやはや、なんとお礼をしたらいいか……」

「お礼ですか?」

「はい。私のバーは、先々代から受け継いできたバーです。大戦も再開発も乗り越えて、今年でもう九十六年目です。せめて百年は続けてあげたかったので……。今、この店が壊されることだけは……避けたかった」

「……」

「本当に、ありがとうございました!」

 店主はそう言うと、深く頭を下げた。

「そんな、お礼をいただくようなことはしてませんよ」

「いえ、あなたの指示を聞かずに、私の店はドラゴンに潰されそうになりました…………刃向かった私の店が潰されるのは……因果報応です」

 店主は頭を下げ続けていた。

 しかし、リチャードは店主を責めなかった。

「いいんです、店主さん。魔法使いは、ロンドンの街や市民を守るのが仕事です。それに、あなたに女の子を預けに行った時に、あなたはそれを断らなかった。俺も助けられたんです」

 店主はその言葉に驚かされて、つい顔を上げてしまう。

「お互い、助け合いですね。おっと……」

 リチャードがそう言った時、ついに肉の繊維が切れて、血にまみれながらも、その美しさを隠せない魔法石がゴロリとロンドンの地に降り立った。

 これで、もうこのドラゴンが動き出すことはない。

「こんな石……どう持ち帰るんだよ……」

 リチャードが苦笑しながらボヤく。あまりにも大きな魔法石に手を当てていると、自然と意識が研ぎ澄まされていく。


 精神世界にいたのは、一人の女性だった。

 黒いドレスに黒い肌、鋭い目つきだが、その奥の瞳はあまりにも鮮やかな青色。顔つきは、美人と呼ぶに相応しい整ったものだった。そして、明らかに背が高い。リチャードは彼女の肩ほどまでしかない。

 視線がこちらに向けられ、その女性は話し始める。

「お主……何者?」

「リチャード・オブライエン。君を……君に、トドメを刺した者だ」

「トドメ?……ああ、あの火球の主か。小賢しい真似をしてくれるではないか」

 女性の声にはどこか威圧感があり、リチャードは僅かに怯む。しかし、その恐怖を堪えて体裁を保った。

「よくもやってくれたなぁ。いまここで、貴様に復讐を果たすのも悪くはない」

 ニヤリとしながら、彼女は悪態をつく。

「やれるのか?」

 怯えていたのに、なぜか口は強気だった。

「言ってくれるなぁ……覚悟しておけよ」

 女性は拳を振り上げ、リチャードは目を瞑る。

 そして、彼女は拳を振り下ろすが、当たらない。

 いや、躱したわけではないのだ。空かされるという表現に近い。まるで、リチャードの身体が幻影のように、拳は当たっているのに当たっていない。

 その後、彼女は何度もリチャードに拳や蹴り、頭突きを食らわせようと試みたものの、その全てがリチャードに苦痛を与えるに至らなかった。

「なぜ!なぜ私に復讐を許さぬ!」

 ドラゴンは怒り狂う。復讐に燃えるドラゴンをどこか不憫に思い始め、リチャードはドラゴンに寄り添うように声をかける。

「君は、そんなに復讐がしたいの?」

「当然!自分を殺しておいて、私を愚弄する気か?笑止千万!」

「そうだね。俺は君を殺した……。でも、君を殺さなきゃいけない理由があったんだ」

「殺す……理由?」

「俺は、このロンドンという街を守ってる。君はロンドンの街を壊して、大勢の人を殺した。これ以上街や生活が壊されるのは……許されないんだ」

「街とはなんだ?」

「あー……君たちで言うところの巣だよ。巣が沢山集まってるんだ」

「…………巣……か……」

「君たちドラゴンの生活は分からないけど、君たちも巣や住処を壊されたら困るでしょ?」

「……そうか。それもそうだな。それは……悪い事をしたな」

 ドラゴンは、ようやく自分の犯した大罪に気がついたようだった。しかし、彼女の瞳はどこか後悔なく澄んでいる。

「だが、私はただ生きただけだ。風が私をその街とやらに運んだに過ぎない」

「だから、俺たちは君を殺すんだ。俺たちも生きるために君を殺す」

 その言葉を聞いて、彼女は腑に落ちたものの、納得できないというように唇を噛んだ。

「世間は君を許してくれないかもしれない。でも、俺は許してあげたいんだ。もちろん、その罰は必要だけどね」

「罰……その罰とは、一体……」

「君はこれから道具になって、この街を守るんだ。ドラゴンを倒すために、俺たちと一緒に戦うことになる」

「この私に、他人殺し(ひとごろし)をしろと?」

「ああ、それが君の罰だ。他に方法があるのかもしれないけど、俺にはそれしか思いつかない」

 リチャードがそう告げると、ドラゴンは一息吐く。

「……分かった。だが、私とてドラゴン。お前に使われる気はないぞ」

「……心得ておくよ」


 リチャードが目を開くと、店主がワタワタとしていて、何が起きているのか分からない様子だった。

「あのぉ……なにをしていたんですか?」

「対話です。ドラゴンに、人の生活をさせるための」

「ドラゴンと対話……。いやはや、魔法使いさんはどこまでもすごい。私の理解が及ばない世界を生きているのですね」

「いえ、みんなできるんじゃないですか?俺も最近知ったので……」

 その時だった。

「驚いた。君がそのドラゴンを倒したのか?」

 闇夜の中、一人の男性が話しかけてくる。

 その男は背が高く、ガッチリとした筋肉質の体格をしていた。二人はその人が見えた瞬間に驚く。

「フォールド博士!」「フォールドさん!」

 意外にも、リチャードが博士呼びだった。

「アッハッハ。若い子には、そちらの方が通るんだろうね」

 オリバーは笑いながら答え、そしてリチャードに問いかけた。

「にしてもそのローブ、君はうちの社員か。感心だなぁ、ぜひ名前を聞かせてくれないか?」

「リチャード・オブライエンです」

 少し余裕のない上擦った声で、リチャードは答える。そして、裏返った自分の声に、少しだけ恥ずかしさを覚えて、彼は顔を赤らめた。

「おお、君が噂の……。ヴァージルくんから聞いているよ。まだまだこれからだろうが、頑張ってくれたまえ。期待しているよ」

 オリバーはにこやかに語り、リチャードはさらに内心で喜んだ。

「ところで、その魔法石はどうするのだ。とても持ち帰れるサイズでもないし、かといって社に置いておくわけにもいかない」

「そうですね。今困っていたところで……この杖のように、武器にしてあげれたらいいんですが……」

 リチャードは杖を差し出してみせる。杖の柄の先には黒い魔法石が赤く脈打つように輝いている。

「そうかいそうかい……そうだ。では、私の研究所に預けておけばいい。私の研究所は社の近くに構えてあるのだよ」

「ほんとですか?ぜひお願いします!」

「では、明かりをくれ。楽に運ぶ準備をしよう」

 オリバーが宝石に近寄り、バッグの中から試験管や、透明な液体の入った瓶、謎の粉を取り出す。

 リチャードは、バッグから携帯ランプを取り出して、オリバーに照明を供給した。

 オリバーは、試験管に液体といくつかの粉をそれぞれ入れて混ぜ合わせる。

 そして、その調合物を魔法石にかける。

「見ていたまえ。じきに、()()ぞ」

「え?」

 オリバーがそう言った途端だった。

 カタカタと音が鳴る。まるで石と石がぶつかり合うような音は魔法石と大地の間から鳴っている。

 その音とともに、魔法石は収縮していき、収縮が止まった時には手のひら大のサイズになっていた。

 リチャードは恐る恐る小さくなった宝石を手に取る。

「これは……」

「なんだ、知らなかったのか。魔術だよ。ヴァージルくんも使っていなかったかい?」

「あっ、そういえば……」

「魔術は使えるようになると、日常的に高い利便性を発揮する。近いうちに君にも教えてあげよう」

「ありがとうございます。でも、このサイズ感にできるなら、研究所に置かなくても大丈夫かもしれません」

「あー……その魔術はまだ試作段階でね。永続的に発生できるものでもないので、研究所で保管しておいた方がいい。街中で急に大きくなられても困るだろう?」

「そう……ですか」

 そうして、リチャードは店主に挨拶すると、後々少女を迎える約束をして、研究所へ向かった。

 研究所はオリバーが言った通り、社からはそこまで離れていない場所にあった。

「ここに置いておくといい」

 リチャードは研究所の一室に案内される。

 札には『storage』と書かれているが、中には他にものは無く殺風景で、打ち付けのコンクリートが広がっていた。

 リチャードは少し不審に思ったが、相手はいかんせん社会的に名高い博士だ。その信頼が、リチャードにささやかな安心を与えた。

 リチャードは、魔法石をその一室に置くと、研究所を後にした。


「お待たせしました。女の子、預かりに来ました」

 リチャードは再びあのバーを訪れる。

 気づけば六時すらも過ぎていた。

「お疲れ様です。気をつけて」

 店主は快く送り出してくれた。少女はまだ眠気が勝っていて、ウトウトとしていた。

「はい。お世話になりました」

 リチャードは少女の手を引くと、にこやかに会釈して、バーを後にする。

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