squall 後編
ヴァージルの手に握られた拳銃から、熱が消えていくのが分かる。発砲の残滓が、最後にヴァージルへと、届けたい言葉を伝える。
「嬉しかったんだ……最後に…………頼ってくれ……て……」
ピキッ──そして、宝石を両断するように、宝石に亀裂が入った。
ヴァージルは強く拳銃を握ると、ホルスターの中へとしまう。そして、ネックレスについている魔法石に手を当てた。
「テラ……もういい。よくやった」
「………………了解」
輝いていたネックレスの魔法石が光るのをやめる。
一方、雲が消え去ったことで、雲に隠されていたドラゴン本体の姿が露になる。闇夜と同化するような漆黒の鱗を全身にまとい、腕と背中の計二対の翼、頭部からは悪魔のように捻れた角がそれぞれ生えている。
爪や角の先端、額の鶏冠や胸元からは海のように鮮やかな青色が輝く。
そして、なんと言っても一番の衝撃はその巨躯だ。
大きさはまるで、三階建ての建物のように高く、尻尾も含めたら十数メートルはくだらない。近接戦を講じるにしても、あまりにもフィジカルには差があった。
「でけえな……」
ヴァージルはその理不尽な巨躯を前に、さすがに声を漏らした。だが、退くという選択肢は、ヴァージルの覚悟が用意しなかった。
「クレイ!出番だ!」
大剣に手をかける。柄を握ると、今度こそ大剣はヴァージルの呼び掛けに応じる。
「ようやくだな。存分に!」
──あの夜を境に、一介の魔法使いだったヴァージル・A・キースは、ロンドンきっての魔法使いとなった。
三年目の冬、ロンドンの夜を昼のように照らし、イングランド史上でも類を見ない火災となった"大火の大ドラゴン"を討伐したことで、その名を一気に押し上げた。
そして、百七十二匹の討伐数のうち、実に百三十匹ものドラゴンが、この魔法石を使ってから討伐したドラゴンである。
クレイと呼ばれた大剣の刀身が光り出すと、じわじわと発火を始める。刀身の至る所から炎が出て、あっという間に刀身は炎に包まれた。
「ビシャアアアン!」
ドラゴンが咆哮する。雷雲が消えたため、雷は降ってこないが、その鳴き声の迫力はそのまま──いや、それ以上と言ってよかった。
ドラゴンが羽ばたきを強めると、両腕を前に突き出す。
刹那、ドラゴンの一対の角の間にプラズマが走る。そして、ドラゴンの胸元は一段と青く輝き、エネルギー球が生成される。
エネルギー球の光はあまりにも眩しく、ほんの僅かに夜が青空に変わったようなほど、美しくも強大でかつ、残酷だった。
「やべぇ!」
ヴァージルはほうきを飛び降りた。ほうきが動くラグの間に、自分が焦がされると、生存本能が警鐘を鳴らした。
そして、エネルギー球は両腕から強い電磁的な圧力を受けて、ヴァージルに射出される。
ロンドンの空に、空間が寸断されたような一線が引かれる。その直後に爆音が遅れてやってくる。
ヴァージルは、ほうきから飛び降りたおかげか、かの攻撃を免れたが、彼のほうきは一筋の閃光に当てられて、闇夜に溶けてしまった。
一方ヴァージルにも危機は迫っている。ほうきから身を投げた今、彼は重力になされるがまま大地に打ちつけられようとしていた。だが、ヴァージルには考えがあった。
「クレイ!」
ヴァージルは大剣の名を叫ぶと、そのまま切っ先を自分の進行方向へと向ける。
大剣は強く握られた柄からヴァージルの意図を汲み取ると、火球を大地に向けて弱めに射出し、その直後にその火球目掛けて強い一撃を放った。
火球同士が衝突し合うと、凄まじい爆炎と爆音を上げて、自分を中心とした強い爆風を発生させる。
その爆風が彼を重力のくびきから解いた。
彼は、ほうきがなくとも空を飛ぶ方法を発見した。
しかし、ドラゴンも容赦はしない。爆炎の先にいるヴァージル目掛けて、再びあのエネルギー球を発射しようと構え、エネルギー球は光線に変わってヴァージルを襲う。
一方のヴァージルも、ドラゴンの光線攻撃は射出されてしまえば避けようが無いものの、その直前に発生する長い溜めモーションを利用して、爆炎を発生させた。
逃げるヴァージルと、そんなヴァージルに一撃でも与えんとするドラゴンは、お互いに爆炎と閃光を幾度も発生させた。
空が濃紺と群青を点滅させるように色を変え、その夜はまるで、昼と夜があっという間に過ぎ去るような景色だった。
そんな膠着状態になっていた戦況の中でヴァージルはドラゴンの鶏冠の光が、ほんの僅かに暗くなっていることに気がつく。よく見ると、爪や角先なども鮮やかな青がくすみ始めていて、ヴァージルはドラゴンの魔力がそれなりに消耗している事に気がつく。
「クレイ!仕掛けるぞ!」
爆風に押し上げられたヴァージルは、ドラゴンの頭部目掛けて大剣を振り上げる。大剣は燃え上がって炎を纏うと、その刀身がより一層大きくなったように見える。
「うおぉぉぉらあぁぁぁあ!!」
振り下ろされた大剣は、ドラゴンの右の角に命中する。そして、ドラゴンの頭部に降り立ったヴァージルは、大きく太く彫刻のような曲線の角と大剣は鍔迫り合いを演じる。
初撃では互角、否ヴァージルの方が劣勢だった。
だが──
「俺は!お前を!……殺す!」
ヴァージルは初撃がぶつかった瞬間に、このままでは一撃も与えられないと理解すると、そのインパクトが死ぬ前に軸足を左足へ切り替える。
そして、角を後ろ蹴りするように抑えながら、右手を押し込み、彼はドラゴンの角を破壊した。
「ビシャアアア!」
ドラゴンが叫ぶ。ドラゴンは悶えるように頭を振り回し、ヴァージルは再び空中に投げ出された。
しかし、戦果は大きいようだ。
ドラゴンは怒り狂い、先のエネルギー球を用いた光線攻撃をしようとするが──できない。
よく見ると彼の光はもうほとんど消えてしまっていて、彼の胸元の青い光が闇の中で薄ぼんやりと、生存確認に呼応するのみだった。
どうやら角は発電器官であり、その角の破壊によって、彼は自らの生命エネルギーたる電力を生成できなくなったようだ。
殺せる。ようやくこの長い戦いが終わる。ヴァージルは再び爆炎を発生させた。
今では、あの空の色さえ変えたあの閃光よりも、爆炎の方が遥かに明るい。
ヴァージルが切りかかろうとした時、ドラゴンは初めて、ヴァージルに背を向けた。逃走だ。
「あっ、待て!逃げんなこの野郎!」
ヴァージルは彼を逃がさんと、追いかけようとしたが、爆風により進むこの移動方法は長距離移動とは相性がすこぶる悪かった。魔力の消費も気になる。
「クレイ……まだいけるか?」
「この程度で……音を上げる?人間風情が……。我も甘く見られたものだな」
「そうか……まだやれるか」
次の瞬間、ヴァージルと大剣の力がフッと抜けてしまう。そして、そのまま彼ら二人は地上に向かって落ちていく。
ヴァージルは大剣を地面には向けず、大剣もまた火球を吐こうとはしなかった。
しかし、地面に落ちる寸前で、何者かが彼らを見事好捕した。
「……全く。弟子を採ったというからどれほど立派になったかと思えば……。君もまだまだだな」
ヴァージルを抱える男性は、白髪も生えて大分老けているように見えるが、それでも大柄で筋肉質な体は健在。
かつてのピカデリーサーカスウィザードワークス社のエースにして魔法石研究の権威、オリバー・T・フォールドだった。
一方のドラゴンは市街地に降り立っていた。その巨躯は、街中を闊歩するには不釣り合いな大きさだったが、空にいた時に見せていた威厳はない。
角も折れ、輝きも失ってしまった。あの魔法使いを殺さなければいけなかったとはいえ、電気エネルギーを使いすぎてしまったことは、彼にとって致命傷と言ってよかった。
彼が探しているのはただ一つ。電気だった。
足りない──圧倒的に電気が足りない。
この体を動かすのに十分な電気が足りない。
意思が朦朧とする。電力不足だ。
ドラゴンは砂漠で水を探すように、暗いロンドンで電気を探した。
今までは自分で発電できていたので、このような体験初めてだった。
もうダメかと思った、その時だった。
暗いロンドンの中で、一つ光るものがある。ノシノシと近づいてみると、明かりのついている部分がある。彼にとっては微細な電力でしかないが、そんな些細な電力も恵みには違いなかった。ドラゴンは、その電気を眩しく利用する場所に尻尾を刺そうとした。
午前四時半過ぎ、少女は、裏にある店主の自宅のソファに寝かされていた。
店主も今はグラスを磨いているが、じきに閉店時間が迫っていることから、そろそろ店仕舞いの準備を始めようと考えていた。
その時、地面が揺れ出す。
地震のような一度の衝撃ではない。
ドシン……ドシン……
ある程度規則的に、衝撃が起きている。
この街でその手の衝撃といえば、彼の心当たりは一つだけだった。
ドシン!
ガラス張りの窓の向こうに、突如、巨大なドラゴンの足が出現し、店主は驚きのあまり腰を抜かしてしまう。
磨いていたグラスは、店主の手を離れて床に打ちつけられると、グラスとして機能できなくなる。
店主は自身の死を悟った。
この繁華街で、今唯一暗くない場所。それ即ち、最もドラゴンの目を引く場所は、他でもないこのバーだからだ。
「ここまでですか……」
ガラス窓の向こうで、ドラゴンが尻尾を構えている。二股に分かれた尻尾が、ガラス窓を突き破ろうとした瞬間──その行為が失敗する。
「だから言ったじゃないですか!危ないって!」
「結果的にドラゴンにダメージを与えられたではないか」
「結果論ですから。それに、このドラゴンを討伐しないと、結果論にすらならないですよ!」
「なに……真っ向から立ち向かえばいいだけだ」
杖と会話する青年が、杖に手を引かれて、その杖と共に、ドラゴンの尻尾に突撃をお見舞いした。
リチャードだった。
そして、ドラゴンの尻尾は脆くできていたのか、はたまたヴァージルとの戦闘で、何らかの損耗を受けていたのか、直ぐに破壊されてしまう。
「ビイィシャアアアァン!!」
ドラゴンは叫んだ。一縷の望みさえも絶たれ、彼は絶体絶命だった。
しかし、リチャードは攻撃をやめない。すぐさま火球が彼を襲い、顔付近に命中する。
「ビシャアアアン!バシャアアアン!」
ドラゴンは激痛に声を上げる。声を上げると、口の中に僅かに火が入ってきて、粘膜すらも被害を受ける。
あまりのダメージにドラゴンは立つことさえままならなくなり、バランスを崩して、身体が通りの方向へ横倒しになっていく。
「頭の鶏冠だ!あの場所を狙え!」
杖がリチャードに方向を指定させる。リチャードはその言葉を聞いて即座に、杖先を倒れていくドラゴンの頭の方向へと向ける。
「いっけええええ!」
そして、リチャードは彼の青い鶏冠を、火球で撃ち抜いた。
第七話【完】




