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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
13/24

squall 前編

 話は少し遡り、ウェストロンドン上空。後輩をロンドン市街に残し、ヴァージルはドラゴンへと挑みに雷雲を目指した。

 それまで影のように見えていた魔法使いたちも、雷雲へと吸い込まれていく。

「こんだけ人が多いと、魔法の暴発やらにも気をつけねえとなぁ」

 ヴァージルはそんな事を呟きながら、雲の中へと入っていく。

 雲の中は水蒸気で満ちていることと夜間の条件が重なり、視界は最悪レベル。見えるのは、他の魔法使いが使う光源が、薄ぼんやりと目に入るくらいだった。

 ヴァージルも、胸元のネックレスに意識を向ける。

「テラ……明かりをつけてくれ」

「了解」

 すると、胸元の黄色のネックレスに付いていた宝石が光り始め、ヴァージルから見て前方向に二、三メートルほどの光源となる。

 雲を構成する水滴が、本来ならばより広いであろう光の射程を狭めるが、ヴァージルにはこれだけの明るさがあれば十分だ。


 しばらく雲の中を進み続けると、銃声に似た、空気を裂く乾いた音が鳴り響く雲に突入した。

「ついに入ったな」

 ヴァージルがそう漏らした時──

「ビシャアアァァン!」

 明らかに落雷とは違う音。ドラゴンの鳴き声が雲の中に轟いた。

 それと同時に、落雷がヴァージルたち魔法使いを襲う。まるで侵入者を拒むような、雷にはそんな意志を感じとらせるものがあった。

 一人の魔法使いが声を上げる。

「おい!あそこ……」

 魔法使いたちは一斉にその方向に視線を向けてしまう。それはヴァージルも例外ではない。

 視線の先にあったのは、乱れた気流と強い静電気を纏った異常な雲だった。

 雲の中だというのに、あの雲だけはっきりと輪郭が分かる。あの場所だけ風向きが違う。

 その異様な光景に、魔法使いたちは息を飲んで、しばらくの間は沈黙が訪れた──ただし、落雷の空気を裂く音を除いて。

「俺が戦果を挙げてやるぜ!」

 沈黙を破ったのは若い男の魔法使いだった。杖に魔法を溜め込み、ヴァージルの「バカっ!」という警告も虚しく、その魔法エネルギーを、乱気流目掛けて一気に放つ。

 エネルギー体は乱気流を突き破り、その奥にいる者に直撃する。必殺技として放ったエネルギー弾の着弾に、その魔法使いはしてやったりとガッツポーズをして見せた。

 しかし、その直後に、雲が揺れる。

「ビシャアァァン!」

 鳴き声と共に、いくつも雷が勢いよく、魔法使いたちの集団に落ちてきた。

「ぎゃああああ!」

 何人かに命中したのか、叫び声とともに黒い煙を上げて人が落ちていく。落ちていく人々は、全員共通して、意識を失っていた。あの雷が直撃すると、そうなる運命のようだ。

 奥からはまだ、まだ姿の見えないドラゴンの声がする。

 その余りの力量を見せられた事で、魔法使いの中には逃げ出すものも出てきた。

 しかし、最前にいた老齢の魔法使いが、振り返って声を上げた。

「お、お前ら怯むなっ!ドラゴンから逃げるなど……魔法使いの恥っ……」

 ──声を上げたが、その魔法使いは雷に撃たれた。しかも、上からではない。背後からだ。

 雷が横に降ってきた。老齢の魔法使いは雷に焦がされて墜落していく。

 それを見た魔法使いたちは、より一層生存本能が働き出す。

「うわああぁぁ!」

「ヤバい!ヤバいって!」

「勝てるわけない!あんなの!どうすりゃいいんだよ!」

 魔法使いたちが逃亡し続けるものの、その逃走を雷が前後上下左右のあらゆる方向から阻んでくる。

 そうして次々と、雷に打たれた魔法使いが墜落していった。

「明日のトップニュースはこの死体の山だろうな」

 ヴァージルは雲の下がどうなっているのか、考えるのはやめた。

 臨戦態勢に移りたいヴァージルだったが、彼には懸念があった。

 その懸念を確認するために大剣を抜くと、ヴァージルはその懸念が的中していたことを察する。

「やっぱり……この雲の中じゃキツいか……」

 剣を抜き、意識を集中させたのだが、剣はヴァージルに応えない。雲の水滴のように霧散している。

 ヴァージルは頭の中で思考を巡らせる。そして、答えを見出した。否、見出してしまった。

 ──雷が落ち続ける雲の中。ヴァージルは、腰のホルスターから白い宝石の装飾された拳銃を抜き、意識を集中させる。


「アハッ!おにーさんだ!」

 拳銃が語りかける。まだ幼い男の子だ。

「よぉ……ジェム」

「ドラゴン退治?久しぶりだっ!僕、頑張るよ!」

「その事なんだけどよぉ……。ジェム……今回俺は……お前を殺しちまうかもしれねぇ。だが、お前の力が……必要なんだ。それでも……いいか?」

「うん!いいよ!」

 ジェムと呼ばれた拳銃は、その要求を二つ返事で了承する。ヴァージルはこの無邪気で素直な性格も好きだったが、それと同時に事の重大さが理解できているのか不安になった。

「へへっ、相変わらずだな……お前は」

 ヴァージルは覚悟を決めて拳銃を構える。そして、拳銃の引き金を引いた。それと同時に、銃口から空気の弾が発射される。

 弾は奥にいる"何か"に命中するが、効いているような手応えはまるで感じられない。

 しかし、弾が通ったところは、すぐに雲が隠すものの雲が少しの間消えた。

 うっすらとだが、雲の合間の向こうには黒い巨躯の一部が、その姿を覗かせる。

「ジェム!なんとか雲を取り払ってくれ!この雲さえ無ければ……」

 その時、雲の中に閃光が弾け、雷鳴が響く。

 雷が横向きにヴァージルを襲ってきたのだ。

「ビシャァァア!」

 ドラゴンが咆哮する。それに呼応して雷が降り落ちてくる。

「ちっ、向こうも本気か……。頼む……できるか?」

「おやすいごよー!」

 ヴァージルは、次々に物理法則を無視して、縦横無尽に雷が降る中、空気の弾をドラゴンへと撃ち込んだ。なんとかドラゴンの全長さえ分かれば、近接戦において十分なアドバンテージだ。

 幸い雷は不規則に降っていて、ヴァージルを狙おうとしている様子は見えない。情報戦を制するために、ヴァージルは引き金を引き続けた。

 乾いた破裂音を響かせて、空気弾が雲を切り裂く。


 雷鳴に負けないように──拳銃が雲の中で声を上げ続けていた。

 ヴァージルは、焦りから引き金を引く強さが強くなっていき、比例するように空気弾も威力を増していった。

 ふと、ヴァージルは何かに気がつく。

「雲の再生が…………遅え……」

 さっきまでは空気の弾が通り過ぎたら、その向こうはすぐに隠されてしまっていた。

 だが、弾を撃っていくうちに、埋まるにしても数分のラグがあるように感じる。間違いなく、雲かドラゴンかは消耗している。

「ようやく尻尾掴んだぜ!ジェム!ここ攻め込むぞ!」

 ヴァージルがそう言い放って、力強く引き金を引くが、空気弾が出なかった。もう一度引いても、拳銃は空転を繰り返すのみだ。

「……ジェム?」

 嫌な予感がして、ヴァージルは拳銃に問いかけた。

 ジェムは、弱り果てていた。

「ジェム!」

「ごめん……ねぇ……おにぃ……さん……。もう……きちゃった……」

「バカヤロウ!なんで言わなかった!お前……限界なら言えよ!」

「違う……違うんだ……おにーさん……。僕……思いついた……んだ……」

「……なんだよ」

「空に向かって、僕を撃ってみて」

 ヴァージルは薄々察していた。だが、これに頼りたくはなかった。これはジェムの最終奥義だ。

 ヴァージルの頭の中には、ある男の教えが呼び起こされる──

「いずれ、君も経験するだろう。私はこの仕組みが嫌いで仕方がないが……有事には君を救うかもしれないので、この事を教えておく」

 訓練場で二人の男が話し合う。一人はヴァージル、そしてもう一人は筋肉質でガタイのいい中年の大男。先代のエースであり、当時もヴァージルとダブルエースとして活躍していたベテラン魔法使い、オリバー・T・フォールドであった。

「へぇー。先生がそこまで言うような仕組みがあるんすか?」

 頭の後ろで手を組んで、ヴァージルが問いかける。まるで興味が無さそうであるが、彼を先生と呼ぶことからも、彼がそれ相応の敬意を持っていることが伺える。

「ああ。君は……魔法石が最も力を発揮する瞬間を知っているか?」

「え?そりゃあ……初任務じゃないっすか?魔法石の魔力が一番有り余ってるタイミングですし……」

「恒常的にはそうだな。だが、瞬間的には違うのだよ」

「じゃあ……いつなんです?」

「死ぬ間際さ」

「!」

 鋭い目つきながらも、それは睨むようではない。

 ただ、残酷な事実を共有する覚悟が、顔に滲み出ていただけだった。

 そんな事実を伝えられて、ヴァージルは絶句するしかなかったが、オリバーは話を続ける。

「なぜかは分からない。だが、魔法石は死ぬ寸前に全盛期を思い出すかのように、力が湧くんだ。それはまるで……消える寸前に燃え上がる、ロウソクの火のようにね」

「……」

「私が、なぜこの仕組みを嫌うか、理解できたな?」

「……はい」

「だが、そこまで不安がるな。これは救いだ。魔法石も、お前のために死ぬなら本望だろう」


 ヴァージルの目は潤んでいた。それが、雲によってついた水滴でないことが分かるくらいに、大粒の涙が頬を伝っていた。

「ジェム……すまねぇ…………。俺は……お前を……守れなかった……」

「いいんだ……おにーさん……。お願い……」

 ヴァージルは銃口を天へと向けて、覚悟を噛み締めるように──引き金を引いた。

 銃口から射出された空気弾は、今までの比にならないほどの威力で打ち上げられる。空気弾は、時計回りに回転し、やがて大きな渦を作った。

 その渦に気流が乱されると、雲はまるで、台風が逆回転していくように消滅していった。

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