squall 前編
話は少し遡り、ウェストロンドン上空。後輩をロンドン市街に残し、ヴァージルはドラゴンへと挑みに雷雲を目指した。
それまで影のように見えていた魔法使いたちも、雷雲へと吸い込まれていく。
「こんだけ人が多いと、魔法の暴発やらにも気をつけねえとなぁ」
ヴァージルはそんな事を呟きながら、雲の中へと入っていく。
雲の中は水蒸気で満ちていることと夜間の条件が重なり、視界は最悪レベル。見えるのは、他の魔法使いが使う光源が、薄ぼんやりと目に入るくらいだった。
ヴァージルも、胸元のネックレスに意識を向ける。
「テラ……明かりをつけてくれ」
「了解」
すると、胸元の黄色のネックレスに付いていた宝石が光り始め、ヴァージルから見て前方向に二、三メートルほどの光源となる。
雲を構成する水滴が、本来ならばより広いであろう光の射程を狭めるが、ヴァージルにはこれだけの明るさがあれば十分だ。
しばらく雲の中を進み続けると、銃声に似た、空気を裂く乾いた音が鳴り響く雲に突入した。
「ついに入ったな」
ヴァージルがそう漏らした時──
「ビシャアアァァン!」
明らかに落雷とは違う音。ドラゴンの鳴き声が雲の中に轟いた。
それと同時に、落雷がヴァージルたち魔法使いを襲う。まるで侵入者を拒むような、雷にはそんな意志を感じとらせるものがあった。
一人の魔法使いが声を上げる。
「おい!あそこ……」
魔法使いたちは一斉にその方向に視線を向けてしまう。それはヴァージルも例外ではない。
視線の先にあったのは、乱れた気流と強い静電気を纏った異常な雲だった。
雲の中だというのに、あの雲だけはっきりと輪郭が分かる。あの場所だけ風向きが違う。
その異様な光景に、魔法使いたちは息を飲んで、しばらくの間は沈黙が訪れた──ただし、落雷の空気を裂く音を除いて。
「俺が戦果を挙げてやるぜ!」
沈黙を破ったのは若い男の魔法使いだった。杖に魔法を溜め込み、ヴァージルの「バカっ!」という警告も虚しく、その魔法エネルギーを、乱気流目掛けて一気に放つ。
エネルギー体は乱気流を突き破り、その奥にいる者に直撃する。必殺技として放ったエネルギー弾の着弾に、その魔法使いはしてやったりとガッツポーズをして見せた。
しかし、その直後に、雲が揺れる。
「ビシャアァァン!」
鳴き声と共に、いくつも雷が勢いよく、魔法使いたちの集団に落ちてきた。
「ぎゃああああ!」
何人かに命中したのか、叫び声とともに黒い煙を上げて人が落ちていく。落ちていく人々は、全員共通して、意識を失っていた。あの雷が直撃すると、そうなる運命のようだ。
奥からはまだ、まだ姿の見えないドラゴンの声がする。
その余りの力量を見せられた事で、魔法使いの中には逃げ出すものも出てきた。
しかし、最前にいた老齢の魔法使いが、振り返って声を上げた。
「お、お前ら怯むなっ!ドラゴンから逃げるなど……魔法使いの恥っ……」
──声を上げたが、その魔法使いは雷に撃たれた。しかも、上からではない。背後からだ。
雷が横に降ってきた。老齢の魔法使いは雷に焦がされて墜落していく。
それを見た魔法使いたちは、より一層生存本能が働き出す。
「うわああぁぁ!」
「ヤバい!ヤバいって!」
「勝てるわけない!あんなの!どうすりゃいいんだよ!」
魔法使いたちが逃亡し続けるものの、その逃走を雷が前後上下左右のあらゆる方向から阻んでくる。
そうして次々と、雷に打たれた魔法使いが墜落していった。
「明日のトップニュースはこの死体の山だろうな」
ヴァージルは雲の下がどうなっているのか、考えるのはやめた。
臨戦態勢に移りたいヴァージルだったが、彼には懸念があった。
その懸念を確認するために大剣を抜くと、ヴァージルはその懸念が的中していたことを察する。
「やっぱり……この雲の中じゃキツいか……」
剣を抜き、意識を集中させたのだが、剣はヴァージルに応えない。雲の水滴のように霧散している。
ヴァージルは頭の中で思考を巡らせる。そして、答えを見出した。否、見出してしまった。
──雷が落ち続ける雲の中。ヴァージルは、腰のホルスターから白い宝石の装飾された拳銃を抜き、意識を集中させる。
「アハッ!おにーさんだ!」
拳銃が語りかける。まだ幼い男の子だ。
「よぉ……ジェム」
「ドラゴン退治?久しぶりだっ!僕、頑張るよ!」
「その事なんだけどよぉ……。ジェム……今回俺は……お前を殺しちまうかもしれねぇ。だが、お前の力が……必要なんだ。それでも……いいか?」
「うん!いいよ!」
ジェムと呼ばれた拳銃は、その要求を二つ返事で了承する。ヴァージルはこの無邪気で素直な性格も好きだったが、それと同時に事の重大さが理解できているのか不安になった。
「へへっ、相変わらずだな……お前は」
ヴァージルは覚悟を決めて拳銃を構える。そして、拳銃の引き金を引いた。それと同時に、銃口から空気の弾が発射される。
弾は奥にいる"何か"に命中するが、効いているような手応えはまるで感じられない。
しかし、弾が通ったところは、すぐに雲が隠すものの雲が少しの間消えた。
うっすらとだが、雲の合間の向こうには黒い巨躯の一部が、その姿を覗かせる。
「ジェム!なんとか雲を取り払ってくれ!この雲さえ無ければ……」
その時、雲の中に閃光が弾け、雷鳴が響く。
雷が横向きにヴァージルを襲ってきたのだ。
「ビシャァァア!」
ドラゴンが咆哮する。それに呼応して雷が降り落ちてくる。
「ちっ、向こうも本気か……。頼む……できるか?」
「おやすいごよー!」
ヴァージルは、次々に物理法則を無視して、縦横無尽に雷が降る中、空気の弾をドラゴンへと撃ち込んだ。なんとかドラゴンの全長さえ分かれば、近接戦において十分なアドバンテージだ。
幸い雷は不規則に降っていて、ヴァージルを狙おうとしている様子は見えない。情報戦を制するために、ヴァージルは引き金を引き続けた。
乾いた破裂音を響かせて、空気弾が雲を切り裂く。
雷鳴に負けないように──拳銃が雲の中で声を上げ続けていた。
ヴァージルは、焦りから引き金を引く強さが強くなっていき、比例するように空気弾も威力を増していった。
ふと、ヴァージルは何かに気がつく。
「雲の再生が…………遅え……」
さっきまでは空気の弾が通り過ぎたら、その向こうはすぐに隠されてしまっていた。
だが、弾を撃っていくうちに、埋まるにしても数分のラグがあるように感じる。間違いなく、雲かドラゴンかは消耗している。
「ようやく尻尾掴んだぜ!ジェム!ここ攻め込むぞ!」
ヴァージルがそう言い放って、力強く引き金を引くが、空気弾が出なかった。もう一度引いても、拳銃は空転を繰り返すのみだ。
「……ジェム?」
嫌な予感がして、ヴァージルは拳銃に問いかけた。
ジェムは、弱り果てていた。
「ジェム!」
「ごめん……ねぇ……おにぃ……さん……。もう……きちゃった……」
「バカヤロウ!なんで言わなかった!お前……限界なら言えよ!」
「違う……違うんだ……おにーさん……。僕……思いついた……んだ……」
「……なんだよ」
「空に向かって、僕を撃ってみて」
ヴァージルは薄々察していた。だが、これに頼りたくはなかった。これはジェムの最終奥義だ。
ヴァージルの頭の中には、ある男の教えが呼び起こされる──
「いずれ、君も経験するだろう。私はこの仕組みが嫌いで仕方がないが……有事には君を救うかもしれないので、この事を教えておく」
訓練場で二人の男が話し合う。一人はヴァージル、そしてもう一人は筋肉質でガタイのいい中年の大男。先代のエースであり、当時もヴァージルとダブルエースとして活躍していたベテラン魔法使い、オリバー・T・フォールドであった。
「へぇー。先生がそこまで言うような仕組みがあるんすか?」
頭の後ろで手を組んで、ヴァージルが問いかける。まるで興味が無さそうであるが、彼を先生と呼ぶことからも、彼がそれ相応の敬意を持っていることが伺える。
「ああ。君は……魔法石が最も力を発揮する瞬間を知っているか?」
「え?そりゃあ……初任務じゃないっすか?魔法石の魔力が一番有り余ってるタイミングですし……」
「恒常的にはそうだな。だが、瞬間的には違うのだよ」
「じゃあ……いつなんです?」
「死ぬ間際さ」
「!」
鋭い目つきながらも、それは睨むようではない。
ただ、残酷な事実を共有する覚悟が、顔に滲み出ていただけだった。
そんな事実を伝えられて、ヴァージルは絶句するしかなかったが、オリバーは話を続ける。
「なぜかは分からない。だが、魔法石は死ぬ寸前に全盛期を思い出すかのように、力が湧くんだ。それはまるで……消える寸前に燃え上がる、ロウソクの火のようにね」
「……」
「私が、なぜこの仕組みを嫌うか、理解できたな?」
「……はい」
「だが、そこまで不安がるな。これは救いだ。魔法石も、お前のために死ぬなら本望だろう」
ヴァージルの目は潤んでいた。それが、雲によってついた水滴でないことが分かるくらいに、大粒の涙が頬を伝っていた。
「ジェム……すまねぇ…………。俺は……お前を……守れなかった……」
「いいんだ……おにーさん……。お願い……」
ヴァージルは銃口を天へと向けて、覚悟を噛み締めるように──引き金を引いた。
銃口から射出された空気弾は、今までの比にならないほどの威力で打ち上げられる。空気弾は、時計回りに回転し、やがて大きな渦を作った。
その渦に気流が乱されると、雲はまるで、台風が逆回転していくように消滅していった。




