秋雷 後編
空を飛びながらも、リチャードは先程の一件が納得できていなかったので、杖に対して文句を垂れていた。
「なんで止めたんですか?」
「男の掟というものだ」
「考えられないですよ!普通主人の肩を持ちますよね?」
「それはそうだが……あの場面は私の魂が彼の味方をしたのだ。石としては君に付き従う」
「これであのお店が被害にあったら、ヴァージルさんや協会にどう説明するんですか?」
「案ずるな。あの男は自らの責任は自分で果たせる男だ。あの佇まいは、そう言っている」
「もう流されちゃったんで信じるしかないですけど……次からはやめてくださいよ?」
「善処はするが、期待はしないでくれ」
「全くもう……」
そんな口論をしていると、耳が壊れそうなくらいの鋭い衝撃音がロンドンに木霊し、空気を揺らめかせた。
落雷だ。しかも、普通の雷の比じゃない衝撃音。
リチャードが空を見上げると、雷雲はもう真上と形容出来るくらいに、迫ってきていた。
雨も次第に強まってきていて、スコールのようになってくる。
「……ヴァージルさん……頼みますよ」
リチャードは天を見上げながらそう呟いた。
街のパトロールがもう一息で落ち着くというところで、大雨の中、リチャードは道端で体育座りをしている人を見つける。
こんな深夜、それも大雨と雷の夜、静まり返った街の中にたった一人だけだ。
見つけるや否や、リチャードはすぐさまその人に声をかけにいった。
近寄ると、ぐしょぐしょに濡れた黒いパーカーを着た若い女性──いやティーンエイジャーと言った方が近いか。そんな風貌に見える。未成年となれば、より一層こんな災害の迫る夜に一人で居てはならない。
「君……どうしたの?こんな雨の中じゃ、風邪ひいちゃうよ?」
「あんただれ?」
「俺はリチャード。魔法使い。ここは危ないし、家は近い?」
「……ほっといて」
「そんなわけにはいかないよ。君、まだ成人じゃないでしょ?」
「ほっといてって、言ってんの」
「無理だよ。ここにはドラゴンが来るかもしれないんだ。危ないし、家に帰ろう」
「……帰りたくない」
「……どうして?」
「……ママと……喧嘩した」
「喧嘩?どうして?」
「私、勉強苦手だから……出来損ないだって」
「その出来損ないって本当に言ったの?」
「…………」
少女は黙り込む。
「まあいいよ。とりあえず一旦ここは危ないから。ほうきに乗ってどこか行こう。ほうきの上でも話は聞ける」
「………………うん」
リチャードは少女をほうきに乗せると、力を込めてほうきを飛ばした。
「うわぁ、凄い!飛んでる!」
「本当はこんな雨の中を飛ぶより、晴れた日に飛ぶ方がずっと楽しいんだけどね」
「凄い……ねぇ、魔法使いって、なにするの?」
「そうだなぁ……ドラゴンと戦うのはもちろんだけど、それ以上にロンドンを守るって気持ちが強いかな」
「そうなんだ……」
「うん。俺も街を守る魔法使いに憧れて、魔法使いになったんだ。その憧れの人みたいには……全然なれてないけどね」
「夢を叶えてるってだけで……尊敬しちゃう」
リチャードはそう言われると、嬉しさから少し照れてしまう。
「私は……自分がなにになりたいのか……分からない。夢がないの。お医者さんになりたいとか、先生になりたいとか、サッカー選手とか、歌手とか。そんな、将来の夢が……」
「……そうだね。夢を見つけるのは大変かもしれないね」
「……」
「だからこそ、色んなものをやりたいと思えることが大事だと思うよ。色んなことを試して、合ってることをすればいいんじゃないかな」
リチャードが答えると、少女はハッとした様子になる。
「……なんで?」
少女がリチャードに尋ねる。少しだけ声が震えていた。
「なんで、優しくしてくれるの?」
「君がロンドンにいるからだよ。俺の仕事は、ロンドンの街や人を守ることだからね」
雨が弱まって、視界が見やすくなると、暗闇の中で、一つだけ明かりが灯っていた。
「そうだ!」
リチャードは閃いたように、その灯りの元へ向かう。そこは、さっきのバーだ。
「いらっしゃいませ……おや、またあなたですか……何度も言いましたよねぇ。ここを閉める気は……」
「違うんです!お店を閉めろと言いに来たんじゃないんです!」
「……」
店主は不思議そうにリチャードを見つめる。
リチャードの後ろから少女が出てくる。
「おや、この子は……」
「家出したらしくて……今晩だけでいいんです。ここに居させてあげてくれませんか?お願いします!」
リチャードは頭を下げて、店主にお願いした。
「魔法使いさん。バーは大人の世界です。託児所ではないんですよ?」
「でも……」
「ソフトドリンクを用意します」
店主はそう言うと、棚からネクターのシロップとソーダを用意する。
「え?なんで……」
リチャードは唖然とする。
「あなたのお願いに乗ったに過ぎませんよ。確かにバーは大人のためのお店です。ですがそれ以前に、この店は、夜に居場所のない人達のための場所です。そこに、年齢による縛りはございません」
「!……ありがとうございます!」
リチャードはもう一度深く頭を下げる。そして、リチャードは少女から自宅の住所を聞くと、お礼を言いながら、バーを後にした。
二人きりになった店の中で、少女はサイダーを口に含む。
マスターは、タオルや着替えを奥から取り出して、少女に渡す。
「体を拭くといいでしょう。服は申し訳ありませんが、私の娘のものを貸します。そのままでは体に悪いですから」
「ありがとう……ございます……」
マスターはカウンターから背を向ける。
「あの……」
「どうかしましたか?」
「あの人とは……知り合いなんですか?」
「……知り合いではあります。知り合ったのは、今日ですがね」
一方のリチャードは、少女から聞いた住所へ向かった。
ロンドンの住宅街の一角。ファミリー用のアパートの一室だった。
リチャードがドアをノックすると、一人の女性が顔を出す。リチャードは一目見て、彼女の母親だと理解した。
「エマ!…………すみません。……その、なんの用でしょうか?」
「お電話での早急な連絡ができなくて申し訳ありません。俺……私は、魔法使いのリチャード・オブライエンと申します。お宅の娘さんなんですが、安全な屋内に誘導しましたので、報告しに参りました」
「エマ……エマは無事なんですか?」
「無事ですが、この家に送るには遠すぎると判断して、別の場所に預けています」
「そ、そうなんですか……ご迷惑おかけして、申し訳ありません。あの子反抗期なので……」
母親は頭をヘコヘコと下げる。
「とんでもない。いい子でしたよ。ただ少し、悩み事があったみたいです」
「本当に、ありがとうございます」
「それでは、俺はこの辺りで失礼します。嵐に気をつけて」
そして、リチャードはほうきで飛んでいってしまう。
母親は、リチャードが見えなくなるまで、家に入ることなく頭を下げ続けた。
雨が打ち付ける銅像は頭から絵の具を被ったような、緑青の跡がつき始めていた。
リチャードは街を見回りながら、雨粒や雷を無制限に落とし続ける天を見上げる。
ふと、なにかそれ以外のものも降ってきた。
それのシルエットが鮮明になると、リチャードは驚愕した。
「人だ!」
リチャードが動くより先に杖が反応していた。そして、猛スピードで落下点に入り、リチャードは空から降ってきた人をキャッチした。
「おぶふ!」
一人分の重さが重力の加速を加えて一気にのしかかったので、リチャードは情けない声を出してしまう。
降ってきた人は若い女性で、ローブを羽織っていることから、魔法使いだということが分かる。そして、体には所々焼かれたような傷跡があった。
「大丈夫ですか!?」
リチャードが大きい声を出す。
「あ……あたし……はあっ!ハア……ハア……ハア……い……生きてる……」
魔法使いは生きていることを思い出し、呼吸が荒くなった。
「大丈夫……ですか?」
「違う!大変なの!みんなが!この街が!あんなのに!適うわけない!」
「落ち着いてください!」
リチャードが喝を入れて、その魔法使いは一呼吸を置くことができた。
「とにかくここは危険ですから、どこかに逃げましょう。立てますか?」
「はい……」
魔法使いはもう一呼吸を置くと頷いた。
リチャードは彼女をほうきに乗せると、辺りの地理を思い出して、テムズ川の方向へと向かう。
間もないうちに、リチャードは最寄りの地下鉄の駅に着いた。地下鉄の改札の壁に彼女は寄りかかり、座り込む。そして、自己紹介を始めた。
「私、イザベラ・リー。所属はウィンブルドン。助けてくれてありがとう」
「リチャード・オブライエン。ピカデリーサーカスウィザードワークス所属。教えてください。あそこでなにがあったんですか?」
「……思い出したくもない光景よ。本当に酷い。地獄そのものだったわ……」
そして、イザベラは悪夢のような光景について語り出す。
「雷のドラゴンが来ることは……分かってたの」
「サウサンプトンの魔法使い連合が、壊滅させられたって聞いて……だから、みんなで……雲の中に潜っていったわ」
リチャードはゴクリと息を飲む。恐怖体験にそれほどまでに聞き入ってしまっていたのだ。
「でも……想像以上だった。まず私たちを襲ってきたのは……視界の悪さよ。雲の中は何も見えなかった。そこに、あのドラゴンの声が響いて……それと同時に、雷が……横向きに落ちてきた」
「雷が横向き!?そんなの……おかしいでしょ!」
「おかしいのよ!有り得ないことが目の前で……当たり前のように起きて……。わたしの仲間が何人もその雷に当たって…………墜落していくのが見えた。怖かった……。みんな死んじゃ……った…………うぅっ……」
イザベラは泣き出してしまう。リチャードは背中をさする。
「みんなやられて……逃げたりした。でも……一人だけ立ち向かったの。確か……あなたと同じ、ピカデリーサーカスのローブを着ていたわ。心当たりがあればいいのだけれど……」
その言葉を聞いた瞬間に、リチャードはハッとした。
「ヴァージルさんだ……」
第六話【完】




