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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
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秋雷 前編

 リチャードは目を覚ます。この身を襲う嫌な予感。それが、彼を覚醒させた。嫌な予感に誘われ、リチャードはカーテンを退けて、窓の外を見てみる。

 天候は曇り。街は秋の夜らしくほんのりと寒さを感じるが、少し強い風のせいだろうか、それとも夜でも分かるほどのどんよりとした雲のせいだろうか。

 だが、胸のざわめきが治まらない。端くれとはいえ、魔法使いの直感がそれを感じ取らせた。

 リチャードはすぐさま服を着替える。

「出向くのか?」

 杖が問いかける。

「はい。念のためですけど、来るかもしれないので」

 リチャードが杖を持って、会社に出向こうと家を出ようとした、その時だった。

「リチャード……どこ行く?」

 プロが起きていた。

「…………散歩さ。すぐ戻るよ」

 リチャードは咄嗟に嘘をついた。プロはなにかを不安視しているようだったからだ。そして、リチャードの中では一つの懸念があった。自分がドラゴンを殺して生計を立てていることに、プロが気づいていて、自分を殺すことに怯えているのではないか。

「……リチャード…………隠し事?」

「……バレちゃうか。ごめんな、ずっと黙ってて。でも……」

「知ってる。プロ、リチャード……ドラゴン……殺すこと、知ってた。……分かってた」

 プロは少し噛み締めるように俯く。しかしその直後に、もう一度リチャードの方へ向き直った。

「……でも、リチャード居なくなる……嫌。プロ、リチャード居ない、もっと嫌」

 リチャードにとって、プロの返答は予想外だった。

「……恨まないのか?俺のことを……。ドラゴンを殺す俺のことを……」

「分からない。でも……プロ、リチャード居ない……嫌。一人……嫌!」

「プロ…………居なくなるわけないだろ。俺は、プロを一人にしないよ」

「……本当?」

「本当。なにがあっても、絶対にね。それじゃあ、俺は行くよ。必ず帰ってくるから」

「うん!プロ、待ってる!」

「いってきます」

 そして、リチャードは風のざわめく夜へ飛び出した。

 リチャードが会社に差し掛かると、誰かが居た。

「ヴァージルさん!」

「おお、やっぱりお前も感じたか。この雰囲気」

「はい。こんな感覚初めてです。何かあったらと思うと心配で……」

「その感覚大事にしろよ。大物の予兆みたいなもんだ」

 リチャードはローブを羽織る。ドラゴンの姿は確認できていないが、体はすでに臨戦態勢に移行していて、いつ戦闘になっても良い状態に仕上がっていた。

「北部は俺が見回る。お前は南部の見回りを頼む」

「了解です」

「何があったら、この通信機ですぐに連絡しろ」

「はい」

「あと……死ぬなよ?」

「……はい!」

 そして二人は、背中を預け合うように、それぞれと反対方向の夜空へと飛び立った。

 強い風がローブをはためかせる。顔が冷たい。深夜だというのに、ロンドンは未だチラホラと明かりの灯る建物が散見される。リチャードは目を凝らした。ドラゴンは水陸空のどこから現れてもおかしくない。

 リチャードが周囲を見渡していると、遠くの雲の様子がおかしい。雷雲だ。

 リチャードが薬指に唾をつけて、風の方向を読むと、あの雲はまさにこちら側へと向かってくるようだった。

 その時、ヴァージルから連絡が入る。

「おい!今連絡が入っ……サウ……サ……プトンの魔法使……が…………れたら……い!敵は…………」

 通信が乱れて連絡が途切れてしまう。

「ヴァージルさん?ちょっと、ヴァージルさん!」

 通信機に話しかけても、ヴァージルから返答が来ることはなかった。

 雷雲は迫ってきている。

 自分がやるしかないのか──

 リチャードは身構えてから判断を巡らせ、杖を掲げる。

「黒煙を上空に!」

 指示に従って杖は黒煙を空高くに放つ。そして──リチャードは火球を黒煙にぶつけた。

 黒煙はロンドン上空で瞬く間に爆炎へと変わる。爆音が響いたと共に、曇り空の夜が一瞬明るくなった。


 北部の空へと飛び立ったヴァージルの元に、通信機から一通の連絡が入る。

「お疲れ様です。ヴァージルさん、出動依頼です」

「分かってる。もう出動後だ」

「敵はアトランティックサンダーフライの成体。しかもかなり規模が大きくて…………サウサンプトンの魔法使い連合が壊滅。大ドラゴンクラスの可能性があるようです」

「……マジかよ」

 ヴァージルの右手は拳を作った。様々な思いが、その拳に込められているようだった。

「……お願い……できますか?」

「……はっ、でけえ依頼断る魔法使いがあるか。やるに決まってる!」

「了解しました」

 通信が切れると、ヴァージルは地図を懐から取り出すと、ペンで色々と書き込む。

 そしてすぐさまリチャードの通信機に連絡をかけた。

「おい!今連絡が入った……サウサンプトンの魔法使いがやられたらしい!敵は、雷のドラゴンだ!周囲に酸性雨が伴う可能性……って、切れてんのかよ!」

 ヴァージルは通信が途切れたことに憤りを覚えた。

「とにかく、通信が不安定な今なら、あいつと合流しねえとだが……どこにいんだ?暗くてよく見えねえぞ」

 ヴァージルが夜空を探し回る。明かりを遮るように、辺りにはチラホラと魔法使いの影が見える。

 ロンドンを守るためか、はたまたこのドラゴン討伐の偉業に手を掛けるためか、動機は人によって違うだろうが、かのドラゴンを倒す。その目的だけは共通していた。

「どれだ。この中のどいつがリチャードなんだ!」

 ヴァージルは焦っていた。

 普段ならこのように取り乱すことは無い。なぜなら、彼はこれまでのドラゴンほとんどを自分一人で討伐してきたからだ。それが今では、先輩としてロンドンだけでなくリチャードを守る立場でもある。

 リチャードを死なせたくないという気持ちが、彼のパフォーマンスに影響を与えていたのだった。

 その時、南の方で爆炎が吹き上げた。

「なんだなんだ?」

「なにあの爆発!」

「あれもドラゴンの仕業か?」

 周りの魔法使い達が、一斉に混乱する。しかし、ヴァージルのみは爆炎の正体に気がつき、その爆炎の方へとほうきを急発進させた。


「リチャード!」

「ヴァージルさん!」

「ナイスアイディアだ!」

 ヴァージルがリチャードの頭に手を当てて、強めにワシワシと撫でる。リチャードは、胸の内が昂った。

「だが……ここからだ。あのドラゴンはヤバい。特にやばいのが、酸性雨と雷だ」

「酸性雨ですか?」

「ああ。俺も人伝や本でしか知らねえが、あのドラゴンは積乱雲を巻き込んで、酸性の大雨と雷を降らせるらしい」

 そして、ヴァージルはリチャードに地図を手渡す。

「このめっちゃ囲んである場所が戦闘区間。で、この青ペンの所が、戦闘で酸性雨の降る可能性のある場所だ。あのドラゴンは俺や他の手練の魔法使いが引き受ける!お前は避難誘導を頼む!」

「分かりました!……ヴァージルさん!」

「どうした!」

「……死なないで……くださいね?」

「……はっ、こんなとこで死ぬタマじゃねぇよ!市民は任せるぜ!」

「はい!」

 そして、ヴァージルは遥か向こうにある雷雲へ向かって飛んでいく。


 リチャードは地図に書いてある地域の見回りを始めた。暴風雨が予想されるため、人がいれば避難させなければならない。

 リチャードはすぐさま繁華街へと向かった。

 リチャードがヴァージルと別れて繁華街へと向かう途中、降雨の気配を感じ取る。天候が示している。あのドラゴンは、もうそこまで来ている。

 ポツポツと降り出したそれは、気がついた頃にはザーザーと音を立てる強い雨に変貌していく。

 繁華街に着くと、深夜帯である上に、この天候の悪さも相まって、人はまばらだったが、それでも数人の人影はあった。

 特に、この雨の中、無謀にも帰宅を試みる者も散見された。

 リチャードは「すみません。ご自宅は近所ですか?」とそういった帰宅難民に聞いて回った。

 自宅が遠い人間や酔いの回っている人間は、自宅に帰すよりも、店に留まらせた方が安全だと判断したためである。

 また、繁華街の店にも、テラス席の椅子の撤収など協力を呼び掛けた。

 多くの店舗が協力に応じて「OPEN」の看板を裏返した。深夜帯で大層稼げる訳でもないのが幸いしたようだ。

 しかし──

「そんなことは、あってはなりません」

 一店舗。この繁華街で、最も老舗のバーだけが、リチャードの指示を頑なに聞かなかった。

「何故ですか?今の状況が分かっているなら、お客さんの居ない今のうちに閉店しましょうよ!」

「被害が出なかったらどうするのです?居場所の無い人達は?あなたにその補填ができるとは到底思えません」

 バーの店主は食い下がる。

「そんなことを言ったって……もし、被害が出てしまったらどうするんですか?もしも人的被害が出てしまったら、このバーの監督責任ですよ!?」

「もしもの話……でしょう?」

「何を言っても閉店しないつもりですか?」

「ええ。私はマスターとして三十五年間、この店を開店時間である十八時から翌日の五時の間に閉めたことは、一度もございません。これは、私なりの……このバーのポリシーです。夜の間、私はこの繁華街で、居場所のない客に、居場所を提供しなくてはならないのですから……」

「でも……」

 リチャードが反論しようとした瞬間、杖が語り出す。

「……やめておけ」

「ちょっ、何言い出すんですか!」

「男には曲げられないものがある。いついかなる時もな」

「言ってる場合じゃないでしょう!なにが起きるか……分かってて言ってるんですか?」

「この男は、例えこのバーが瓦礫の下敷きになり、そこで自分が死んだとしても本望だと感じている」

「なっ!?そんなの……狂ってる……間違ってますよ!」

「たとえ間違っていると言われても……それが彼なりの答えなんだろう。ほっといてやれ」

 店主はなにも言わずに、リチャードを見つめるだけだった。

 自分の意見が通りそうにないリチャードは、店主の説得を断念した。

「分かりました。その代わり俺たち魔法使いは、例え人的、物的損害が出たとしても、一切の責任を負わないですからね」

「承知の上です」

「善処はしますが、何が起きるか俺たち自身も分かりません。覚悟をしておいて下さい」

「はい」

「……それでは」

 リチャードは歯を食いしばりながら、ほうきにまたがる。ほうきを握る握力はいつもより強かった。

 雨の繁華街は魔法使いリチャード・オブライエンの呼びかけにより、その一店舗を残してブラックアウトした。

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