リチャードと憧れと試練 後編
リチャードは、ヴァージルに手を引かれるように技能訓練場に案内された。
「さっきも言った通り、今からお前が、俺のバディに相応しいかテストしてやる。俺は手を抜いて、基本ステゴロ。調子上がってきたら力出してやる」
ゴクリ──リチャードは息を飲む。
「お前が俺のバディに相応しいと俺に認めさせたら、バディ組んでやるよ。だが、もし認めなかったら……俺との任務には同行するな。手柄はある程度分けてやる。楽して稼げるぜ?」
リチャードを誘惑するようにヴァージルは笑った。
「そんな!横暴ですよ!そもそも……俺は楽して生きるために魔法使いになったんじゃない!」
「俺が呼ばれるような現場に、お前みたいなセンスも実績もねえやつ連れていけるかって言ってんだ。命が惜しけりゃ今のうちに辞退することを勧めるぜ。命は命だからな。で、どうする?」
「そんなの…………やります!」
「ヒヒっ、そう来なくちゃなぁ……。全力でかかってこい!」
リチャードはステッキに力を込める。杖が反応する。
「決闘か!」
「はい!なにか魔法は!?」
「煙幕と火球、あとはあの突進くらいだ」
「じゃあ、火球いきます!」
「了解した!」
リチャードが魔法石の付いている杖先をヴァージルへ向ける。魔法石が赤く脈打つように輝き出すと、瞬く間に火球が発射される。
「ハハッ、大層な攻撃じゃねえか」
火球はヴァージルを目掛けて飛んでいくと、ヴァージルに着弾したと共に、爆炎を巻き起こした。
しかし、ヴァージルはピンピンしている。攻撃は外れていたのだろうか。
「中々骨のある一発撃つじゃねえか。でもよぉ……」
途端にリチャードの視界からヴァージルが消えた。
そう思った次の瞬間には、ヴァージルはリチャードの目の前にまで迫っていて、既に右ストレートは振り下ろされていた。
「遅せぇよ」
耳元でヴァージルが囁き、拳がリチャードの脇腹を抉る。
「ガハァ!」
重い一撃。まるでドラゴンから貰ったような一発だった。リチャードはその一発を食らうと体を起こすのも一苦労な状態になってしまう。
「立てよ。まだまだこっからだぞ」
ヴァージルがリチャードに近寄りながら、煽りに来る。しかし、どこか淡々としている。感情がないと言うよりは冷淡という表現が適切か。
そして、リチャードが起き上がろうとした瞬間、ヴァージルはアッパーカットを彼の腹に食らわせる。
「ぐふぅ!」
また破壊的な一発をもろに食らった。しかも同じ腹にだ。リチャードは地に伏した。
「はっ、口だけかよファンボーイ。不純な動機してるからじゃねえのか?」
よく見ると、遂にリチャードの口からは血が出てきた。拳による僅か二撃だが、その二撃のみで、力量差は浮き彫りになっていた。
地に伏したリチャードの前髪を掴み、ヴァージルがリチャードの顔を覗き見る。焦点の合わない瞳にズタボロの肌、血の吐いた口元。もう勝負は決まった。
「……はっ、本来のドラゴンは殺しにかかって来てんだぞ?たかが男のステゴロに負けるようじゃ、論外もいいとこだな」
ヴァージルがその場を去ろうとする。内心答えは決まった。いや、見ていればヴァージルが認めたか否かなど考える必要すらないだろう。ヴァージルのリチャードに対する興味の炎は、もう既に消えてしまっていた。
刹那、ヴァージルを火球が襲う。
ヴァージルは火球を反射的に払う。ヴァージルの服には一瞬炎がつき、焼き跡を残す。
「……ま……だ…………やれ……ます…………」
ヴァージルが火球の飛んできた方向を見ると、リチャードが寝ながらではあるが、杖をヴァージルに向けていた。
「…………まだ!…………やれる……!」
「ハハッ……ハハハッ、だよなぁだよなぁ!そうじゃねえとなぁ!」
ヴァージルの興味の炎が再び勢い増す。そして、またヴァージルが視界から消える。あの攻撃が来そうだ。いや、もう来ている。しかし、それはリチャードにも読めていた。
「黒煙!」
リチャードがそう言うと、辺りに黒煙が煙玉のように発生して、ヴァージルは視界を奪われる。
「黒煙か……悪くねぇ判断だ。だが、俺のことも見えないだろ」
その時、ヴァージルはふと、嫌な予感がした。
内心、彼は「これは罠だ」と勘づく。
「この黒煙は炭煙。ということは、ここに火球を放てば爆発する」
ヴァージルはその狙いを汲み取って黒煙から距離を置いた。
刹那、黒煙が晴れた。黒煙を突き破って、なにかが飛んでくる。それは杖を持ったリチャードだった。
杖に体を引かれ、体は宙に浮いている。そして、杖が急停止すると、リチャードはその慣性力を生かして、強烈な蹴りをヴァージル目掛けて繰り出した。
この不意の一撃をヴァージルは避けることが出来ず、リチャードの蹴りをもろに食らってしまう。
「おわぁ!」
ヴァージルがよろけた。
「ハァ……ハァ……キースさん……。俺は……あなたを見て…………あなたに憧れて……この会社に来たんです……。あなたの"クセ"も……分かってます……」
「……ハハッ……随分イキがってくれるじゃねえか。嫌いじゃねえぜそういうの。だけどよぉ……殺したくなるくらいイラつくぜぇ……」
ヴァージルはそう言うと、再びあの瞬間移動のような高速移動攻撃を使ってくる。
しかし、リチャードも杖を持つと、あの突進を再び行う。ステゴロでの縛りを宣言したヴァージルと火球が尽く通用していないリチャード。二人の中には決着の予想図が出来上がっていた。
そう──"インファイト"。自分の間合いで相手に近づき、手痛い反撃は覚悟の上での殴り合い。
瞬間移動と突進が交錯を続ける。拳で重い一撃を与えるヴァージルと、杖の突進による慣性力を蹴りに応用するリチャード。流石に一進一退とまではいかないものの、ヴァージルの理不尽な瞬間移動攻撃に、リチャードも食らいついていた。
しかし、その決着は突然ついてしまう。
リチャードは杖の突進魔法により生じる慣性力を蹴りに応用していた。しかし、この蹴りによって杖を握っている手や腕には、想像を絶する負荷が掛かり続けていたのだ。アドレナリンが限界まで痛みを抑えていたが、その限界が遂に来た。
「あああああ!」
リチャードは杖を手放してしまう。カラカラと音を立てて、杖は遥か遠くに転がってしまう。
杖を拾おうと、リチャードは訓練場の地面を這って向かおうとするが、背中を踏まれる。
「勝負ありだな。その腕じゃもう無理だろ。テストは終わりだ」
「いや……俺はまだ……」
「バカか!ドラゴンと戦う前に再起不能になる気か!」
ヴァージルは背中の足を退けながら説得する。
「でも……俺は……」
「もういい。お前は俺の期待よりかはよくやった。筋がないとか、そういったことは謝る。ただ……バディとして、お前と二人がかりでドラゴンを討伐は無理だ。悪いが"今のお前"じゃ、厳しいというのが俺の考えだ」
ヴァージルがリチャードに語りかける。
リチャードはそのまま突っ伏して動けない。
そのまましばらくするとリチャードは地面を殴り出す。もう、限界はとうに越えたはずの右手や右腕は、悔しさのあまり痛みを忘れているようだった。
顔は地面に向かっているので見えないが、間違いなく泣いているだろう。これはヴァージルに憧れていたとか、そのような不純な涙ではなかった。
認められなかった。己の未熟さを悔やむ涙だった。
あまりにも無様だが、名誉ある無様だ。
そんなリチャードを見てか、ヴァージルは一つの結論を出すことにした。
「見習いだ!リチャード・オブライエン!」
リチャードは驚いたように、土埃と血と涙に塗れた顔で、ヴァージルを見上げる。
「お前がまだ未熟なのは間違いねぇ。それに、魔法使いとして最前線の現場に出すには早すぎる。だが……俺の隣に居るのは認めてやる!」
「……」
「実力が無いわけじゃねえのは分かった。だから現場では、自分の身を守ることに徹しろ!それが条件だ!それを守れるなら……現場を見て学べ、リチャード!」
リチャードはその言葉を聞くと、なにか込み上げてきて、溢れ出る。
目元から再び頬を大粒の涙が伝い、埃まみれの頬に一筋の跡を作る。
「お、おい!なんで泣くんだ!男だろ!」
「……ずびばぜん…………ホッとじだらその……うっ……うぅぅ……」
「だー分かった!分かったから泣くなって!」
「ぞれに……ギースさんに……ぞう言っでもらえで…………うれじぐで……」
「あーヴァージルでいい。これから仕事するってのに距離感あるだろ」
「……いいん……です……か?」
「俺から提案してんのになんで疑問形なんだよ」
「……はい!ヴァージルさん!」
リチャードが泣き止むと、二人は本社に戻る。
「あいててて……。あー腕とヴァージルさんに殴られたお腹が痛すぎる……」
「いやー、少しやり過ぎたかもしれねぇなぁ……アーハッハッハ」
談笑しながら本社への道のりを歩いていく。リチャードは腕をプラプラとさせていて、見ていて痛々しい様子が分かるものの、ヴァージルの方はほとんどピンピンしている。この二人の様子からも、どれほど実力差があったか分かるかもしれない。
「笑い事じゃないですよ〜。ビックリしましたもん。瞬間移動みたいに一瞬で自分のこと殴りに来て」
「あー、あれは瞬発魔術だな」
「え?魔術使ってたんですか?ステゴロ宣言しておいて?」
「直接武器としては使ってないぞ?」
「いや、ズルいっすよ〜」
「仕方ないんだ。この靴に刻んじまったんだからよ」
「その靴、今度から使用禁止ですね」
「アホ言うなよ。体の一部みたいなもんだ。これじゃなきゃ落ち着かねぇ」
「こだわり、強いんですか?」
「ああ、まずこの中敷がだな……」
今日までこの二人には、なんの面識もなかったのだが、戦いを通して間違いなく信頼が芽生えていた。
波乱があったものの、これから共に仕事をしていく上で、順調な滑り出しと言って良かった。
その頃、フランス・ブルターニュ半島付近の英仏海峡は大時化を予感させるどんよりとした雲が空を埋めていた。
海抜二千メートル上空、その中心には"なにか"がいる。そして、それは風に身を任せるように北東方向を目指してゆくのだった。
第五話【完】




