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9話:精神支配を受けそうになりました



 学生裁判から一夜明けて、アウリアは暁ノ塔のタルヴィク学長から呼び出された。

(昼まで寝ていたかったのにぃ、朝一番で卒業生を呼びつけるあたり、この方らしいのです)

 

 最上階にある見晴らしのよい学長室には、デュオクロスの象徴が飾られている。

 地・水・火・風の四元素を表す正十字。  

 エメラルド、サファイア、ルビー、ダイヤモンドの宝石も大きい。


 大賢者が御年98歳であるのに比べて、学長は40歳。

 若い。

 つまり、それだけ狂気じみた天才だということ。


 その面差しは、一見すると柔らかい。

 灰褐色の長い髪をゆるやかに三つ編みした雰囲気のせいだろう。

 細面に垂れたような細い目。薄い灰色の虹彩が、アウリアには無機質なステンレスのように見えて仕方がない。


 アウリアは彼の顔を見て、本当の無表情というものを知った。

 それはあらゆる人に疑念を抱かせない微笑で、顔に張り付いた仮面になっている。

 多くの学生がタルヴィクに心酔していくなか、アウリアは距離をとった。

(何となくなのですが、彼の目の奥の瞳に宿る光が苦手なのです。人を値踏みする目なのですよ)


 学長の長衣型ローブには、アウリアもつけているブローチがあった。

 その上で様々な立場を示すリボンを勲章のようにつけている。

(ダサいと思うのですけどね)

 暁学長、デュオクロス最高議会メンバー、デュオクロス司法長官、名誉老師、名誉市民。

 市民というのは、ディオクロス特別自治区の特別な呼び方。

 王都は王家の直轄領で、通常は都民と呼ぶ。

 

「学生新聞に目を通しましたか」

「いいえ」

 アウリアは食い気味に答えた。

 デュオクロス学生新聞はデュオクロス大学のサークルが発行するもので、由緒正しき歴史を持つ。

 しかし内容は、大半がゴシップ。


 アウリアのことを〈流浪の貴族令嬢〉と呼び出したのも学生新聞だった。

 発行部数から逆算すると、購入するのは市民の二割程度だが、その二割が新聞の内容を広める。

 その広まり方は伝言ゲームと同じ。

 あのゲームがうまくいかないのは文化的・個人的な背景の違いが、同じ言葉に対する連想や解釈の方向性を変えて、元の情報を歪めるからだが、新聞の場合は、そもそも悪意ある記事だから歪める方向もそちらに偏る。

 アウリアもときどき目を通している。あまりにも事実無根の記事が掲載されていたら、正式に抗議しないと、やられっぱなしになる。それは得策ではない。



 タルヴィクが机に新聞を差し出した。

「学生裁判について取り上げられています。アルテ老師が子ども相手に追いつめ、初等部の生徒を退学に追い込んだと」

 アウリアは立ったまま、新聞には一瞥もくれなかった。 

 タルヴィク学長が口を出すことを失念していた。

「代理人として、濡れ衣を着せられた生徒を助けました」

「エマ君の行方が気にならないのですか?」

「なぜ気にするのですか?」

 アウリアはまっすぐこちらを見据える学長を、同じ強さで見据え返した。


 タルヴィク学長は薄い唇に笑みをたたえた。

「エマ君は退学して、領地の学校に戻ります。去年最優秀成績をおさめた生徒でしたが」

「人を貶めようとした代償ですから、適切です」

「おや、冷たいですね」

 タルヴィクは口先だけで言った。

 アウリアは微笑んだ。

「ええ、冷たいです。デュオクロスの指導者たちは」

「おや、こちらですか。()()()()()()()()()


(そういうところですよ)


「アウリアさん、()()を求めます」

(弁明ね、どうあってもわたしのせいだと言い続けるのですよ)


「わたしが学生裁判に関わらなくても、エマさんの悪意は明らかになったでしょう。裁判官はそこまで無能な方ではありません。そして子どもたちを守る意志が、デュオクロスの指導者や最高議会にあったなら、新聞サークルに、裁判の記事を差し止めることができました。今回の内容は知りませんが、わたしを悪役令嬢にするためだけの記事に、エマさんは利用されたのでしょう。退学に追い込んだのは、権力があっても何もしなかった方々のせいです。やり直すチャンスを与えなかったのも、しかり」


 学長は新聞を脇に置いた。

()()()には、()()()()()()()()()()()

「はい。まったく」

 学長が薄笑う。

 アウリアはその笑みを見ると鳥肌が立った。


「わたしに無用な罪悪感を与えて、精神を支配しようとするのは、やめてください」

 

 語気が強まるアウリアに、マディア・サフィロク書記官がビクッと手を止めた。

 学長が個人面談なり一人を呼び出したりしたときは、やりとりが記録される。

 こういう場所こそ魔力人形が向いているが、筆記するのは生身の人間で学長支持者だ。

 タルヴィクの信奉者は女性が多い。

 マディアは燃えるような眼でアウリアを睨みつけていた。


(学長に逆らう人間がいるなんて、と思っているのですよ。キモい)


 タルヴィクは軽く両手を組み合わせると、溜息を吐いた。

「あなたと私の間には、何か著しい誤解があるようです」

 アウリアは無言で返した。

「下がってよろしい」

「失礼します」

 アウリアはスキップする思いでドアへ向かった。

「アルテ老師」


 アウリアは笑顔を作って振り返った。

 タルヴィクは細い目を一度開いた。

「男性と一緒に暮らしているようですね。風紀を乱す方はデュオクロスを出て行ってもらいます」

「まあ、大変です。学生のほとんどがいなくなりますね」

(もちろん、学長も)


 ✦―✦✦―✦


 アウリアが皮肉を残して去った後、タルヴィクは閉じられたドアを凝視した。

 なぜ自分の魅了が伝わらないのかと、心底不思議がる(まなこ)で。


 一方のマディアは、怒りもあらわに震えていた。

「学長、あのような態度を許してよろしいのですか」

 タルヴィクの期待する反応はこういうことだ。

「よいのですよ。彼女はデュオクロス始まって以来の()()です。()()()の秘蔵っ子、わたくしなどは()鹿()()()()()も仕方がありません」

 タルヴィクは一言一句、マディアを刺激するような言葉を選んで発した。

「なんてこと!懲らしめてやりませんと、つけあがる一方ですわ!」

 タルヴィクは悲しそうに細い目をさらに細める。

「懲らしめるとは、穏やかではないですね。貴族に手を出したとなれば、たとえ特別自治区とはいえ、投獄だけではすまないのです。()()()()、ここは()()()()()()()

 マディアは名前を呼ばれたことに胸を震わせた。

 麗しい学長の姿にうっとり見とれながら、彼のために知恵を振り絞ろうと考える。

 

 タルヴィクは待つだけだ。

 一ヶ月でも二ヶ月でも、信奉者が自分のために動き出すのを。


 ✦~✦~✦~✦~✦


 塔の名がつく機関名は多いが、暁ノ塔は最初から塔建築だった。

 旧式ながら魔石で動くエレベーターがある。

 アウリアはエレベーターで一階へ向かいながら、こめかみを揉んだ。


(あれ、魅了なのでしょうか?)

 アウリアはタルヴィクと会うと異様に疲れるが、今日はいつもよりは気楽だった。

(彼の眼力が衰えたのでしょうか?)

 魔力持ちには簡単な言葉で人の心を操る人がいると聞いたことがあるが、タルヴィクはその手の人だと思うときがある。

 強い魅了ではないが、彼の見た目や雰囲気が好みの女性なら自らかかるだろう。

(卒業したことですし、二度と会いたくないのです)



 



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