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74話:序列中位の令嬢たちは焦っています


 ✦~✦7月17日✦~✦


 ローエン伯爵家の薔薇の広間で薔薇の会の茶会が催されていた。

 新会長に就任したソフィアを中心に、新体制といったところである。

 アイリンは幹部として要請を受けたが、「面倒なのはいやだわ」と断った。


 薔薇の会はドレイヴェン公爵令嬢レティシアが王太子妃になるという目論見もあって、大きく成長してきたが、崇める対象がアルテ侯爵と婚約したので、薔薇の会には動揺が広がっていた。

 また新しく入ったメンバーには、貴族ではない女性もいて、アイリンは首を傾げる思いだった。

 ソフィアから遠い末席のテーブルで、オレンジたっぷりレアチーズケーキを口に頬張りながら、地味な装いの巫女を眺めた。

 彼女の名はユディット。

 アクリアス公爵家のメイジーがハープを習っており、アイリンは急にメイジーにすり寄ってハープを習い始めた。その先生がユディットだった。

 貴族の、それもレティシアを慕う者たちが集まる薔薇の会に信者巫女が現れるのは奇妙だった。


(ドレイヴェン公爵家って、神殿と距離をおいてる家門なのにな。ソフィアってば、何を考えているのかしら)


 アイリンは会合に来てからずっと不快さと戦っていた。

 極めつけの不快さは、隣の女性だった。

 青白い顔をしたフィリス伯爵家の長女フルダ19才がいた。

 慈愛を意味する古い精霊の名は由緒正しき家柄の女性に多いが、古めかしい印象を与える。

 そのフルダとアイリンはまったく親しくなかった。


 デュオクロスの変人の友人として、一応社交界で知られていたアイリンだった。

 令嬢仲間は気を遣って、アイリンをフルダと同じテーブルにしてこなかった。

 薔薇の会で顔を合わせたことはあっても、アイリンがフルダと挨拶を交わすこともなかった。アウリアの両親が亡くなった後、どれだけ酷いやり口でアルテ領の主要な権利を強奪したか、母が憤っていたからよく知っている。

 家門内の権利の奪い合いは珍しくないが、死後直後の隙をつくやり方は効果的でも嫌悪される。

 16才で侯爵になった若いアルテ侯は権利を巡る争いはせず、第三の決着をつけた。法に基づきフィリス家と完全な絶縁を選んだのだ。


 薔薇の会が終わるまで、アイリンはフルダと一度も言葉を交わさなかった。

 フルダが何度もアイリンに顔を向けていたことは気づいていたが、気に入らなかった。これまで彼女のほうも、一度だってアイリンに近づいたことはない。

 それなのにアウリアが王太子妃になる噂が出たとたん、アルテ侯がドレイヴェン公爵家と縁を結んだとたん、近づいてきた。


 椅子から立ち上がると、フルダがアイリンへ顔を向けて呼びかけた。


「アイリン嬢」

(話しかけてくるなんて、いい度胸ね)

「この後、カフェに寄りませんか」

 痩せぎすの頬にうっすら笑みが浮かんでいる。

「は?」

「アウリア()()()()に取りなしてほしくて」

(ねえ、この子今、アウリアお姉さまて言ったわ。図々しい!!)

「お姉さまなんて呼べる関係の人に、取りなすことなんてないわ。さようなら」

 アイリンは口元だけでにこっとさせると、迎えに来た侍女と一緒にテーブルを離れた。


「待ってください」

「いやよ」

「お願いします! アウリアお姉さまのせいで、我が家は大変なことになっているのです」

 アイリンは絶句した。

(この子、アウリアを貶めにかかったわ。なんてあくどい)


 帰りかけていた令嬢たちは足をとめて二人に注目した。

 その際ソフィアの笑む顔がアイリンの目の端を掠めていた。

(ソフィア……?)


「お願いします! アウリアお姉さまにお許しいただけないと我が家は、破滅してしまいます!!」

 大声でわめきだすフルダに、アイリンは怒りで身体を震わせた。

 アイリンは口が達者というわけではない。日和見主義で争いごとは好まない。権力者には従うし、薔薇の会だって年ごろの令嬢が集まるから、ハブられないように入っていた。


「待ちなさいよ!」

 アイリンとフルダの間に割り込む、威勢のよい声があった。

 その声は薔薇の会に唯一名を連ねる公女、アティアンヌだった。

 メイジーやロザリーナたちは同じ公女のレティシアを慕う会なるものに入会するには、自尊心が高すぎた。もっともメイジーは茶会よりハープの練習に時間を割くタイプである。



「あなたね! 聞いていれば()()()()()()にもほどがあるわよ!」

 勇ましく登場したアティアンヌは、フルダの前に立つとピシッと扇を向けた。

 フルダは気圧されて、格上の公女に慌てて膝を折って一礼する。

「私は別に」

「あなた、アウリアお姉さまと話したことも会ったこともないではないの! 私こそ、()()()()と呼ぶことが許されているのよ!」

(そうなの? あの人付き合いの悪いアウリアと、お茶会の後仲良くなったのね?)


 フルダは青白い頬を歪めさせた。

「会ったことはあります。親戚ですから」

「たーいへん! あなた、頭は大丈夫?」

 アティアンヌは大げさな仕草で、心底心配そうに訊ねた。

「何ですの」

「縁が切れていることは、社交界の常識でしてよ?」

 アティアンヌの冷ややかな声に、フルダもアイリンも息を呑んだ。


 さすが公女。以前はおかしな派手な格好でバカに見られていたが、最近はセンスの良いドレスを着て、ドリル束の髪型も変えていた。


 アイリンはここぞとばかりに加勢した。

「アウリアが幼少のころには会ったかもしれません。フルダ嬢は言葉も話せなかったでしょうね」

「そうよね。絶縁した家の者からお姉さまと呼ばれるなんて、アウリアお姉さまがお可哀想。これからこんなふうに、王太子妃になるアウリアさまを陥れようとする者が現れるのね」

 アティアンヌは名演技とばかりによろめき、アイリンはとっさに支えた。

(すごいわ。アティアンヌさま)


「わたしくは陥れようだなんて」

「おまえはさっき、アウリアお姉さまのせいでと、()()()大声で言ったのだわ。会ったこともないくせに」

 アイリンは思わずパチパチ拍手をした。

 フルダは凄むような目でアティアンヌを見上げると、訴えた。

「私の家は突然、いくつかのギルドから取引を停止されたのです。どれもアルテ領のギルドと取引があるところなのです」

「因果応報というものよ。おまえの両親はもっとえげつなく、アルテ領の権利を奪っているのだわ」

 これまたアイリンは首がちぎれる勢いで頷き、フルダは鋭い眼光を飛ばす。


「やり方が汚いのですわ。私にはおかしな縁組が来て、断れないんです!」

 フルダの話に、遠巻きに眺めていた令嬢たちがひそひそし始めた。


 ――縁組ですって

 ――ざわ


「その話、他でも聞いた気がするわね」

 アティアンヌが扇をパンと手のひらに打つ。アイリンもそうだった。似たようなことを聞いていたのだった。


 そこへソフィアが急いだふうな様子で駆けつけた。

「どうなさったの? 大声が響き渡っていてよ」


(し、しらじらしい。ソフィアあなた、ずっとこっちを見ていたわよね?)

 人の好いアイリンだが、女子の陰湿な嫌がらせはもちろん知っている。

 テーブルの配置、フルダの豹変にはソフィアが関わっているのだった。


 そこへ優雅な足取りで近づく女性がいた。

 薔薇の会では年長者の部類になる、ヘンルーダ子爵の未亡人ローダンテだった。

 彼女は夫人の会や若い令嬢の会にもこまめに顔を出していた。自分の味方を増やすためであろうことは皆がわかっている。


「お座りになって話したらどうでしょうか」

「いいえ、それには及びません」

 アティアンヌがやわらかな声で応じた。ローダンテを見る目が冷ややかなことに、アイリンは気づいた。

(人の顔色を窺う特技って役に立つわ。アティアンヌ嬢、ローダンテ夫人が嫌いそう)


「思い出しましたの。王太子さまがアウリアお姉さまに求婚されたそうなのですけど、その直後から、アルテ侯爵邸にたくさんの呪物が届くようになったそうよ。幸いにも、侍女の方が呪物だと気づいて、コリンティア妃殿下に相談されたのよ」


 コリンティア妃殿下――

 ざわ――


「差し出し人が不明なものばかり。醜い人たちね。妃殿下は大変嘆かれて、魔道宮にお命じになって、差し出し人を突き止めた上で返されたそうです」

「魔道宮からですって?」

 ローダンテの顔色が変わったのを見て、アティアンヌは声音を低くして告げた。

「わたくしも初めて知ったのですけど、呪物は送りつけた内容に応じて、おのれに災いがはね返るそうですわ」


 呪物など、ただの嫌がらせだと思っていた令嬢たちは青ざめた。

 慌てて身を翻して帰り出す者もいて、アイリンは目を丸くした。

 そんなにもたくさんの令嬢たちが、アウリアに呪物を送りつけていた事実に。


 ソフィアは顔をしかめ、フルダはぎょろっとした目でソフィアに顔を向けた。

「ソフィアさま、私が送ったものは」

「黙って!」

 ソフィアはフルダの腕を掴み、フルダは唇を噛みしめた。

 それを見て、アイリンは胸苦しく感じた。

 ソフィアは今アウリアを貶めるために動いているとわかったから。



 ✦~✦~✦


 1時間後、アイリンはフォレンテ公爵家の馬車の中で、アティアンヌと向かい合っていた。

 年下でも公女は風格があって、アイリンなどはそわそわしてしまう。


「アイリスさん、あなたはアウリアお姉さまを呼び捨てにできる、()()のご友人ですわ」

「え、ええ」

「ご自分の身の安全を確保なさって」

「えっ!」

 アイリンはぎょっとして腰を浮かした。

「なに、なになになに、私が危ないの!?」


 アティアンヌは呆れた。

「あなた! アウリアお姉さまもだけど脇が甘いの。お姉さまはこういうことに疎いのはわかるわよ。それにデビュタントが終わるまで余計な心配をさせたくないから、私があなたに声をかけたの」

「ありがとう。アティアンヌ嬢。あなたはいい人ね」

「当たり前よ。好き好んで悪人になる人はいないのだから」

(面白い、この子!)

「アウリアはね、関心がないのよ。令嬢たちのマウント合戦なんて、私を心配する必要すらわかってないと思うわ」

「ま、まうん?」


 アイリンはにんまりして、アウリア用語を教えた。

 マウントとは、相手よりも自分が優位であることを示そうとする言動や態度のこと。

 アイリンは子どものころアウリアとはよく一緒だったのだ。聞き慣れない言葉を連発する彼女と話すには、彼女特有の言い回しを理解する必要があって、それが面白かった。アウリアがデュオクロスへ行ってからは、ずいぶんつまらなくなっていた。


「すばらしいわね。アウリアお姉さまは物事をわかりやすく言い表すんだもの」

「そうなの。便利なのよ。オタクとかマウントとか」

「そういう意味では、ソフィア嬢はマウントを取りたがる人ね」

「ええ、でも彼女の口癖は『公平になさって』なのよねえ」

「図々しい、何が公平になさってよ。ロゼリーナさまが聞いたら大笑いしてよ」

(ふーん、私なんて正しく公爵令嬢とは緊張して話もできないけどなあ。公女たちは公女たちだけの付き合いがあるのね)


「ソフィア嬢には気をつけなさい。あの者はね、レティシアさまに憧れていると言ってる口で、裏では宰相の父親を使って、王太子妃になろうと動いていたのよ。今だってそう。殿下が自ら選んだ方に求婚したという話も知っているのに、諦めていないのだわ。私ね、そういう姿を醜く感じるの」


(まあ、公女さまは、そうよねえ)


 公女たちは生まれながら身分が高いが、ソフィアは伯爵家で宰相の娘でも、パールシアでは大した権威も権力もない。自身に爵位がない令嬢はただの貴族の娘とはいえ、公女はやはり一目置かれる。そんな人には、序列中位の焦りはわからないものだ。

 結婚相手はうまくいけば格上も狙えるが、実際は下の家格との縁談が多く持ち込まれる。

 というのも、彼女たちの世代は男が少なかったのだ。30代前後より上世代や10代は男が多い。

 ど真ん中で狙えるのがドレイヴェン小公爵(25)、フォレンテ小公爵(23)、ラサ侯爵令息(24)、アルテ侯(30)、毛色がちがうので話題にも上らない海都ラリマ侯爵令息(22)。

 そして王太子(25)。


 侯爵以上の家格はオフィリア王女が嫁ぐまで婚約を自粛させられていた。

 それが解禁されたものの20代の貴族令嬢は大勢いて、ソフィアは宰相の娘というだけでは優位に立てない。

 今婚約者を持たない婚期の男は爵位を継がない次男三男。本人に何かしら才覚があればいいが、そんな男は早いうちに売れた。

(争奪戦だったものねえ)

 売れ残った女子は中位の上クラスの伯爵令嬢ばかり。彼女たちは伯爵家の家格があったために、王太子妃になるという夢を抱いて婚約を避けてきたから。


(私は年下がいいな、気楽だし、まだ21よ。独身満喫万歳だわ)


 アイリンはソフィアとも仲がよかった。彼女の頑張りが好ましくて、レティシアからどうやって妃の座を奪うのかと、楽しんで見ていた。裏で父親を動かすことはあったのかもしれないが、持てる力を使うのは当然のこと。でも最近のソフィアは卑怯な手も厭わなくなっている。

 寂しい気持ちになって、アイリンは言った。


「ソフィアは頭がよかったんです。貴族学校でも一番で、誰も彼女に勝てなかったわ。でも常にデュオクロスの変人の噂が入ってきて、ソフィアはたぶん、いつも対抗意識を持っていたと思う」

「勝つもなにも相手は暁ノ塔よ? ほんとうに対抗したいならデュオクロスに行かなくては」

(へえ、アティアンヌ嬢って、わりとまもとなこと言うのね。ドリル束がバカに見せていたのだわ)

「デュオクロスなんて、アウリアの行動力があってこそよ。ルミナスさまは胃に穴を空けたでしょうけど、ふつうの貴族令嬢には無理よ」

「それよ!」

「ひっ」

 アティアンヌは今アウリアに心酔していた。


「ふつうの貴族の娘なんて、殿下は興味を持つはずがないのよ、竜の加護を抱く王太子さまなんだから」

「な、なるほどです」

「あなた、殿下と踊ったことはあって?」

「ないです、もちろん」

「そうよね。私は公爵家の者だから殿下と踊ることもあったし、子どものころは殿下のお妃になる夢も抱いていたけれど、あれだけ徹底的に冷ややかな眼差しを向けたら、傷つくわ」

「え……意外。そうなの?」


 舞踏会では、王太子は最低でも公爵令嬢たちとは踊っていた。遠目には誰もがお似合いに見えていた。

 アティアンヌはパチンと扇を開いたり閉じたりした。

「みんな知らないのよ。殿下の冷たい態度を」

(ふぅん、そんなに冷たい方なんだ)

「目に映っていないのよ。それがすごくキツいのよ。もう帰りたくなるくらいに」

(そうなんだ。殿下って噂もない人よね。社交界のどの女性にも興味をお示しにならないし、わたしったらうっかり、筆頭補佐官のオヴィディウス伯とかドレイヴェン小公爵とか、男色だったりして……って、うふ。期待してたけど、違ったのか)

「それなのに妃候補の名を降ろさない人たちは、どうして自分が妃に相応しいと思い上がるのかしら」


 アティアンヌは愛猫の死の一件で、一皮剥けたように成長した。

 アイリンはそれを感じながら、アティアンヌに家まで送り届けてもらったのだった。


 アティアンヌから忠告を受けたアイリンだったが、翌日、彼女は出かけたまま帰らなかった。







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