73話:さすがアウリアお姉さまのお兄さまのようです
アウリアはルミナス口ぶりから記憶が戻ったのかと思ったが、そうではなかった。
ルミナスはレティシアと二人で話し合い、自分たちの行動を遡って調べていた。
それによるとレティシアは駆け落ち前巫女を見舞い、奉仕活動のために滞在したことになっている。が、見舞うほどの仲ではなかったことが判明した。また魔力持ちは神殿に入ると頭痛がしたり体調を崩したりするということも。神殿が魔道具対策に魔力妨害装置を置いていると思われる。
兄は幼いころ、母の実家フィリス伯爵夫妻に無理やり連れて行かれたことがあった。その後数日に亘って体調を崩している。
つまりルミナスより魔力レベルの高いレティシアが、奉仕活動で宿泊するのは無理だったのだ。
誰もが二人の話にぞっとし始めたとき、ルミナスが大変なことを口にした。
「レティシアは抜け落ちた記憶を辿るために、見舞ったというスミン巫女に会いに行ったんだけど、そんな巫女はいないと言われたんだよ。神殿5区の神官や通いの信者たちにも聞き回ったけど、皆が口を揃えていうんだ。スミンなる巫女はいないとね。レティシアは奉仕活動のために滞在しただけで、見舞いに来たわけではないと」
ルミナスが皮肉げになる。
「全員の言い回しがそろいすぎてるね」
単細胞のアレンヴィクもさすがに眉根をよせて、その奇妙な話に黙り込む。
アティアンヌは悪寒を感じて、アウリアのところに来てピタリ身を寄せた。
「どうしたのですか?」
「怖いから。守ってくれそうな人のそばがいいと思って」
「え?」
「は? 僕は頼りないのかよ」
と、ニルスが口を尖らせる。
アウリアはレティシアに訊ねた。
「スミンさんとはどうやって知り合ったか、覚えていますか?」
「それならローダンテさんだ」
「ローダンテ?」
アウリアのつぶやきにアティアンヌが教えた。
「ヘンルーダ子爵家の方よ。去年の暮れに子爵の夫君を亡くされたの。まだ27才なのにお可哀想そうよね。お子さまは歳と幼いから、亡くなった子爵の弟が爵位を継ぐらしいのだけど。まだ揉めてるの」
「爵位が空位なの?」
「爵位代理は弟さんよ。22才で独身でね」
この場合亡くなった子爵と夫人の子が、第一位爵位継承者。
しかし幼子はすぐに継承できない。成人になるか、成人と同程度の能力があると貴族院裁判所が認めたときに継承できる。夫人を代理子爵にするかどうかは、家格や貴族裁判所への持ち込み方にある。弟は一手早く動いたということがわかる。
ヘンルーダ子爵家は亡くなった長男、他家に嫁いだ長女、そして現在話にある弟の3兄弟。前子爵はまだ55才だが、早く引退して領地で悠々自適に暮らしている。
だったら前子爵が子爵に復位すればいいのにと誰もが思うところだが、弟からすれば爵位を奪う好機。
「揉めてるわよ。夫人と新しい子爵を再婚させたらどうかってね」
(ふぅん、夫人からすれば再婚することで立場は守られる。爵位がなし崩し的に奪われることも防げる。でも子爵を継いだ弟はどうかしら。どうせなら自分の好きな相手を妻に迎えて、子爵家を継ぎたいはず。千年も昔なら、兄の妻を娶る独自の風習を持つ土地もあったけれど、今の社交界ではドン引き。二人が急速に仲良くなっても懐疑的に見られてしまうのです。元々不倫関係にあったとか……)
「兄の妻との結婚は自分で言い出したのかもな」とニルスが言った。
しばし話が逸れて、ルミナスが「話を戻そうか」と引き戻した。アレンヴィクが苛々し始めていた。
「ごめんなさい」
アウリアとアティアンヌが謝り、レティシアが話を続けた。
「観劇に出かけた際に彼女と席が近かったんだが、体調を崩されていたようでさ、介抱がてらお茶に誘ってね。そこに巫女がやって来て、ローダンテさんに挨拶をされて、私も紹介された。スミン巫女はハープを弾かれる方で、容姿の印象は残らなかったが、気配が独特というかさ、神殿らしい方であったのは確かだね」
「ローダンテさんにも、スミン巫女について聞かれましたか?」
レティシアは顔をしかめた。
「それがさ、カフェで巫女になんて会っていないと言うんだよね。ところがどっこい、こっちはハープを弾く話を聞いてるんだよ」
(ところがどっこいって、もしもしレティシアさま、あなたは公女なのですよ)
アウリアは笑いそうになるのを堪えた。
「その記憶があるということは、3月半ばより前に出会われたのですね?」
「そうだよ。時期的には2月の終わりだ。王立劇場の作品がさ、私はまったく好みじゃないんだけど『フリッグ』だったから間違いないね、3月で作品が変わったから」
アウリアの片腕にしがみつきながら、アティアンヌが言った。
「それ! 薔薇の会で配られたチケットですわ。レティお姉さま」
「そうそう! しょうもない話だけど、義理で顔を出すかと思ってさ」
(ふぅん、薔薇の会ね。フリッグって、あれですよね)
母女神を欺き人間界で愛に殉じた娘フリッグ。
フリッグは神籍を追放されたことで、人となり短い一生を終える。
作品には、フリッグの計画に加担させられた竜が登場する。
竜は女神の力をふるうフリッグに逆らえなかったが、我が儘娘の飛んだとばっちりで天界を追放された挙げ句、魂を二つに引き裂かれた。
永遠を捨てて「死」を選んだ娘と、主神の怒りで「魂」を裂かれた眷属の物語。
吟遊詩人が語る物語がベースになっているが、アウリアはこの話に詳しくなかった。
デュオクロスには竜に関する資料が少ないせいもあるが、竜が関わる物語は扱いが難しかったのだ。
王家やエメラルディア創世記に関わるから。
ゆるい劇くらいがちょうどいい落とし所。
「アウリアお姉さまは『フリッグ』をご覧になったことある? 舞台もお衣装もとても凝っていて、見ごたえがあるのよ」
「ないのです。観劇はチケット代が高くて、本で読むくらい」
「チケット代ですって!? 侯爵家の人間が、何を言っているのよ?」
アティアンヌが目を丸くして、ルミナスが面目を失った。
(ごめんなさいお兄さま)
「アウリア、社交界は知識より教養がものを言う世界だぞ」
レティシアがチクリ言う。
(はい……ごもっともなのです)
さて──
レティシアは自力でスミンを探すために神殿を巡ったところ、最高神官の顔見せ行事で、変装したリードハープニストを見つけたのだった。
「髪も目の色も変えていたけど、私の魔力がスミンだと教えてくれた」
「今そのスミンに密偵をつけているから、そのうち素性はわかると思うよ」
ルミナスが言った。
スミンは神殿5区にはいなかったが、中央神殿のハープニストとして存在した。スミンは偽名で、ローダンテは体調不良を装い、レティシアと引き合わせる役目を担った。
さてはて、ローダンテは利用されただけなのか、仲間なのか。
いずれにせよ、レティシアはスミンに呼び出されて、仕方なく神殿5区へ行ったのだった。
「お兄さまはどこでレティシアさまと絡むの?」
「うん。それがね」
ルミナスは記憶がたとえなくても、おのれの思考と行動を推測するのは容易かった。
最高神官が貴族と結婚しようと企んだ話は、一部の貴族の間では噂として流れていた。
「お兄さま、まさか?」
「うん。レティが最高神官の花嫁に狙われていると考えたと思うな」
レティシア以外の全員が、ハッと顔を見合わせた。
「僕は駆け落ちではなく、レティシアを連れ出したんだと思ってる」
アレンヴィクは思わぬ話に唸りつつ言った。
「それなら俺に相談してくれてもよかったではないか! 相手は最高神官だぞ。危険極まりないではないか」
(危険だという認識があるのですね)
そのことにアウリアは目を瞠った。
ルミナスも少し反省した様子だったが、なにぶん今は記憶がない。
「僕に余裕がなかったんだと思う。情報を得たのが直前だったんじゃないかな」
「そうだとしても、妹にメッセージを残す暇があるなら、そのとき伝えることはできなかったのか」
「僕なら神殿をにおわせるメッセージは残さないよ」
「なぜだ!」
「決まってる。アウリアと神殿を近づけないためだ」
(確かに。わたしの目が金色だと知っていますし……小公爵さまにはまだ見せていませんが)
「それに僕らが逃げれば魔道士が追跡に来るはずだろう? すると神殿側は追うのをやめる。魔道士と直接やり合う力はないだろうし」
「ではアルテ侯は、魔道士の追跡を意識して逃げたというのか」
「僕ならそう動くはずだ」
アウリアも頷いた。兄らしいと。
すると、アティアンヌが勢いよく拍手をした。
「すごいわ! さすがアウリアお姉さまのお兄さまだわ」
(へ?)
アルテ兄妹はキョトンとした。
「アルテ侯は賢さをひけらかさない方だからなあ」
ニルスも頷く。
フォレンテ兄妹はフェンリンの件でアウリアの推理力は知っていたが、ルミナスの話にも感嘆したのだった。
アウリアは一つ疑問があった。
「お兄さま、わたしに暗号文で寄こされたのだけど、そのこと話したかしら?」
「暗号文? いや聞いてないよ」
「お兄さまはわたしにね、『彼女の命はおまえに託す』ってメッセージを送ってきたのです」
「きゃあああステキ!」
わけもわからずアティアンヌは黄色い悲鳴を上げてはしゃぎ、レティシアは少し照れくさくした。
ルミナスは首を傾げて、
「すると僕は殿下の魔力のこと、レティから聞いて相談を受けていたかもね」
「そうだな……私もルミナスには相談するかもしれない。魔力持ちの知人なんて、他にいないしな」
アレンヴィク以外は皆がにやにやした。
既に婚約したとはいえ、二人に友情以上の感情があるなら、そのほうがいいに決まっている。
「あのさ変人。命を託すってふつうビビるよな? 僕はさっぱり意味不明だけど」
アレンヴィクは芋女、ニルスは変人がデフォルトになっていた。
アウリアは何でもかまわなくなったが、ルミナス、アティアンヌ、レティシアにジロリ睨まれて、ニルスはさっと目をそらした。
「わたしもビビりましたけど、大丈夫です。殿下と話し合ったのです」
ふぅん、とルミナスがアウリアを見つめる。
(二人にはお咎めがなかったし、ユリアスさまのお世継ぎ問題は……そういえば、ユリアスさま、人工授精の話も記憶から抜けたのでしょうか? わたしに関する記憶がなくなっただけのようでしたが)
そうしてアウリアが思念に沈みかけたとき、誰かのお腹が鳴った。
――ぐぅ。
アレンヴィクを見ると、むっとしたように胃袋を撫でる。
「診察が終わるまで食うなと言われてて、腹が減ってるんだ」
「そうよ。私だってスイーツ我慢してたのよ」
そうしてその日は社交界の話題をひたすらしゃべり合うだけの、アウリアには珍しい一日となったのだった。




