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72話:三組三様の兄妹たち



 王室顧問の次期筆頭ラピディオール侯爵夫妻の立会のもと、ドレイヴェン公爵家とアルテ侯爵家の婚約誓約約書が交わされた、数日後。


 アウリアは再びドレイヴェン公爵邸に足を運んだ。

 治癒魔道士が治癒に訪れたが、アウリアによる継続治療を促して帰ったということだった。


「わたしはいつから小公爵の主治医になったのでしょうか」

 アウリアのぼやきに、ルミナスが宥めながらアウリアを促した。


 アレンヴィクは大きなクッションを背にして、ゆったりした椅子に身を預けていた。

 動けないわけではないが、全快とは言えぬために治療休暇を取得中だ。

 

 応接室にはレティシア以外に、フォレンテ兄妹がいた。

 万が一にもアウリアがひとりでドレイヴェン公爵令息と会ったと、おかしな噂を立てられないようにだ。

 フォレンテ公爵邸に神殿間者がいたことで、ドレイヴェン公爵家も使用人に警戒を強めている。信頼のおける第三者として、レティシアがフォレンテ兄妹を招いたのだった。

 アティアンヌはドリル束をやめて、軽いウェーブを流して、ハーフアップにまとめていた。

 暑苦しいチョーカーもない。

(ちょっと残念なのです。アティアンヌのトレードマークなのに)


「アウリアお姉さま!」

 アティアンヌがアウリアに駆け寄ると、両手を開いて飛びついた。

「へ?」

 抱きつかれてびっくりのアウリアに、アティアンヌが不満そう。

「なによ。お手紙に書いたわよ、読まれていないの?」


 アウリアは目を泳がせた。

(あったのです。親愛なるアウリアお姉さまって……手紙の形式だと思っていたのです)

「眼鏡! やっと替えたのね。こっちのほうがぜんぜんいいわ。あなた美人なのね。別人みたいよ」

「ありがとう」

 アウリアは苦笑した。

(慕われているというより、上から目線のお姉さま呼びなのですよ)


「早くレティお姉さまとお茶しましょうよ。新作スイーツを持ってきたの」

「アティは元気だな」


 アティアンヌは薔薇の会会長を務めたほどレティシア贔屓で、子どものころからレティシアに懐いていた。そんなアティアンヌをレティシアも可愛がっていて、リラックスした様子だった。


「おい、僕にも挨拶をさせろよ」

 ニルスがアティアンヌを退けて、アウリアとルミナスの前に来てにこやかに挨拶した。

「アルテ侯、この度はご良縁が整いましたこと、心よりお祝い申し上げます」

「ありがとう、ニルス」

(まあ、公爵家の跡取りを呼び捨てするなんて、お兄さまも社交界で頑張ってるのです)


 三十路の兄を心配する暇など、今のアウリアにこそなかったのだが、アウリアは急に母親の気分になった。

 そんなふうに感じるのも、相手がニルスだったからだろう。

 ユリアスのときは身構えるし、レンとは領地の隣人で付き合いの長い緩さがある。アレンヴィクとは極端だし、それに比べてはニルスは可も不可もない感じ。


 アウリアはテーブルのカルテを開き、治癒魔道士の残したコメントを見た。

 他の人が見ても解読不能な略式語で記されていた。

 略式は速記に使う文字で、治癒魔道士はアウリアのために残したのだった。

 点滴が効いて、ボロボロになった血管や内臓が回復に向かっているが、数日は血流が滞りやすい状態で、痛痒に苦しむと思われる。一度自己治癒力で回復したほうがよい云々と記されていた。

 ユリアスの魔力を帯びた人間の体内から、カス魔力を排出するという症例が初めてで、治癒魔道士も定期観察を実施するとあった。


(そうなのです! 小公爵は極めて貴重な試験体、思わぬ収穫が手に入ったのです)


 億劫な思いが吹き飛び、アウリアの目の奥がキラリンと輝く。

 やる気を出した妹を見て、ルミナスはちょっと複雑そうにした。何か言いたい思いを飲み込むような顔だったが、アウリアは気づかない。

 

「早く俺を治せ、痒い! 芋女」

 じっとするのが嫌いなアレンヴィクは、アウリアに八つ当たり気味に言う。

「なんて言い草だ。アウリア、放っておいていいぞ」

「ほんとうだわ。小公爵さまはアウリアお姉さまに酷いことを言ったのよね。死ぬほど痒がっていればいいのよ」

 アティアンヌはすでに事情を聞いて怒っていた。


 今日はサラの代わりにルミナスが医療鞄を持ってきた。

 サラはピオニーと一緒にエメラルド宮だったから。

 ユリアスがピオニーのご褒美に、エメラルド宮の空を自由に飛ばせることにしたのだった。

 ただそれが、アウリアとは別行動だと知るや否や鳴いてしがみついた。が、「プリンを用意してやる。エメラルド湖なみの()()()()プリンだぞ」とユリアスが言うと、ひゃぁぁ、と雄叫びをあげてついて行った。

(ふっ、プリンに負けるなんて、そんなものですよ)


 同行は、アウリアがサラに頼んだのだ。

 ユリアスは遊んでやることはできても世話はしないだろうから。

 サラは「甘やかしすぎです」と言いながら、大きなバスケットに遊び道具のクリスタル木琴やボール、湖で遊ぶための浮き輪やサングラス――メイド型でも遊ぶ想定までして――ピオニーお気に入りのカップやストローなど、食器やエプロンの果てまでぎゅうぎゅうに詰めていた。

(どっちが甘やかしているのか。ふふ)

 


 診察するため椅子に座ると、アレンヴィクが足置き台に足を投げ出した。

 とたんにルミナスがむっとして、その長く鍛えられた足を叩いた。


「何をする、アルテ侯」

「妹が医者だから特別に許していますが、足を向ける前に一言あるべきですよ。まだアウリアに謝罪もしていない!」

「そうよそうよ!」

 と、ルミナスに加勢するアティアンヌ。


 アレンヴィクの足の指がウィンナーのように赤く腫れていた。

 靴も履けないだろう。

 指にはクリップのようなものが挟まっており、あまりに憐れな姿に思わず吹き出した。


「いいのです。こうして痒い思いをしているのを見るだけで、痛快なのです!」

「ふん!」

 手袋をして、炎症を抑えるスプレーを取り出す。

「僕がやる!」

 ルミナスがアウリアの横に椅子を運んで座り、アウリアからスプレーを取った。

「お兄さま」

「接触は必要最小限!」

「俺を汚い物のように扱うな」

 アレンヴィクとルミナスは控えめに言っても侃々諤々やり合い、アウリアはその間に聴診器を取り出した。


 ――が、

「私にも音を聴かせてくれ」

「ほんとうに医者なのね」

「へえ、すげえな。初めて見る道具ばっかりだ」


 見物人に囲まれながらの診察にアウリアは笑い、アレンヴィクが手で振り払った。

「見世物ではないぞ、散れ」


 アウリアは淡々と診察し、魔石を使った高級便利検査器を使って、アレンヴィクの血液、唾液採取をして分析器にかけた。

「脱水症状なし、貧血はまだあるので内服薬を出します。今日は炎症を抑える点滴パック一つ。料理長にメニューアドバイスを渡してください。塗り薬は今は持っていませんので、薬師に頼んでください。処方箋は書きます」


 ポールに点滴パック吊して、アレンヴィクの腕の静脈に針を刺す。

 アレンヴィクは手を出したまま、難解な絵を見つめるようにアウリアを眺めた。


「なあ、芋女」

「はい」

「兄上、ちゃんとアウリアと呼んでください。義理の妹になるのですよ」

 レティシアにすぐ突っ込まれ、アレンヴィクは口の中をもごもごさせた。

「そこは、おいおい」

「けっこうです。僕の妹なので、他に兄はいりません」

 ルミナスもアウリアと同じで、アレンヴィクアレルギーを発症しつつあった。

「仲良くしてくださいよ」

 とニルスが大人げない二人に半ば呆れる。


「早くお茶にしましょうよ。お昼でもいいけど、甘いのが食べたいの」

 アティアンヌはつまらなくなって、椅子に座って待ち侘びる。

 アレンヴィクが真顔になり、アウリアとルミナスに鋭いような真剣な眼差しを向けた。


「真面目な話がある。アティアンヌは隣の部屋に行っててくれ」

 アティアンヌはむっとした。

「真面目な話なら私だって真面目に聞くわ。口外しちゃいけないというなら、魔道誓約してもいいわ」

 ニルスも同調した。

「僕も聞かせてください。お手伝いできることはするつもりです」



 アレンヴィクは両足の先を交差させると、少し躊躇いを見せた後に口を開いた。

「俺は殿下に助けられたが、同時にそのせいで殿下の魔力を帯びて、このざまだ。治癒魔道士が言っていた。アウリアの機転がなかったら、俺は死んでいた」

 フォレンテ兄妹の顔色が変わった。

「この数日考えていた。殿下の妃になった女はどうなるのか。アティアンヌがいるから言いにくいが、閨の接触は俺の比ではない。魔力をもろに食らう」


(あれ? ひょっとして……知らなかった?)

 アウリアは軽く目を閉じて記憶を探った。

 ユリアスの成人の儀と巫女の死については、王家と王室顧問、神殿の秘匿事項だった。

 妃候補がレティシアに絞られたとき、ドレイヴェン公爵夫妻と本人には、命の危険が伴うやもしれぬことを伝えている。


 アウリアとレティシアは顔を見合わせた。

(小公爵は知らなかったのですね。だから何が何でもユリアスさまの妃にと剥きになって)


 アウリアが気になったのは兄だった。駆け落ちした記憶がないから、レティシアに何をどこまで聞いているかわからない。

 ルミナスが椅子の肘掛けに手を置いて、トントン、と指を叩く。


「それって、妃になったら死ぬかもしれないってことですか」

 ニルスが少し狼狽えながら訊ね、アレンヴィクが皮肉げにした。

「ユリアスは今25だぞ。なのに未だ妃がいない理由を察しろってことだ」

「それはええと、魔力が大きすぎるために、慎重になっておられると聞いています」

「でも、具体的なことは何も公表されていないわ」

 と、アティアンヌは呟いた。


 アレンヴィクが息を吐く。

「俺は魔力もちのレティシアこそが妃に相応しいと信じてきた。誰の目にも明らかだったじゃないか。それが何年も婚姻に向けた動きはなく、ようやく進むと思ったら、今度は駆け落ちだ」

 アレンヴィクは妹に鋭い眼を向けた。

「知っていたんだな? 結婚すると身が危うくなることを」

 全員がレティシアの言葉を待ち、レティシアは軽く虚空を振り仰ぐ。


「父上たちと一緒に、婚姻の件で陛下に拝謁したとき、王室顧問のネルラント老伯から別に話があった。覚悟がいることゆえ断ってもよいとな。だけどさ、陛下の圧がすごかったよ」

(でしょうね)

「すぐにも婚約を迫るし、殿下がその魔力ゆえに、その身に何かあったら世継ぎがないままではないかと、叱られたよ」

「だから逃げたのか!? 軍門の我がドレイヴェン公爵家の顔に泥を塗ったのか」


 アレンヴィクの怒りはどこまでも面子にあった。

 兄としては妹の無事こそ喜ぶべきなのに。

(これだからこの人は!)


「逃げていない!」

 レティシアはきっぱり言った。

「逃げただろうが! だからこの……アウリアが妃に内定するんじゃないか!」

「違う!」

 レティシアは首を振り、ふいに、ルミナスが手を挙げた。

「逃げてないよ。いや、逃げたけど、それは殿下からではないんだ」

「言い訳か!?」


 アウリアは思い切りアレンヴィクの足を叩いた。

「女のくせに叩くな!」

「黙ってなさい! 自分の面子しか考えない兄なんて、妹からしたら害悪なのです!」

「なんだと! 俺だっておまえのような小賢(こざか)しい妹はいらん!」

「ふん!」


 フォレンテ兄妹はもはやこの両家の義兄妹がうまくいくとは思えなかった。

 大変そうね、とひそひそ言い合った。


 奇しくも三組の兄妹が集まっているが、遠縁ではあるが血のつながらないフォレンテ兄妹が、もっとも兄妹らしく見える会合だった。






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