7話:冤罪を晴らしました
事案内容を聞いて、アウリアは以前経験した学生裁判を思い出した。
忘れたはずだったのに、こうして法廷に立つと思い出してしまう。
(ダメダメ、集中するのです)
見たところ、カイロンを目撃した生徒の姿がなかった。
パールシアの裁判では、関係者はすべて原告被告の後ろに座る。
出廷を拒否することはできるが、こういうときこそ一致団結、仲間意識を大事にするのではないでしょうか。
(まあいいです。カイロンの代理人として事案を見れば、目撃証言はあってもなくても関係ないのですから。争点は一点だけ。カイロンに確認することも一点だけ)
アウリアは軽く息を整えると、直後にすっと表情を消した。
タリア裁判官が話を続けた。子どもにもわかりやすい話し方で。
「訴えを受けて、裁判所が動きました。速やかな解決に導くため、魔道具を使い、文鎮を探したところ、カイロン君のロッカーから文鎮が発見されました」
アウリアは挙手した。
「アルテ老師」
「わたしは初等部のロッカー事情を知りません。開閉する仕組みを教えください」
「なんだよそりゃ」
リオが爆笑した。
それにつられて、傍聴席の生徒たちも笑った。
「静粛に」
タリアが言葉で制した。
学生裁判では木槌を打たず、言葉で支配する。
「よろしいですか、みなさん、アルテ老師は暁ノ塔に10歳で入られて、わずか11年で卒業した天才です。通常は20代前後でようやく入学し、そこに20年近く在籍します。つまり初等部の様子を知らなくて当然です」
タリアの声は実に厳粛な響きをもって、生徒たちを黙らせた。
なぜかそれに気を良くしたのは、アウリアの肩にいるピオニーだった。
キュキュキュっと、かわいらしく尾っぽでアウリアの背を叩く。
(励ましてくれてるのですね。ありがと)
一方、アウリアは一つ気になっていた。
エマだけは硬い表情で、アウリアを上目遣いしていることに。
チョコレートの色の目が、据わっている。
(むむ、温度調整してないチョコに見えるのです)
市販のチョコを溶かして好きな形で固めて冷やしたら、歯が折れそうになるほど硬かったときの感じだ。
ロッカーについてはリオが説明した。
「鍵を使うか、数字を合わせて開けるか。どっちでもいいんだよ」
アウリアは頷いて、言った。
「なるほど。鍵を盗んだ者、数字を知り得た者は誰でも、カイロン君のロッカーに入れることが可能です」
「なに言ってんだ! なんでわざわざそんなことすんだよ!」
「さあ、どうしてでしょう」
アウリアはとぼけた顔で言い、リオが真っ赤な顔になる。
「人の言葉尻とってんじゃねえよ」
傍聴席からも一斉にヤジが飛んできた。
――引っ込め、オバ老師
――眼鏡ババア!
(このガキども――失礼。さて、どうしてやりましょうか)
ガキを泣かせる方法などいくらでも思いつく。
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべていると、アウリアの思考を読んだかのようにピオニーが無邪気に反応した。
キュッキュウ、と肩の上で羽を動かす。
(こらこら、興奮しないのですよ)
ピオニーはサラから、アウリアがハッスルするのを止める役目を担ったはずだが、「やれやれ」「やり返せ」とけしかけてくる。
それに引きずられないように、アウリアは軽く喉を鳴らした。
挙手すると、代理人席を離れて真ん中に出ていった。
「こちらから失礼します」
「許可します」
「書記官、現在、当該文鎮はどのように保管していますか?」
ニール書記官が一ミリも表情を変えずに、黒い箱を台に置いた。
「魔道具を扱う司法官がカイロン君のロッカー内で発見し、彼がロッカーから取り出し、この箱に収めました。それ以降、裁判所が保管しています」
「文鎮を一度なりとも拭き取りましたか?」
「拭き取りとは?」
「クリスタル製ですから、気を利かせてきれいに拭いたかと訊ねています」
「いえ、この文鎮は魔石を埋め込んだ特別仕様。魔石を狙った盗難も鑑みて、魔力反応があるかどうかを検査をしましたが、それだけです」
「それは確かですね?」
「はい。こうしたものはみだりに手を加えないことになっています」
「けっこうです。ありがとうございます」
アウリアはもちろん保管の仕方を知っていたが、生徒たちに聞かせるためにやりとりをしたのだった。
続いて、カイロンの立つ台の前に移動した。
カイロンは冷静沈着な面持ちで、被告の立場に焦るそぶりは見せなかった。
「カイロン、あなたはエマさんの文鎮に触れたことはありますか?」
「いいえ、ありません」
リオが何か云おうとしたが、アウリアは手で制した。
「邪魔しないでください。触れたか触れなかったか。これこそが、この事件の争点ですよ」
「触れたかどうか? はあ? 文鎮を持つんだから触れるに決まってるだろ」
「はい。文鎮に触れた人間の中に、真犯人がいるのです」
アウリアは冷ややかに、一切の妥協を許さない目でリオとエマを見据えた。
リオが息を呑み、傍聴席が静まり返った。
(ん……)
リオはクラスの人気者で、リーダーなのだろうとアウリアは思った。
だから生徒たちはみんな、彼の言葉や態度に同調して騒いだり黙ったりするのだ。
「アルテ老師」
タリアが軽く身を乗り出して、肘をつく。両手の指を絡ませながら、アウリアがやろうとしていることを阻止するか、考えている様子だった。
それはアウリアが論文一つで司法界にもたらした改革の一つであり、まだ一般には浸透していないことだった。
「アルテ老師、ここは真犯人を捜す場ではありません。カイロン君が無実だというなら、それを明らかにすればよいのです」
「ええ、裁判においては、カイロン君の有罪無罪だけが争点です。ですが、無実を証明するだけでは解決しません。そして無実を証明する方法と、真犯人を証明する方法は同じなのです」
タリアが目を細め、傍聴席が再びざわついた。
「続けます。よろしいですか?」
タリアはニールと目を合わせて、無言のまま頷きあった。アウリアへ顔を戻したときは、やりなさいという覚悟の表情に変わっている。
「始めなさい」
「はい」
アウリアは傍聴席へ向き直ると、両手のひらを見せつけるようにした。
「みなさん、自分の手のひらや指をじーっと見てみてください」
子どもたちは裁判官とアウリアの空気が変わったことを察して、渋々ながらも言われたとおりにした。
手を確認した。
「指の先や、手のひらに、皺とは異なる紋様があるのがわかりますね?」
「見りゃわかるよ」
リオが噛みつくように答える。
(この子、素直なのです)
「では説明します。指の先にある渦のような紋様を『指紋』と呼びます。そして、手のひら全体にあるのが『掌紋』です。 これはただの線ではありません。2つの役目があるのです」
法廷の片隅に立つサラも、手を確認し始めた。
ピクシーも足二本で立って、両手を見ている。
(かわいいことをしないで~ 顔がにやけちゃう)
「一つめの役目は、滑らせないことです。もし指や手のひらがツルツルだったら、グラスを持ってもすぐに滑り落ちます。この細かい紋様があるおかげで、わたしたちは物をしっかり掴むことができるのです」
生徒たちが意外に真面目に手を触っている様子を確認しながら、アウリアは話を続けた。
「二つめの役目は、あなたという人間の印になることです」
リオが怪訝な顔になる。
「印? それって、生まれたときに登録したやつだろ?」
「それは魔力紋ですね。印という点では同じと考えてください」
「何言ってるのよ!」
リオが何か言おうとするのを遮って、エマが叫んだ。
――手の線が魔力紋と同じって、なんだ?
――どういうこと?
――ぜんぜん意味わからない
「魔力紋のことは一旦忘れましょう。重要なのは、この指紋も、世界で唯一、あなただけの紋様だということです。お父さま、お母さま、兄妹、たとえソックリな双子であっても、指紋はみんな異なるのです。どんなに年をとっても、おじいちゃん、おばあちゃんになっても、指紋は一生変わりません」
生徒たちが顔を見合わせた。
リオが狼狽えてエマを見る。
エマが青ざめていた。
「法廷でデタラメを言うなんて、恥を知りなさいよ!」
アウリアは微笑んだ。
「この後、自分の手にインクを塗って、紙にペタッと写してみるとよいでしょう。友だちと比べれば一目瞭然です」
子どもたちは、面白いことには敏感だ。
隣りにいるクラスメイトたちと手のひらを見せっこし始める。
(やってみたいよね? だってデュオクロスに来るってことは勉強が好きだから、親の指示だけでは生き残れないのです)
話が浸透したところで、アウリアはリオの元に歩み寄った。
「な、なんだよ」
リオが動揺したように仰け反った。
「手を出しなさい」
「なんで」
「指紋を採取します。まずはリオ君」
「え!」
「次にエマさん」
「・・・」
リオの後ろに隠れるようにしていたエマが凄むようにして、アウリアを睨みつけた。
チョコレート色の瞳を溶かすような熱を帯びて、どろどろした眼差しだった。
(……この子。逆恨みするタイプでしょうか)
アウリアは身震いして、再びタリアに向き直った。
「裁判官、わたくしの論文72号をもって、初等部6学年全員及び文鎮に触れた司法官らの指紋と、文鎮に付着した指紋、ロッカーに付着した指紋の照合を要求します!」




