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67話:美しい演出の裏側、歪さが広がっているようです



 中央神殿は王都3区の庶民的な雰囲気が漂う町に建つ。

 一万規模の民を収容できる広場があり、民に開放されている。

 多くの民は忘れているが、そこはかつてスフェーンが王位簒奪のために軍を整列させた場所であり、またエメラルド王家が王位を奪還したときに、スフェーン一族を処刑した場所でもあった。


 その広場は200年前、神殿側が日和見主義のアリウス国王から、広場を見下ろすように神殿を建てる許可を得て、今では神殿が占有していた。

 王都は王家の所有地だが、アリウス国王は中央神殿の神官らに言いくるめられて、無償で場所を提供している。

 古代神殿を模して建築された白大理石の列柱寝殿に、黒大理石が美しい漆黒の広場。どれほどの年月が経とうと、どれほどの人間の足がそこを踏みしめようと、傷つかない魔道術式が組み込まれている。


 最高神官ルジェーロは月に二度、7日の正午と18日の夜に姿をあらわす。

 7日はルジェーロの誕生日の日付。

 18日はエメラルディア女神の誕生日の日付。

 この世界の暦は一年384日、13ヶ月。

 太陽光は前世の太陽より約8%弱く、魔素が光と熱を増幅させている。月の周期はほぼ同じ。

 エメラルディアはエメラルディア女神が満月に生まれたことを讃えて、18日が満月になるように暦を調整する。


 パールシアでは18才で成人を迎えるし、人生は18の倍の数でお祝いする。

 そして信仰があろうがなかろうが、毎月18日には神殿に供物を捧げる風習もあり、そのためデビュタントも重ならないように配慮されている。


 広場に姿を見せる演出は、ルジェーロが最高神官になってから始まったことだった。

 敬虔な信者はもちろん、中央神殿の荘厳さに魅せられてぶらり立ち寄る民は多い。

 神殿の一部が最高神官の住まいになっており、広場を見下ろす私室のバルコニーが開くと、美しいハープの調べが流れ出し、信者たちは跪いて両手をあわせて祈りの姿勢をとる。

 

 正午の鐘が鳴り響いた後、ハープが流れ出した。

 列柱神殿の正面に神官らが並び、一段高い場所でハープを演奏する女性たちがいた。

 それもまた古代の巫女風の衣装をまとって、劇の舞台演出のように凝っていた。

 群衆の中を、信者を装いスカーフで頭から顔を覆って歩くレティシアがいた。隣にはウィッグと眼鏡で変装したルミナスがいて、二人は自力で認識阻害術も展開していた。


 3日前、『アルテ侯とレティシア嬢、電撃婚約』の記事が王都と各領地を駆け巡った。

 社交界から姿を消していたレティシアが、王太子妃になることを悩んでいたというドレイヴェン公爵夫妻の言葉や、国王と王太子が快く辞退を承諾したという麗しい談話まで載せる根回しの良さだった。

 王室各担当官らが流したものだった。

 二人は記事が出る少し前から、貴族街の人気スポットに出没している。

 それより少し前には、『王太子求婚事件』なる記事がパールシア全土を騒がせたばかり。

 いったい何が起きているのかと、社交界は王家、ドレイヴェン公爵家、アルテ侯爵家の動きに注目していた。


 そんな中で二人はこっそり広場に紛れ込んだのだった。

 ルミナスはこういう場所にこそ神殿の目と耳が網の目のように張り巡らされていることを知っている。

 二人は小声で話した。


「見えるかい?」

 レティシアが確認したのはハープニストを従えるリードハープニストだった。

 明らかに人工的な金髪のウィッグをつけている。全員が見目美しくそして神話の場面のようにするため、全員同じ髪型、髪色、スタイルで揃えられている。


「間違いない……と思う。ウィッグを引っぺがしてツラを拝みたいところだけど」

「そうかい。でも長居は無用だね」


 お出まし用のバルコニー扉が開くと、歓声が湧いた。

 集まったのは数千人の平民たちで、比較的生活が苦しい層が多いと思われている。

 が―――


「ルミナス」

 レティシアが囁く。ルミナスに自然に肩を寄せて顔まで近い。

 ルミナスは少しドキドキしながら、平民らしく背を丸めさせた。

 背筋を伸ばして姿勢を維持するだけで貴族だとわかる。

「どうかしたかい?」

「見ろ、あのぼろをまとってる男」

 レティシアの視線を辿ると、擦り切れたようなチュニックを着ている男たちがいた。その足元は高価な靴で、首や手もきれいな肌だった。斜めがけした鞄から立派な財布が見えている。わざとちらつかせるのはわざとスリをさせて、軽犯罪が得意な者を捕らえて手下にするためだ。


 パールシアでは仕事も多く、どこも人手不足。その気になれば失業はしないし、学びの支援も無料で受けられる。

 ところが神殿はその日暮らしを支える食べ物を与える。簡単な労働をこなせば謝礼金も出す。その労働の一つが、こうして広場で大声で歓声を上げ、大げさに跪いて涙することだった。

 貴族法により、教育と機会を与えもするが義務も課す貴族と、巧妙に民を取り込んでいく神殿。易きに流れる者が飛びつくのはさて――――


 ルミナスは眼鏡のレンズを望遠に切り替えた。

 パールシア最高神官ルジェーロは美貌の男だった。

 白金の長い髪が美しく靡き、エメス神学美術を体現するかのような衣装をまとい、下がり髪に留め飾り。そこに使われる宝石は王家の象徴エメラルド。新緑のような明るい瞳。

 頭頂部で束ねた髪は背中まで届き、純白の長衣装束に、金銀紫の豪華な刺繍が施されたマントに覆われている。


「役者みたいだな」

「だろう?」


 アルテ家は神殿と関わらない。

 そのため情報は確認していても、ルミナスは広場に来て最高神官の顔を見ようとは思わなかった。

「もっと早く見ておくべきだったかな、ん、よくないね」

 王家の象徴、現在は王太子徽章にされるエメラルドをこれみよがしに身につける演出。

 貴族なら敏感に察する最高神官の挑発、王位への強い野心。

 

 ――わからないのは民だけだね

 

 二人は同じ思いを胸に抱きながら広場を出ていった。

 馬車置き場へ向かいながら、ルミナスは言った。


「あの目の色、変えてるよね?」

「当然。父が昔会ったときは髪も目も茶色だったそうだ。昔の顔を知っている人間には、頻繁に刺客が送り込まれてるよ」


 二人は緊張しながら、お忍び用の馬車に近づいた。

 そのとき――

 ルミナスはレティシアに素早く告げた。


「2歩、右へ」


 レティシアはとっさに2歩右へずれた。ルミナスが2歩と言ったら2歩だった。1歩でも3歩でもない。


 ヒュン――

 

 その瞬間、レティシアが立っていた場所に小さな矢が飛んできて、馬車に当たって落ちた。

 弓矢よりは細く小さく、吹き矢よりは何倍も大きい。

 誰でも入手できる粗雑な武器だった。

「どうせ雇われたごろつきだろうけど、魔道宮へ渡しておこうか」

「後でいいさ。その前に変装を解いて、カフェ」

「あぁ……恋人ごっこ」



 同じときバルコニーでは扉が閉まったところだった。

 身を翻したルジェーロの顔からは、慈愛に満ちた風な微笑みが消えていた。

 そこへ空中からすっと神官服の男が現れた。その現れ方は魔道士特有のものだったが、ともかくその男は神官なのだった。


最高神官(エムナエル)、朗報でございます」

 エムナエルとは、陛下と呼びかけるような神殿独自の敬称である。


 ルジェーロは美麗な眉を微かにひくつかせた。

「余の()()を取り逃がしておいて、何が朗報か」

 私室の中にあっても、神官は囁くように話す。

「金の瞳を持つ乙女を見つけましてございます」

「……!!」

 ルジェーロは奇跡を目の当たりにしたかのように両眼を見ひらかせた。

 神官の顔は半分が灰の煙でもやがかっている。ゆらゆらする度にルジェーロの闇を深めていく。


「おおおお、余が崇拝する()()()()()()()よ」

 ルジェーロは跪き、両手を天に差し向けた。


「すばらしい! あの者は余の花嫁ではなかったのだ! 金の瞳を持つ乙女、なんと余に相応しい花嫁か! 早く余の元に連れて参れ!」

「今は難しいかと。王太子との婚約が整うのでございます」

「ふぅん……ドレイヴェン公爵令嬢は切ったのか。この件で?」

「さようにございます。奇しくも王太子のほうが先に乙女を見つけたようにございます」

「ではなおさら急がねばならぬ!」

「逆でございます。王家法によれば成婚は婚約から一年の(のち)と決まってございます。金の瞳の乙女が充分に、大陸全土に知れ渡った後で、お救い申し上げるのです」

「救う?」

 神官はあやしく頷き、ルジェーロは彼の言葉に耳を傾けた。



 ✦~✦~✦~✦~✦


 そのころ神秘の欠片もない金の瞳の乙女(アウリア)は、むふふと笑っていた。

 新しい眼鏡が届いたのだった。

 大魔道士と会ったときに、不格好すぎる眼鏡の文句を言ったことがあった。

 すると気前よく、魔塔で一番腕のいい細工師に依頼してやろうと言われたのだ。

無料(タダ)で作ってくださるのですね!? タダで!?」


 アウリアが念を押したのは無料かどうかだった。

 無料(タダ)ほど高い物はないとはいえ、魔塔が求めるのは金ではない。何を求められるのか想像すると安易に約束はできない。

 両親が何を対価にしたのか、アウリアは知らないのでなおさら警戒心が働く。

 一方、大魔道士は禁術すら身につけているアウリアの機嫌は取っておきたい。むしろ仲良くして、魔塔に取り込みたい。

 アウリアもまた魔塔の知識が得られるなら、大魔道士とは仲良くしたい。

 ここに二人は利害の一致をみた。

(お父さまとお母さまがくださった眼鏡、ほんとうにありがとうございます。大切に保管しておきます)

 しっかり胸に抱いて、浄化の気持ちでクリスタルボックスに収めた。


 レンズは前より小さく、野暮ったさが消えていた。

 かければ知的な女性に早変わり。目の色もちゃんと青色に変化する。

 鏡を覗き込むのがこんなに楽しかった日は初めてだった。

 縁がなくレンズが目の前にあることを忘れさせるし、ブリッジがまったく目立たず、テンプルの部分は金髪になじむように金で、アウリアの名前が古語でデザインされている。


 ピオニーやサラに何度も見せて訊ねる。

「似合う? 似合う?」

「お似合いです」

 と、毎回応じるサラ。

「シツコイ」

 と、褒めるのに飽きてきたピオニー。

 二人の反応すら嬉しくて踊り出す。


「なぜ最初から、こんなふうに作ってくれなかったのでしょうか」

 そこへぬっと、虚空からアキトが顔を出した。

「きゃっ」

「失礼しました」

 アキトはピオニーがいるところには必ずいる。すなわちアウリアの影にいるのだった。

「説明いたしますと、以前の眼鏡はゆるっとですが、認識阻害や結界が施されてまして」

「まあ!」


 両親は万が一にも金の目が悟られないように、魔塔に多くの注文をつけていた。そのため眼鏡が不格好に大きくなったのだが、おかげで10年以上もデュオクロスで、ふらふらひとり歩きができたのだった。

 新しい眼鏡は認識阻害はついていないとのことだった。


「どうしてつけてくれないの?」

「殿下が眼鏡のことを聞きつけて、今後は一人でふらつくことができぬゆえ、必要ないと」

 金の瞳については、デビュタントの折に陛下が公表すると聞いている。


「バラさなくてもいいのに」

 アウリアはそう言ったが、ユリアスは気にしていたのだった。


 ――素顔も出して歩けぬような国にしてくれるな


 アウリアが堂々と素顔をさらすことを願っている。

 アウリアもそろそろ受け入れるべき現実であった。





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