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65話:兄と再会しました



 いよいよデビュタント季節、7月になった。

 準備に追われる慌ただしい日々の中で、アウリアはエメラルド宮で兄と再会した。

 アウリアが知らぬところでルミナスはアルテ領に戻り、侯爵の仕事に戻っていた。

(早く教えてくださったらよかったのに)

 と、文句の一つもあったが、ルミナスとレティシアは表向き逃亡監視のため、家族との接触に制限がついていた。


 ルミナスは非公式にエメラルド宮入りしたため、飾り気のない貴族略装を着用していた。

 亡くなった前アルテ侯夫人に面差しが似て、一見するとクールそうだが、目元は祖父に似て優しげで、夏の陽射しが翳ったような青い瞳に、明るい金の長い髪が特徴だった。レンのような伝統の髪型ではないが、ふだんは編み込みにしていた。

 兄妹が直接顔を合わせるのはずいぶん久しぶりだった。

 手紙と違って、照れくさくなりながら向き合った。


「久しぶりだね、アウリア」

「お兄さまも、ご無事でよかった」

 少しやつれてはいるが、頼りなさげな笑みを見たら、たちまち目が潤んだ。

 メッセージを受け取ってから52日。たったそれだけの間に、いろんなことが変わっていた。


「ごめんよ、アウリア」

 ルミナスは妹の肩を宥め、アウリアは堰を切ったようにモグラ邸にいることを話した。

 その辺りの事情はすでに把握しているルミナスだった。


「その子が、ピオニーかい?」

 チューリップ型ドレスを着たピオニーが、ルミナスに顔を覗かれて、たちまちアウリアの背に隠れた。

「恥ずかしいの? わたしの兄よ。あなたにはそうね、伯父さまってことにしようかしら」

「オジ?」

 ピオニーはそっと顔を出すも、すぐ引っ込んで、アウリアの腰に顔をこすりつける。

「人見知りは相変わらずなのです」


 ルミナスは顔を上げると、悩ましげな眼差しを向けた。

「お兄さま?」

「その子が竜に変身するのかい?」

「聞いているのですか?」

「あらかたはね。今日は変身はしないのかな?」

「どうかしら。ユリアスさまの気配を感じると一目散なのですけど……記憶障害になられてから、拗ねてしまって。習性でくっつくはずなのに」

「へぇ、習性で、くっつくね」

「ええ、見たらかわいくて大変よ!」


 アウリアは兄に会えてご機嫌だったが、ルミナスの表情は終始浮かない様子だった。それに気づいたのは背後で控えていたサラだったが、アルテ侯を間近で見るのは初めてとあって、ふだんと同じなのか、今日が違うのかまではわからなかった。



 一方レティシアは監獄から救出された後、騎士宮に滞在していた。

 騒いでいるだろうとアウリアが想像していたアレンヴィクは現在、ユリアスの代理としてカッサリア戦のために築いた砦にいた。

 アウリアから見れば左遷だが、王太子が頻繁に赴く砦は重要な場所であり、任されることは名誉なことにあたる。

(お気の毒なのです)


 レティシアは女騎士の装いだった。赤みを帯びた長い金髪は揺れないように編んでまとめられ、青い海原のような清々しい青い瞳は強い意志を秘めている。

 女騎士トーナメントで優勝するほどの剣士で、多くの令嬢たちに慕われる雰囲気は、前世の某塚スターに通じるものがある。


 彼女はアウリアの金の目を見るなり絶句し、息を呑んだ。

「へえ、金だな。いっそ、清々しい輝きだ」

 と、アウリアに聞こえるような独り言を漏らす。


 アウリアはドレスをつまむと、優雅な所作で膝を折った。

 それは誰に対するものよりも自然で貴族令嬢らしい雰囲気になった。

 無意識ながら、ユリアスの妃最有力候補であり婚約間近であった彼女に対する、本能的な牽制に近かった。

 ユリアスからは王太子妃に求められ、王太后や国王夫妻にも認められはしたものの、まだ決定ではない。そのことが、レティシアにだけは隙を見せてはならぬという思いとなって表れたのだった。

 

「お初にお目にかかります。アルテ侯の妹でアウリアと申します。この度はご無事のご帰還、喜ばしく思います」

「レティシアだ。こたびは迷惑をかけた。すまなかった」


 彼女は騎士礼で返した。

 誠実さに彩られたような美麗な顔は、アレンヴィクにはない潔癖さを伴っていた。

 本人を目の前にすると、ユリアスから逃げ出したことが信じられない気もした。


 ✦~✦~✦


 秘密の会合が始まった。

 人の出入りは最小限にされ、防音結界が張られた。


 上座に王太子が、アウリアは彼に近い場所をあてがわれた。

 隣にはピオニーが座って、ルミナスとレティシアの注目を一身に浴びていた。

 レンはユリアスの後ろに控え、アウリアの向かい側には、アルテ侯とレティシアが座り、黒猫の姿をした大魔道士が、壁の装飾にコウモリのようにぶらさがった。

 アウリアを見て、「久しぶりじゃな」と言って、手をひらひらさせる。

(まあお元気そうで。魔塔の外に出るのが嬉しいようですね)


 ピオニーのために宝石のように美しいスイーツが用意されると、アウリアは皿に取り分けた。

 食べていいよと囁くと、にっこりしてフォークを手にする。

 サラが給仕役を買って出て、みなに紅茶を配った。


 この日のテーマは記憶障害だった。

 アウリアはユリアスと月見酒をしたときに、記憶障害になった経緯は聞かされていた。

 レンが安定の寝不足顔で話を始めた。


「現在、記憶障害に陥っておられるのは殿下と、アルテ侯、レティシア嬢、それから作戦に従事した〈白竜の牙〉小隊の3名です。小隊は立案と実行した作戦について記憶を失いましたが、治癒魔道士の検査を受けさせたところ、問題もないようで自宅待機を命じました。

 潜入した牢獄は古代建造物で、今は失われた古代魔術による仕掛けが多数施されていました。それを殿下が破壊されたことで、何かの仕掛けが中途半端に作用して、みなさんの記憶に混乱が生じたと思われます」


 力技で解決するのはユリアスの得意技だが、思わぬ後遺症に皆が頭を抱えている状態なのだった。

 一定期間、ルミナスとレティシアに家族との接触が禁じられたのもそれが理由だった。記憶の混乱があり、二人は事情を飲み込むのに時間を必要としたのだ。


「ではお兄さまは、ご自分がどこで何をしていたか覚えていらっしゃらないのですね?」

「うん。僕は意識が戻ったとき、おまえがまだ暁ノ塔の学生で、今年は卒業できるのかなあと、心配が頭に過ったよ。ほら、学長の悪口満載の手紙を受け取ったばかりで、嫌われてるから、卒業させてもらえないだろうと思ってね」

「あはっ、今年の新年ですね」

「そうそう。寒いはずなのに空気は春だし、目が覚めたら知らない部屋にいるだろう? びっくりしたよ」

「すると今は、数ヶ月前の最後の記憶と、目の前にある新しい情報を、無理やり接着剤でくっつけている状況ですか?」

「記憶よりも、感情の隔たりが大きいね。レティシア嬢と駆け落ちだって? にわかには信じられなくてね」


 ルミナスがレティシアへ一瞥する。

 レティシア嬢も頷き返す。

「私も、アルテ侯と同じだ。いや、信頼のおける友人のように頼りにはしていたが、駆け落ちなると、事情が違うだろう?」

 レティシアの戸惑いは大いにわかるので、アウリアも「ええ」と相づちを打つ。


 事情を聞かされた日を思い出したように、レティシアの表情が沈んだ。

「私の最後の記憶は、ドレイヴェン公爵夫妻から、殿下との婚約を急ぐようにと話があり、薔薇の会のみなと乗馬に出かけた辺りだ。少し曖昧さもあるが、3月半ばだった。

 ところが目が覚めたら、アルテ侯と駆け落ちして、盗賊団の首領夫妻に間違えられて、古代の処刑を食らっていたと聞かされたのさ。正直なところ、ついていけないな」


(あら、見た目どおり男っぽい話し方をなさるのですよ)


 そんな心意気のレティシアでも精神的なダメージは相当なものだった。

 体力気力をかなり奪われた状態で発見された、と魔道士が報告している。

 それ以上に殿下から逃げたという負い目、公爵家の体面に泥を塗った罪悪感。しかも当の婚約寸前の殿下に救出されたという面目のなさ。


 古代の処刑とは、生き埋めと餓死のことだ。

 最近では聞かない野蛮な処刑法だが、厄介な犯罪者を管理しない時代があり、廃墟などに捨てるのが主流だった。



 レンは容赦なく二人に告げた。

「アルテ侯とレティシア嬢は、数日のうちに陛下に拝謁されて、結婚の報告をされてください。特別な計らいで、それを以て、今回の騒動は不問とされます。記憶の件は大魔道士の協力を得られることになりました。後で相談されてください」

「記憶は戻るとも戻らないとも言えないものですけど、何か方法があるのですか?」


 アウリアが黒猫へ顔を向けようとしたときだった。

 ルミナスの表情が豹変した。

 冷たく鋭い目つきになり、王太子へ殺気を放ったのだった。





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