表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/73

64話:陛下には秘策があるようです


 

「今夜は満月だからいらしたのですか? ピオニーの様子を見に」

「いや、そなたが急に帰ったから、様子を見に来たのだ」

 気遣われていることは素直に嬉しく思うアウリアだが、続く言葉には苦い思いが込み上げた。


「陛下と会ったそうだな? 何を話した?」

 それをアウリアに聞くのだ。

 自分の口からは話したくない内容だ。

 褪めた表情になっていくアウリアを見たユリアスは、少し言い訳をした。

「陛下は魔道士を従えて隙がない。聴覚は解放していたが、そなたらの話までは掴めなかった。追いかけようとしたのだが、王太后さまにそっとしておくように言われた。女の体調不良に口を出してはならぬと……だが、まあ、顔だけでもと思ったのだが、気分はどうだ?」

(あぁ……そっち。王太后さまに生理だと思われたかもしれませんね)

 人間の体調などには鈍感なユリアスらしいことで、アウリアの機嫌を探りに来たのだ。

 ユリアスの反応から、陛下が特例を聞いていないことが窺われる。

「来てくださってありがとうございます。陛下とは、ネックレスのお話をしました」

「女神の息吹か」

 はい、と応じてアウリアはにっこり笑むと、不快な会合を頭の中から拭い去った。今夜は素敵な満月だから。

「よかったら、月見酒でもしませんか?」

「ほぅいいな。そうしよう」



 ▌王宮・国王の館


 国王アロンシウスの朝は早い。

 規則正しい生活を送ることを好むため、体調が優れぬとき以外は5時起床、小姓が現れて身支度、医官の検診、ストレッチとルーティンをこなす。


 6時までに朝食部屋へ移り、コリンティアと合流し、予定の確認や手短な報告を受ける。

 朝食は軽めで、野菜とフルーツのサラダ、薄く焼いた硬めのパンを好む。オイルかヨーグルトを添えて。

 最後に王太后がブレンドするハーブティーを飲む。


「ユリアスめ、アウリアの記憶がなくなったのではないのか」

 魔道士から心話で、昨夜の報告を受けたアロンシウスは眉をヒクヒクさせた。

 国王より忙しいコリンティアは、渡された予定表に目を通していたが、ふと顔を上げた。

「どうかなさいましたの?」

「あやつめ、アウリアが機嫌を悪くしたと言って、会いに行ったのだぞ、しかも仲良くピオニーちゃんと遊んで、口説き倒しておるではないか。くぅ、あれでは他のおなごに見向きもせぬではないか!」

 コリンティアはかすかに笑んだ。

「記憶など関係ないのでしょう、アレは会えば惹かれ合う、そういう者たちですわ」

「だが、今が好機ではないか」

 アロンシウスは駄々っ子のようになった。

 コリンティアは眉をひそませた。

「陛下まさか、まだ例の企みを諦めてはいられませんの?」


 実は、アロンシウスのあの特例は思いつきではなかった。レティシアに絞られるまでの長い妃選定の間、ずっと胸の中で温めてきたものだ。溺愛する大切な息子の子を腕に抱かずにいられるかと、何度も法務官と渡り合っている。それでも結局、実現不可能な案であることに変わりはなかった。


 コリンティアも大反対の立場を貫いている。

 女として、産みの苦しみは身に染みている。とりわけ産み分けの重圧は——王子誕生を待つ実家の期待、重鎮たちの声——いやというほど知っていた。救いだったのは、アロンシウスだけは子に固執しなかったことだ。妃という地位で、王の支えを感じられたからこそ耐えられた。

 それを、子が生まれたら妃に迎えるなどと。全世界の女性を敵に回すも等しい暴論だ。


 ——もっとも、野心家はいる。パールシア王太子妃という地位は、側妃であろうとも異国の王妃とも比べ物にならぬほどの権威と尊厳をもたらす。自己の肯定感、優越感、虚栄心、夢想、欲望。すべてを満たしてくれよう。伴侶となる高貴なるお方に恋や愛などという幻想を抱かぬ限り、それはすばらしい黄金の座となる。だからこそ特例は厄介だった。


 コリンティアは改まると、(こうべ)を垂れた。

「エメラルディアを照らす太陽であられる陛下。自らを貶めるような法案を提出なされませんように、伏してお願い申し上げます」

「ティア、我はな、アウリアがよくわからぬ。それが怖いのだ」

 コリンティアは虚を衝かれた。


 アロンシウスはすでに、水面下でアウリアを王太子妃にすべく根回しはしていた。息子が自ら望んだ妃となれば反対する道理もない。おのれの魔力で死なせることも覚悟の上でほしいというのだ。なおさら応援しようというもの。


 だが王太子妃の資質については、王室顧問が調べた。

 その結果『賢すぎる妃は危ういのではないか』との意見が出された。

 最年少老師になったほどの賢さとはどういうことか。

 

 アロンシウスは執政官の30代から50代のベテラン上級専門官たちを集め、アウリアの100以上もある論文のうち、政治・経済に関する複数を取り寄せて読ませることにした。


 学者名は伏すことにした。

 すると半分も理解できぬ者が続出した。画期的な案もあったが、そもそもの分析手法やベースとなる知識に差がありすぎた。

 そこで急遽デュオクロスから老師を招いた。それも専門ごとに。アウリアの論文は実験、証拠、データ主義。多角的な検証で緻密なものが多く、一度理解すれば有用性が明らかなものもあった。


 配った論文作成者が21才の貴族令嬢だと明かしたとき、上級専門官たちは全員青ざめた。

 専門官が束になっても、最年少老師の頭脳に追いつかないのだ。

 それにはアロンシウスも驚きの色を隠せなかったのだ。我が国は弛んでいるのではないかと、叱咤激励する羽目になったのだ。


「我が不思議なのは、ユリアスにはかわいい女に映ることだ」

 コリンティアはくすくす笑った。

「当たり前ではありませんか」

「いやいや」

 アロンシウスは剥きになった。

「我には若い娘に見えぬのだ。見た目は美しい娘ぞ。神秘的ですらある。……が、それゆえか、老いた魂が見えるのだ。竜の谷にある霊木のような、何とも言えぬ思いになる」

「まあ……」

「幼い頃に会ったときもそうであった。でなければ幼子に、死を選べなどと言うものか」


 コリンティアは真面目に受けとめた。

 アロンシウスはおのれを凡庸と割りきって優秀な側近で固めるが、時折コリンティアの理解を越えることを口にした。そのことは王太子も知らない秘密だった。

 そもそもアウリアをユリアスの妃候補に入れなかったのは、そっとしておく約束だったからではない。溺愛する息子のそばにおいて、どんな影響をもたらすか不安があったからだった。


「あの者は特別が多い。竜人だけの特徴であった金の目を持ち、彼らがエメラルディアにもたらした繁栄の(いしずえ)を理解し、(ことわり)を語るほどの知識を有している。大魔道士などは恐れているのだ、アウリアを」

「ええ、そのようですわね」


「ユリアスの特別さは王族ゆえ民も受け入れやすいが、あの者は古い侯爵家の生まれとはいえ、臣下ぞ」

 コリンティは黙ってコーヒーを飲んだ。 

 その口元に笑みが浮かんでいた。

「ティア」

「陛下、煙に巻こうとしても無駄でございますよ」

「なぬ」

「アウリア嬢の事情と側妃の特例案は別ですわ。特例は、陛下のお名を傷つけるものです」

「いいや、すでにアウリアには、覚悟いたすよう告げてきた」

「あら、それはようございました」

「なに?」

「ふふふ。アウリア嬢はきっと最年少老師の名にかけて、陛下をコテンパンにしてくれますわ」

「ほぅ、ソレはそれで面白い」

 アロンシウスは狩りに出かける予定だったが、さっと立ち上がると、

「ティア我には秘策があるのだ! 王家法は古い! ふっはっはっは。王室顧問どもと話をするぞ」

 と言って、わくわくした足取りで出ていった。


「秘策……」

 コリンティアは眉をひそめたものの、フォレンテ公爵夫人から面白い話を聞いたばかりだった。陛下と戦う若い娘の姿が、コリンティアも楽しみになってきた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ