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60話:泥棒猫と呼ばれています



 ユリアスの小芝居から一週間、アルテ侯爵邸には手紙や招待状が集まり始めていた。

 侯爵邸から回収してくるのはアキトで、午後になるとモグラ邸に届く。

 内容は抗議8割。


『泥棒猫!』『おまえが殿下を色仕掛けで奪ったのでしょう』『恥を知れ』『レティシアさまが泣いておられます!』


 泥棒猫の類いが一番多くて、アウリアはうんざりした。

「想像できないのでしょうか。わたしを攻撃すればするほど、殿下を色仕掛けに負けたダメ男にするのだし、勇ましさで名を馳せるレティシアさまは、泥棒猫に横取りされた間抜け女になるのです」


 面倒が一つあるとすれば、貧乏学生の多いデュオクロスと違って、貴族の嫌がらせは惜しみなく金を使うことだった。

 定番は呪物。

 闇市で取引される高額なもので、魔道士が小遣い稼ぎに作った物や、骨董品として出回る物がある。

 形は様々で魔獣の一部を使った物や(ふだ)、呪詛状、人形などわかりやすい物から、宝石、化粧品、手芸品など、一見すると贈り物に見える物もある。しかしそこから発する悪い気が隠せないのが呪物。


 箱に入れた呪物をピオニーが火を噴いて灰にしようとしたが、アキトがひょいっと奪った。

 アキト曰く、

「これは送り主に返しましょう。名前がなくても送り主を特定できるのです」

「そうなの?」

「一度会った人間に限りますんで、魔道宮の魔道士に依頼することになりますが、半分くらいは、フォレンテ公爵邸のお茶会に参加されたお嬢さん方ですかね」

(まあ……。匿名でわざわざ……暇なのですね)


 あの日のことで、アティアンヌから手紙ももらっていたが、落ち着いたらまたお茶しましょうという内容だったので、特に返していなかった。

 他の令嬢たちとは数人を除いて初対面ばかりだったが、王太子の一目惚れ発言からのお相手身バレで、怒り狂って抗議を送りつけたのだ。


 サラがアキトに言った。

「送り返す前に、送り主の情報を共有してほしい。補佐官殿に報告を入れる」

「それなら魔道宮から正式に入れておきましょう」

 アキトはユリアスが使いっ走りにしてよいと言われたが、このところサラと連携するようになっていた。

 

 アウリアは自分の身の安全を確保した上で、陰から相手を罵ったり傷つけたりする人間が心底嫌いだが、若い貴族令嬢のやり口など、こんなものだと思っていた。

 が、アウリアの気持ちを見透かしたように、サラが冷ややかに言った。


「王太子妃になられるお方は、毅然とした対応が必要です。オフィリア王女殿下にも、こうした嫌がらせはございました」

「そうなの?」

 サラの目が据わっていく。

「恐れ多くも呪物を送りつけた者がおりました。その者の素性はすぐに特定され、数日後にはケチな商人に嫁ぐことになりました。現在は三人の子を自ら育てながら、朝早くから夜遅くまで労働し、倹約質素に暮らしています」


(……な、なるほど。貴族の娘がそれはそれは厳しい境遇に追いやられたのですね)

「でもそれは、お相手が王女殿下だったからでしょう。さすがに王族に対しては不敬罪です」

「アウリアさま」

 サラの空気が一段と冷え込むのを感じて、アウリアは背筋を伸ばした。

「はい!」

「アウリアさまはすでに、王太后さま、国王陛下ご夫妻に会われておいでです。内々ではお妃としてお認めになられています。アウリアさまが適当に流してしまえば、王家に対する侮辱を見過ごされたも同然となります」

(う、それはまずいのです)

 アウリアはただちに頷き、アキトに言った。

「魔道宮の徴を入れて送り返してください。それだけで、おのれが何をしたか身に染みて思い知るでしょう」


 この対応は何もサラの独断ではなかった。

 匿名の手紙が届いた時点で、側妃コリンティアに助言を求めたのだった。

 モグラ邸に派遣されてより、生活を供にするアウリア唯一の侍女兼護衛として、サラの立場は今や騎士団女騎士たちの憧れの的。王家の館にアウリアの侍女として訪れるまでは、サラは左遷されたと気の毒がられていたが、今は出世していたと大騒ぎになっていたのだった。


 周囲からも重く扱われ、アウリア以上に受け取る手紙は多かった。

 立ち回りを間違えないようにと、慎重な性格のサラは筆頭補佐官レンと密の連絡を欠かさない。

 今回あえてコリンティアを介入させたのは、レンだった。


“妃殿下に助言を求めてください。おそらく魔道宮で送り主を突き止めよとおっしゃるはずです。そうすることで、妃殿下がアウリア嬢の身を案じられたのだというお心が示されますし、ユリアス殿下も妃殿下を信頼なさるでしょう。このお二人は母子としての絆や愛情は皆無ですが、王太子妃を迎えた後には、何よりも信頼が重要となります。アウリア嬢にその辺の機微をあてにはできないでしょう”

 失礼ながら、サラもそう思いますと答えていた。


“一方妃殿下は、公爵家や政治的に力を持つ家門の娘を王太子妃に迎えるより、アルテ侯の妹あたりが扱いやすいとお考えになっておられるようです。……ああ、いえ本人は()()で扱いにくいでしょうが、実家となるアルテ侯のお人柄がよろしいわけですし、そもそも妃殿下は、オフィリアさまとアルテ侯の婚姻を望まれていたこともあります。呪物の件を利用して、アウリア嬢が妃殿下を頼りにしているという姿勢を、ぜひにも示しておいてください”


 元よりコリンティアの娘の護衛だったサラは、コリンティアに親近感もある。

 ただし慣れない侍女の役目のために、気合いが入りすぎて顔が険しくなりがちなのが、目下サラの悩みだった。


 そんなサラの頑張りを知らず、侍女らしくされると楽園が崩壊するのです、と戦々恐々となるアウリアだった。




✦~✦6月16日✦~✦

 

 生理周期が乱れていた。

 学生時代にも論文に追われると乱れていたし、食事がアレなので重いこともあった。

 だがサラと暮らすようになって、魔素の乱れはあっても生理は比較的軽く順調だった。

 それが怠くて起きられない。


 天体は前世と違うものの、天文学や占星術が盛んで、星の配列や名前は異なるにしても、太陽と月がある。

 月齢も同じ。

 アウリアは新月生理で、新月付近で月経が始まる。これは満月生理との対比で、満月付近で月経が始まる人もいる。パールシアの20代女性はほぼどちらか、と助産院の記録にある。

 ところが明後日には満月。今生理5日目。

 満月生理にまでずれ込んだということ。


 そんなわけでは今日は朝から横になり、メイド・ピオニーに腰を足で踏んでもらいながら、魔塔から持ち込まれた文献をめくっていた。

 透明なポットには、サラに作ってもらった生理痛に効くハーブティーがたっぷり。


 ベースは定番カモミール、リンゴの香りでやさしく、心身のリラックス効果が高く、不眠や胃腸の不調を和らげてくれる。

 レモンよりレモンな香りのレモンマートルをくわえてさわやかに。抗菌・抗ウイルス作用がある。

 ローズマリーはブレンドに欠かさない。血行を促進し、集中力を高めてくれる上に、抗酸化作用も強力。

 さらに生理前の重だるさや腹痛を和らげるラズベリーリーフ、チェストベリーも。


 ピオニーは体重がないから、「もっと重くできる?」と甘えながら加重してもらい、ふみふみ、ふみふみ。足が小さくて、最初はくすぐったくて笑ったが、少し効いてきた。


「ああ、気持ちいい~」

 アウリアがぐったりしているところへサラがやってきた。

「アウリアさま、薔薇の会から招待状が届きました」

「薔薇の会って……、レティシア嬢をお慕いするあれ?」

「はい。この度会長が、アティアンヌ嬢から宰相の娘ソフィア嬢に交替します。そのためのお茶会が開催されると耳にしています」


 封を切って中身を見ると、サラの言った通りで、会長交替お披露目お茶会だった。

 アウリアは会員ではないし、加入の予定もない。

 ところがソフィアは何としてもアウリアを引っ張り出したい。


『レティシアさまが社交界に姿を見せなくなって一ヶ月。お妃になる準備に入られたと勘違いしている方が多かったのですが、先日の王太子殿下のご発言により、薔薇の会は混乱を極めておりますの。ぜひ説明にいらして』


 アウリアは溜息をついて、招待状をサラに渡した。

(説明に来てって、殿下に言えないからわたしに言うのですよね。アイリンを利用しないから、悪い人ではないのだろうけど)


 アイリンからは、『私にだけは話に来なさいよ。殿下との結婚、力一杯応援するからね♡』というお気楽なメッセージと一緒に、アウリアが幼いころ好きだった伯爵夫人お手製の蜂蜜クッキーが届いた。母と同じレシピを持っているようで、クッキーの味が同じなのだった。

 アイリンにだけは手紙を返したが、王太子との結婚についてはまだ何も言えないと正直に答えておいた。


「どうなさいますか?」

 薔薇の会のお茶会は今月末。

 来月20日のデビュタントまで日がないと言っているのに、どうしても引きずり出したいのだろう。

「断って。デビュタント優先です」

「かしこまりました」

 背中のピオニーにお礼を言ってから、アウリアはよいしょっと起き上がった。

「ツライ?」

 ピオニーが心配そうに、小さな手を伸ばしてアウリアの乱れた髪を撫でた。

 ユリアスによく似たエメラルドの瞳を見ると、何だかジーンと胸が熱くなる。

(あああもう、かわいいのです)


「ピオニーのおかげですごく楽になった。ありがとう」

「ヨカタ」

「おやつ食べようか」

「タベル」


 アウリアは腰を伸ばすと、サラに言った。

「ユリアスさまの連絡がないのが気になっているのです。お姿を消して一週間以上になるのに、レンさまはなんて?」

「はい。極秘事項ということで教えていただけませんでした」

「目の前で異国の牢獄に行くと言われたのに……今さら極秘にするのは、何かあったのかもしれません」



✦~✦6月18日✦~✦


 心配しながら待つこと二日。

 生理を終えて、ようやく食欲を取り戻して身支度を整えているところへレンから連絡があった。

 エメラルド宮への呼び出しだった。

 ユリアスと兄たちが戻ったのかどうかの報告もない。


 さっそくアウリアたちはアキト転移陣で、エメラルド宮の転移ポイントへ移動した。








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