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6話:事件は自習室で起きました



 裁判所の法廷は半円形の劇場型、裁判官と書記官、当事者たちの配置は日本の裁判と同じだった。

 1回の期日で審理を終えて判決を言い渡す方式。


 アウリアが小法廷に入ると、裁判官と書記官が「え?」と顔を向けた。

「アルテ老師」

「いったいどうされたのですか」

「お久しぶりです」


 アウリアが学生のとき、司法講義を受けもった教授たちだった。

 裁判官タリア・オニクスは昔よりふっくらして、肝っ玉母さんのような雰囲気になっている。

 書記官ニール・シトラは昔と印象は同じ。ロマンスグレーの官僚。

 傍聴席についた生徒たちはアウリアなど知らないため、「だれ?」と顔を見合わせて不思議がる。


 原告代理人席にいる赤髪の男子生徒が噛みついた。

「誰だよオバさん!」

(な、なんですって!)

 一瞬むっとしたものの、相手は子どもだ。

(落ち着くのです。初等部高学年は11、2歳。21歳のわたしはオバさんに見えて当然なのです)

 アウリアは大きく息を吸った。

「わたしはそこの……」

(はて? だれだろう?)

 背中を向けていた少年が、チラッと振り向く。

「カイロン・ノヴァラです」

(ノヴァラ?)


 カイロン・ノヴァンという名前を聞いて、アウリアは少し違和感をもった。

 ノヴァンは沿岸国にある町の名前だし、カイロンも沿岸国風に感じたから。

 だが彼は陽射しを浴びて育ったようには見えず、肌は透き通る白さ、銀髪も青灰色の瞳も沿岸国の特徴を何一つ備えていない。

 

 とはいえ今は関係ないので、アウリアは気を取り直して言った。

「私はカイロン君から代理人に指名されたアウリア・アルテ。老師です」

 

 法廷がざわついた。


 ――今名前も知らなかったよね?

 ――老師って言ったわ。

 ――嘘だろ。あんな若い女が老師なわけねえ

 ――どういう関係?


 赤髪少年が笑った。

 席札を見ると名前はリオ・ヴェイル。

 原告は女子生徒で、エマ・リスフォール。黒っぽい髪にチョコレート色の瞳。肌も浅黒い。パールシアでは珍しいものの、商人家系に多い。

(リスフォール商会の娘さんでしょうか)

 昔から手堅く天然岩塩を扱っている商会で、アウリアも最近、お給料をあてにして美容岩塩を買おうかと考えていたところだ。ヒマラヤ岩塩のようなかわいらしい雰囲気の品も多くて、キャンドルホルダーとしても使える。こちらでは超高級品だ。


 エマをしげしげ見つめていると、リオがエマを庇うように一歩出た。


「あんたさ、なんで名前も知らないやつの代理人なんかするんだよ」

「それはですね。子ども相手でも、コテンパンにして気晴らしをするためです」

 アウリアはそう言って、リオに微笑んだ。

 リオは髪の色より顔を真っ赤にした。

「バ、バカにしてるな!」

「ええ。わたしは老師ですよ。そう教えたのにあんたと呼ぶようなバカは、相手にしないのです。さあ、早く進めましょう」


 檀上のタリアとニールが、はああ、とひそかな溜息を吐く。

 子ども相手に挑発して調子を狂わせようとは、なんてえげつないという顔だ。

 裁判はもう始まっている。

(オバさんと呼んだ罪は重いのです!)


 

 冒頭、裁判官タリアが子どもたちもわかるように話した。

「これから申し立てのあった内容について整理します」


 それによると、彼らは今年初等部6年生。クラスは去年からの持ち上がり。

 そこに今年暁ノ塔に入学した神童カイロンが、同世代と交流を持つため初等部に編入した。カイロンは初等部の授業には出ないが、イベントには参加することが老師会によって義務づけられた。

(なんと、それはわたしのせいだったのです)


 アウリアが10歳で暁ノ塔に入学したとき、同世代の子どもと交流する機会がなかったため、友人も作れず、年の離れた少数の天才たちと凌ぎを削るだけになった。そのことを、大賢者と老師会は反省したという。

大人から見れば、次こそは教育的機会損失を避けなくてはという思いだが、カイロンからすれば大きなお世話。それがために、うんざりする憂き目に遭っている。

 

 さて、裁判の主人公はエマ。

 彼女は去年の成績最優秀者として、クリスタル製文鎮を大賢者のサイン入りで授与されることになった。

 その文鎮は魔石を仕込んだ特別仕様で、夜は明かりになり、音声メモがとれたりして、初等・中等生の憧れでもある。


 事件は五日前に起きた。

 朝、授与式が行われ、エマは文鎮を受け取った。

 その日は式典だけだったため、エマは午後から図書室で自習した。

 正午過ぎにトイレへ向かった。

 その間、約10分。

 自習机は一台ずつ囲いがある独立型。完全な囲いではないので、生徒が利用している姿は見えるし、出入口からでも机に提げた鞄が目印となって、空席かどうかもわかる。

 エマが席に戻ったとき、本の間に隠すようにおいていた文鎮がなくなっていた。


 エマはリオに相談した。

 それに応えて、リオを中心とする男子グループが、自習机にいた生徒たちに聞き回った。

 すると隣のクラスの生徒が、自習コーナーの通路をうろうろしていた男子生徒を目撃したと証言した。

 それが被告、カイロンだ。


 一方のカイロンは図書室には行ったが、自習室には入っていないと言った。

 だが、カイロンは初等部の図書室など行く理由がない。図書室に行ったことそれ自体がおかしい。エマの文鎮がほしくて盗んだか、成績優秀なエマへ嫌がらせをしたのだ、というのがリオの訴えだった。


 裁判官の話が終わると、傍聴席の生徒たちから拍手喝采が起きた。

 クラスの半分くらいがリオとエマの応援にかけつけていて、カイロンは完全に異国から来た悪役子息だった。


 

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