57話:謁見の間で迫真の演技が行われていました
✦~✦6月8日✦~✦
パレス双子の丘に複数の鐘が鳴り響いていた。
パレスの仕事開始は午前8時。午後になると社交活動があるためで、国王も王太子もそれは同じだった。
王宮の正殿にある謁見の間では、その朝、国王と王太子が定例朝礼で顔を合わせていた。
アロンシウスの宮廷は開放的で、扉前にエメラルド色の王太子徽章が掲げられるときは見学を許していた。
外交で留守がちな王太子――転移でひょいひょい動くが、公式には馬車移動のため移動時間を含めた不在期間を告知――の姿をひと目見ようと、都合をつけて王宮に足を運ぶ者は多かった。
このところ王太子がエメラルド宮に滞在しているという噂が広まり、貴族、重臣、武将、騎士たち、女官たち、小姓たち、各国の大使たちまでもが謁見の間に押しよせていた。
アロンシウスが玉座に現れると、ユリアスは鮮やかなエメラルドのマントをはらい、颯爽と膝をついた。
「我が国王陛下」
ついぞそんな礼を尽くしたことのない息子を見た国王はぎょっとした。
「どうしたのだ。その仰々しい物言いは」
アロンシウスはユリアスの年にはすでに国王だった。
自身に魔力はなく凡庸と自覚するが、この世界の富と権力をほしいままにする。ユリアスと違って戦場に赴いたこともなければ、変装してデュオクロスのベンチで寝転んだこともない。生粋の王だった。
それだけに、息子のハチャメチャな行動力には理解できぬところもあったが、竜の子孫に相応しい輝きますばかりの王太子を見るにつれ、こやつはまことに我の子かと、溜息すらこぼれるのだった。
ユリアスは古風な第三礼装を着用していた。
古風というだけあって、今の宮廷の流行から外れ、滅多に見かけないスタイルだった。
白金の短い髪に儀式用の付け髪・竜の尻尾――レンが毎日作り込む髪型で、組紐で編み込む伝統的な髪型――に、見事なエメラルドをはめた額の金の環。レースひらひらの袖口と胸元、剣を振るうユリアスからすれば鬱陶しい飾りだが、その礼装こそ、竜が空を飛んでいた時代の王族の姿なのだった。
ゆえに国王は大いに警戒した。
「そなた、何かとんでもないことを物申すつもりであろうな」
「さすが陛下。お見通しでございましたか」
「痒いわ」
ユリアスはふんと鼻先で笑い、立ち上がる。
「我、パールシア王太子ユリアス・カリストゥス・デ・エメラルド、すぐにも妃を迎えようと考えております」
ざわっ――
おぉぉぉおっ――
王太子自ら婚姻に触れた瞬間だった。
この日の謁見を見学に来た女官たちは悲鳴を上げ、重臣たちはどよめいた。
◈~◈
時は遡り、数日前のエメラルド宮――
「筆頭は降りる。私はもう知らん!」
暴れるレンを無視して、ユリアスは言った。
「アウリアが来月デビュタントだ。エスコートを申し込んで承諾は得てあるが、何をしたらいい? 迎えに行けばよいのだったか?」
レンはどこから突っ込んだからいいかわからぬ顔で、床に崩れ落ちて両膝と両手をついた。
「──(言葉も、でない)」
デビュタントは特別だった。作法もただの舞踏会とは異なる。
「女官長に衣装は用意するように言ってあるが?」
レンは項垂れながら首を振った。
「おまえはどこの国の王太子だ?」
「なんだど忘れか? 少し休め」
ユリアスは心底労ったつもりだった。
「(くぅ、このやろう)……我が国の王太子が、デビュタントする女性をエスコートできるのは、身内の王女と婚約者だけだ!」
ユリアスは又従姉妹たち――レティシアとロゼリーナのデビュタントのときですら、エスコートをしたことがなかった。
「まずいぞレン。すぐに婚約しよう。知恵を出せ」
レンは顔を覆いながら笑い、咆哮しながら、秘策を捻り出した。
「いいか、この秘策が成功したあかつきには、私の組んだ予定どおりに行動することを約束しろ」
「善処しよう」
「善処?──(おいこら)ユリアス、そんな言葉どこで覚えたんだ、どこで!」
◈~◈
そして迎えた謁見の朝。
国王はあんぐりと開けかけた口を慌てて閉じると、隣りに座す妃へ目配せし、彼女は国王のほうへ身体を傾けた。
「アルテ侯は戻っておらぬな?」
「はい。まだにございます。ですが、あちらの結婚を先に公表するものと思っておりましたわ」
「我もそう聞いておる」
「まあ、思い出しましたわ。アウリア嬢がデビュタントを控えていましたわ」
「そういうことか……」
「まずはお訊ねになってくださいまし」
寝耳に水だったのは王室顧問たちも同じだ。
ラピディオール老侯。小さな丸眼鏡をかけた元外務長官ネルラント老伯。女傑マルティナ伯、灰褐色の髭が特徴の前軍事長官アルディ伯。筆頭顧問サーストン侯。
顧問たちは王太子の独断専行には慣れていたが、内心忸怩たる思いだった。
というのも、ここで顧問たちが疑問を抱いた様子を見せれば、何も知らされていないのかと面目丸つぶれ。ここはわかっている体で、王太子のことを見守るしかないのだった。
「そなたには有力な妃候補がおるが、その者と婚姻を進めるのであるか?」
謁見の間には四大公爵も顔を揃えていた。そこにはこのところ毎日出仕しているドレイヴェン公夫人の姿と、謁見の間には必ず参列するドレイヴェン公息アレンヴィクと、神殿間者の件で報告に上がったフォレンテ公夫人とニルスの姿もあった。
アレンヴィクが暴挙に出たとき引きずり出す役目として、レンと王太子付き近衛隊長が近くに立っている。
「いや、私が自分で見つけた者ですよ」
ざわっ――
どうなっておる――
「このところデュオクロスで文献を読んでいることは、陛下にも報告してあるとおり」
「うむ。帝国との戦のことで、何やら独自に励んでおる」
竜の加護について調べているとは話せないが、ユリアスは学問街に足を運んでいることを明らかにした。
ざわっ――
デュオクロスへ――
「ご心配には及びませぬ。変身魔道具を用いて、モグラなる呼び名で動いております」
「も、モグラだと?」
想像がつかない国王たちのために、ユリアスは虚空の中に手を突っ込んで、変身魔道具を取り出すと眼鏡をかけた。モグラはアウリアのつけたあだ名だが、デュオクロスでアウリアと出会ったときの姿になってみせる。
そのあまりの凡庸な姿に、かつてないほどのどよめきが起きた。
アロンシウスは立ち上がって、今度こそ呆けたように口を開けた。
もっさりした土色の外套姿は完全に別人。気品こそ漂うものの、王太子の覇気をきれいに取り払っている、ように見える。麗しの王太子の似つかわぬ姿に、女官たちが卒倒しかけるほどだった。
女官長だけが、そのお姿はおやめくださいまし、と嘆いていた。
「ゆ、ユリアスか?」
国王が顔を突き出して、手を伸ばした。
「まさに」
「もっと、まともな変身はできぬのか?」
「地味に目立たず、これがデュオクロス学生の平均的な姿ですよ」
ユリアスの言葉にレンが、それはありません、と突っ込んでいた。
「このような恰好でベンチで寝ているときに、面白き娘と出会ったのです」
「……ふぅむ、そのような姿は、うぬぬ」
アロンシウスには耐え難い。
「その者も不細工な眼鏡をかけているが、見慣れると愛嬌があって目が離せませぬ。突然仕事をくれえと叫んだり、カピカピになったチーズをパサパサのパンに挟んで食したり。私は徹夜明けで食事もしておらず、水とクッキーを分けてもらいました。娘の夕食だったようで悪いことをしたと、後で気になってしまい、また会いに行ったのですよ」
「ふむ。貧しい学生のようだな」
このときアロンシウスはまだ、侯爵令嬢アウリアのことだとはわかっていなかった。
気づいたのはコリンティアとドレイヴェン公夫人、それから王室顧問たちだった。彼らはアウリアと衝撃の出会いをした後、具に調査していた。
「その娘に一目惚れいたしましたので、これよりデュオクロスへ出かけて、求婚して参ります!」
「――!! なんと」
ガタガタっ――
ざわざわ――
おぉぉぉぉ――
アレンヴィクが「ユリアス殿下!」とドスの聞いた声を上げたが、直ちに場を乱す者として近衛隊長が身体を張って押さえた。
「本日はこれにて、御前失礼します」
「待て、ユリアス」
腰を浮かしかける国王の隣で、コリンティアもまた慌てて囁いた。
「陛下、アウリア嬢です」
国王はハッとコリンティアへ顔を向け、(あうひあ?)と呟き、側妃が頷くのを見て肘に手を掛けた。
「あやつめ」
国王が気づいたのを確認して、ユリアスはけしかけた。
「急がねばなりませぬ。その者は暁ノ塔を卒業し、仕事を探してデュオクロスを出ると申していた。急がねば」
「よもや、そのモグラで会うのか?」
「この姿で会っている」
「それでは騙していることになるではないか! 待てユリアス、よもや平民ではあるまいな!?」
平民主体のデュオクロスで会った娘を平民かと問うのは意味がない。
が、国王の声も表情も懸念に満ちていた。白々さは感じさせないものだった。
王太子の一目惚れ発言に本物の焦りが見えたこともあり、謁見の間は緊張感に包まれた。
(やるではないか)
アロンシウスのなかなかの演技につられて、ユリアスは神妙そうに応えた。
「今日にも身分を明かします」
「王太子妃であるぞ、務まるわけがなかろう。いや、野心ある娘なら飛びつくか」
「そのような者ではございません!」
ユリアスが怒りをあらわにし、謁見の間は騒然となった。
陛下!――
納得できないのはドレイヴェン公以外の公爵たちだった。
身を乗り出す彼らを国王は軽く手で御すと、亡き正妃との一粒種をしばらく見つめた。
それは長い時間ではなかったが、その場の者が誰もがハッとしたように静まり返るほどには、真剣な面持ちだった。
国王は語った。
「我にも妃候補が用意されていた。そなたのような出会いではなかったが、ここにいる者らの大半が覚えておろう。我はサファイリアの船上舞踏会で、一つ年上のネフェルナ王女に一目惚れして、16才のときに求婚した。すぐ振られたがな」
(ふっ、それは初耳だ)
「諦めきれずにいたとき、父上を亡くした。長生きされるとたかをくくっておったものを、急ぎ即位せねばならなかった。我は妃候補たちをほっぽり出して、サファイリアへ渡った。ネフェルナは我の求婚を拒否した。王女として育ったネフェルナでさえ、パールシア王妃の責は重いと断ったのだ。
──ユリアスよ、我がどうやって口説き落としたと思う? そなたの母を」
「……あまり、聞きたくないな。親のなれそめなど」
「はっはっは」
広間に笑いが広がった。
「我はな、海に飛び込んだのだ」
「は? 父上は泳げぬはず」
「それは言わぬ約束ではないか」
アロンシスは声をひそめた。国王の弱点は国家機密だが、重臣たちはみな知っている。
「ネフェルナが助けてくれたのだ。海の者は溺れている者を助けぬという掟がある」
「よい掟だ」
「だがネフェルナは助け方を知っておったのだ。我を助けるために海に飛び込んできて、我の身体に浮き輪をかけてくれたのだ。我を引っ張って引き揚げてくれたが、何とも情けない思いをしたものだ」
アロンシウスの話に、年配者たちは懐かしそうにし、サーストン侯は瞼を押さえ、そのとき海王国へ同行していたネルラント老伯は眼鏡を外して、涙を拭ったのだった。
ユリアスも初めて聞く話だった。
ユリアスの知る母は寝たきりで、顔色は悪く痩せていた。そのように勇ましい母の姿は想像もできなかった。
ユリアスは頬を緩ませた。
「父上、オレを泣かせたいのか?」
「そうか、泣けるか」
アロンシウスは機嫌良く笑った。
「よいかユリアス。我はそなたの恋路の邪魔はせぬ。だが、そなたの妃選びは特殊である。それがため〈我らを正す者〉と魔塔の協力を得て精査を重ねて参った。そなたの伴侶は若くして命を失う」
誰もが知ってはいたが、このように国王が公の場で言及したの初めてのことだった。
「そのこと、そなたは好いた娘に告白せねばならぬ、確定せぬ期待や希望も与えてはならぬ」
「はい」
ざわ――
ざわざわ――
「今日の所は退出を許す」
「我が陛下にエメラルディアのご加護あらんことを」
ユリアスはモグラ姿のまま一礼すると、転移して消えたのだった。
レンの秘策とは、ユリアス好みの電光石火の宣言スタイルだった。
国王と王太子の謁見というのは、父子の会話を見せるイベントなのだった。
場を乱したり声を上げる者は退出を命じてよいこともあり、ユリアスは父王が許す限り自由に発言ができるのだった。
それを利用してまずは、王太子が一目惚れしたことを知らしめる。デュオクロスでおかしな眼鏡をかけた、暁ノ塔を卒業した娘といえば唯一人。それは社交界の令嬢たちもすぐ気がつく相手なのだった。
そのころモグラ邸には穏やかな朝の時間が流れており、ユリアスが迫真の演技で謁見の間を騒然とさせていることなど、知るよしもないアウリアだった。




