55話:未必の故意からの完全犯罪を暴きました
「アウリアアウリア!」
アイリンが早口で迫った。
「菌て何なの? 花は誰でも手に入るけど、菌なんてあなたのようなヲタクにしかわからなくてよ!」
なぜか笑いが起きて、アウリアはむむむとなった。
(ヲタク、それはわたしが子どものころアイリンに教えた概念。まさかの社交界浸透ですか)
とはいえアイリンの機転で、ロゼリーナたちは笑みを浮かべる余裕を取り戻していた。
「菌の取り扱いは難しいですが、それ自体は案外簡単に手に入ります。動物の死骸から採取できるのです」
アティアンヌはハッと気づくと、ニルスと公爵夫人に小鳥の死について教えた。
「しかし老師、そのような知識どこで手に入るのですか?」
セレノールが訊ねた。彼には菌の知識はなかった。神童と呼ばれる彼にも得意不得意分野があったのだ。
アウリアは頷くと、侍女セシルを見た。
「先ほどのセシルさんのように、自分が生まれ育った環境で、自然に身につく知識は多いのです。たとえば肉を扱う職業に関わっている家で育ったとか、そうでなければ、知っている人から学べばよいのです」
使用人の中に料理人を含めてもらっていた。
「スロンさん」
「……私です」
若い男が軽く挙手した。ケイミと親しい男だった。
「魔素抜きの方法を知っていますか?」
「はい。料理人ですので、魔素抜きをする食材もございます」
(ニルス小公爵ね。あの目の澄んだ感じ。徹底して魔素を抜いた食事をしたのですよ。でも魔素がある世界で魔素抜きになれてしまうと、今度は魔素不足で体調を崩すのですよ、敏感体質の方は大変です)
「魔素を抜く技術と、死骸から菌を採取する技術は同じなのです。どこに危険な菌がついているかは、料理人は知っています」
スロンは震えながら、両膝をついた。
「申し訳ございません。ケイミが料理に興味があると言うので、魔素抜きの技術を教えました」
「なんだよ、教えただけなら、スロンは悪くないだろう」
ニルスは根っから善良だった。
アティアンヌと同じで無防備なのです、とアウリアは思った。
スロンは項垂れた。
「小公爵さま、申し訳ございません。この技術は、魔素を扱う資格保有者にのみ許可されています。資格を持たぬ者には、教えてはならぬ決まりでございます」
ニルスがガバッとアウリアを振り返る。
「そんなことまで知ってるってことは、変人はまさか」
「はい、資格保有者です。納得ができないようでしたら、フィンを解剖して菌を採取しますが?」
ニルスはぶんぶん首を振り、アティアンヌが気持ち悪そうにした。
その近くではセレノールが、うっ、と仰け反っている。
暁ノ塔がどんなところか、彼は今ようやく悟ったのだった。文献と向き合うだけの場所ではないのだと。
アウリアは瓶を持って、サラに両腕を拘束されているケイミの前に掲げた。
ケイミの顔に自虐的な笑みが浮かぶ。
「私に舐めろって?」
「ケイミさん、あなたはカリナさんがしようとしていることを知って、それを隠れ蓑に完全犯罪を目論んだのですね?」
「はいはい認めます。鉢がどかされる度にイチゴの横に戻してやったよ。カリナは詰めが甘いからさ。その菌はニオイもなく、色も形も人の目には映らない。フィンが大好きなイチゴの実に、た~っぷり、擦り付けてやったよ」
(可哀想に、苦しかったでしょうね、小さな体内を暴れまわる菌で、ツラかったはず)
アウリアは溢れる涙を堪えた。
ケイミが目を丸くした。
「泣いてんの? 私を油断させるために、カリナを追い詰めてたあんたが」
「言葉で戦えないフィンにかわって、カリナとあなたを断罪しているのです」
軽く息を吐いてから、アウリアには危惧していることがあったので続けた。
「菌はどれくらい作ったのですか? 残りは全部、カリナさんの部屋や持ち物に擦り付けたのですか?」
その菌が傷ついた手の甲に付着すれば、菌が粘膜から体内の血流を巡り、カリナは10分程度で死に至る。
「鋭いにもほどがあるよ」
「罪を被せて始末しようと考えるのは、犯罪者の心理です。その罪はフィン殺しだけではありません」
アウリアは顔を近づけると、低い声音で言った。
「侍女長の孫に、ほんとうに隠したい罪をきせようとしたのですね? 侍女長が証拠を見つけられなかったのをいいことに」
ケイミがニヤリとして、アウリアにだけ聞こえるように返した。
「恐れいったね。まあ、公爵家の情報でしこたま稼がせてもらったよ。これでうちの孤児院も楽になった。あたいの命一つくらい、くれてやるさ」
(孤児院? 今どき経営の苦しいところなんてないはずなのに)
動揺して、アウリアの表情が崩れた。
すかさずケイミが憐れんだ。
「あんたもしょせん大貴族のお姫さま。寒村じゃ、国の支援なんて中抜きされまくりだよ」
(待って……それって)
アウリアはのまれかけたところで、踏みとどまった。
「ありがとう、大変有意義な情報でした」
今度はアウリアが頑張って、ニヤリとした。
ケイミの顔に一瞬苛立ちの色が浮かぶのを見て、アウリアは慣れないニヤリ顔を戻して身を翻した。
ケイミの言葉で引っかかったのは、孤児院だ。
孤児院とは神殿が運営するところで、王家や貴族が運営する施設は古語で<小さき者の盾>、通称パルヴァと呼ぶ。
遥か昔から王家、神殿のどちらも孤児を保護してきたが、両者の目的は異なり、どちらに保護されたかで運命が変わる。
初期の王家は孤児を安い労働力と見做して、法的に権利を保障しなかったが、人権意識の高い国王が誕生して一変した。
一方、慈愛と博愛を掲げる神殿は古より一度も改革がないまま、孤児院出身は最下層と位置づける。神官らは民を『仕分ける』と呼ぶ。
現在、王家や貴族は独り立ちさせるために教育を与える。また雇用で不利にならないよう、成人したら名前ロンダリングを認める。苗字を作ったり変えたりすることで、孤児であることを隠すことを、合法的に許したのだ。
ところが神殿は、最下層に仕分けした人間を洗脳して酷使する。
(お祖父様の時代に、アルテ領は孤児院を撤退させて、だいぶ揉めたのですよ。中抜きの言葉で、幼いころ父が神官らと対立していたことを思い出したのです)
アウリアは寒気がした。
神殿はエメラルディア全土にあって、神殿を領地から取り払うことはできない。
民の中には敬虔な信者もいるから。
(まさか貴族家に間者を潜り込ませて、情報を盗ませていたなんて……最高神官の方針もあるだろうけど、昔からそういうことをやっていたのですね)




