54話:ちゃぶ台返しをしてみました
しばし騒然となった。公爵邸の警備兵たちが来て、カリナを抱えるようにして連れて行った。
セシルが一礼して彼女を追いかける。
「心臓に悪すぎるわよ。うちのメイドたちは何をやってるのよ!」
アティアンヌは顔を真っ赤にして怒ったが、公爵夫人は頭を抱え始め、ニルスが夫人の肩を抱いて慰めていた。
(あら、仲はいいのですね)
ニルスが公爵夫人に一言断って、アウリアのところへ来た。
「一体何が起きてるんだよ」
「これから説明します」
「いや、変……じゃなくて」
変人と呼ぶことに失礼だとやっと気づいたのか、ニルスは頭を掻いた。
「アウリア嬢に任せてて何だが、危険はないのか? 全員帰ってもらった方がいいと思うが」
「はい。わたしはそれでも構いません。みなさんに危険はありません」
ニルスが令嬢たちを見廻したが、皆が顔を見合わせても席を立とうとしない。
凜々しいメイドが捕り物をした直後で、帰るはずがなかった。
ケイミはまだここにいてもらっていた。すべてを明らかにするために。
アイリンなどは聞く気満々で、
「アウリア、あなたのくどい説明を半分にしてくれたら嬉しいわ!」
と声を上げて、皆の笑いを誘った。
「善処します!」
未解決事項は残り6つだった。一つ解決したと思えば増えるからだ。
時系列に並べると、最初に起きた事件の小鳥の死の理由。
侍女長の花瓶の水をタンクに入れるという無意味な工作の理由。
カリナが置いたユリの鉢を移動する度に戻した者は誰。
フェンリンが死んだ後、部屋から運び出したのは誰か。
アウリアのコーヒーに何かを盛ったのは誰か。
最後に、アウリアがカリナに、あなたは殺されるところだったのだと怯えさせるようなことを言った理由。
「先ほどセレノール王子から未必の故意の説明がありましたが、この証明はほんとうに厄介なのです。わたしがこんなにも時間をかけて話をしてきたのは、まさにこのためです」
「なによ? なに?」
アティアンヌが急かした。
「カリナさんの犯罪は二つの犯罪を生みました」
「二つですって?」
「一つはすぐわかると思います」
セレノールがハッと息を呑み、「老師のコーヒーですね」と答えた。
(え、そっちからなのですね)
するとメイジーが言った。
「だけどあのとき、アウリアさんはご自分から、コーヒーをくださいと言ってらしたわよ?」
「はい。当家たんぽぽギルドでは人気のコーヒーを販売しています。しかし現在カッサリア帝国のせいで、豆が入手できないのです。わたしはコーヒー党なのです! コーヒーポットを持ったメイドが近づけば、わたしがほしがることは確実なのです」
「あなたがコーヒー党かどうか、どうしてわかるの?」
メイジーが苦笑したが、公爵夫人が応えた。
「わかりますわよ」
公爵夫人が軽く目を閉じた後、侍女長に目を向けた。
「我が家の侍女長まで務める者が、招くお客さまの情報を疎かにはいたしません。特に初めておみえになるアルテ侯噂の妹君。アティアンヌが強引に招いたことも知っておりますもの。抜かりなきよう、嗜好の一つや二つ調べたことでしょう」
それが大貴族のプライドというものだった。
アウリアは瓶をテーブルに置くと、まずは侍女長に顔を向けた。
「マノン侍女長、あなたは不思議に思いませんでしたか? わたしのコーヒーが生臭いと聞いて」
侍女長は背筋を伸ばして答えた。
「その通りでございます。メイジーお嬢さまやロゼリーナお嬢さまがそのように仰ったので、なぜアウリアお嬢さまのコーヒーに、花瓶の水が混入されたのかと奇妙に思っておりました。
──が、この場には私に恨みを持つ者がおりましたので、疑いはもっておりました。本日のお茶会でお嬢さまが体調を崩された場合、それは準備を取り仕切った私の責となります」
公爵夫人が溜息を吐いた。
「そう、アウリア嬢については、おまえではないのですね?」
「はい。私がタンクに花瓶の水を入れたのは、万が一、私の孫カリナがフェンリンを殺したことが発覚したとき、私が殺したように見せかけようと、とっさに偽装を思いついてのことでございます」
──まあ、ここで花瓶の水に繋がるのね
──でも結局誰がフェンリンを殺したのかしら
──侍女長はカリナが殺すとわかっていたように聞こえるわ
謎が解けるのは快感だが、さらに謎が増えて難しい顔になる令嬢たちだった。
「マノン侍女長、カリナはお孫さんだったの?」
訊ねながら、アティアンヌは初めて知った。
貴族家では、血縁者を同時に二人雇わないという不文律があったから。
マノンは微かに目を細め、どこか懐かしむように微笑んだ。
「駆け落ち同然に家を出た娘がおります。一人娘でした。私はせめて孫には優しくあろうと思い、由緒正しい家門で働けるようにと、領地のお屋敷に雇っていただきました。その孫も年頃になり、王都で暮らしたいと言ってきました。 3ヶ月前欠員が出たときに、孫可愛さから推薦いたしましてございます」
侍女長とカリナの関係について、アウリアは薄々は察していた。カリナの推薦者が侍女長と聞いて、二人を観察していたら、耳の形が似ていることに気づいたからだ。
ただ、二人の関係をここではっきりさせるつもりはなかった。
フォレンテ公爵家の使用人事情まで、他家の令嬢が知る必要はないと思っていたから。
(結局、さらしてしまったのですよ。うまくいかないものです)
「マノン侍女長は、ユリの鉢を移動しようと思わなかったの?」
アティアンヌが訊ねた。
侍女長はそれには訴えた。
「私も遠くに離しておりました。それで安心しておりました。申し訳ございません。
フィンが死んだと報告を受けて、カリナが鉢を戻したのだと思い、愕然といたしました。すぐにフィンを庭園に運びました。カリナは猫に触れるのも嫌いますので、あの子の仕業ではないと思ってくださるだろうと……わたくしの責任でございます」
「……もういいわ。孫が大事なのは当然だもの」
アティアンヌは顔を背けると、もう侍女長へは目を向けなかった。
これまでの話で、侍女長の花瓶の水をタンクに入れるという無意味な工作の理由と、フェンリンが死んだ後、部屋から運び出したのは誰かについては明らかになった。
アウリアのコーヒーに花瓶の水を入れたのもケイミだという疑いが浮上した。
しかし、コーヒーに入れたものについては、アウリアは具体的にする必要があった。
「ケイミさんに話を聞く前に、従者に一つ聞こうと思います」
(ユリアスさまの呼び名、モグラさんのままでした。さすがにそうは呼べないのです)
「一つ伺いますが」
「なんだ?」
「魔獣を研究されていますよね?」
「そうだな」
打ち合わせしていなかったが、ユリアスは話を合わせてきた。
「フェンリンは、花粉を舐めたくらいで死ねますか?」
ユリアスはアウリアを見つめた後、軽く腕を組んだ。
「難しいだろうな。吐いて終わりだ」
「そうですか」
その場が混乱した。
――フェンリンは花粉で、あの使用人が殺したのでしょう!?
困惑の声が広がっていく。
(これぞ、ザ、ちゃぶ台返しです)
アウリアは少し声を張り上げた。
「カリナさんも、これまで話を聞かれてきた皆さんも、花粉で殺せると思っていたということです」
ワイドが食い入るようにアウリアを見て説明を求めた。
「フェンリンは魔獣化した猫です。限りなく猫ですが、魔素が乱れやすい体質で、ケアが大切になってきます。このケアの大部分が食事です。フェンリンは肉食ですが、一方で胃酸はそこまで強くないのです。フェンリン専用の餌は売られていません。たくさんある猫の餌から選びます。しかしフェンリンは個体ごとに食の好みも異なるようで、他家で飼われているフェンリンの好みは、参考にならないのです」
「そういえばアウリア嬢、猫の餌を食べてたのよね」
アティアンヌ情報に、令嬢たちが沸いた。
――餌ですって!
――あの方頭がおかしいのかしら
(それは言わなくてもいいのですよ……)
「花粉は平気だと仰るのは?」
ワイドが前のめりに訊ねた。
「毒分解酵素は発達しているのです。といっても吐瀉くらいはするでしょう」
アウリアは瓶を掴むと、
「この瓶は二度使われたと思います。二度目のほうから先に言うと、スズランの花瓶の水が入っていました。わたしのコーヒーに入れて、侍女長に疑惑の目を向けさせるためでしょう。ケイミと侍女長の間には何か確執があったようです。
その前につまっていたのは、菌です。フェンリンに一撃を与える菌がつまっていたはずです。コーヒーカップからも検出できるでしょう。恐ろしいことに、わたしがあのとき一口でも口につけていたら、残っていた菌で、わたしは即死したでしょう」
即死──
さっき香りを!──
メイジーとロゼリーナが取り乱して、一時騒然となった。
「メイジー嬢、ロゼリーナ嬢。香りを吸っただけでは問題ありません」
ユリアスが腕組みを解き、厳しい光をたたえてアウリアを見た。
「アレは処刑する」
「法に委ねます。それに、生臭いから飲まないと思ったのでしょう。侍女長の仕業だと思わせたかっただけのようですから」




