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50話:推理ショーをさせられています



「何事ですか」

 フォレンテ公爵夫人とアティアンヌ嬢が歩み寄り、セレノールが後に続いた。


「アウリア構わぬ。席を外していた間、何をしていたか、皆に聞かせてやれ」

「えっ」

 驚いたのはアウリアとアティアンヌだった。

(何のためにこっそり動いたと思うのですか)

「お待ちなさい」

 フォレンテ公爵夫人が少し煙る目になった。そうすると、容貌は似ていないが養子のニルスとそっくりだった。


「我が家のことに口を出す権利などありませんよ。従者ごときは引っ込んでいなさい」

 女主人の迫力で公爵夫人は言った。

 ユリアスはにやりとした。

(な、何か言うつもりですよ。やめてぇぇ)

「いいだろう。公爵夫人、そなたがこのコーヒーを飲んでみよ。もし無事でいられたなら、引っ込んでいてやろう」

「なんですって?」


 ユリアスはアウリアの手前にあるコーヒーカップをとると、バカ丁寧に優雅な仕草で、夫人に差し出した。

 夫人の強ばった顔に、少し思案するような色が浮かぶ。


 その間じゅう、メイジーが目を輝かせてガン見し、ロゼリーナが扇で口元を覆いながら、やはりユリアスを凝視した。

(ひょっとして何か気づかれてる?)


 他のテーブルからも令嬢たちが集まってくる騒ぎになった。


  ――何があったの?

  ――コーヒーのことでもめているわ



「お母さま」

 アティアンヌが青ざめた顔で夫人に囁いた後、胸の前で両手をきゅっと結んだ。

「皆さま、お騒がせして申し訳ありません」

 令嬢たちはざわざわしながらも、アティアンヌに注目した。

 彼女自身もホストながら長く席を外していたこともあって、説明することに決めたのだった。


「先ほどアウリア嬢とあることを調べていました。このお茶会の後、その続きをすることになっておりましたの。おそらく、それを恐れて……」

 アティアンヌは言葉をつまらせた。


 サラが椅子を引き、アウリアは立ち上がった。

「公爵夫人、わたくしの従者が出すぎた真似をして申し訳ありません。アティアンヌ嬢も何もおっしゃらないでください」

 ユリアスに一瞥すると、彼はアウリアが謝る傍らで冷ややかになっていた。

(怒っているのです。それもかなり)


 メイジーがコーヒーの入ったカップをとって、匂いを嗅いだ。

「……そうね。飲みたくない感じよ」

 ロゼリーナも興味を持って、匂いを確認した。

「生臭い感じだわ」


 アウリアは頷くと、涙目になっているアティアンヌの肩を撫でて慰めた。

 アティアンヌはぐすぐすした。


「口、つけなかった?」

「ええ。大丈夫です」


 アイリンが扇を振ったので、アウリアは頷いた。

「アウリア、何があったか、聞いてもいいのかしら?」

 それには公爵夫人が答えた。

「ご容赦くださいな。この後、アウリア嬢と話し合いますから、今日はお開きにさせてくださいませ」



 しかしユリアスが許さなかった。

「さっきまでは公爵家の問題だったが、これは一線を越えた。穏便に済ませられると思わぬことだ」

 異国貴族風の男の強い口調と偉そうな態度に、誰もがびっくりしながらも、声を上げる者はいなかった。毒が入っていたのかと慌ててカップから手を離す者もいたが、自身に災いが降りかかりさえしなければ、この状況に興味を示す者が大半だった。


 アウリアとサラだけが、ユリアスが暴走したらどうなるのかと危ぶむでいた。

 

 

 公爵夫人は溜息を吐き、なげやり半分開き直った。

「アティアンヌ、後は任せますよ」

 夫人の言葉を受けて、アティアンヌはアウリアに顔を上げた。

「あなた、もうわかっているの?」

「ええ。ですが、話を聞かないとわからないこともあるのです」


 期待に満ちた令嬢たちを見て、アティアンヌは唇を噛みしめるようにし、イヤそうに言った。


「みなさん、お開きにしますので、お帰りいただいてもよろしくてよ。話が聞きたい方はいてくださって構いませんけど、この話が外に漏れた場合、名誉毀損で訴えますので、そのおつもりで」

 それへ応えたのは、令嬢代表のロゼリーナだった。


「わたくしたちが異物を口にしたかもしれませんのよ。最後までお付き合いしますわ」

 令嬢たちから拍手が起こり、アウリアは身震いした。

(なんだか、怖いのです)


 ✦~✦~✦


 アウリアは一つテーブルを開けてもらい、ユリアスにスズランを飾った花瓶と、猫の飲み水タンクを置いてもらった。

 人に見られぬよう魔道士に結界を張らせて、虚空から保全したそれらを取り出して、何食わぬ顔で持ってきたように振る舞ったのだ。

 その間にアウリアはサラから報告を受けて、この件に関係ある者を特定し、アティアンヌに呼んでもらった。


 

 待ち時間があろうと、帰り時間が遅くなろうと関係ない。

 面白い話を聞き逃すまいと、誰もがアウリアの一挙手一投足を見た。

 セレノールも興味深々で、特等席のようにアウリアの近くに陣取った。


 夕暮れになっても空は明るく、どこまでも穏やかな晴れもようだった。

 バラが見事な庭園だけが、生臭い話に香りを削がれている。


 アウリアは花瓶などが置かれたテーブルの前に立って、公爵夫人とアティアンヌに一礼した。


「お待たせしました。準備が整いましたので、わたしから、席を外していた事情をお話します。またわたしのコーヒーカップに注がれたものについても、明らかにしていきます」

「そう」

 公爵夫人は短く応じた。

 

「本日午後3時20分頃、使用人の悲鳴が上がりました。わたしは駆けつけて、アティアンヌ嬢の愛猫、フィンの死骸を見つけた現場に居合わせることになりました」


  ――悲鳴なんて聞こえた?

  ――いいえ。気がつかなかったわ


 そんな令嬢たちの疑問には一切耳を傾けないことにした。


「フェンリンの様子を見て、死因を特定することにしました」


  ――なぜアウリア嬢が?

  ――頭がいいおつもりなのよ


 そんな令嬢たちの疑問も無視することに、できなかった。

 メイジーやロゼリーナは無表情だが、怪訝そうな顔がたくさん目の前にあるとやりにくい。


「わたしはそれが可能な立場にあるからです。わかりやすく説明しますと、わたしは医師、軍医、薬師、助産師、検視など、死後に死因を特定する裁判所所属の法医もですが、あらゆる資格を有しています」

 

 そうよ、アウリアはすごいのよ、とアイリンが自慢げに言った。


「このように変死した生き物を発見した場合、わたしは死因を特定する()()があるのです」

 アティアンヌが目を剥いた。そんなこと一度も言わなかったわよねえ、とアウリアを睨んでくる。

 コホンコホン、わざとらしく咳払いをしておく。

(嘘です)


「法医学的には、変死の死因を特定しないことは別の死を招く危険性があると考えます。わたしがしゃしゃりでたのは、それを回避するための作業だと思ってください。それがたとえ病や怪我によるものでも、放置はできないのです」


 ひそひそ、ひそひそ。

 

(耳がいいのも考えものです。いろんな方のひそひそ話がはっきりと聞こえてくるのですよ)


 虫を払う気持ちで、アウリアはテーブルの花瓶を掲げた。

「これはアティアンヌの部屋にあった花瓶です。飾っている白い雫型の花は、スズランという名前です。

 ここで質問です。

 この花の特性を知っている方はいますか?」


 令嬢たちは誰も知らなかった。

 見たのも初めてだという声が多数聞こえてきた。


「アティアンヌ嬢、この花を飾った使用人はどなたですか?」

 すでにサラから報告を受けて、使用人の顔も名前も把握している。が、傍聴者に聞かせるために、アティアンヌに訊ねた。

 アティアンヌが呼んだのはカリナだった。

 フォレンテ領で採用されて、貴族街に配置換えになった19才。貴族街の経歴は3ヶ月。

 推薦者はマノン侍女長。

 カリナは赤銅色の髪をバレッタで留めている。幼さが残る顔で、茶色の目は一重。沿岸部と商をして血縁を結んだ家系に多い。簡易なワンピース型制服に、ストライプのエプロンを着けていた。


「カリナさん。あなたはスズランをどこで入手したのですか?」

 カリナはアティアンヌを見てから、ぼそぼそと応えた。

「三区の芝居小屋の近くにあるお花やさんです。そこでは貴族街では見かけないようなお花を扱っていて、廉価なので、自分用に買い求めることがあります。白いお花やかわいい小ぶりのお花は、アティアンヌさまがお好きそうだと思い、飾ってみました」

「花瓶の水もあなたが換えるのですか?」

「はい。お休み以外の日は」

「最近のお休みはいつでしたか?」

「昨日です」


 アウリアは頷くと、侍女セシルの名を口にした。

「セシルさん、あなたはスズランに詳しいと思いますが、いかがですか?」

 名を呼ばれたセシルがハッと顔を起こした。

 侍女なので、公爵家に相応しい仕立てのいい腰丈のジャケットにロングスカート、胸元に質のいいスカーフを入れている。紺色と茶色と地味な配色だが、春でもその配色が重く感じさせない素材を使って、雰囲気がいい。

 アティアンヌの重たいドレスが、より不自然に映る。


 セシルは25才、北国境の高原に近いベン男爵家の娘。

 容貌は面長の顔立ちに青い目。くすんだ褐色の巻き毛。

 サラの調べでは、気立てはそこそこ、侍女としての評判もふつう。淡々と仕事をこなすタイプだ。

 婚約者がいて、フォレンテ邸には親戚宅から通っている。

 侍女学校を出て、貴族街のフォレンテ邸に雇われて2年になる。

 他の侍女は住み込みだった。


「ベン男爵領では道端でも咲く花です。そして三区にスズランを卸しているのはベン男爵家です。お花に詳しいカリナさんに、三区にある花屋を紹介しましたね?」

 セシルが答えるより先に、カリナが割り込んだ。

「そうです。セシルさんに教えていただきました」

「ではセシルさん。スズランの特性を教えてください」

「毒性が強い花です。花瓶に花を飾ると、その水は数時間もしないうちに毒素がたまります」

「毒ですって?」と、公爵夫人がぎゅっと眉根をよせた。


「毒性については、ベン男爵領では皆が知っていますか?」

「はい。スズランに限らず、毒性に強い花を飾った場合、花瓶の水を捨てる場所も気をつけます。領地で、スズランの茎が浸っていた水を飲んだ子犬が、痙攣して数時間後に死んだことがあります」

 毒性の言葉に皆が反応した。

 セシルは疑いの目を向けられたように感じて、焦って訴えた。

「ですが、こういうことは事故として起こりますし、私は何もしていません」

「セシルさん、落ち着いてください。子犬の話を公爵邸でしたことはありますか?」

「はい。朝礼などで共有しています。個別にもお伝えもします。侍女学校を出ていれば、花やハーブに詳しくなりますが。お屋敷で飾られないようなスズランは、知らないと思いましたから」

「なるほど、するとスズランの毒性は侍女や使用人、()()が知っていたのですね」

 アウリアの言葉に、その場にいた全員がハッとした。


 アウリアはスズランを一本引き抜いた。

「このスズランは葉・花・根・実すべてに強心配糖体を含みます。心臓に作用する成分で、切り花にすると水にその成分が溶け出すのです。その水を仮に一口含んだところで死に至ることはありませんが、魔素が乱れている人は心臓が圧迫されたり、吐き気を伴って、相当に苦しみます。しかし即効性があるわけでもないのです。数時間かけて脈拍がじわじわと乱れていきます。神経毒ではありませんから、心臓に負担を与えるのです。胃腸にも打撃を与えます。二口も口にすれば胃腸を痛めて、数日は好きなおやつを諦めることになるでしょう。

 ところが、花瓶の水は生臭いのです。水を取り替えている人はおわかりでしょう」

 使用人たちが頷く。

「コーヒーに混ぜたところで、その青臭さを消すことはできませんし、飲めたものではありません」


 ロゼリーナとメイジーが、さっきの臭いを思い出した顔で頷いた。

 アウリアはスズランを花瓶に戻した。


「さて、今日アティアンヌ嬢が大切にしていた猫、フィンとい名前のかわいいフェンリンです。その子が死骸となって発見されました。わたしは花瓶とタンクの水のニオイを確認して、気づきました。タンクの中に故意に、花瓶の水が混ぜられてたことに」


 タンクには蓋がある。誤って花瓶の水が入らないことは、テーブルに並べた物体を見れば明らかだ。


 ひどい、という声がわいた。


「お嬢さま、お言葉ですが」

 ユリアスが白々しくお嬢さまと呼び、疑問を口にした。

「猫の嗅覚なら臭い水は避ける。魔獣フェンリンなら確実に」

「ええ、猫の嗅覚は人の数万から数十万倍。犬ほどではありませんが、ふだん口にする水と違えば、いやがって飲まないでしょう」

「老師、発言許可を」

 セレノールが意気揚々と手を挙げた。

(ここは学校ではないのですが)

「どうぞ、お気楽になさってください、王子殿下」

 セレノールは身を乗り出した。

「先ほど、花瓶の水とタンクの水が同じで、フェンリンはそれを飲んだから亡くなったと説明されたように聞こえました。フェンリンは脱水症状に追いつめられたのですか? それとも無理やり飲まされたとお考えでしょうか?」

 アウリアは浅く微笑んだ。

「お二方の疑問は、この(のち)明らかになります」

「どうしてさっさと教えないのよ」

 アティアンヌがじれったそうに言った。

 ロゼリーナまで扇の裏で同意の視線を送ってくる。


「語るのは犯人自身です。その者に、わたしの推測だろうと言い逃れなどさせません。必ず責任を取らせます」

  

 アウリアの厳然とした口調とその言葉は、意図せずその場を黙らせた。

 しんとした庭園に風が吹き、令嬢たちは寒そうに身を震わせた。





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