5話:冤罪を晴らしてくださいと頼まれました
5月になった昼下がり。
アウリアはピオニーを肩に乗せて、サラと三人で図書館に出かけた。
「これは私の仕事です」とサラはいやがったが、アウリアもたまには外に出たいし、図書館にも行きたい。
モグラさんとは連絡も取り合っていないが、仕事を始めるときにメッセージを受け取っている。
『ひとりでふらふら歩くな。違反したら減給だ』という、もはや脅し文句。
これまで自由に歩いていたのに、誰であろうと同行しなければならないというのが、正直なところストレスだった。
「減給されてもいいです。ひとりで出かけます」
とアウリアが言ったので、しぶしぶサラはアウリアに従ったのだった。
すると当然のようにピオニーが小型の竜になって肩に乗ったので、アウリアは焦った。
竜のまま外に連れ出すと騒ぎになると思って。
ところがピオニーによると、認識阻害をかけることができるらしい。
肩に乗られても重さは感じなかった。
動かれるとこそばゆい感じ。
「どこまで小さくなれるのです?」
訊ねても、ピオニーはツンと顎をあげるだけ。
サラもピオニーの変身を見たときは驚愕していた。
「魔力人形が変身するなどという話は、未だかつて聞いたことがありません」
(そうなのですよ。やっぱりこの子は変わっています。バグでしょうか)
「動物型の魔力人形って、サラは見たことありますか?」
「いいえ。騎士団や軍事宮では、訓練用の魔獣型がいますが、特別に注文しています」
「あら、詳しいのですね」
サラが一瞬言葉をつまらせた。
「詳しいというわけではありません。父も兄も騎士団所属でして」
「そうなのですね。どおりで、騎士のような雰囲気があるのです」
サラは頷き、アウリアはそんな雰囲気も凜々しいのですよ、と眺めてしまうのだった。
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王立図書館まで徒歩15分。
学問街でもっとも美しい並木道を通っていく。
世界の智の宝庫デュオクロス大図書館。正面の黒く素っ気ない扉には、古代エメス語で大賢者ディオクロスの言葉が刻まれている。
〈人間が想像できることは実現できる〉
クリスタルの柱もそうだが、大賢者の言葉は至る所に刻まれている。
アウリアはその言葉が好きだった。人はまず想像することから始まる。夢を見なければ何も生まれない。
図書館に入ると、美しい吹き抜けの塔建築物だった。
壁際に書棚が隙間なく置かれ、それが天に向かって伸びている。
ここに立てば誰もが智の恵みに圧倒され、胸を奮わすことだろう。
アウリアはうきうきした。
学生のときも地下に行くことはあったが、課題論文に追われたため、地上階の本棚にお世話になることが多く、地下の書庫に行く時間がほぼなかった。
「本はサラが選ぶのですか? それともモグラさんから、棚の指定があるのですか?」
「指定されています」
「ふぅん」
(では、モグラさんは闇雲に本をめくっているわけではなかったのですよ。気になりますね。詮索は御法度ですが)
アウリアはこの一ヶ月、12冊の古文書を扱った。
パールシア王国建国時代か、ひょっともすると王国史以前に書かれた物らしく、解釈があっているかわからない。ジャンルもバラバラで、彼が何を調査しているのか検討もつかない段階だ。
サラが地下書庫への許可証を受け取るのを待っていると、騒がしくなった。
黒の法衣を着たデュオクロス裁判官と書記官、子どもたちがぞろぞろと入ってきた。
その様子はどこか物々しい。白と青緑の格子模様のローブは初等部高学年で、大図書館は利用しない。学問街は案外広く、全寮制の初等・中等部は北エリア。中央通りまで来ることは滅多にない。
「裁判官と一緒ですね。学生裁判とは珍しいです」
サラが声をひそめて言った。
「ええ」とアウリアも彼らが向かう専用エレベーターへ目を向ける。
最上階は学生裁判所だ。
デュオクロス特別自治区では、学生間のトラブルは学生裁判を開く。
裁判を起こす者が裁判官に申し立てを行い、受理されたら数日内に裁判となる。
「何があったのか、興味ありますね」
「アウリアさま、首を突っ込まないように」
「はいはい」
学生裁判は誰でも傍聴できるが、子どもの裁判など珍しくても見に行く司法学生はいない。
大人と違って喧嘩の延長だが、形式的に開くことで、子どもたちを教え導こうという考えだ。
(微笑ましいのですよ。ふふ)
アウリアも学生だったときに傍聴した。
思い出して微笑んでいたとき、アウリアを呼び止める声があった。
「アルテ老師」
少年の声。
呼び止めたのは、初等部のローブを着た銀髪の美少年だった。
(す、すっごい美少年なのですよ)
潤んだような青灰色の瞳をしている。
銀髪はパールシア王国では珍しい。雰囲気からして留学生だと思われた。
ダイヤモンドと思われるピアスをしているが、その石が放つ光はそれとは違って見える。
貴族令嬢として世界中の宝石を目にして、一目で言い当てることのできるアウリアにして、何の石かはっきりしなかった。
「老師ってわたしのこと?」
「はい。暁ノ塔に最年少で招かれ、同じように最年少で首席で卒業された方には、老師の呼称を使うと聞いています」
口調こそは丁寧だが、独特の威圧感が漂う。
「わたしに用があるのですか」
「僕の冤罪を晴らしてください」
「……え?」
突然のことに、アウリアは反応を保留にした。
少年は冷ややかに、軽蔑剥き出しで言った。
「デュオクロスがどれほどのものかと思って来てみれば、初等部は不要ですよ。時間を無駄にしたくない。早く行きましょう」
彼は颯爽と身を翻していく。
「え……」
肩の上で、キュゥ、とピオニーが小さく鳴いて、アウリアの首をくすぐった。
アウリアはピオニーの顔を撫で回した。
「何でしょうか、彼は」
サラも、彼をどう扱うか戸惑っていた。
相手は子どもとはいえ、明らかに異国の高位貴族の振る舞いだった。
といって、ここは身分性別年齢国籍も関係ない特別自治区。
ここでは能力がすべて。
ゆえに彼はアウリアを老師と呼んで、敬意は払っていた。
「行きましょう。冤罪だというなら助けがいると思います。留学生はどうしても不利なのです。文化や価値観の違いがあって」
「しかしアウリアさま」
「わたしはあらゆる資格を持っていますが、そのうちの一つが法曹資格です。子どもに助けを求められたのに、放っておけますか?」
アウリアには苦い思い出がたくさんあった。
(貴族の家出娘でしらからね……嫌がらせを受けても誰も助けてくれませんでしたし、侯爵家に見捨てたんだろうとか、悪口もたくさんありました。大切にしていた文具も盗まれたものです)
サラはアウリアの横顔を見て、肩の竜に言った。
「危険が及ぶような場所ではないと思いますが、アウリアさまがハッスルしすぎないよう見張ってください」
(まあ失礼ね)
頼まれたピオニーはやる気満々、嬉しそうにキュウキュウ鳴いて羽を動かした。




