47話:事件のニオイがします
2026/02/20投稿・46話で、名前の間違いがありました。混乱させて申し訳ありません。
ロゼリーナ ○
ローゼリア ×(だれやねん)
ホストはアティアンヌとフォレンテ公爵夫人だった。
フォレンテ公爵夫人は62才。個性的なファッションで、頭にスカーフを巻いて、動物絵画柄の生地を用いていた。難しいモード系を着こなしていて、モデルのようだとアウリアは感心した。
パールシア人は若々しいが、60歳を過ぎてくると、少し老いがではじめる。それでも前世の感覚で見ても若い。
母娘の容貌はあまり似ておらず、アティアンヌはたれ目がちで、夫人は狐目だった。
アティアンヌは春なのに暗く濃い紺色のドレスで、庭園でお茶会を主催しているのに、たっぷりと重そうなスカートだった。色彩豊かなバラを引き立てるためにも見えるが、季節感がひとりだけ違う。チョーカーも相変わらずで、似合っていないわけではないが、今日の初夏めいた陽射しでは暑苦しい。
その点ロゼリーナはやわらかな淡いセージグリーンで、地味なように見えて素材とグラデーションでバラと見事に競演しているティアードスカートタイプ、たいへん上品。
メイジーはスモーキーブルー系でまとめて、控えめなAラインスタイル。
他の令嬢たちも、色味デザイン控えめ、動きやすさ、座りやすさ重視。
アティアンヌは美少年にエスコートされて現れた。
一度会ったら忘れないであろう、さらさら銀髪おかっぱに、透き通る白い肌。潤んだような青灰色の瞳。
まさかのカイロン・ノヴァンだった。
アウリアが目をぱちくりさせていると、アティアンヌの顔にしてやったりの笑みが浮かぶ。
(どういうことなのです?)
夫人が彼を紹介した。
「本日はお集まりいただき、皆さま、ありがとうございます。ふだんは娘アティアンヌが主催するお茶会ですけども、私も同席させていただきますね。
理由はお気づきの通り、こちらの尊いお方をご紹介申し上げるためにございます。
──エイデルン王国セレノール第四王子殿下でいらっしゃいます。現在デュオクロスの、天才だけがご入学を許されるという、暁ノ塔にご留学中でいらっしゃいます。今後、パールシアにおきまして、わたくしどもが後見の任を務めさせていただく運びとなりました」
令嬢たちがざわついた。
――異国の王族の紹介を、どうしてフォレンテ公爵夫人が?
――こんな形でなさるものかしら?
ひそひそ話の中に、「暁ノ塔ってアウリアも卒業したのよ。すごいのよ」と自慢げに話すアイリンの声がまざっていた。
(北の王子さまね。違和感があったはずなのです。何がカイロンなのです)
セレノール王子は、アウリアが唖然とするような微笑を浮かべて挨拶をした。
「デュオクロスでは身分を隠して通っていますが、そちらにおられますアルテ老師とも交流があります」
(な、なぬぅ?)
「フォレンテ公爵ご夫妻と話しておりましたときに、こちらのお茶会にアルテ老師がご参加されると伺い」
云々かんぬん。
(何を言っているのです!? 交流などこれっぽっちもないのです。一方的に学生裁判で使われただけなのですよ!)
令嬢たちの視線が刺さる。
――何なの、アルテ侯爵の幽霊妹ではなくて?
――社交界と縁を切られたのでしょう?
――異国の王族狙いだなんて、まあ、やり手ですこと
アティアンヌがアウリアを見て、ツンと顎を上げた。
(な、るほど? 嫌がらせなのでしょうか。今日わたしは全令嬢を敵に回したのです)
セレノール王子のテーブルは別に用意されていて、夫人が若い令嬢たちに挨拶をするよう促した。
アウリアも挨拶列の先頭に押し出されそうになったが、
「アルテ老師は最後にゆっくりとお願いします」
などと、カイロン改めセレノールが外面全開の笑みで言う。
(裁判のときは冷ややかでしたよ? わたしが勝って当たり前の顔で、お礼にも来ませんでしたよ。ええ、住まいは教えていませんが。管理棟に言付けることくらいできましたよね?)
それからアウリアはメイジーとロゼリーナから情報を仕入れた。
ふたりは最近フォレンテ公爵夫妻が、異国の王族の後見を引き受けた話を耳にしていた。その王族は婚活のためにパールシアに来たと思われ、10代の令嬢たちは色めきたっている。そのうち王家が主催して、デビュタント前の令嬢も含めて、舞踏会を開くだろうと噂されている。
(それがほんとうなら、わたしはなぜユリアスさまに教えられていないのでしょうか? 学生裁判で関わった神童が、異国の王子だととっくに知っていたはずですよ?)
そんな思いが無意識に、パチン、慣れない扇を鳴らさせた。
「お呼びですか。お嬢さま」
一瞬でユリアスが背後に回って、アウリアに声をかけた。
ひっ、と振り返るとユリアスがにこやかに笑む。
その瞬間、メイジーの、眼鏡の奥で切れ長の眼がくわっと見ひらいた。
(ひっ)
「侍女の方はどうなさったの?」
「あちらに。今日は彼の社会勉強のために、同行をお願いしたのです」
メイジーがユリアスの顔を見る。
ロゼリーナも食いつきがすごかったが、メイジーはガン見状態だった。
(ユリアスさまって、令嬢キラーなのです?)
ユリアスが椅子に手をかけ、アウリアは花を摘みに行くという体で立ち上がった。
「ご存じだったのですよね? 今日あの子がここに参加することを?」
「当たり前だ」
(むぅ、馬車の中で話す時間がたっぷりあったのですよ。わざと言わなかったのですね)
「お忍び参加のつもりらしいが、そなたの名を出すとはな、腹立たしいガキだ」
「腹立たしい?」
ユリアスは貴族社会に疎いアウリアを、初めて呪ったように目を眇めさせる。
「そなたは自覚しろ。パールシアの侯爵家なら異国では王族待遇だ。あの者からすれば婚姻相手として極めて有力。そなたに気があると、宣言もしたも同じだ」
貴族流の解釈だが、アウリアは違った。
(アレは違いますね。わたしをまた利用しようと企んでいるのです。エイデルンといえば王位継承権争いで、確か第一王子が――)
エイデルンの内政に思いを寄せたとき、庭園のどこかで悲鳴が上がった。
「なにっ?」
「さっきから臭っていた。動物の死骸だろう。使用人が発見したのではないか?」
「さすがです。馬並みの嗅覚」
「今日は犬並みだ」
「・・・(カァ)」
アウリアは気になって、現場へ向かった。
(こんな日に動物の死骸だなんて、それも悲鳴を上げるほどって……)
場所はバラ庭園の入口付近で、パーティーが行われている場所から遠く離れていた。
そもそも悲鳴が聞こえたのも、魔道士のせいでアウリアの聴覚が拡張されているからだ。
真っ赤な薔薇の植え込みに、使用人たちが集まりだしていた。
ユリアスの言う通り、死骸が見つかったのだ。
それは白い猫で、アティアンヌが可愛がっている猫だと判明した。
アティアンヌに知らせるにはタイミングが悪すぎるし、かといって黙っていると、後でお叱りを受けそうだと悩んでいるのだった。
庭師と思われる中年男性が涙を拭い、猫に手を伸ばした。
「触れないで!」
使用人の背後から見ていたアウリアはとっさに制した。
――――誰?
――――え?
使用人たちが驚いて振り返り、変な眼鏡を見て慌てた。
貫禄ある年配の女性が、アウリアの前に出た。
「アルテ侯爵家のアウリアお嬢さまとお見受けいたします。私はこのお屋敷で侍女長を務めます、マノンと申します。このような場所で何をなさっておいででしょうか」
「悲鳴が聞こえたから駆けつけたのです」
「悲鳴が?」
訝るマノンの視線を誘導するように、アウリアはユリアスを振り仰ぐ。
「この者の聴覚が優れているのです」
マノンは異国的な雰囲気を漂わせるユリアスに、アウリアに対するよりかしこまって一礼した。
(おかしくないです?)
ユリアスには自然と誰もが頭を下げさせてしまうオーラがあるが、アウリアが紹介しない点で、ただの従者。こういう場で紹介するのは貴族だけだから。
「お見苦しいところを。後はこちらで処理いたしますので」
と、彼女は言ったが、アウリアはドレスを払うと、しゃがんで猫を見た。
「お嬢さま!」
マノンが迫り、その足元にふと目が留まる。
(ドレスの膝辺りが濡れてる?)
ユリアスが使用人たちを手で制した。
「彼女に任せろ」
その一言で使用人たちは黙り込んだ。
なぜ他家の従者がしゃしゃり出て、とは誰も言わなかった。
滲み出る風格で、瞬く間に場を支配する。
(チートですね。さすが主役! あんたが大将です)
アウリアは一度手を合わせた。
パールシアにはない弔いの形だが、アウリアは自然とそうした。
猫の毛は短くカールした被毛。色は白で、クリームの縞模様が入る。
猫にしては大きな耳。卵型の大きな目が特徴的で、目の色はブルー。
首輪の雰囲気が、アティアンヌと同じだった。
(お揃いとまではいかないようですが、扱っている宝石やデザインは同じですね)
名前は〈フィン〉と刻まれている。
貴族が飼う猫の種類は様々だが、これは珍しい猫種のフェイリン。
アウリアは子どものころ飼っていた。
フェイリンは魔獣の一種とも考えられていて、あまり見かけない。
(特別変異だと思うのですよ)
魔獣は動物の類いが魔素のせいで変異した物と考えられている。魔獣化するとオスメスの性別を失い、子孫は作らない。フェイリンは性別がないため、魔獣の一種と認定されたが限りなく猫で、危害を加えないこと、稀少であることから、一時期ペット市場を賑わわせた。
(悲しいですが、オークションで祖父母が落札したのです)
魔素が乱れやすい体質で、細やかなケアが必要で寿命も飼い方次第。5年から20年と幅があると教わった。
アウリアは毎日全部自分で世話をしたが、ある日野生の鹿とケンカしたのか角で怪我をした。
それが深手だったこともあるが、野生動物特有の菌をうつされて命を落とした。
愛猫から目を離した自分のせいだと、アウリアは目を腫らして泣いた。そのとき猫は二度と飼わないと誓っていた。
フェイリンは行動範囲が広く、エネルギッシュ。飼い主の気を引こうとするのか、陽気で甘えん坊。
ピオニーのようにツンがないので、常に甘えん坊。
検視すると、猫の口元や髭が汚れていた。
胴に触れるとまだ温かい。
アウリアが気になったのは手足の裏だ。
(きれいなのです)
貴族が放し飼いをするはずがなく、専用の広い猫部屋を持っている。
そこから出ることもあるだろうが、植え込みに横たわっていた猫の足裏に汚れがないのはおかしい。
(人の手で運ばれてきたのですよ。それにこの口もと……)
アウリアは軽く指で触れて、臭いを確認した。
吐瀉物の臭い。
──そこへ
アティアンヌとなぜか銀髪王子が駆けつけた。
ユリアスが耳打ちした。
「こちらに来るよう仕向けておいた」
「なぜ?」
「そなたが何をするにしろ、彼女がいれば話が早い」
ユリアスはセレノールが来ることは想定外だったようで、冷ややかな目になる。
(11才の子どもに、なんてツンな態度)
アティアンヌには、ユリアスが状況を説明した。
彼女は我慢して話を聞いたが、アウリアの横に来て憤慨した。
「それであなたは何をなさってるのよ! 私の猫をこのままにして。可哀想じゃないの」
「調べています」
「何をよ!?」
ユリアスがハンカチを差し出して、アウリアは手を拭った。
「触れていたが、平気か?」
「はい」
指に違和感があり、ハンカチには染みがついてしまった。
(毛じゃなくて、染み?)
再び猫の胴体に触れ、ユリアスのハンカチを借りて胴体を軽く拭った。
フィンの小さな顔を見ると、幼いころを思い出してやりきれなくなる。
「学者の嫉妬というものは、想像以上に陰湿です」
「ん?」
「大賢者の後見を受けたというだけで、執拗な嫌がらせが続きました。部屋の前に動物の死骸を置かれることもありましたった。厄介なことに皆も無駄に知識だけはありますので、こちらも迂闊には動けません。薬剤が仕込まれていれば触れただけで皮膚がただれ、揮発性のものなら吸入によって発作を誘発しかねません。今回は特殊な薬剤は使われていないようです」
「毒と言わず、薬剤と言うか」
「すべては毒であり、毒でないものはないのです。違いは量だけ」




