表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/74

47話:事件のニオイがします

2026/02/20投稿・46話で、名前の間違いがありました。混乱させて申し訳ありません。

ロゼリーナ ○

ローゼリア ×(だれやねん)



 ホストはアティアンヌとフォレンテ公爵夫人だった。

 フォレンテ公爵夫人は62才。個性的なファッションで、頭にスカーフを巻いて、動物絵画柄の生地を用いていた。難しいモード系を着こなしていて、モデルのようだとアウリアは感心した。

 パールシア人は若々しいが、60歳を過ぎてくると、少し老いがではじめる。それでも前世の感覚で見ても若い。

 母娘の容貌はあまり似ておらず、アティアンヌはたれ目がちで、夫人は狐目だった。


 アティアンヌは春なのに暗く濃い紺色のドレスで、庭園でお茶会を主催しているのに、たっぷりと重そうなスカートだった。色彩豊かなバラを引き立てるためにも見えるが、季節感がひとりだけ違う。チョーカーも相変わらずで、似合っていないわけではないが、今日の初夏めいた陽射しでは暑苦しい。


 その点ロゼリーナはやわらかな淡いセージグリーンで、地味なように見えて素材とグラデーションでバラと見事に競演しているティアードスカートタイプ、たいへん上品。

 メイジーはスモーキーブルー系でまとめて、控えめなAラインスタイル。

 他の令嬢たちも、色味デザイン控えめ、動きやすさ、座りやすさ重視。


 アティアンヌは美少年にエスコートされて現れた。

 一度会ったら忘れないであろう、さらさら銀髪おかっぱに、透き通る白い肌。潤んだような青灰色の瞳。

 まさかのカイロン・ノヴァンだった。


 アウリアが目をぱちくりさせていると、アティアンヌの顔にしてやったりの笑みが浮かぶ。

(どういうことなのです?)


 夫人が彼を紹介した。

「本日はお集まりいただき、皆さま、ありがとうございます。ふだんは娘アティアンヌが主催するお茶会ですけども、私も同席させていただきますね。

 理由はお気づきの通り、こちらの尊いお方をご紹介申し上げるためにございます。

 ──エイデルン王国セレノール第四王子殿下でいらっしゃいます。現在デュオクロスの、天才だけがご入学を許されるという、暁ノ塔にご留学中でいらっしゃいます。今後、パールシアにおきまして、わたくしどもが後見の任を務めさせていただく運びとなりました」


 令嬢たちがざわついた。


 ――異国の王族の紹介を、どうしてフォレンテ公爵夫人が?

 ――こんな形でなさるものかしら?


 ひそひそ話の中に、「暁ノ塔ってアウリアも卒業したのよ。すごいのよ」と自慢げに話すアイリンの声がまざっていた。


(北の王子さまね。違和感があったはずなのです。何がカイロンなのです)


 セレノール王子は、アウリアが唖然とするような微笑を浮かべて挨拶をした。

「デュオクロスでは身分を隠して通っていますが、そちらにおられますアルテ老師とも交流があります」

(な、なぬぅ?)

「フォレンテ公爵ご夫妻と話しておりましたときに、こちらのお茶会にアルテ老師がご参加されると伺い」

 云々かんぬん。

(何を言っているのです!? 交流など()()()()()()もないのです。一方的に学生裁判で使われただけなのですよ!)

 

 令嬢たちの視線が刺さる。


 ――何なの、アルテ侯爵の幽霊妹ではなくて?

 ――社交界と縁を切られたのでしょう?

 ――異国の王族狙いだなんて、まあ、やり手ですこと


 アティアンヌがアウリアを見て、ツンと顎を上げた。

(な、るほど? 嫌がらせなのでしょうか。今日わたしは全令嬢を敵に回したのです)


 セレノール王子のテーブルは別に用意されていて、夫人が若い令嬢たちに挨拶をするよう促した。

 アウリアも挨拶列の先頭に押し出されそうになったが、


「アルテ老師は最後にゆっくりとお願いします」

 などと、カイロン改めセレノールが外面全開の笑みで言う。


(裁判のときは冷ややかでしたよ? わたしが勝って当たり前の顔で、お礼にも来ませんでしたよ。ええ、住まいは教えていませんが。管理棟に言付けることくらいできましたよね?)



 それからアウリアはメイジーとロゼリーナから情報を仕入れた。

 ふたりは最近フォレンテ公爵夫妻が、異国の王族の後見を引き受けた話を耳にしていた。その王族は婚活のためにパールシアに来たと思われ、10代の令嬢たちは色めきたっている。そのうち王家が主催して、デビュタント前の令嬢も含めて、舞踏会を開くだろうと噂されている。


(それがほんとうなら、わたしはなぜユリアスさまに教えられていないのでしょうか? 学生裁判で関わった神童が、異国の王子だととっくに知っていたはずですよ?)

 そんな思いが無意識に、パチン、慣れない扇を鳴らさせた。

 

「お呼びですか。お嬢さま」

 一瞬でユリアスが背後に回って、アウリアに声をかけた。

 ひっ、と振り返るとユリアスがにこやかに笑む。


 その瞬間、メイジーの、眼鏡の奥で切れ長の眼がくわっと見ひらいた。

(ひっ)


「侍女の方はどうなさったの?」

「あちらに。今日は彼の社会勉強のために、同行をお願いしたのです」

 メイジーがユリアスの顔を見る。

 ロゼリーナも食いつきがすごかったが、メイジーはガン見状態だった。


(ユリアスさまって、令嬢キラーなのです?)

  

 ユリアスが椅子に手をかけ、アウリアは花を摘みに行くという体で立ち上がった。

「ご存じだったのですよね? 今日あの子がここに参加することを?」

「当たり前だ」

(むぅ、馬車の中で話す時間がたっぷりあったのですよ。わざと言わなかったのですね)

「お忍び参加のつもりらしいが、そなたの名を出すとはな、腹立たしいガキだ」

「腹立たしい?」

 ユリアスは貴族社会に疎いアウリアを、初めて呪ったように目を眇めさせる。

「そなたは自覚しろ。パールシアの侯爵家なら異国では王族待遇だ。あの者からすれば婚姻相手として極めて有力。そなたに気があると、宣言もしたも同じだ」

 貴族流の解釈だが、アウリアは違った。

(アレは違いますね。わたしをまた利用しようと企んでいるのです。エイデルンといえば王位継承権争いで、確か第一王子が――)

 エイデルンの内政に思いを寄せたとき、庭園のどこかで悲鳴が上がった。


「なにっ?」

「さっきから臭っていた。動物の死骸だろう。使用人が発見したのではないか?」

「さすがです。馬並みの嗅覚」

「今日は犬並みだ」

「・・・(カァ)」


 アウリアは気になって、現場へ向かった。

(こんな日に動物の死骸だなんて、それも悲鳴を上げるほどって……)

 場所はバラ庭園の入口付近で、パーティーが行われている場所から遠く離れていた。

 そもそも悲鳴が聞こえたのも、魔道士のせいでアウリアの聴覚が拡張されているからだ。


 真っ赤な薔薇の植え込みに、使用人たちが集まりだしていた。

 ユリアスの言う通り、死骸が見つかったのだ。

 それは白い猫で、アティアンヌが可愛がっている猫だと判明した。


 アティアンヌに知らせるにはタイミングが悪すぎるし、かといって黙っていると、後でお叱りを受けそうだと悩んでいるのだった。

 庭師と思われる中年男性が涙を拭い、猫に手を伸ばした。


「触れないで!」

 使用人の背後から見ていたアウリアはとっさに制した。


  ――――誰?

  ――――え?


 使用人たちが驚いて振り返り、変な眼鏡を見て慌てた。

 貫禄ある年配の女性が、アウリアの前に出た。

「アルテ侯爵家のアウリアお嬢さまとお見受けいたします。私はこのお屋敷で侍女長を務めます、マノンと申します。このような場所で何をなさっておいででしょうか」

「悲鳴が聞こえたから駆けつけたのです」

「悲鳴が?」

 (いぶか)るマノンの視線を誘導するように、アウリアはユリアスを振り仰ぐ。

「この者の聴覚が優れているのです」

 マノンは異国的な雰囲気を漂わせるユリアスに、アウリアに対するよりかしこまって一礼した。

(おかしくないです?)

 ユリアスには自然と誰もが頭を下げさせてしまうオーラがあるが、アウリアが紹介しない点で、()()()従者。こういう場で紹介するのは貴族だけだから。


「お見苦しいところを。後はこちらで処理いたしますので」

 と、彼女は言ったが、アウリアはドレスを払うと、しゃがんで猫を見た。


「お嬢さま!」

 マノンが迫り、その足元にふと目が留まる。

(ドレスの膝辺りが濡れてる?)

 ユリアスが使用人たちを手で制した。

「彼女に任せろ」

 その一言で使用人たちは黙り込んだ。

 なぜ他家の従者がしゃしゃり出て、とは誰も言わなかった。

 滲み出る風格で、瞬く間に場を支配する。

(チートですね。さすが主役! あんたが大将です)


 

 アウリアは一度手を合わせた。

 パールシアにはない弔いの形だが、アウリアは自然とそうした。

 猫の毛は短くカールした被毛。色は白で、クリームの縞模様が入る。

 猫にしては大きな耳。卵型の大きな目が特徴的で、目の色はブルー。

 首輪の雰囲気が、アティアンヌと同じだった。

(お揃いとまではいかないようですが、扱っている宝石やデザインは同じですね)

 名前は〈フィン〉と刻まれている。

 

 貴族が飼う猫の種類は様々だが、これは珍しい猫種のフェイリン。

 アウリアは子どものころ飼っていた。

 フェイリンは魔獣の一種とも考えられていて、あまり見かけない。

(特別変異だと思うのですよ)

 魔獣は動物の類いが魔素のせいで変異した物と考えられている。魔獣化するとオスメスの性別を失い、子孫は作らない。フェイリンは性別がないため、魔獣の一種と認定されたが限りなく猫で、危害を加えないこと、稀少であることから、一時期ペット市場を賑わわせた。

(悲しいですが、オークションで祖父母が落札したのです)


 魔素が乱れやすい体質で、細やかなケアが必要で寿命も飼い方次第。5年から20年と幅があると教わった。

 アウリアは毎日全部自分で世話をしたが、ある日野生の鹿とケンカしたのか角で怪我をした。

 それが深手だったこともあるが、野生動物特有の菌をうつされて命を落とした。

 愛猫から目を離した自分のせいだと、アウリアは目を腫らして泣いた。そのとき猫は二度と飼わないと誓っていた。


 フェイリンは行動範囲が広く、エネルギッシュ。飼い主の気を引こうとするのか、陽気で甘えん坊。

 ピオニーのようにツンがないので、常に甘えん坊。


 検視すると、猫の口元や髭が汚れていた。

 胴に触れるとまだ温かい。

 アウリアが気になったのは手足の裏だ。

(きれいなのです)

 貴族が放し飼いをするはずがなく、専用の広い猫部屋を持っている。

 そこから出ることもあるだろうが、植え込みに横たわっていた猫の足裏に汚れがないのはおかしい。


(人の手で運ばれてきたのですよ。それにこの口もと……)

 アウリアは軽く指で触れて、臭いを確認した。

 吐瀉物の臭い。


 ──そこへ

 アティアンヌとなぜか銀髪王子が駆けつけた。

 ユリアスが耳打ちした。

「こちらに来るよう仕向けておいた」

「なぜ?」

「そなたが何をするにしろ、彼女がいれば話が早い」

 ユリアスはセレノールが来ることは想定外だったようで、冷ややかな目になる。

(11才の子どもに、なんてツンな態度)


 アティアンヌには、ユリアスが状況を説明した。

 彼女は我慢して話を聞いたが、アウリアの横に来て憤慨した。


「それであなたは何をなさってるのよ! 私の猫をこのままにして。可哀想じゃないの」

「調べています」

「何をよ!?」

 

 ユリアスがハンカチを差し出して、アウリアは手を拭った。

「触れていたが、平気か?」

「はい」

 指に違和感があり、ハンカチには染みがついてしまった。

(毛じゃなくて、染み?)


 再び猫の胴体に触れ、ユリアスのハンカチを借りて胴体を軽く拭った。

 フィンの小さな顔を見ると、幼いころを思い出してやりきれなくなる。


「学者の嫉妬というものは、想像以上に陰湿です」

「ん?」

「大賢者の後見を受けたというだけで、執拗な嫌がらせが続きました。部屋の前に動物の死骸を置かれることもありましたった。厄介なことに皆も無駄に知識だけはありますので、こちらも迂闊には動けません。薬剤が仕込まれていれば触れただけで皮膚がただれ、揮発性のものなら吸入によって発作を誘発しかねません。今回は特殊な薬剤は使われていないようです」

「毒と言わず、薬剤と言うか」

「すべては毒であり、毒でないものはないのです。違いは量だけ」

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ