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46話:お茶会は婚活場のようでした



 エメラルド宮で、お茶会に参加するに相応しい身支度を整えた。

 モグラ邸を出るときに準備は終えていたが、ユリアスが女官長を呼んで、メイクとヘアセットをやり直されたのだ。

(わたしのメイク術だって、そんなに酷くないはずなのに)

 サラはメイクやヘアセットはできないため、モグラ邸ではアウリア自身がした。

 と言ってもメイクはしないし、机に向かうときは適当に髪を結ぶだけ。


 アクリアス公爵家を訪問したときは、髪を梳いて髪飾りでごまかしたが、女官長から小言を言われた。


「庭園で風が吹いたら髪が乱れます。軽く結わえたり、みだれないよう飾りをつけるのです。お妃になられるのですから、今からマナーは完璧に押さえていただかないと、殿下の恥となります」

 出かける前からぐったりしたアウリアだった。


 一方、ドレスや靴、装飾品は褒められた。上半身をキュッと絞った淡い藤色に、小ぶりなのにラスボス感のあるエメラルドのネックレス。椅子に座ってもヒダが美しいエメラルド色のスカートは、前脚を少し出すデザイン。それに合わせた靴はローヒールで、鮮やかな宝石類が花型に埋め込まれている。


(どうせ全部、王太子の名前で届いたプレゼントなのです。選んだのはセンスの良い女官たちです)


 サイズもピッタリだった。

 陛下に拝謁するときにサイズを測られたので、それでオーダーされたのだろう。


 お茶会では一つ二つスイーツを口にするだけなので、アウリアたちは軽食を取った。

 その後ユリアスがモグラさんスタイルで行こうとしたので、女官長が止めた。

 せめてもう少し見栄えを整えないと、かえって目立つ云々。


 その結果、ユリアスはイメージを作り替えて、瞳と髪を飴色に変化させて、執事服のようなものを着用した。眼鏡はダサ眼鏡だが、モグラでなくなったせいか、インテリに見える。


(これ、朝会ったマルスさんに寄せたのですよ。具体的なイメージが必要だと言ってましたから)


 仕上げに魔力抑制眼帯をつけると思ったが、今日はつけないで出かけるという。

 魔力結界装置の配置は国防の話になるので、アウリアは詳しいことは聞かないでいた。

(防衛って国家機密なのですよ。下手に知ってしまうと、ますます身動きがとれなくなるのです)

 未だ王太子妃になる自覚が持てないアウリアだった。



 午後、女官長が用意してくれた手土産を持って、一行は貴族街へ向かった。

 アウリアにはとんと理解できないことに、お茶会は15時からだった。

(せめて13時開始で15時お開きにしてほしいのですよ)

 長期間学生だったアウリアは、8時から15時までが講義時間だった。後は夜中までひたすら自主学習や研究だった。最近はサイクルは変わったとはいえ、15時以降に拘束されると、億劫なのだった。


 途中、ベキリー宝石店の前を通り過ぎた。

 メイド・ピオニーがわざわざカーテンを開けて、「ふん」と鼻息を鳴らしていた。

(イヤなことを思い出したのですね)

 アウリアは笑いながらピカピカした建物を見て、少しの間思考が止まった。

 王室御用達の看板が消えていた気がしたから。


「見間違い?」

 呟くと、サラが否定した。

「筆頭補佐官に報告したので、おそらく外されました」

 唖然として、執事もどきになっているユリアスを見た。

「ベキリーには看板を下ろすよう命じた。理由がわからず困惑しているだろうな」


 ユリアスは皮肉げに言い、ピオニーがグッジョブ的に親指を立て、ユリアスが応じた。


「どこで覚えたのです、どこで!」



 ✦~✦~✦~✦~✦


 貴族の住宅は、貴族街の中でも比較的同じ区画に集中しているが、フォレンテ公爵家はショッピングストリートを抜けた2区との境目にあった。大使館やギルドが多く集まる2区には、王都を分断して流れる川があり、街の雰囲気も変わる。


 細かい装飾が施された金の門をくぐると、左右の館が視界に入ってきた。

 フォレンテ公爵家は中庭を広く取る構造で、前庭は狭い。二つの館をつなぐアーチ門をくぐると、右へ向かう馬車の連なりが見えた。

 左が当主夫妻の居住と迎賓たちを招く主館で、右が小公爵とアティアンヌの館だった。

 

 うたた寝していたピオニーを起こし、「影に入れる?」とアウリアは優しく訊ねた。

「スグ()()()

「まあかわいらしい命令。言うことを聞いてあげたいのだけど、ごめんねピオニー、2時間はいるのです」

「ナガイ?」

 ピオニーのエメラルドの瞳が潤みだす。

(くぅぅ、お仕事に行くママの気持ちがわかるのです)


 アウリアが唸ると、ユリアスがピオニーの頭に手を置いた。

「そなたの頑張りどころだぞ」

「ワカタ」

 ピオニーが影に潜り込む。

 ユリアスが「オレがいるとスムーズだろう?」とアウリアに囁きながらエスコートし、アウリアは笑ってしまった。

 紋章のない馬車が到着したのを受けて、使用人たちが慌てた様子で出てきた。


 サラが招待状を見せる。

 モグラ邸の馬車もエメラルド宮の馬車もお忍び用だが、一目で最高品質の馬車だとわかる。すばらしい防音機能、揺れない静域設計、傍目にはわからない広々ゆったり空間。


 アルテ侯爵家の馬車なら紋章を隠す必要はないのにと、不思議そうな使用人たちだった。

 が、アルテ侯の幽霊妹は珍しい。「本物?」「眼鏡をかけてるという噂だわ」という囁き声が、聞こえるはずがない距離で聞こえてくる。


(あれ、耳が良くなったような?)

「魔道士が影に入ったからだ」

 アウリアの心を読んだのようにユリアスが言った。

「魔道士は耳がいいのですか?」

「エネルギー体だからな」

「なるほど……そういえば、どうしてわたしの影なのですか?」

「魔道士にとって人の影は空気のようなものだが、オレの影は巨大な穴につながって見えるらしい。近づきたくないようだ」

 話をする度に、ユリアスの魔力の途方もなさがわかるアウリアだった。


 会場となる泉のバラ庭園へ案内を受けた。

 招待客が集まっている。各家の侍女たちがホストのフォレンテ家の侍女に手土産を渡していく。


 パールシアの6月は薔薇の季節。春ではないところが、前世とは違う。魔素は植物濃度を強くするらしく、鮮やかな色はよりはっきりと、強い香りはより豊かにする。

 バラは色も種類も様々で、ロマンチックな飾りつけが施されていた。

 テーブルも華やか。


(結婚式のパーティーみたいです)

 ザッと見たところ30人ほど招かれていた。


 各家の侍女や護衛たちは、主のいるテーブルの近くに待機するが、なぜ男女の組み合わせで来るのか、アウリアは何となく察した。


 侍女同士の挨拶はさっさと終えるのに、他家の男性とは念入りに挨拶を交わしている。男性は執事服だったり護衛だったりだが、とにかく若く、見目がよい。

 つまり年ごろの男女の出会いの場の提供として、主が連れてくるのだ。

 サラがそこに思い至るはずもなく、メイド姿でも滲み出る騎士感で、挨拶に来る男性をさらっと受け流していく。


 ユリアスはというと──


  ──あの方はどなたですの?

  ──異国の貴族かしら


 ──気品漂う謎の美青年に見えてしまって、侍女たちどころか、テーブルについている令嬢たちまでが、扇ごしにユリアスを見ていた。


「モグラさん、大丈夫ですか?」

 アウリアも扇で口元を隠しながらユリアスに囁いた。

「何がだ?」

「めちゃめちゃ見られています」

「バレるわけないだろう」

「そういうことではないのです。存在が別格なのですよ。お帰りになってもよろしいですからね」

 ユリアスは眉を上げてにやりとした。

「そう邪険にするな。うまくやる」

「いえ大人しくしていてください」

(ほんとうに、なぜいらしたのでしょうか)


 席を確認したサラに促されたテーブルには、エルドラド公爵家のロゼリーナがいた。


(正しく貴族令嬢さんなのです)

 近くのテーブルにはアイリンとソフィアがいて、「アウリア」とアイリンが小さく手を振った。

「アイリン」

 アウリアも小さく手を振り返し、続いてソフィアと会釈しあう。

 挨拶に行きたかったが、順番があるので直接会話はできなかった。

 案内されたテーブルにつこうとすると、ユリアスがアウリアのために椅子を引いた。


「お嬢さま、あちらに控えておりますので、ご用の際は()()()のように扇を鳴らしてお呼びください」

 ユリアスが少し声音を変えて、優しげな青年従者のように振る舞った。


(いつものようにってなんですか!?)

 スマートに一礼して去るユリアスは、どう見ても楽しむ気満々だった。

 隣になったロゼリーナが、ユリアスを一瞥して、アウリアに訊ねた。


「アウリア嬢、ごきげんよう。あの方はどちらの家門の方ですか?」

(いきなり?)

「領地から作法見習いに来ている者です」

「あれほどの物腰で? ()()()の方をお連れになられたのかと思いましたわ」

(すごい)

 これはさすがロゼリーナだった。一目で他の者と一線を画す存在だと見抜いてしまった。

(あれでも苦心して、女官長が凡庸に見せようと、髪型も七三わけに撫でつけたのに)


「ロゼリーナ嬢ごきげんよう。どうしてわたくしのいとこだと?」

 ロゼリーナの翡翠色の瞳があやしく瞬いた。

「見かけない方ですもの。それにあなたの場合、アンバルクの貴族をお連れになってもおかしくございませんでしょう?」


 アウリアはハッとした。

 亡くなった父には妹ラリアがいた。

 彼女は、第一王女セルフィナの嫁ぎ先でもあるアンバルク王国貴族と恋愛結婚して、パールシアにはとんと帰ってこない。相手は一回りも年上で、若くして妻を亡くしたアンバルク大使だった。

 大使も侯爵だったが、パールシアは格上にあたる。さらに前妻との間に跡継ぎをもうけていたため、大使は侯爵令嬢との結婚に躊躇して帰国した。

 がしかし、ラリアが後を追いかけたのだ。アウリアが生まれる前のことだ。


 パールシアとアンバルクは婚姻を結ぶことが多く、特徴は濃い橙色に近い瞳だった。

 マルス・ランデールのような。

(ランデール家はアンバルクと縁があるのかもしれませんね。ユリアスさまの変装が混乱を招いたのですよ)



 ロゼリーナはユリアスの変装男が気になる様子だった。

 ユリアスはただ立っているだけだが、令嬢たちの扇越し視線が、もはや盗み見になっていない。

 サラがまた、かしこまって話しているのが明らかすぎて、彼が異国の大貴族に見えてしまうのだ。

(ほんとうに、どうしてユリアスさまは同行されたのでしょうか……暇なお方ではないのに)

 アウリアがハラハラしていると、ロゼリーナが囁いた。


「あれでは目立って仕方がありませんわ。きちんと紹介なさったほうがよろしいと思いますわ」

「紹介ですか?」

「ええ、婚活のためにパールシアへお招きになったのでしょう?」

(ん? 婚活?)

「いえ、彼を侍女たちと妻合(めあ)わせようとは考えておりません」

「え?」

 と、ロゼリーナが怪訝そうにした。

「ん?」

 と、アウリアも戸惑っていると、空いていた隣りにメイジーが着席して、「アウリアさん、ごきげんよう」と声をかけた。


「メイジーさん! 今日の演奏会は?」

「こちらの趣旨を知ったら、無視するのは失礼になりかねないでしょう」

 メイジーは溜息混じりに言う。ジュエリーをつけて、お茶会に相応しい装いになっていた。


 アウリアはメイジーとロゼリーナを交互に見た。

 メイジーが苦笑する。

「ご存じないの?」

「ええ。何の話をなさっているか、さっぱり」


 令嬢たちはグループで定期的にお茶会を開くが、そこにはふだんロゼリーナやメイジーは参加しない。アティアンヌと親しくない令嬢たちも招かれたことから、二人は開催の趣旨を調べたのだ。


 日ごろ令嬢ネットワークを持たぬアウリアには、誰に何を聞くことが適切なのかもわからないのだった。





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