45話:相性が悪いようです
✦~✦6月5日✦~✦
その日の午前中、アウリアはエメラルド宮地下にある秘密の会議室にいた。
ユリアスとレン、王太子付き近衛隊長以下近衛騎士数名、ユリアスの直属部隊〈白竜の牙〉が整列していた。
ユリアスが〈白竜の牙〉小隊長だというマルス・ランデールを紹介した。
ラピディオール侯爵家の分家、ランデール子爵家の次男、28歳。飴色のような髪を一つに束ねて、切れ長の濃い飴色の瞳がやけに印象的な若者だった。
動きやすそうな中衣に、左手首に騎士の銀環、紺手袋、略式の片方だけかけるマントは紺色に近い青色で、華やかな近衛騎士と異なり地味な装いだった。これでもエメラルド宮に出入りするため整えており、ふだんは平民と同じ恰好で動く部隊だった。
その若さでユリアスの信頼を得ているだけに、実力は折り紙付き。魔力はないが、魔道具に精通して、適応力に優れている。
すべてレン情報だ。
「マルス、準備は滞りないか?」
マルスは直立不動で答えた。
「はっ。先発部隊は展開しており、潜入部隊も準備は終えております」
アウリアは作戦全容を知らなかった。
朝食中にユリアスが現れて、「会議に顔を出すか?」と言うので、一にも二にもなく頷き、急いで身支度をした。ユリアスはすぐに戻ったが、2時間後、魔道士アキトがモグラ邸に迎えに来て、現在――
ユリアスの傍らには、アキトと異なる黒衣の魔道士がいた。
ふたりは思念で会話をするため、内容は聞き取れない。
アウリアは知らなかったが、ケアンはユリアス付き上級魔道士で、実力は上級の中でもトップクラスだ。
「マルス、これより潜入開始を命じる」
「はっ。潜入終了予定は3日後の正午、報告はその一時間後と考えております」
(すごい。3日で異国の牢獄から救出できるのです?)
「気をつけて行ってまいれ」
マルスは胸を叩き、一個小隊はケアンの用意した転移陣に移動し、数秒後には去った。
そうして見送ったものの、アウリアは兄の状況や、救出作戦も聞いていなかった。
「ユリアスさま、わたしは何も教えていただいていないのですが」
ユリアスはアウリアの背を促すと、ひそひそ話をする体勢になる。
「成功したら話す。目的はピオニーだ」
「ん?」
「今日はアキトに預けよ。ピオニーはそなたから離れぬと思うが、ここでこっそり引き離す」
ピオニーの魔力が増えたと言っていた。アウリアから引き離そうとした場合、ピオニーが怒って魔力を暴走させる恐れがあると、ユリアスは考えたのだった。
万が一に備えての、魔力結界が強固なエメラルド宮だった。
(王宮の館で、壁を破壊してわたしを上空に連れ去ったからですね)
アウリアはピオニーを一瞥した。
部屋の片隅で、ピオニーと対面して喜びを爆発させている魔道士アキトが、ピオニーの尾っぽを飾る金の環を調整していた。
ピオニーはちょっとだけチビ竜になって見せたが、すぐメイドに戻って、アキトが近づくとペシッと顔を叩いていた。それを喜ぶアキトのM体質に、周りがドン引きしたのは言うまでもない。
「わかりました。ではそっと部屋を出ます」
「今日はフォレンテ公爵家のお茶会だったな」
アウリアは話していなかったが、毎日サラからレンへ行動報告がされていた。
「はい。実はあの子を連れて行くことを迷っていたので、よかったです」
ユリアスが意外そうに眉を上げた。
「いつも一緒ではないか」
実は、とアウリアはアクリアス公爵令嬢に招かれた際、ユリアスに似ていると指摘されたことを話した。
「そんなに似ているか?」
「指摘されてわたしも思いました。目の色はもちろん、顔もそっくりです」
「そうか」
ユリアスはメイド・ピオニーよりチビ竜の姿と一緒にいることが多い。
ユリアスがあらためて眺めようとしたら、ピオニーはポンと変身した。
その尾っぽには金の環が光っていて、アキトが「調整終わりました」と告げた。
ユリアスは頷くと、何を思ったか唐突に言った。
「お茶会には、オレも行こう」
(はい? 脈略がまったくないのですが??)
ユリアスの思いつきに、レンが仰天した。
「殿下! 執務がございます」
近衛騎士がいるところでは、少しだけ筆頭補佐官らしい口調になるレンだった。
アウリアも当然レンを後押しする。
「ユリアスさま、今日は女性の集まりです。モグラさんに変装されても、男性を連れては参りません」
「そなた知らぬのか? 男の従者も珍しくないのだぞ?」
ユリアスの視線がウリアの頭上を取り越して、近衛騎士の端に立っているサラへ向けられた。
「そうだろう? クール騎士」
(そっちに振る!?)
サラはメイド服で、騎士らしく? 前で組んでいた手を足にそって、ピシッと伸ばした。
「はっ。室内ではなく庭園や外が会場のときは、侍女以外に男性をつけることもございます」
「そうなのですか?」
「はい。私も詳しくはありませんが、外会場の場合、使用人は2名まで同伴が許されており、男女従者の組み合わせが目立ちます」
まったく参加してこなかったアウリアには初耳だ。
「恐れながら殿下、私とピオニーで同行者枠が埋まっております」
サラは筆頭補佐官に機転を利かせて人数の話をしたが、ユリアスはすぐさまピオニーに言った。
「ピオニーは留守番だ」
ピオニーはきょとんして、ユリアスの前でパタパタする。
「きゅぅ?」
留守番の意味がわからなかった顔だ。これまで自分が置いていかれたことは一度もなかったから。
(もう、そっと置いていくと言われたのはどの口なんです?)
アウリアはピオニーの顔を自分に向けて、ニコニコした。他愛のないことだと思ってもらえますうにと。
「ピオニー、あなたがユリアスさまに似ていると思う方が多いようなの。騒ぎになるから、アキト魔道士とお留守番してくれる?」
「キュゥゥゥゥ!!」
ピオニーは驚いた顔で、アウリアとサラを見る。
愛くるしさに負けそうなアウリアは目をそらし、ピオニーはサラの周りを飛び回った。
サラはキリリと答えた。
「ピオニー、私に決定権はありません」
「キュウゥ⤵⤵キュウゥゥ⤵⤵」
ピオニーは誰に頼めばいいのかと、レンや近衛隊長など、その場にいた側近たちを見る。
皆がかわいらしさから胸を痛めるものの、サラ同様決定権はない。
すかさずレンが言う。
「殿下が一緒に! 執務室で! お留守番でよろしいのではありませんか」
「きゅ? きゅきゅっ⤴」
ピオニーが関心を示したように、べちゃり、ユリアスの顔に張りつく。
「こら」
それにはアウリアがむっとした。
「ピオニーったら、ユリアスさまが一緒ならお留守番も悪くないというのです?」
「アウリアさま……」
サラが「今そう言う話では」と呟くも、後のまつりだった。
ピオニーがハッとしたようにアウリアを振り返り、ユリアスが顔からピオニーを剥がした。
「ピオニーは留守番だ。オレが同行する」
レンが悲愴な顔をする傍らで、今度こそ置いて行かれる危機感を募らせたピオニーが、アキトのほうへ素早く回り込んだ。何をするのかと目を向けたら、「フキュン!」と鼻息一つ、彼の後頭部にケリを入れたのだった。
「ぐほっ」
アキトが面食らって頭を押さえた。
(ええっ! ピオニーちゃんや!?)
「や、やめなさいピオニー」
「キュッキュウ! ゥゥゥゥ!!」
悪の根源はアキトだと言わんばかりの鳴き方で、アキトを追い払おうとする。
「竜学者のくせに、竜と相性が悪いようだな」
ユリアスが少し考え込む。
「ち、ちがいますよ! 殿下。私の言動が気持ち悪いようで、それは仕方のないことなんでございます!」
(自覚はあったのですよ)
アキトは必死だった。ここでおまえは用なしだと言われたら、彼にとっては貴重な研究対象が奪われてしまう。知恵を振り絞って提案を試みる。
「アウリアさまの影に入ることができたら、ピオニーさまも同行できるのではないでしょうか」
ユリアスが「ふむ、目を離してピオニーが暴れるほうが大変か?」と呟く。
「影に入るとは、どうなるのですか?」
「こうなります」
アキトはアウリアの影に潜るようにして消え、地面からぬっと上半身を出した。
「きゃっ」
思わずユリアスに飛びついた。
「ふっ、そなたも驚くのだな」
「当たり前です」
ユリアスの危惧は一つだった。魔道士は影に入っても外の状況は見ることができるが、ピオニーの魔力のほうが、中級アキトを越えていたのだ。魔道士はおのれより魔力の高い物を、影に入れることはできなかった。
「ピオニーさまが影を作れたらいいのですが、これはおそらく魔道士の特性ですので」
「難しいだろうな」
「はい。ですので、私がピオニーさまに魔力を借りて、影の力を安定させます。そのためにはピオニーさまが優しく、素直に力を貸してくださることが条件ですが――」
アキトの縋る目に、ピオニーはジトッと目を細めて返す。
「ピオニー、力を貸してやれ。一緒に行けるかどうかの瀬戸際だぞ」
ピオニーはピクンと羽を動かす。
ユリアスを見つめた後、びゅん、とアウリアの影に飛び込み、数秒後、ピオニーがちょこんと顔を出した。
「ほぅ、できたようだ」
ユリアスが感心し、ピオニーは誇らしげにした。
「ほんとうに大丈夫?」
ピオニーの頭を撫でるアウリアに、アキトが影から顔を出して答えた。
(何となく、ドレスの中を覗かれているようで、気持ちいいものではないのですが)
「影の中でピオニーさまの様子を観察します。長時間は無理ですが、くふふふ、私には至福の時間であります」
(その反応が気色悪いのですよ)
ピオニーは不愉快そうなので、馬車の中ではメイド・ピオニーでいていいのですよ、とアウリアは伝えたのだった。




