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44話:兄たちが見つかりました



 夜、アウリアは机に向かって、『祝福』についての考察を綴っていた。


 前世の曲に酷似している謎。

 旋律は前世バロック時代、ドイツのパッヘルベルが作曲したカノンに似ていた。


 なぜ?

 パールシアの古い音楽を再現する試みで見つかったのか。


(偶然でなければ、誰かが持ち込んだことになるのです。わたし以外にも、異世界から転生した人がいるのです?)


 その曲を持ち込めるということは、バロック以降の人で、この世界に転生した時代は今より相当古い。あるいは転移してきた可能性も。


(そう考えると、わたしは文明を極めた時代に転生できて、ほんとうによかったのです)


 窓から入る心地よい夜風を感じながら、アウリアは鼻の上にエンピツを乗せた。

 カノンの曲を口ずさむも、心はもうざわつかなかった。恋人を亡くしたことや、帰りたいと切に願った彼女とアウリアは別人だからだ。


(転生って、やっかいなのですね。 初代の大賢者は12の人生も送ったというけれど、頭も心もぐちゃぐちゃだったのではないでしょうか……。お気の毒に)

 

(いえわたしはそんなことを考えてる場合ではなくて、これからの段取りを書き出すのです)


 とりあえず、デビュタント。

 次に竜の加護を調べる。魔道士アキトに会う。

 アティアンヌのお茶会。

『王太子妃候補、誰かいない?』

 求婚を承諾したのに、気持ちがぐらつく。

 ノートに書き付けた文字を、意味もなくグルグル囲い続ける。


 カタン。

「アウリア」

 幻聴のような声がして、アウリアはふっと窓へ顔を向けた。

 わかめでも被ったような人の影がぬっと出現して、

「ひっ」

 心臓が止まるほどに驚いた。

「オレだ。オレ」

「オレオレ詐欺ですか」

「ん? サギ?」

「なんでもありません」

 ユリアスがフードを降ろして、窓からひょいっと入る。

 彼の転移は周囲の物を吹き飛ばすことがあるため、室内への直接転移は避けていた。

 

「抜け出してきたのですか?」


 ユリアスは眼鏡の代わりに眼帯をはめていた。

 デュオクロスはユリアスの魔力を利用した魔道結界装置がないため、抑制するためだった。

 アウリアはじろじろと彼の顔を見つめて、納得した。

 幼いころ会った王子の顔はこれだったと、古い記憶が刺激される。

 ユリアスは机上のノートを見つけると、ザッと文献を押しのけて取り上げた。


「あ!」

「なんだ。この見慣れぬ文字は」

(せ、セーフ。日本語で書いたのですよ)

「竜の加護について考えていたので、万が一誰かに見られてもいいように、わたしだけの暗号文字です」

「ふぅん……」

 と目を細めるなり、ユリアスはノートをビリッと破り、ボッと燃やして虚空に投げた。


「何を!」

「瘴気を感じた」

「はい?」

 ユリアスの目がジロリ、横目でアウリアを捉える。

(な、なんです?)

「理解ができずとも、不快なものは燃やすに限る」

(な……まさか第六感まで優れているのですよ!)


 ユリアスはアウリアのドレスの汚れ一つ落とすのに四苦八苦するが、攻撃になると些細なことも迷いなくできる。生まれたときから攻撃に特化していて、他人のために繊細な魔力を使うという発想だけが、欠けていたからだろう。



「どうされたのですか?」

「アルテ侯とドレイヴェン公女の居場所がわかった」

 ユリアスがしれっと言った。

 今さらですか? とアウリアは呆れた。

(軍を動かすはつまり、二人の居場所はわかっていたということ)

 陛下が軍を動かす話自体、ユリアスが自分を追い込むための策だったと、アウリアは疑っている。理詰めの説明が好きなアウリア向けに、それらしく語ったのだと。

 それこそ今さらで、追求する意味もない。


「二人は戻った直後、結婚することになる」

「へ?」

(いえ、理屈はわかるのです)


 レティシアがフリーなのに、王太子と婚姻がまとまらないとなれば、ドレイヴェン公爵家の面子丸つぶれ。公爵夫妻の落としどころは、せめて侯爵との婚姻。


「兄の話なのに、妹のわたしが蚊帳の外というのは、少し納得がいかないのです……」

「そなたも知らなかったことにいたせ。駆け落ちの事実を公表して、電撃結婚だ」

「ひ、ひひゃあ~」


 予想もしなかった展開に、アウリアは変な声を出した。

 くっくっく、とユリアスは笑って、机に浅く腰をかけた。

「驚いたか?」

「はい。内々で、騒動がなかったことにすると思っていました」



 そのとき──

 開いている窓から、びゅぅん、と飛び込む影があり、ユリアスの背中を直撃した。

「おっ、来たな」

「ピオニー」

「きゅっきゅるぅ⤴」

「ん? いい匂いがするな」

「サラにお風呂に入れてもらっていたのです」

「ほぅ、風呂に入る魔力竜か。おまえはいちいち面白いな」

 ユリアスはピオニーに変なあだ名をつけた。

 アウリアは気に入らないが、王宮の騒ぎで、本物の竜と勘違いする騎士が続出したためだ。


「この子は鱗は汚れないし、食事をして口元が汚れても、いつの間にかきれいになっているのです」

 ところがアウリアやサラが湯に入る度に羨ましげにするので、入れてみたら、気に入ったのだ。

 泡ぶくになって遊ぶので、サラの体力でなければ無理だった。


「へぇ、本物の竜ではありえないことだな。竜はおのれで水浴びをして、丁寧に洗う。歯も磨くぞ」

「かわいい~、会ってみたいですね」

 目を輝かせるアウリアを見るユリアスだが、即答はしなかった。

(わ、困らせたのです)

「今のは聞かなかったことにしてください!」

「いや、考えてはいる」

(え? そんなことを言われたら、期待してしまいますよ?)


 不思議なもので、ピオニーはお風呂に入れるとさらに輝く。

 いい匂いもして、金色の鱗はキラキラ艶々、白金のお腹もツルツルなめらか。

 尻尾には、夕方届いた金の環がはまっていた。


「かわいい。つけてもらったのね」

 ピオニーを抱っこして、尻尾の真ん中辺りを見た。抜け落ちない位置を何度も探って、その場所になったのだ。

「キュゥ⤴」

「似合ってる。すごくかわいいですよ」

「キュッキュルゥ⤴⤴」

 

 ルビーとエメラルドの粒で、<✦ピオニー✦>とデザインされている。

 文字列案として、シャクヤクの意味を持つPeonyとローマ字のPioniとPionyを出したが、ピオニーがカタカナを選んだ。

 白金貨100枚の予算で、“ピ”の半濁音部分にルビーを、名前の前後に小粒のエメラルドをおいて挟むデザイン。あとは職人の腕任せ。

 お風呂から上がったらつけていいと言ったので、ピオニーは念入りにお風呂に入ったのだった。

 ピオニーが自慢げにユリアスにお尻を向けた。

 

「ほぅ、オレにくれるのか」

 ユリアスが意地悪げに言って、尾を掴む。

「きゅうぅっ!」

「大人げないのです」

「この輪っか、つけたまま大きくなったら、吹っ飛ぶぞ」

「きゅぅぅ!?」

 ピオニーが青ざめてアウリアを見る。

「そうなのです、わたしも作った後に気づきました」

「魔塔に言って、図体に合わせて変化するように魔力を込めるか?」

 アウリアの眼鏡も成長に合わせて、自動的にサイズが変化していった。

 魔塔からすれば、なんてことのない技術だった。

「しばらく預けてもいい?」

 ピオニーに聞くと、ぷい、火を噴く。

「オレが試してもいいが」

 ユリアスが魔力を放出しようとするので、アウリアは慌ててピオニーを抱えた。

「大丈夫です。魔塔に依頼します」

(破壊される確率50パーセントなのです)

「信用ないな」



 ユリアスはアウリアが飲んでいたコーヒーを手に取った。

 すぐに淹れますと言うものの、すでに口をつけていた。

「もう」

「ちょっと飲むだけだ」

(そうではないのですよ。か、間接キスなのです! 王太子のくせに、その辺が大雑把すぎるのです)

 無精髭でベンチに横たわっていた男だ。流浪令嬢の貴重なクッキーを――ではなくて、王族はふつう毒殺を気にして外出前で物を口にしないのではないだろうか。

 アウリアは頬を染めたり青くしたりして、ユリアスを睨んだが、彼はまったく気にしていないのだった。


「結婚のこと、ドレイヴェン公爵夫妻は、というより、小公爵は納得されたのですか?」

「秘密裏に動く」

(公爵夫妻から漏れると思うのですが)

「兄たちはどこにいるのですか? 場所くらい教えてください」

 ユリアスはじっとアウリアを見た。

「なんです?」

「言うか言うまいか迷っている」

「ん?」

「だが隠すと、それはそれで、アウリアも困ることになる」

 アウリアは一旦頷いた。

「お兄さまたちは何か、面倒なことに巻き込まれているのですね」

「その通りだ」

「わたしがかなり心配する方向なのですね?」

「そうだ」

「しかも最悪の事態に陥った場合は――?」

「そなたとオレの婚姻が吹っ飛ぶ」

(まあ!)

 アウリアは目を輝かせ、ユリアスむすっとしてアウリアのおでこを突いた。


「まったく、反応がおかしいぞ」

「へへ……」


 アウリアはアルテ侯爵家の第一位爵位継承者。他にいないわけではないが揉めるのは必定で、両親に申し訳ないので、現アルテ侯の身に何かあればアウリアが侯爵になる。すると王太子妃にはなれない。

 兄は今、ユリアスが言いたくないが言っておかねばと思うほどの事件に巻き込まれているのだ。


「どこにいるのですか?」

 

 アウリアの元に来た時点で、ユリアスが二人の居場所を吐くのは決定事項だった。


「盗賊団の首領夫妻と間違われて、某王国の監獄に収容されている」

「はいぃぃぃ!?」







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