42話:王太子に似ていると言われました
✦~✦6月✦~✦
『7月20日にデビュタントを控えております。この度のお誘いは欠席とさせていただきます』
招待状への返答は一律同じにした。
ソフィア嬢には、アイリンのお茶会後に話を聞かせてもらった借りがあるが、デビュタントの準備がいかに壮絶を極めるかは、先輩たちは経験済み。
『デビュタント後に、アルテ家でお茶会を催す方向で調整しております』
と、サラの進言で添えることにはなったが。
(サラがこのところ侍女らしいのです! 騎士のままで素敵ですよと伝えているのですが、侍女らしく振る舞うのです。このままでは束の間の楽園生活すらなくなるのです!)
危機感に焦燥感。
部屋にこもって文献と向き合っていたら、ドリル娘が壁をこじあける勢いで使者を寄こしてきた。貴族街からモグラ邸へ、急ぎ手紙が転送されたのだった。
『私のガーデンパーティーに来ないなんて、許さない! 遅れてもいいから来て』
アウリアは手紙をテーブルに放り投げた。
窓越しに庭を見ると、チビ竜が小鳥を追いかけていた。
最近美しい瑠理色の小鳥が来るようになって、ピオニーが謎のやり取りを始めた。
鳥が囀るのはオスの縄張り宣言や求愛行動というから、メスと思われるピオニーに気があるのだろうか。
ピオニーは囀りを真似ようとして、「キュヨキュヨ」と難解そうな鳴き声を出しては、顔を拗らせている。それがいつになく楽しそうで、魔力で生まれたピオニーだが、動物と触れあうのが自然な気もして、アウリアは胸を衝かれたのだった。
今朝もピオニーの新しい一面が現れた。
クリスタル製のアロマポットにアロマ瓶が当たって、思いがけず澄んだ音が鳴り響いたところ、メイド・ピオニーが飛び跳ねて喜んだのだ。
モグラ邸にあるクリスタルの皿やグラスなどを集めて並べたら、ナイフやフォークで叩いて音を鳴らす遊びに夢中になった。
(わたしが気づかなかっただけで、音に興味があるのですね。鳥の鳴き真似をするのもそのせいかも。やはりここは魔道士アキトと話をしなくては)
ユリアスから竜の加護については魔塔と協力して研究を進めるように言われているが、アウリアが忙しくなって、それどころではないのが実情だ。
宮廷魔道士なら魔道宮に住むが、アキトは竜学者として王太子に呼ばれたときに現れる。
(連絡手段が必要なのです)
「冷たいハーブティーをお持ちしました」
サラがワゴンを運んできた。
「いつもありがとう。冷たいものがほしくなる季節なのですねえ」
カラッとした爽やかな空気だが、気持ち的に冷たい物が増えてくるころだ。
「デュオクロスは涼しいですが、たまにはと思いまして」
「サラって、デュオクロスに何度か来たことあるのですよね?」
「はい。避暑地がわりに、夏になると親戚のベルク爺さんのところで数日過ごしました。あの花――」
ふと、サラが花壇に咲くスズランを指差した。
「スズランが?」
「デュオクロスに来るまで、あのように清楚な白い花があることを知りませんでした。同じ王都でも、山の中だと、売られている花もずいぶん違うものです」
デュオクロスは王都外れの山の中。朝晩の温暖差もあれば、冬は寒く夏は涼しい。スズランを育てるにはよい場所で、デュオクロスでは自生している。
アウリアは単純に見た目が好みで、モグラ邸に来た後、芽植え苗を植えていた。
「サラったら、わたしにあわせて花の勉強してる?」
サラはかすかに苦笑う。
「はい。侍女は侍女学校で、ハーブや花の知識を学ぶと聞いたもので」
(むむむ。サラが侍女としてやる気を出すと、警戒心がむくむくと)
アウリアは澄ました顔になった後、サラににっこり笑いかける。
「気張る必要はないですよ。騎士の能力維持? のほうがサラには重要ですし」
「はい。それは怠ることはできません」
(問題は、サラの立場が複雑だからかもしれません!)
サラは騎士団所属、ユリアスの命を受けたレンが、モグラ邸に住むことになった流浪の貴族令嬢に護衛兼侍女を派遣したのだ。
ところがアウリアが王室顧問調査部に召喚されてパレスへ行くことになり、アルテ家と侍女契約をすることになった。契約したからにはお給金も出しているが、騎士のダブル雇用はグレーゾーン。
(様々なことが歪になっている気がするのです)
状況整理が必要だと思いながらも、勉強と違って、そうしたことには億劫さが勝って、現実逃避してしまうアウリアなのだった。
翌日、アウリアは流行のドレスを着た。王太子の名前で部屋が壊れるほどプレゼントが届いたので、適当に春らしい淡いグリーンと繊細な金刺繍レースが覆ったドレスをまとったのだ。ただし顔にはいつもどおり、デュオクロスの変人とわかる眼鏡。
サラも騎士装ではなく、アルテ家のメイド服。
ピオニーはメイド服だとかえって目を引くことがわかったので、アウリアが子ども時代に気に入っていた桜色のドレスを着せた。かわいらしすぎて、昇天しそう。
モグラ邸の馭者型魔力人形に行き先を告げて、転移ポイントを使って貴族街はアクリアス公爵家へ。
「オデカケ」
ピオニーはうれしそうに手土産用のバスケットを抱えた。
ピオニーのスイーツではないが、甘い匂いで幸せな気分になるらしい。
「昨日の今日でよくまとまりましたね」
「ふふ。勝算はあったのです。子どものころ、メイジー嬢の演奏に感動して泣いたようなのです。曲までは覚えていないのですが、そのことは覚えているので」
「なるほど、急に、無性に聴きたくなったとお伝えされたのですね」
「ええ。それはほんとうです。ピオニーの情操教育にもなると思う」
「はしゃいで竜にならないよう、しっかり言いつけませんと」
「それだけが心配なのです」
ピオニーには最上級の肉と大きなプリンでつって、竜にならないよう約束させた。
ピオニーと小鳥が戯れる光景をぽけ~と眺めていたら、広大であろう竜の谷で一体だけで過ごしている竜を思って、切ない気持ちになった。
竜は古代のように人と触れあわなくなったが、人と交流していたときは音楽も楽しんだだろうと想像すると、ピオニーにも音楽を聴かせてあげたくなったのだ。ちょうど音に興味も持ち始めていたので。
(それに向こうも、どうしてもあの日の曲が聴きたくなってと言われたら、悪い気はしないはず。でも演奏会を断って、アティアンヌ嬢のパーティーに顔を出すことは言わなくてはいけないのです。気が重い~)
同世代同性の付き合いが、哲学的に難しいと感じるアウリアだった。
貴族街の邸宅敷地面積は、爵位に応じて決まっている。
アクリアス公爵邸は実はアルテ家の近所で、モグラ邸にいなければ馬車で15分だった。
開放的に邸宅正面が丸見えのアルテ家と異なり、鬱そうと生い茂る木立にぐるりと敷地を覆わせている。
門に入るとすぐ右手に音楽ホールが見え、奥の邸宅より大きいくらいだった。
貴族の本拠地は領地であるから、王都に住む目的は何かがはっきりわかるのがアクリアス公爵邸だろう。
国王の居城近くに拠点が必要だった王都の邸宅は、転移装置が発展したことで、本邸に住む貴族も多い。
侍女長の話では、アクリアス公爵夫妻はふだんは領地の本邸にいて、社交活動のために王都邸に滞在するパターンで、長女は結婚して嫁ぎ先領地へ、現在貴族街に住むのは小公爵夫妻と次女のメイジーだということだ。
(王都には若夫妻が住むのは多いのですよ。人脈作りもそうだし)
転移装置があるとはいえ、王家の近くに家門の当主か次期当主が住むことは、王家に対する忠誠の表れとなる。アルテ家のように不幸が続いて一族が少ないという事情がなければ、二手に分かれるものだった。
馬車は使用人の案内を受けて石畳の緩やかなアプローチを上って、ファサードの下で馬車を降りた。
出迎えの使用人たちが整列する中、中央階段から降りてきたメイジーに軽く膝を折った。
アウリアが挨拶をしようとするのを遮って、
「いらして! ソフィア嬢も一緒なのよ。よろしいかしら?」
「ソフィア嬢と、仲がいいのですね」
「ええ。彼女もハープを習い始めたのよ。私が先生を紹介して差し上げたの」
(ソフィア嬢は全方位で人と仲良くできそうな方でしたね。アイリンも一緒ならよかったのに)
そこは少し人見知りをするアウリアだった。
メイジーは背丈があって細身を生かして、シンプルなマーメイドスタイルだった。ネックレスもイヤリングなど一切の装飾をつけない。
廊下を歩きながら、アウリアは言った。
「シンプルさが際立ったその装いは、ハープの演奏のためですか?」
「そうよ。主役はハープ。ジュエリーがハープにあたって傷をつけてしまうのよ。雑音も混ざってしまう」
ハープを抱くようにする姿勢を想像して、そうですね、とアウリアも頷いた。
「アウリアさんは、そんなかわいらしいドレスもお召しになるのね」
「今日は久しぶりに流行を意識してみたのです」
「気にしなくていいのだわ。何かを為そうとしている人間に、ファッションに時間を割くのは無駄ですもの」
(ふぉぉ、同類なのです)
メイジーの眼鏡の奥の切れ長の眼が、ピオニーに向いた。
「そちらのお嬢さんが、預かっている方ね?」
ピオニーはキョロキョロした後、アウリアの手を取った。
バスケットはすでにサラから侍女へ渡されていた。
「ピオニーです」
アウリア同様人見知り気質のピオニーを前に促した。
メイジーが軽く前屈みになって、ハッとしたようにアウリアを見た。
「エメラルドの瞳だわ」
「ええ。とてもきれいなオメメで」
アウリアは親バカ丸出しでデレたが、メイジーの顔には不審さが浮かぶ。
「……これほど美しいエメラルドの瞳なんて、王太子殿下だけだと思っていたわ」
(あ!)
「金髪は、あなたに似てるのね。あなたも見事な金髪だもの」
「あ、ありがとう……?」
アウリアは冷や汗を流した。
ピオニーがアウリアを振り仰ぐ。
「チチ?」
とっさにアウリアは、ピオニーの身体を背後から抱いて耳元に囁いた。
――チチ、ジジのことはナイショです。
「ワカタ」
(危ない。わたしのせいでピオニーの中に、王太子は父、国王は祖父とインプットされたのです)
強引に、容貌の話をぶった切ることにした。
「この子にハープのすばらしさを聴かせてあげたくて、ご招待いただいた演奏会の日は、アティアンヌ嬢のティーパーティーと重なってしまって」
アウリアはさらっと告げた。
「あちらを優先なさったのね」
「先に招待状を受け取っていたものですから」
「そうなの? 私はてっきり、アティアンヌ嬢が我が儘で呼びつけたのだと思ったわ」
(ば、バレてるのです)
音楽サロンルームに入ると、ソフィア嬢と初めて見る女性が立ち上がった。
アウリアから挨拶した。
「ソフィア嬢、お久しぶり……というわけでもないですね」
「ええ、アウリアさん。ソフィアと呼んでください。アイリンのようにはいかないと思いますが」
ソフィアの目がくわっと開かれた。
視線の先がピオニーに落ちる。
(うわ、うわ。やっぱりユリアスさまに似ているのですね!?)
魔力人形として受け取ったアウリアは、目の色を気にもしなかったが、世間では緑の目は王家の象徴。ピオニーの目は大きくてつぶら。傷のないエメラルドはないと言われる天然石より澄んでいる。
ソフィアに何か言われたら、不自然でも話を切り替えるそぶりで身構えた。
「かわいらしいわ。アウリアさんそっくりでおいでだわ」
(わ、わたしそっくり? 髪の色がですね。はい)
「預かっているのです」
「そうなのね」
ソフィアはそれ以上突っ込まなかった。
他家の事情に首を突っ込むのは野暮というもの。ましては容貌に触れるのは本来センシティブ。
メイジーがソフィアの隣の女性を紹介した。
銅褐色の髪を結わえてリボンで結び、レースが首元まで覆う水色の中衣に灰色のシフォンスカートを合わせていた。銀の留め金のついた灰色の靴を履いていた。
(灰色をまとう人の大半は――)
「彼女は巫女のユディットさんよ」
(――やはりそうですか。エメス神殿の敬虔な信者。それどころか巫女)
巫女には二種類ある。
結婚して俗世と付き合いながら神殿に奉仕する女性の中で、特別に神殿から巫女と名乗ることを許された信者。
もう一つは、幼いころに神殿に入って俗世と交わりを絶つ神聖巫女。王族と関わるのは神聖巫女のほうで、ユリアスが巫女というときはそちらになる。




