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41話:尽くす人に見せかける戦略のようです



 疲れ果ててアルテ侯爵邸に帰ってから5日後、アウリアはモグラ邸に戻っていた。

 サラが貸出期限の迫った本の返却があると言うので、アウリアも今がチャンスとついてきたのだった。


 誰が何と言おうと、アウリアはまず竜の加護をはっきりさせたかったし、集中して文献を漁るにはモグラ邸の環境がもっとも適していた。


 昨日までは、エメラルド宮の女官長やドレイヴェン公爵夫人から出された課題をこなしていた。

 歩行レッスン、歩行レッスン、歩行レッスン。

 ドレイヴェン公爵夫人がしかるべき作法の先生を紹介すると言ってくれたが、アウリアは丁重にお断りした。


 もう限界だったのだ。

「わたしには他にやることがあります。わたしに優雅さを求めるなら、妃になんてなりません。兄と運命をともにし、心中でも幽閉でも何でもウエルカムです!」

それに慌てたのがユリアスだった。

「ならぬぞ、オレはそなたに優雅さなど求めぬ! オレが抱き上げて行けばアヒル歩きも見られずにすむ!」


 ユリアスの力強い言葉を聞いて、アウリアは絶句した。

()()()! わたしは生まれてこの方アヒルを見たことがないのですが!?)

 ドレイヴェン公爵夫人とコリンティア妃の同情的な眼差しもあって、アウリアは侯爵邸に戻ると、侍女長と真面目にレッスンした。

(ハイヒールなんて腰痛の元! 好きな人だけが履けばいいのです!)

 最後は悟りの境地に達した。

 社交界で馬鹿にされようとドレスで隠れるのだからと、低い踵の靴でいいのだ。久しぶりにオーダーで注文して、色違いを大量に注文し、王太子付き筆頭補佐官に経費として申請した。


 ところが面倒なことに、ユリアスから魔道通信器の通話が入って、かえって問題が大きくなった。

“まだ予算はつけられないそうだ。オレの名義を一つそなたに付け替えた”

 と、魔石が発掘できる鉱山を一区画渡されたのだ。

 おかげで、八つ当たりに散財する気もなくなった。


(わかってないのです。兄にもらったお財布の残金を眺めて、少し贅沢をしてクッキーを買うか、長期投資としてハーブの苗を買うか、死ぬほど悩んでやりくりするのがわたしなのですよ!)

 ちなみに魔石は王家の超重要財源で、前世の油田と同じ。しかも油田の価値が最も高かった時代の油田と同じだから、アウリアは突然超セレブになったのだ。



「ほんとうに、信じられない。鉱山に匹敵するお返しができるとでも!?」

(まさか、返報性の原理を利用して、わたしを支配するつもりでしょうか?)


 スコップに足をかけた足を止めて、アウリアは首に巻いたタオルで汗を拭った。

 ハーブを植えた庭の雑草を抜いたり場所を変えたり、土いじりを楽しんでいるところだった。


(最初は呆れたのですよ。ユリアスさま報酬の相場もわからないお坊ちゃんだと! 

 でも、これは何かおかしいのです。過剰な贈り物は相手に心理的負債を生じさせるのです。よほど図太い人以外は、何かをもらうと“返さなければ”と感じるもの。過剰に与えることで相手を支配する。端から見れば尽くす人ですが、違います。相手が返せぬものを与えるのは暴力と同じ。女神の息吹のときもそうでした。わたしはどんどん身動きがとれなくなって――)


「――ふん」

 足裏に力を込めて、スコップを押し込む。

 ハーブの近くで、たんぽぽが広がっていた。

 地中深く根は横にも広がっていて、スコップで掘り越すだけでも重労働。

 サラがやりますと言ったが、ハーブや花とのふれあいは心の癒やし。


 アウリアがせっせと掘り起こしたたんぽぽを、メイドピオニーがせっせと一輪車に運ぶ。

「それは乾燥させてコーヒーにする分ですよ」

「ワカタ」


 ふぅ、とスコップを地面に突き立てる。

 サラが窓から顔を出した。 

「アウリアさま、邸宅から招待状の類いが届いています」

 ピオニーがぴょんと跳ねて、サラからトレーを受け取った。

「招待状って、何だかイヤな予感しかしないのです」

「はい。諸々の、ご想像の方々からです」

 手袋をはめたまま、ピオニーに招待状の名前を見せてもらった。

 コリンティア妃、ドレイヴェン公爵夫人、アクリアス公爵家のメイジー嬢、フォレンテ公爵家のアティアンヌ嬢、ローエン伯爵家のソフィア嬢。


「な、なんでこんなに!?」

 先日カフェで会ったからだろうが、社交辞令だと思っていた。

(アティアンヌ嬢はお茶会の催促?)

「妃殿下と公爵夫人から、社交活動をするように言われていたと思いますが」

 アウリアは青ざめると、悶えた。

「いやだ、いやだああああ」

「リィ、イヤ」

 ピオニーがトレーに火を噴く。

「ダメダメダメ!」

 アウリアは慌ててトレーに飛びついた。


「ダメ?」

「そうなの。イヤだけど、燃やせないのですよ。残念ながら」

「ドンマイ」

「まあ、どこで覚えたのです?」


 ピオニーのかわいい励ましに癒やされながら手袋を外し、近くのベンチに腰を下ろした。

 貴族女性は結婚すると、何かしら一つサロンを開く。

 お茶、音楽演奏、刺繍、読書、美術鑑賞にオペラ鑑賞など。複数のサロンで交流を広げるのが義務のようなもの。その集まりで派閥が形成される。

 軍門家系だと、ドレイヴェン公爵夫人主催の乗馬サロンに入らない夫人はいないし、そこまではっきりした家門でなくても、貴族家には代々得意とする分野があって、アクリアス公爵夫人なら音楽サロン、エルドラド公爵夫人なら読書サロン、フォレンテ公爵夫人なら絵画サロンといった感じ。

 といって、別に看板に掲げた内容に縛られるわけでもなく、皆が集まってお茶をしたり遊びに出かけたりする。

(サロンについては付け焼き刃で叩き込んだのですよ。はあ……)


 令嬢たちは婚家となる家門のサロンに関わるので、必ずしも母子で同じサロンに所属しないのも特徴。未婚で婚約者を持つか、持たないかでお茶会の開く趣旨が変わる。



 億劫になりながら封を切るアウリアに、サラがババロアを運んできた。見た目が涼しげなマンゴーの香り、ぷるんと動く。

「プリン」

 ピオニーが勘違いして飛び跳ねる。

 最近プリンを食べたら、やみつきになったのだ。


「これはババロアですよ」

「ババ?」

 ピオニーがこてんと首を傾げる。

(くうぅぅかわいい)

 思わず抱きしめて、

「シチュコイ」

 と顔を押しのけられる。

(ふふふ。メイドになると思い出したようにツンデレになるのですね)


「ピオニーには少し酸っぱい?」

「スパイ、キライ」


 サラがピオニーの前にトレーを置く。

 ババロアが埋もれるくらいに生クリームが載っていた。

「ヒャァァァ」

 ピオニーが雄叫びを上げてスプーンを手にとる。

 何のかんのでピオニーに甘いサラだった。

 アウリアとサラの器にはヨーグルトが添えてある。ヨーグルトは美容スイーツとして人気が高い。


「ババロアは珍しいのです。デュオクロスのスイーツ店では取り扱わないのに」

(新鮮なフルーツを使った冷たいスイーツは高いのですよ)

 サラが微笑んだ。

「これは従妹夫妻からのお礼です」

「まあ……結果も出ていないのに、ご丁寧に。ありがとう」


 王宮から帰った翌日、アウリアはサラに声をかけていた。

 エメラルド宮で魔力の型の話をしたとき、サラが珍しく前のめりになったからだ。

 きちんと話を聞こうと思いながら後回しになっていたのだ。

 サラは遠慮したが、子ができない悩みを相談できる相手は限られる。

 多くは経験豊富な産婆師だが、産婆は地域密着型、どうしても話が漏れてしまう。

 アウリアはサラから状況を聞いて、ノーマン夫妻を紹介した。

 ユリアスや大魔道士たちに話した博士というのは、ロイ・ノーマンだったから。


 未婚の侯爵令嬢に相談するよりも、実体験で子まで為せた博士夫妻のほうが、はるかにためになる。

 すぐにノーマン夫妻に手紙を出し、ふたりは快諾して、すぐにサラの従妹夫妻の相談に乗ったということだ。

「これほど早く的確な方々と話ができることは、従妹には幸運なことでした。しばらくノーマンクリニックに通うそうです」

「そうですか。後はノーマン夫妻に任せましょう」

「はい。ありがとうございます。サラ・クール。これからもアウリアさまに身命を賭してお仕えします」

「お、大げさなのです!」


 三人でババロアを食べた後、コーヒーを飲みながら招待状を選別した。


「どういうことなのです?」

 アウリアは招待状にある日付を見て唸った。

 メイジーとアティアンヌのお茶会が同日同時間開催だったのだ。

 メイジーはハープ演奏会。

 アティアンヌはガーデンティーパーティーで、「絶対に来なさいよ」と命令付き。


「偶然?」

「いえ、まさか」 

 サラがあっさり否定した。

「お茶会とは日付が重ならないように開くもの。侍女たちの情報網で、調整されるのです」

「さ、さすがオフィリア殿下の元護衛さんなのです」

「はい。私も侍女の代わりに、問い合わせを受けていました。特に上位の方の動向を徹底的に気にかけなければなりません。しかしメイジー嬢とアティアンヌ嬢は同格。お茶会をぶつけるのは、何かと牽制しあうお嬢さまの習性です」

「公爵家にも序列はあるのに?」


 サラが薄く笑った。

(最近、サラが表情を見せてくれるようになったのですけど、不敵な感じなのです……)


「こう言ってはなんですが、()()()娘にすぎません。爵位を持つご当主、その夫人、爵位を継ぐ者、爵位を継ぐ者の配偶者、正式な婚約者。我々が序列に応じた扱いをするのはそこまでです。それ以外の方は貴族というひとくくり。爵位に関わりがなければ、子爵家の次男も公爵家の長女も同じです」

「な、なるほど」


 パールシアの貴族社会は成熟しているが、異国では公爵家の生まれというだけで王族のように振る舞うと聞く。

「貴族の有り様は、国に貢献するか否かだと、お兄さまも言っていたように思います」

「すばらしい方ですね。アルテ侯は」

「駆け落ち中だけど」





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