40話:陛下との約束の行方
地面に降り立つと、国王とコリンティアとドレイヴェン公爵夫人たちが駆けつけた。
アウリアはまだ身体が浮いているようで、ユリアスにしがみついていた。
「抱き上げてやろうか」
「だ、大丈夫です」
国王と王太子の近衛騎士や女騎士たちが、国王たちの安全を確保すべく動く中、ようやく落ち着いたピオニーが、アウリアの機嫌を取ろうと腕の中にちょこんとおさまり、ユリアスに小突かれて、シュンとした。
「今のは、本物の竜ではないか!」
陛下が狂喜狂乱して、ユリアスに駆けよった。
「見た目は竜そのものだが、核はオレの魔力だ。竜ではない」
ユリアスは話はしていたが、陛下の目には竜そのものに見えて仕方がない。
「アウリア、私にも抱かせてくれ」
陛下がニコニコしてピオニーを見るが、ピオニーはツンと顔を背けた。
ユリアスがクッと笑う。
「なぜ私のもとには来ぬのだ」
陛下は地団駄踏んで悔しがる。
「金の目の娘を敵視するからだろう」
ユリアスが冷ややかだった。
陛下は心外だという顔になる。
「私は敵視しておらぬ! そういう話が伝わっておるゆえ、よもや私の治世に金の娘が現れるとは思わぬではないか。危惧したとて仕方なかろう」
「オレに黙っていた」
(あ、これ拗ねてる感じです?)
陛下は真顔になると、アウリアを一瞥した。
「アルテ侯夫妻との約束だったのだ」
アウリアとユリアスは同時に陛下に目を向けた。
「私に娘を殺されるのではないかと恐れていた」
「え、殺される?」
「そうなのだ。金の目をした娘について、アルテ侯も調べたらしい。古い家門であれば、記録の中に伝承も残っている。ルミエルは聡明なうえに学問好きだったゆえな」
公爵や侯爵の家は、初代国王の時代に貴族として領地を与えられた家門に限られていた。
由緒正しき家柄。
当然古い記録がある。だが難解な古語で記された文献を、わざわざ紐解いて読む貴族は少ない。
(お父さまは、ええ、古文書を読むのが得意だったのです。お兄さまもイヤイヤ古語を勉強したのですよ)
「アルテ侯ルミエルは娘を連れて、国を出てもかまわぬとまで追いつめられていた。ゆえに我は約束した。我の口からは、この復讐にまつわる話は表には出さぬと。ユリアスにも話さぬと約束したのだ。アルテ侯はユリアスを恐れていたのだ。アウリアを邪魔に思うやもしれぬと」
「オレはそんな野蛮な人間に見えていたのか!?」
ユリアスからすれば不本意だが、幼い頃から強大な魔力で知られていただけに、娘を思う親は最悪の想定をしたのだった。
思わぬ父の愛に触れて、アウリアは顔を覆った。
ピオニーがアウリアの前で、パタパタした。
「キュゥゥゥ⤵」
(お父さまに会いたい)
「キュゥキュゥ」
ユリアスがそっとアウリアに寄り添って、頭を引き寄せると胸に押し当てた。
「あ……」
「そなたは、家族に弱いのだな」
「……だって、どんなに、会いたいと願っても、どんなに、頑張っても、もう、お二人の声を聞くこともできない……」
アウリアはユリアスの胸に顔を埋め、人目も憚らず、ふたりだけの世界だった。
(ユリアスさま、ピオニーみたい。あったかいのです)
コリンティア妃やドレイヴェン公爵夫人が、ふたりの甘い世界から現実へ引き戻そうと、何度か咳払いした。
が、年長者の思いに気づけぬまま、ユリアスに涙を拭われたアウリアだった。
ピオニーがメイドに戻って、アウリアの胴体にしがみついた。
「リィ、リィ」
注目を浴びていることに気づいて、アウリアは我に返った。
気を利かせたふうに、騎士たちが目をそらしたり背を向けていたりする光景がいたたまれない。
(ああああああなんてみっともない)
メイドピオニーが背伸びをして、アウリアの顔にハンカチをあてようとする。
狼狽していたアウリアは、ピオニーの機転に縋った。
「ありがとう、ピオニー」
ピオニーに、涙と一緒に羞恥心を拭われる。
それはアウリアやユリアス、サラには慣れた変身光景だったが、周囲が騒然となった。
「な、なんじゃそりゃあああ」
陛下があられもない奇声を上げて、ユリアスに説明を求めたのだった。
王太后が仲間外れはだめですよとやってきて、庭園のテーブルについた。
(エメラルド宮でもこんなことがあったような……デジャブなのです)
「――だから言っただろう」
ユリアスが陛下に説明した。
「最初はメイドとしてアウリアにつけたのだ。ひとりでふらふらデュオクロスを歩くわ、パサパサのパンを食べてるわで、侯爵家の娘とは思えなかったのだ。そこで与えたピオニーはメイドとしては成長せず、竜になって飛び回っていた。大魔道士もピオニーの生態はわからぬと言った。ゆえにアウリアと竜学者に、例の加護も含めて調べよと命じてある」
メイドになったピオニーは、ユリアスにはあまり近づかない。
アウリアにべったりで、つぶらなエメラルドの瞳で、テーブルのおやつをじっと見る。
陛下はなんとかして餌付けしようとするが、金の目をした娘の話がよほどピオニーは気に入らなかったのだ。
陛下が声をかけると、あからさまに不機嫌になる。
陛下は身を乗り出してアウリアに抗議した。
「アウリア、どうにしかしないか。国王の我が、竜に嫌われていると思われるではないか」
「そんな……ユリアスさまの魔力なのですから、ユリアスさまに仰っていただいたほうが」
「育てているのはそなただ」
ユリアスは丸投げした。
アウリアはピオニーを膝に乗せると、スイーツを取り分けた。
おやつで機嫌を取った後、ピオニーの頭を陛下へ向けさせた。
「ピオニー、こちらはユリアスさまのお父さま。あなたのお祖父様さまですよ」
ユリアスがぷほっとお茶を吹きそうになった。
王太后がほがらかに微笑んだ。
「あらまあ、ではわたくしにとっては曾孫ね」
「アウリア、何を」
ユリアスが面食らう。
「ユリアスさまが仰ったのです。自分はピオニーの親のようなものだと」
「オレの魔力の核だからそう言ったのだ」
ところがピオニーはそれに納得した。
ユリアスを指差して、
「チチ」
「あってますよ」
次いで、陛下を指差した。
「ジジ」
「おぉぉ、ジジか。よしよし。ジジと呼ぶことを許してやろう」
「ギャク!!」
「おっと、ジジとお呼びくださいませ、お姫さま」
(くすっ、ピオニー強い)
その間、コリンティアとドレイヴェン公爵夫人はひそひそ話を展開した。
「いったい、王太子妃はどうなるのでしょうか」
「先ほどのアレを見せられて、他の者を候補にできるは思えぬ」
コリンティアが何とも言えぬ微妙な顔で言った。
「アウリア嬢が、レティシア嬢以外の女性でも、婚姻相手になれると話したそうだ。大魔道士もそれを認めたのだ。夫人は納得できぬだろうが、レティシア嬢は一度逃げた者という烙印を免れぬ。陛下は今は笑っておられるが、はじめはひどい荒れようであられた」
「はい。お叱りも受けておりますれば」
「問題は、駆け落ちの真相であろうな。アルテ侯が妹君を王太子妃にする腹づもりであったと、非難を浴びるは必定」
その話は、人並み外れた五感の持ち主ユリアスにはすべて聞こえていた。
ピオニーにデレデレしていた陛下もまた、成り行きに任せるつもりはなかった。
「アウリア。わたしとの約束を覚えておるか」
「はい」
「そなたはどうしたいのだ?」
アウリアは重圧に押し潰されそうになりながら、息を吸った。
(きちんと考えを述べたい)
両親に恥じぬようにと凜と顔を上げた。
「わたしは――」
と、ユリアスが言葉をかぶせた。
「待て、約束とはなんだ?」
ユリアスの手が勢いアウリアの手を掴んでいた。
(ユリアスさまは、その、スキンシップが多い気がするのです)
アウリアはに手をひっこめようとしたが、ユリアスと心理戦のようになって、手を掴まれたままになった。
その間に、陛下がかつての約束を皆に聞かせた。
「昔、5歳だったか。アウリアに会ったとき申しつけたのだ。金の目を隠せと」
「陛下が強要したのか」
ユリアスが不満そうに言った。
「アルテ侯夫妻も隠しておった。それで正解なのだぞ。私はそれをより強固に、厳しく言いつけただけだ。バレたら王家に嫁ぐか、それがイヤなら自死せよと命じたのだ」
「死、死ねと仰せになったのですか。幼子に」
コリンティアが声を翻し、公爵夫人は眉をひそめさせた。
王太后が言った。
「混乱を避けるためですよ。目の色を一生隠せるはずがないものね。たとえばアウリアさんが嫁いだ先で、殿方が気づくでしょう。その殿方が阿呆だったらどうします?」
部屋に緊張感が漂った。
ユリアスは険しい表情だった。
(どうしますって……わたしは陛下の命じられたとおり死ぬことになるのです? でも、なんでしょうか)
ユリアスも含めた皆の反応は、アウリアの危惧することとは違うような、そんな殺伐とした空気なのだった。
「さあさあ、ユリアスの妃はもう決まりましたね。後は、腹に一物を抱えた野心家たちを説得するだけですよ」
王太后はそう言って、未来の王の外戚を狙う貴族たちを一蹴し、国王の尻を叩いたのだった。
(あれ? 陛下はわたしの意志を聞いてくださったような……)
何となく取り残された感のあるアウリアだった。




