4話:仕事の合間に竜と一緒に王太子のゴシップを読んでいます
窓を開けると、伸びた新緑の枝がパサッと入ってくる。
3月の下旬に、モグラさんの秘書サラ・クールと暮らし始めて、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
住まいはアウリア憧れのデュオクロス大図書館裏の一等地、大賢者や老師邸があり、周辺は公園や品のいいレストラン、学生向けの安価なものとは異なる高級品を扱う店が立ち並ぶ。
モグラ邸は木々に囲まれてこじんまりとした白亜の館。
ここは仮の宿らしく、庭の手入れはされていない。
アウリアは食用にハーブを育てていたため、寮からたくさんの鉢を移して、花壇に植えされてもらっていた。
水やりをしようと庭へ出て行くと、サラが仕事部屋に入ってきた。
サラは数年前に他界したベルク言語老師の親戚にあたり、元図書館職員だと自己紹介を受けた。
それにしては動きがキビキビして、料理をする際にめくった腕の筋肉はすばらしくしなやかで、武道の達人の気配がした。チラと聞くと、「身体を鍛えるのが好きなのです」ということだった。
その証拠に夜明けとともに起きて、庭の片隅で筋トレのようなことをしている。
女性にしては長身で、茶褐色のさらっとした髪は短く、青い瞳はいつも隙なく辺りを窺っている気がした。
(毎日のように図書館に通いましたけど、この方は初めてみます)
一度彼女にそう言うと、「裏方でした」と素っ気ない返事。
自分の話を好まない人だった。
「アウリアさま、図書館より戻りました」
「は~い」
アウリアの仕事は翻訳して、内容をまとめることだった。
サラによると、
「モグラ氏は特別な許可を得て、大図書館の地下にある未整理の本を持ち出して内容を確認しています」
アウリアがモグラさん呼びに慣れてしまったため、サラもモグラ氏と呼ぶようになった。
大図書館の地下管理者は大賢者。
閲覧許可を得て、その場で閲覧するのが決まり。持ち出すには多額の寄付をしたうえで、様々な制約を受け、誓約をかわすことになる。
「モグラ氏は多忙な方で、本来自ら本を読む暇などありません。しかし他者に任せられないことなのでしょう。目的は私も知りません。図書館とこちらを往復するだけですから」
「わたしが読んでもよろしいのですか?」
サラは残念そうにアウリアを見る。
「ん?」
「こういっては失礼にあたりますが、ちょうどよい人材だ、という感じではないでしょうか」
「そうですか?」
「はい。とても優秀な方が衣食住を盾にするだけで、命令通りに働いてくれるなど──失礼しました」
「ふふふ、いいのですよ」
モグラさんの素性について、アウリアは詳しくは聞かなかった。
初めてモグラさんと会ったとき、彼は過労死寸前の社畜のように見えた。
どうして多忙な人が、大図書館の地下の本を自分で確認する必要があるのか。
それを他の人に言えないからこそのちょうどいい、流浪の貴族令嬢だ。
アウリアは彼が何者でも構わなかった。
侯爵の兄が迎えに来て引きずり出さない限り、一生ここに住んでもいいくらい。
(ずっと雇ってくださいね)
姿を見せなくなったモグラさんに拝んでおく。
パールシア、いやエメラルド大陸諸国を探しても拝む仕草はない。
サラが怪訝そうにしたことはいうまでもない。
集中していると、いつの間にかランチタイムになる。
ランチプレートを運んでくるのは、かわいらしい魔力人形だった。
輝く金髪にエメラルドの瞳。キラキラした宝石のついたメイド服を着て、ときどき唐突に小さな火を噴いて、アウリアの気を引こうとする。
それさえなければ幼い少女だ。表情はほとんど動かないし、会話もカタコト。ツンとした見た目なのに、それがかわいくて見る度に癒やされる。
「ゴハン、タベロ」
(これこれ、命令口調なのですよ。かわいい~)
「ありがとう、ピオニー」
(この子はモグラさんからのプレゼントなのですよ。サラ経由で受け取ったのです)
サラが出かけると館に一人になってしまうと危惧したらしい。
パールシアの魔力人形は優秀な万能型から、動きがつたないドジっ子風まで様々ある。等級の高い魔石と、魔塔が創生するため一般人は購入できない。
王家や領地を所有する領主が買い取って、街の清掃や危険な現場に派遣する。
魔力人形は消耗品だ。
ある程度は空中の魔素を取り込んで充電的なこともできるが、消費活動が上回れば追いつかない。
そのためある日突然動かなくなるので、魔力人形と親しくなった領地の子どもたちが泣いたりする光景が見られる。
(まあ、稀ですが。無機質な機械人形にすればいいのに)
そう思っていたアウリアだが、パールシアは美観を大事にするとともに、魔石を埋め込んだ創造物は、生き物のように扱う傾向が強い。力の強い魔石には意志が宿ると考える人も多いためだ。
そのため人型にして、粗雑に扱わないようにしている。
そんな魔力人形をポンとプレゼントできる人間は限られる。
(お兄さまに一応、お伝えしなくてはいけません)
引っ越したときに、『故ベルク老師の孫サラさんと暮らします~』とだけ報せただけだった。
しかしモグラさんが高位貴族の大富豪だった場合、兄侯爵が知らないことでトラブルになることもある。
アウリアは彼の素性を詮索する気はない。
が、
(お兄さまが詮索するのは仕方ないのですよ……ねえ)
翌朝、兄宛てに書き終えた手紙をサラに預けた。
「本邸ですか?」
「うーん、急ぐほどでもないのですけど……貴族街の邸宅でお願いします」
領地を有する貴族は、王都と領地に屋敷を持ち、領地のほうを本邸とする。
どの家も本邸と王都邸を行ったり来たりする転移装置を持っている。
魔力量=魔石の消費がエグいので、自ずと財政が豊かでなければ頻繁に利用できない。
(我が家は両親が亡くなった後、ハイエナのようなフィリス伯爵家門(母の実家)にやられましたからね)
豊かな農業地を奪われ、商業地のギルドを引き抜かれて、裁判で争ったこともあった。
最近財政が黒字になったらしく、『やっと転移装置を解禁するよ』と兄から喜びの便りを受け取っていた。
それなのに未だ学問街に乗り込んで来ないので、忙しいのだと思う。
サラが出かけていくと、ピオニーが仕事部屋に入ってきた。
(ノックを忘れているのですよ~)
ちゃんと注意しないと覚えないのだけど、アウリアはつい甘えさせてしまう。
「キュウケイ シロ」
「ありがとう」
ちょこちょこ、ワゴンを押して近づいて来る。
「今日もかわいいね、ピオニー」
ピオニーの顎がツンと上がる。
当然だといわんばかりで。
「かわいいかわいい」
「オマエ コノミ」
「そうでしたね。ふふふ」
モグラ氏からですとサラから渡されたとき、すでに子どもサイズだった。
そのときは言葉も発しないただの動く人形だったが、アウリアが名をつけたことで、アウリアを主として認識し、アウリアの感性を勝手に読み取って変貌した。
(まさかツンデレになるとは思いませんでしたけど)
ピオニーがアウリアの保温効果のあるマグにコーヒーを注いだ。
ふわっ……
と、漂うなんともいえないアロマの香り。
「この香りは……」
アウリアはマグカップを口元によせた。
口に含むと、焦がしたことで生まれるほろ苦さ、香ばしさ、軽い酸味が重なって、甘いのに締まりがある味わいが広がった。寮部屋で論文を書きながら眠気と戦っていた夜、乳母が侯爵邸から送ってくれたコーヒーを飲んだ記憶が蘇る。
「これは〈黒く香るほろ苦濃茶〉かな?」
「サラ、ヨウイシタ」
「気を遣ってくれてるのですね」
ピオニーが首を傾げる。
ネーミングセンスはともかく、コーヒーの〈黒く香るほろ苦濃茶〉は兄が営む〈たんぽぽギルド〉が販売している。
〈黒く香るほろ苦濃茶〉はカッサリア帝国産の酸味の少ない豆をブレンドしたオリジナルで、コーヒー豆市場の中で人気が高い。二杯目はミルクをたっぷり入れて飲むのがオススメ。
「そういえば……カッサリアって」
アウリアは脇においていた新聞の束を手に取った。
「コウカン?」
「ううん。ちょっと見るだけ」
アウリアが新聞を開くと、ピオニーが顔を突き出して覗こうとする。
最近は子どものように好奇心旺盛だ。
「膝に乗る?」
ピオニーが身体を小さくして、竜のような動物に変身して飛び乗った。
美しい金の鱗に優しいエメラルドの瞳。
(竜は特別なのに、この子ったら、こんな姿に変身していいのでしょうか?)
アウリアは初めてこの姿を見たとき、驚愕した。
魔力人形が変身するとは聞いたことがなかったから。
これも自分が竜に触れてみたいという思いが伝わったせいなのかと、あたふたもした。
「女の子の姿のまま小さくなれないのですか?」
と聞いたものの、ピオニーはツンとしてしまう。
竜の姿になると飛び回ることもできるので、気に入っているらしい。
「おまえは不思議ね。魔力人形がこんなに変幻自在だなんて知らなかった」
「キュゥ」
「まあ、鳴き声までかわいい~のですよぉ」
しつこくするといやがるが、何も仕事がないときのピオニーはこの姿になる。
(小さいと魔力量の消費が少なくてすむからでしょうか。といっても、これは特別仕様な気がするのです)
アウリアはピオニーの硬質な背中を撫で撫でしながら新聞に目を落とす。
先月、エメラルディア大陸と北大陸をつなぐ暁山脈の谷筋――通称竜の谷で戦が始まった。
古代には大河が流れ、暁山脈の竜が飛んでいたという谷も、現在は巨大な岩や奇岩が多く出ている岩石砂漠地帯。
そこへ現れたのがカッサリア帝国だった。
エメラルディア大陸の覇権国パールシアは大陸中央に位置する。
帝国は北大陸の北。
両国とも、竜の谷までは距離がある。
特に帝国軍は、アレキサンダー大王の東方遠征のように大遠征になる。
すると帝国は領土拡大戦争で属国にした国々の支援を受けることになり、軍事力が増幅する。そうなればパールシアも同じ。戦禍が拡大する恐れもある。
その証拠に新聞には、ひそかに王太子が出陣したとある。
「王太子殿下が自らだなんて。大きな戦になるのでしょうか」
「キュゥ?」
「憶測記事ですけど……王太子殿下が出陣なんて、わたしは初めて聞きました」
「キュキュ」
新聞は王都外れの学問街にも、中心街と同じ物が手に入る。
王太子の記事は大人気で、少しでも触れると朝で売れ切れるほど。
パールシアが誇る自慢の王太子だから。
次のページには、25歳の王太子の結婚を急かす記事があった。
──ドレイヴェン公爵令嬢はすでに23歳なのに、王太子はいつまで待たせるのか?
──未だ婚約しないのはなぜか?
──お二人はデートもなされていないようだ
うんたらかんたら。
(うわ……大きなお世話なのです)




