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39話:復讐を誓った金の目をした娘がいました



 謁見は、王家の団欒室で行われた。

 天井からやわらかな陽射しが降り注ぐ明るい部屋で、王太后が息子や孫と語らうのに相応しいような、ハーブの香りが漂うような空間だった。

 家具や内装こそは王家に相応しい超ヴィンテージ品で、さりげなく飾られている花冠が、神話レベルの宝石で作られていたり、木製のテーブルにある削り傷が、初代国王が趣味の木彫りのさなかに彫刻刀でつけたものだったりして、パールシアの長い歴史がそこには刻まれているのだった。


 アウリアの前には国王と側妃コリンティアが、アウリアの隣には王太子がいた。

 アウリアに格の高い恰好をさせた手前、きちんと正装で現れて、アウリアの心臓を撃ち抜いた。

(見た目だけはいいのです! パーフェクト)

 王太后が王家の長として鎮座し、ゆったりした椅子に身を沈めながら見守った。

 アウリアは座ってはいるものの、ピオニーを腕の中に抱えて、背筋を伸ばしてまんじりとも動かなかった。


 ――15分前


 アウリアは国王夫妻を出迎えた。

 国王は昔会ったときとさほど変わっていなかった。

 王者らしい覇気をまとい、魔力が強大な美貌の王太子と並んでも、その姿が見劣りすることはない。

 アウリアは一歩進み出ると、ドレスをつまんで恭しくカーテシーを披露した。


 王太后を介抱した際に汚れたドレスは、ユリアスが四苦八苦して元どおりにした。まだ繊細な魔力コントロールは苦手だったが、訓練してだいぶコツを掴んだということだ。


「エメラルディアを照らす輝く太陽、我が主君パールシア陛下、再びお目にかかれること大変光栄に存じます。コリンティア妃殿下、初めてお目にかかります。デビュタント前のふつつか者ですが、ご挨拶させていただきます。アルテ侯爵が妹アウリアでございます」


 実をいうと、デビュタントもまだのアウリアは、国王のことを我が主君と呼ぶ立場になかった。貴族はデビュタントの謁見で国王に忠誠を誓い、貴族としての義務を果たすことを公に宣言するからだ。それまでは主君をもたない半貴族。

 胃から何かが込み上げそうで、緊張する。


「かしこまらずともよい。王太后さまがお倒れになられた際、そなたが機転を利かせてくれたと聞いたぞ。礼を申す」

「もったきなきお言葉でございます」


 コリンティアが、アウリアをじっと見つめていた。

 パールシア中央の人らしい淡い人参色の髪に青い瞳を持つ彼女は、ラサ侯爵家の長女として生まれ、並みいる候補を押しのけて側妃になった。

 意志が強く、勤勉で、女性の権利獲得に力を入れている。

 過去振り返っても、妃としての立場を彼女ほど活用する人はいなかった。

 妃としての魅せ方も心得ている。

 初夏を先取りした青色のグラデーションのドレスは華美すぎず、レースの軽やかなマントを羽織る。

 結った髪に宝石のアクセサリー。首から胸元にかけて様々な長さのパールのネックレスが7、8連。レースの手袋に、流行の貝殻のような扇を持つ。

 

 アウリアは側妃の視線に応じて微笑み、ほぅ、と溜息を漏らした。決して美人ではないが、毅然とした威厳を感じさせる。


「殿下、〈女神の息吹〉を持ち出すは完全に、脅迫だと考えます」

 コリンティアが渋い顔をした。

 ユリアスはさっそく効果があったとばかりに応じた。

「脅迫に感じるならけっこうだ。今後も意味のわからぬ阿呆が現れぬことを期待する」

 アウリアはドキドキしたが、コリンティアとドレイヴェン公爵夫人は顔を合わせて嘆息した。

「異論はございません」

 コリンティアはさっさと白旗を揚げ、ドレイヴェン公爵夫人はエメラルドのネックレスを準備した後だったので、「それならそうと仰ってください」とユリアスに小言を言った。


 一方、陛下はそれどころではなかった。

 チビ竜ピオニーが、アウリアの膝に乗っていたからだ。

 目がピオニーから片時も離れない。

 ピオニーは知らぬ人が多いせいか、借りてきた猫状態だった。



「アウリアさん、わたくしが育てたハーブよ」

 王太后が、ドレイヴェン公爵夫人が並べたたくさんの瓶を指で示した。

「香りであててみて」

「はい。では失礼して」

 アウリアはピオニーを離した。

 ピオニーはユリアスの元に行き、頭に乗った。


「外で遊んでこい」

 ユリアスは頭のピオニーを剥がそうとしたが、陛下が慌てた。

「ならぬ! その生き物とも話がしたいのだ」

「ピオニーだ。名前は教えただろう」

「陛下、殿下、その小さな竜も気になりますが、先に、王太子妃候補について、お話くださいませ」

 コリンティアが言った。

 パールシアにとっては、特に王家にとっては竜の出現は、それが魔力生成によるものでも重大だが、現実の差し迫った問題として、王太子妃のほうが気になるのだった。

 王太后が笑った。

「あらあら忙しいこと」


 アウリアは瓶を持ったまま困惑した。

 このカオス状態で、ハーブの香りをあてていくのだろうか。

 ドレイヴェン公爵夫人が、王太后にハーブティーを運んだ。

「アウリアさん、わたくしとハーブの話がしたいわよね? たんぽぽを移したいの。ユリアスに手伝ってもらって、根から掘り起こしてもらうのはどうかしら」

 王太后はアウリアが薬師の資格を持っていると知ると――ハーブの専門家でもある――話したくてうずうずしていたのだった。


「母上、今日は大事な話があると申しましたぞ」

 陛下がピオニーを自分に呼び寄せようとしながら、王太后に顔を向けた。

「ユリアスが自分で見つけたお嬢さんなのでしょう? お顔も見ることができましたし、他にどんな話があるのです?」

「金の目についてなど」

 コリンティアが言うと、王太后は鷹揚に笑った。

「心配性ですこと。口伝などあてにならぬというのに」


 アウリアは王太后を見つめたまま固まった。

(口伝? 口伝と仰ったのです。竜の加護以外にも口伝があったと?)


「ええい、ピオニー、私の元に来るのだ」

 陛下は手を伸ばすが、ピオニーは柱上の飾りを止まり木にして、腰をかけてしまった。

「陛下。竜のことは後になさってください」

 コリンティアが言った。


「お祖母さま、アウリアの目の色について、何かご存じなのですか」

 ユリアスが言って、ハーブの瓶をざっと退けた。

「もうユリアスったら」

 王太后がむくれ、ドレイヴェン公爵夫人が淡々と全員にティーを運び終えると、アウリアの斜め後ろの椅子に座った。


「陛下、恐れながら、口伝の件、話を伺いとうございます」

 ドレイヴェン公爵夫人の一言で、国王はピオニーを諦めて向きを直した。

「私も口伝については、はっきり存じませぬ」

 コリンティアも追随した。


(非公式の謁見だと、こんな感じなのですね。ユリアスさま、グッジョブ)

 最初は心配していたアウリアだったが、王太后の存在が潤滑油になって、いくらか緊張はほぐれていた。

 

 陛下はハーブティーは苦手らしく、コーヒーに口をつけた。

 ユリアスに急かされて話を始める。

「竜が人に変身していたはるか昔、竜人は金の目を持っていた。だが竜人と人間の間に生まれた子の中で、金の目を持つ者はついぞ生まれることはなかったのだ。王家は金の目を欲して、竜のメスを何体も抱え込んで、金の目の子を生むよう強制した」

 知らず、アウリアは目を瞠った。

(そんな話は初耳なのです)


「熱心だったのはスフェーン王朝のときだ。ひとり、竜の金の目を持つ娘が生まれたと聞いている」

 スフェーン家は王位を簒奪した分家だった。

「その娘はおのれが生まれるまでの、竜のへの仕打ちを知り、大変怒ったそうだ。復讐を誓って、パールシアを去ったと伝え聞く。スフェーンから王位を取り戻した我が祖先は、スフェーンを根絶やしにするつもりだったが、金の娘について情報を引き出すため、研究していた王族をひとりだけ生かした。金の娘がどうやって生まれたのか。なぜひとりだけ成功したのか。金の娘の復讐とは具体的に何を指すのか」

 その娘が復讐する相手はスフェーン家なのか。もしスフェーン家であれば滅ぼしたことで、復讐相手はいなくなることを意味する。


 だが――

 陛下はアウリアを見据えた。

「――復讐の相手が我が王国そのものであった場合、金の娘はパールシアの敵である」

(復讐? 敵?)

 アウリアが息を呑んだとき、ピオニーがパサッと翼を広げる気配がした。


「キュゥゥゥキュゥゥゥ」

 低いいななき。

「ピオニー」

 アウリアがハッと目を向けると、ピオニーが勢いアウリアの元に突っ込んできて、瞬く間に大きくなったのだった。

 ガシャーン。

 テーブルがひっくり返った。

「何事ぞ」

「きゃあ」


 ユリアスがピオニーを押さえるより早く、アウリアの胴体を咥えると、壁を破壊しながら外へ飛び出て行った。


「ピオニー!」

「待てピオニー!」


 ユリアスとアウリアの声が重なった。

 アウリアはピオニーの口の中でがっちり身体を固定されていた。

 痛みはないが、身動きできないよう金縛りにあっていた。

 ユリアスが浮遊して追いかけてきたが、ピオニーは興奮していた。

 アウリアの視界は空と雲と、竜に驚いて逃げていく鳥たちの姿だった。


 ユリアスがピオニーの前に立ちはだかった。

 空の上で王太子と竜が向き合う姿を、下界から見上げて呆ける人たちの姿があった。


「ピオニー落ち着け」

 アウリアはユリアスの顔へ視線を向けた。

「ピオニーは人の話を理解します。わたしが傷つけられると思ったのかもしれません」

「では、陛下の話がただの昔話だとわかるな! ピオニー」

 ユリアスは両手を広げて、敵意がないことを示した。

「オレたちは一心同体だろう? おまえが大事にするアウリアを、オレが傷つけるはずがない」

「きゅぅ!」


 アウリアには見えないが、ユリアスの困った表情からして、ピオニーが疑いの眼を向けているのは明らかだった。

 ユリアスは顎をつまむと、ふむ、と頷く。

「満月の影響か? 昨夜からピオニーの魔力が増大している」

「満月の?」

「オレも満月付近は気持ちが昂ぶるが、竜は月の影響を受けるそうだ」

「まあ……」

「だがピオニーは竜ではない。オレが作ったのだ。間違いなく」


 モグラ邸に魔力人形としてピオニーが来たのは3月下旬のことだった。

 満月の夜を越すのは、昨夜で2度目だった。

 少し成長している気もする。


「そういえば、ピオニーは突然お肉に興味を示したのです。あれは初めての満月夜を越えた後? もしそうだとすると、満月夜ごとに成長するのでしょうか?」


 アウリアは話ながら、胸元のネックレスが落ちたりしないかと、ヒヤヒヤした。


「ふぅん……」

 ユリアスが少しピオニーに近づいた。

 ピオニーは翼を揺らして、風を起こして抵抗する。


「ピオニー、そんなふうにアウリアを咥えていると、アウリアに嫌われるぞ」

「きゅう?」

「そなた、アウリアに素敵な贈り物をしてもらったのだろう? アウリアが怒って、注文を取り消すやもしれぬ」

 その瞬間、青ざめたピオニーの口が開いて、アウリアの身体がずるっと滑り落ちた。


「え! ええええええ~」

 急降下する恐ろしさと、景色が斜めにずれていくのを見ながらアウリアは叫んだ。

「ひぃひゃあああ」

 ユリアスがとっさにキャッチするも、今度はピオニーが鳴きながらユリアスの顔面に張りついた。

「きゅぅ⤵きゅうぅ⤵きゅうぅぅぅぅ⤵」

「ピオニー、張りつくな。前が見えぬ」

 ユリアスが暴れるので、アウリアも左右に揺れる。

(ひぃぃぃ)

「ピオニー、ちゃんとリングは届きますよ。急いで作ってくれているのです!」

 アウリアも必死だった。

 ユリアスが着地を失敗すれば、自分も無傷ではないのだ。




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