34話:正しく貴族令嬢という噂の公女に会いました
おいしいケーキを堪能した後は、貴族街に来たついでに宝石店へ寄ることにした。
ピオニーがそわそわして、アウリアに訴えたのだ。
「リィ、ルビー、ピオニー、ルビー」
「あ!」
アウリアとサラは顔を見合わせて思い出した。
チビ竜ピオニーに、ルビーのついたリングを作る約束をしていたのだ。
ピオニーは忘れていなかったので、アウリアが描いたデザイン紙を引っ張り出してきて、アウリアを笑わせた。
「隠し持ってたのね?」
「ウン、モテタ」
ツンデレメイド・ピオニーは、こんなときだけ愛くるしい幼女のように振る舞う。
「ピオニーは不思議です。最初のころは竜になるとメイド服が落ちていたのですが、最近はそういうこともないようで」
ユリアスがときどき虚空の中に手を突っ込むのを見るが、あれは異空間につながっている。
ピオニーも自分の持ち物や宝物をしまう空間をもっているので、実に羨ましいのだ。
アウリアが目指したのはベキリー宝石店だった。
生前の祖父がベキリー伯爵と骨董品の趣味が同じで、懇意にしていた。
アウリアが記憶している宝石店はこじんまりとした古びた建物だったが、デュオクロスに住んでいる間に建て直されていた。昔はなかった王室御用達の看板がドーンと掲げられて、美術館のような面構えになっている。
(昔のほうが風情があって好きかな)
父が宝石好きで、わざわざ店に赴いて、ずっと眺めて過ごしていた思い出が蘇る。
当時は東洋の天然石が珍しくて、入手すると担当氏から連絡を受けていた。父は喜びいさんで出かけていくので、母が呆れていた。
もう記憶には薄いが、そのころは祖父母が王都邸に住んでいた。二人は旅好きで、兄は間違いなく祖父母の影響を受けているが、大陸諸国を巡る船旅のさなかに、嵐にあって命を落としている。
(我が家はそういうところ、運がないのです)
貴族街の中でも目を引く構えのベキリー宝石店を前に、サラが気後れした。
「侯爵さまとご一緒しなくても入れるのですか?」
「え? 入れないのですか?」
「私はこのような場所に出入りできませんので、正直わかりません」
このときアウリアは気づくべきだった。
アウリアが学問街で10年以上過ごしているうちに、貴族街でも代替わりが進んでいることに。
仕立てのいい制服を着用した女性に出迎えられた。
アウリアがアルテ侯爵家の名を告げると、少し驚いた顔になり、アルテ侯爵家担当だという中年男性が飛んできた。
アウリアは初めて会うが、兄アルテ侯のことは知っていた。
内装のすばらしい個室へ通された。
壁や柱の装飾にも一級品の宝石が飾られ、ピオニーが目を輝かせて、うきうきし始めた。
本物の一流店は、小さなメイドを連れていても顔色一つ変えないのだった。
ただし、クリスタルのテーブルに用意された宝石はどれも二級品だった。
社交活動をしない侯爵家の独身令嬢だった。
(扱いとしては、妥当なのでしょう)
アウリアは宝石を下げさせてから、立ち上がった。
「お手数をおかけしました」
担当の中年男性は、にこやかにお辞儀した。
ピオニーは何か察したのか、大人しくアウリアの手を握った。
それにしても、今日は妙に人と出会う日だった。
立て続けに公女ふたりに会ったのだから、もう一人会わなければ数が合わないとでもいうように、アウリアはこの後、三人目の公女と顔を合わせることになる。
宝石店のロビーを出ていこうとしたときだった。
アウリアを呼び止めた貴婦人がいた。
「あらまあ、アウリア嬢、かしら?」
ハリはないがやわらかで、落ち着いた年配女性の声だった。
その方は細かい花柄のケープを羽織っていた。
ふくよかな貴婦人に知り合いはいないが、菩薩さまのような雰囲気が、両親の葬儀を思い出させた。以前は痩せていたのですぐわからなかった。
「サーストン侯爵夫人でいらっしゃいますか?」
「うふふ。私は少しわかりにくくなったわね」
サーストン侯爵夫人は、傍らに立つ美しい令嬢に片手を預けていた。
伝統的なスタイルでは、身分高い令嬢には身分あるご夫人を付き添い人や代理母として行動を供にする。
母が亡くなったとき、アウリアにも代理母の話が出たが、アウリアがデュオクロスへ渡ったため、立ち消えになったのだ。
「これからお茶に参りますけど、アウリア嬢、いかが?」
(これはまずいのです)
社交界に疎いアウリアでも作法くらいは知っている。
サーストン侯爵夫人はおそらく、数日前にご主人からアウリアに会ったことを聞いて懐かしさを覚え、今こうして姿を見かけた勢いで声をかけてくださったのだ。
が、一緒にいるご令嬢の冷たい眼差しと言ったら。
(こういう場合、令嬢に断ってからのお誘いになるのがマナーなのです)
彼女はアウリアから目をそらして、侯爵夫人に微笑んだ。
「サーストン侯爵夫人、そちらの方にご挨拶を差し上げてもよろしいでしょうか?」
「まあまあ、そうね。わたくしが紹介しなくてはいけませんね」
サーストン侯爵夫人はお連れの令嬢を紹介した。
つまりアウリアより身分が高いということ。
彼女は四大公爵家の序列二位、エルドラド公爵家の長女ロゼリーナ、23歳。
ユリアス王太子、ドレイヴェン公爵家アレンヴィク&レティシアとははとこ同士。
ロゼリーナの父方の祖父(前エルドラド公爵)とアレンヴィク&レティシアの父方の祖母(現ドレイヴェン公爵母)とユリアスの父方の祖母(現国王母)が兄姉妹となる。
(お兄さまから聞いたことがあるのです。ロゼリーナ嬢は正しく貴族令嬢だと)
正しいではなく、正しくにポイントがあるらしい。
なんのこっちゃ、とアウリアは唖然としたのを思い出す。
アウリアからすれば窮屈な代名詞に感じるが、社交界では最高の誉れだろう。
(この人、付き添い人と歩くということは、まだ独身なのですよ。王太子とドレイヴェン公女の婚約がなくなったら、一番の有力候補なのでは? 金の目を理由に妃の座をとったりしたら……)
――どの公爵家も、王太子の結婚が決まるまでは望みをもって、婚約者を持たせないそうだが
モグラさんことユリアスの言葉が脳裏を過って、アウリアはぞっとした。
(殺されかねないのです)
「ごきげんよう。アウリア嬢、初めてお目にかかるのかしら?」
ロゼリーナ嬢は声まで優雅で、実に感情の抑制が行き届いていた。
つまり抑制していることを相手に感じさせるほどには完璧ではない。
アウリアに声をかけたサーストン侯爵夫人や、立ち話をさせられることに不満を抱いているということ。
(公爵令嬢ともなると、家格が下の者と親しくなる理由もないですしね。ましてやわたしはデュオクロスの変人、社交界で付き合うメリットもない……と)
「初めてお目にかかります。ロゼリーナさまのように優雅な方に一度でもご挨拶ができていましたら、印象に残っておりますから」
(賭けなのです。年が2つ離れると、ギリ会っているか、ギリ会っていないか)
「そうね。あなたの噂はかねがね耳にしていますけど、わたしくは初めてですわ。その眼鏡」
くすっ、とロゼリーナは微笑む。
「ごめんなさい。何か理由がおありなのでしょうけど、センスは大事だと思うのですわ」
「ええ、そう思います」
長引く立ち話はよろしくない。
アウリアは頃合い見て立ち去る挨拶をしたが、サーストン侯爵夫人が少し顔をよせて微笑んだ。
「ひょっとして、ベキリー老伯に会いにいらしたの?」
店から去るのに、担当が出口まで見送らないのはおかしなことだったのだ。
サーストン侯爵夫人は遠回しに不当な扱いを受けたのね、と訊ねたのだった。
ロゼリーナもそれに気づいた顔で、だから夫人は声をかけたのだと納得したようだった。
アウリアは少し恥ずかしくなった。
「久しぶりでしたので、ついふらりと」
「そう。あのね、ベキリー老伯が裏通りにお店を構えていらっしゃいますよ」
「ありがとうございます」
この場合ベキリー老伯本人が店にいるのではなく、彼が懇意にしている人か、関係者が開いているお店だということだ。
アウリアは作法に則ったお辞儀をしてふたりに挨拶をし、店を出て行った。
「ピオニー。行きますよ」
「ワカタ」
「大丈夫ですか、アウリアさま」
「はい。もうこことは我が家は取引はしません」
「あっさりされているのですね」
「ん、祖父も亡くなっていますし、新しいお店を開拓すればよいのですよ」
裏通りとは言っても、貴族街なので景観がいきなり変わるわけではない。小売店が多く、貴族家の使用人が頻繁に買い出しに来るので、高位の令嬢が歩く姿はなくなるのだった。
小売店の並びに目を向けながら歩いて行くと、昔懐かしいベキリー宝石店の箒に乗った黒猫の看板があった。
「ネコ! ダイマドシ」
ピオニーが指を差して笑った。
「気にいる宝石があるといいね」
「アル。ピオニー、ワカル」
ドアを開けるとベルが鳴って、ウィーンと何か音がした。
「魔道結界装置ですね」
サラが言った。
高級品を扱う店では、強盗、万引きなどの行為を防ぐための魔道具を置いている。
(デュオクロスだと万引きを見つけると、それこそ箒で叩きつけるのです)
そこはお店というより工房だった。
ショーケースの宝石の数は少ないが、裏通りにあるとは思えないような最高級品が置かれていて、目の肥えたアウリアにして目を瞠ったほどだった。
すばらしいルビーがあり、ピオニーがガラスの前にぺったり顔をつけている。
「やめなさい」とサラが引き離す。
アウリアは息を呑んだ。
(白金貨100枚で足りるでしょうか……)
長台に宝飾品を作るための道具が並んでいた。使い込まれてなお丁寧に扱われている道具だとわかった。
「いらっしゃいませ。使用人を連れたお嬢さま……?」
頭にスカーフを巻いた職人の女性が、ゴーグルのレンズをパチンと上げた。
飴を焦がしたような瞳の色が印象的な女性だった。
アウリアはピオニーとサラと顔を見合わせた。
感じのいい工房で、自然と笑みが浮かんだ。
「ここはよいお店ですね」
アウリアが言うと、ピオニーが待ちきれない様子でデザイン画を取り出したのだった。




