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33話:婚活市場に動きがありそうです


 ✦~✦5月17日✦~✦

 

「サラ、ピオニー、カフェに出かけるのです」


 侍女長と貴族令嬢的正しい笑みの作り方や歩行練習を行った後、サラが話題にした『星の花が降る小路』へ出かけることにした。

 お菓子は手配済みだったが、フルーツケーキが人気と聞いて、ピオニーがねだったのだ。 

 最近メイドをがんばってるので、ご褒美に連れて行くことにしたのだった。


 しかしこの外出が、思いがけず三公女と出会う一日になろうとは、想像もしないアウリアだった。



 貴族街は貴族の屋敷が建ち並ぶ町の通称で、王都第一区となる。

 洗練された広いショッピングストリートは馬車置き場が決まっている。

 歩くのを嫌う貴婦人たちは人力車を利用する。

 日除け雨除けとなるクリスタルのアーケードもあって、濡れずに移動もできる。

 ただし『星の花が降る小路』はマダム・ローゼ庭園の中にあって、あえて日傘を差して散歩しながら向かうため、似たような傘が重なり合って道を塞いでいる。


 店先の花のアーケードに向かうと、店から出てきた令嬢たちの姿があった。

 白いフリルとリボンのついた日傘の中に、見覚えのある顔があった。

(あの方は)

 アウリアが顔を向けていると、向こうも気づいた顔で立ち止まる。


「アウリアさん? まあ、アウリアさんだわ」

 宰相の次女ソフィアが小さく手を振った。

 アウリアも同じ仕草で応じた。

(ふふ、ミラーリング効果なのです。同じ仕草、同じ言い回しをすることで、親しみを覚えやすくなるのですよ)


 ソフィアは長身のほっそりした令嬢と一緒だった。

 青灰色の瞳に縁のない丸眼鏡、三つ編みにした長い金髪を背に流して、シンプルなドレスを着ている。地味な装いだが、手足の長さが際立つカッコさ。

(フラメンコを踊ったら上手そうなのです)

 ソフィアがボリュームのあるドレスを着ているせいか、対照的だ。アウリアはさっぱり流行がわからないが、一昔前のように、皆が同じデザインではないことが薄々わかってきた。


「ひょっとして、これからは貴族街にお住まいになるの?」

 社交的で気さくなアイリンの類友らしく、ソフィアが笑顔で話しかけた。

 ソフィアと会ったのはつい10日前だが、もう一ヶ月も前のことのように感じた。


「ごきげんようソフィアさん。最近は貴族街に戻っていますけど、拠点はデュオクロスのままなのです」

「そうなのね! 父にアウリアさんにお会いしたことを話したのです。すごく会いたがっていましたわ」

(え? 宰相閣下が!?)

 宰相が駆け落ち事件を知らないはずがなかった。

(はあ……悪目立ちが始まっているのです)


「最年少老師さまなのですってね。大変聡明な方だと知らなくて、失礼がなかっただろうねと、父に心配されましたわ」

最年少老師(そっち)?)


 アウリアはドキドキしながらソフィアに微笑み、柑橘の爽やかな香りを感じて、こういうのが可憐な貴族令嬢なのだろうと感じ入った。


 それから隣の令嬢に向けて、軽く膝を折って挨拶した。

 ソフィアが紹介した。

「こちら、アクリアス公爵家のメイジーさまよ」


 このところ貴族年鑑をめくっているので、アウリアにもわかった。

 四大公爵家にも序列があって、アクリアス公爵家は4番目。

 メイジーは次女で、アウリアと同じ21歳だった。


「初めまして、アルテ侯爵が妹、アウリアと申します」

「初めましてではありませんのよ。リアちゃん、ずいぶんお久しぶりだこと」

 切れ長の眼を向けられて、アウリアはギクッとした。

(リアちゃん!? アイリンだって呼ばないそのあだ名は……えっと)

「お忘れですの? わたくしのことも、メイちゃんと呼んでくださったのよ」

 言われて、アウリアは少し焦った。

(思い出すのです。たぶん……子ども社交界なのです)


「メイちゃん。ごめんなさい。ほんとうに、なんて失礼を」

「いいのよ。あなたが大変な、き――」


 メイジーは何食わぬ顔で『奇行』と言いかけたのを言い直した。

「崇高な道を選ばれたことも知っているわ」

 アウリアは表情筋を殺しつつの令嬢的微笑を浮かべた。

 侍女長と練習した甲斐があって、完璧だった。

(そう、でした。わたしは両親を亡くしたショックで、子ども社交界では、奇行に走ったと思われていたのです。兄が否定するのに大変だと嘆いていたのです)


 貴族社会では初等教育が始まる前に、貴族院が主催する子ども向けのイベントがある。

 貴族が派閥だけで集まるのを避けるために、舞踏会や音楽祭、演劇鑑賞会などを主催して、公爵家から男爵家まで招待する。

 アウリアも義務で参加した。

 子ども社交界と呼ばれるそれは、アウリアには苦痛でしかなかった。

(周りと話が合わなかったのです)

 兄は年が離れすぎていて、年齢制限もあって同行できなかった。

 メイちゃんを認識したのは音楽祭のときだった。彼女のハープ演奏を聴いて、アウリアは心打たれて涙を流したのだった。

 隣りに座っていた誰かがびっくりして、ハンカチを差し出してくれたほどに。

(たぶんだけど、前世の彼女の琴線に触れるような音色だったのです)

 メイジーはアウリアのことを聞きつけて、二人でもごもごして話したのだ。

 彼女も人付き合いが得意ではない様子だった。


「よかったら、我が家にいらして。招待するわ」

「お誘いありがとうございます」

(わかっています。社交辞令です)

 誘うのはもちろん、家格が上の者からだ。

「ハープを聴かせて差し上げるわ」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

 アウリアは表情筋を殺した令嬢の微笑みで返しながら、ふと脳裏を過る思いがあった。

(メイジーさんの婚約はまだでしたね。王太子妃の椅子を狙っているのでしょうか)

 同じ年のせいか、強く意識してしまって、胸の奥がチクチクした。


 

 星の花が降る小路という店名あらわすとおり、店内はキラキラした装飾で、花のアーケードができてきていた。格式高い上品なカフェに慣れた貴族令嬢からすると、このカジュアル感が斬新なのだろう。

 切り株のテーブルとクッションを埋め込んだベンチ、木や花で客席を仕切る感じになっている。

 歩いていると、アウリアの姿を見た客人たちがざわざわしたので、サラが耳打ちした。


「おそらくですが、その眼鏡のせいで、デュオクロスの変人だと気づかれたようです」

「……ほんとうに、そんなふうに呼ばれているのですね」

「はい。お耳に入れておきますと、アルテ侯の幽霊妹というあだ名もあります」

 学問街では流浪の貴族令嬢、社交界ではデュオクロスの変人と呼ばれているという認識はあったが、そこにアルテ侯の幽霊妹まで加わっていたのだった。

 その日は観劇とオペラの人気作品があり、店内は混み合っていた。

 貴族令嬢たちは、カフェでお茶をしてから観劇に出かけるのが王道なのだ。


 案内された席に座ると、ガラス張りの個室が見えた。

 見事な人参色のドリル束が視界に入る。

 アウリアは何となく目が釘付けになった。

(あのドリル……どこかで?)


 メニューをピオニーに開いて見せながら、アウリアはひらめいた。

 メイちゃんと会ったおかげで、幼少のころの記憶が刺激されていた。

 すぐに年下公女の生意気な顔が浮かび、強烈な印象のあったドリルに重なったのだった。

 パールシア中央の貴族らしい淡い人参色の髪に青い瞳。たれ目がちなせいか、ツンと顎を上げても怖くない幼女。子ども舞踏会ではド派手なドレスを着て、取り巻きを連れて歩いていた。


 彼女は相変わらず取り巻きを連れていて、お茶を終えたようだった。

 楕円形にくりぬかれた個室の入口から現れて、取り巻きたちが先に歩いて彼女のために歩きやすいようにし、少し離れて彼女が歩いて行く。


 どのドレスは昼には少し不釣り合いな濃い緋色に金の刺繍。ふくよかな胸元を覆う黒レース。女性でも目のやり場に困るようなデザインだ。首に太い緋色のチョーカーをつけて、ピンクサファイアがリボン型に垂れ下がる。

(そうそう、チョーカーがお好きな方でした)


 彼女の名は――

「あなた!」

 貝殻の扇で口元を隠しながら、彼女はアウリアのところで足を止めた。

(なぜ声をかけるのでしょうか)


「ごきげんよう、アティアンヌ嬢」

 彼女はフォレンテ公爵家の長女アティアンヌ、20歳。

 フォレンテ公爵夫妻は長年子ができなくて、分家から養子を迎えた。ところがその後、高齢ながら授かったのが彼女だった。

(お健やかにお育ちで、よかったのです)


 アウリアは親目線で微笑んでしまい、アティアンヌが怪訝そうにした。


「その眼鏡、一度見たら忘れられなくてよ」

 こんなとき貴族令嬢は微笑むだけでいいのだ。

「貴族街に戻ったのなら、公爵家に挨拶に来るべきでしょう。マナーのなっていない方ね」

「アティアンヌ嬢、声が大きくていらっしゃいます」

 アウリアはわざと声をひそめさて注意した。

 アティアンヌは顔を赤らめた。

「あっ、あなたが急に現れるからでしょう」

(座っていただけなのです)


「そうですね」

「お茶会開きなさいよ」

(ん? 招くのでなく、わたしが開くの?)

「アルテ侯爵さまも独身でいらっしゃるのだから、わかったわね?」

「兄? ええ……相談いたします」


 アティアンヌはツンと顔を上げるとドリルを翻していく。

 メニューを持ったままのピオニーが珍しく勢いに飲まれていた。

「オコラレタカ?」

「ううん」

 アウリアはくすくす笑った。

「リィ、ワロタ、ヨカタ」

「ふふ。最近険しい顔ばかり見せてたのですね、ごめんね」

「ユルス」

 ピオニーが嬉しそうに足をパタパタさせた。


「豪快なお嬢さまですね」

 サラも呆気にとられていた。

「ほんとうにね、十数年ぶりくらいだけど、まったく変わっていなくて。何だか昔も、彼女がかわいいと思った覚えがあるのです」

「それは意外です。アウリアさまとはまったくタイプが違いますし」

「それがいいのかも」

「なるほど。そういうこともありますね」

「でも、どうしてお兄さまの話? 唐突なのですけど」


 サラが周囲に素早く目を向けた後、アウリアに小声で言った。

「オフィリア殿下の降嫁先候補から外れましたから、解禁と思われたのでは?」

「解禁て?」

「お耳に入れますが、アルテ侯爵は、オフィリア殿下の降嫁先候補でした」

「えっ……一回りも年が離れているのに?」

「高位貴族で結婚適齢期の独身男性は限られていました。ドレイヴェン小公爵、アルテ侯爵、ラサ侯爵のご子息の名があがっていました」

 アウリアは軽く手を合わせた。

「ふぅん、だからあの単細胞も、婚約者がいなかったのですね」

 アウリアの納得の仕方に、サラが苦笑した。


「ん? でもドレイヴェン公爵家だと、王太子殿下もだから。王家のふたりが同じ公爵家と縁組はありえないのでは?」

「はい。小公爵は形ばかりの候補でいらっしゃいました。それにラサ侯爵家はコリンティア側妃のご実家」

「勢力が片寄りますねえ。すると消去法で?」

「はい。ローデン王国の縁談がまとまらなければ、アルテ侯爵が有力視されていました」

「ふぉぉ、知らぬ間に(だい)それたことになっていたのです」

(お兄さまったら、自分の話はまったくされないから)


 とはいえ、想定できない話でもなかった。

 王家の婚姻は昔から大変だと聞く。

 貴族は爵位を継げない子は自力でなんとかせよだが、王家はそういうわけにはいかない。

 王子も王女も放置すると“正統性を持った爆弾”になりかねない。

 王位継承権を返上させて政略婚に押し込むか、相手に恵まれないときは、領地を所有しない一代限りの称号と王室禄を与えて、何もさせない。要するに飼い殺し。


 オフィリア王女は本人の希望通り、異国の王子とまとまってよかったのだ。


(わたしも助かったのです。王妃志願の妖精王女をお義姉さまとは、呼びにくいのです。

 となると、アティアンヌ嬢はお兄さまをキープしたいのですね? 

 うーん。相性はどうでしょう。お兄さまが逃げ回る姿が目に浮かぶのです。

 でもその前に、彼女もたぶん……レティシア嬢が妃候補から降りたら、お妃候補として浮上しますよね。公爵家ですから)







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