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32話:王女さまに共感はできませんでした



“19日の午前10時、陛下に謁見することになった”


 それはエメラルド宮から戻った翌日、5月14日の午後のことだった。

 筆頭補佐官がサラに渡していた魔道通信器を通じて、ユリアスが話しかけてきた。

 通信器は音声タイプと映像つきタイプがあるが、それは音声タイプだった。

 実は、ユリアスは自分の通信器は持っていない。補佐官が指示を出すし、魔道士たちとは心話ができるために、通信器を持つ理由がなかったのだ。

 ところが帰るときに、「アウリア専用の通信器がほしい」と言いだしたので、アウリアは断固断った。

(王太子とホットラインを持つ貴族令嬢? ありえません)


 それでもレンの通信器があることを知って、「直接伝えたかった」としおらしいことを言ったのだった。

 アウリアからすれば寝耳に水。


「(謁見は)誰が?」

 念のために確認した。


“そなただ。オレの定例朝礼謁見の後だな”

「段取りがおかしいのですが」

 アウリアは控えめに抗議した。

“ふむ。そなたに想像しろというのは酷だが、陛下が軍の出動命令を撤回することがどれだけ混乱を招くか、察してくれ”


 そう言われては、アウリアはぐうの音も出ない。

 国王の権威を傷つける行為だと息巻く側近たちもいるだろう。

 兄とレティシア嬢の命請いをしているのはアウリアだ。ユリアスからすれば、レティシアしか選択肢がなかったところに新たな候補が浮上して、ラッキーでしかない。


(わたしが相手でラッキーかはさておき、ユリアスさまは根がお坊ちゃんなのです。仕事の報酬が月、白金貨100枚です。そんな大雑把な方に、何も期待できないのです。きっといざとなったら力技で? ええ、きっと強大な魔力でどうにかなると考えているに違いないのです)


 アウリアは虚空に目を泳がせて、ハッとした。

「ひょっとして、レンさまの入れ知恵ですか?」

“ん? レンか? そうだな。陛下とはアウリアが直接話をしたほうが早いと言われたのだ。陛下も快諾なさったぞ。良かったな”

(へえ……良かったと思われるのですね。そうですか)


 アウリアは脱力した。

 恐れも知らない幼子ならともかく、夢で見るまで陛下との約束を思い出しもしなかった自分が、いったい何から話せばいいのか。


(目の色がバレたら王家に嫁ぐという話でしたので、名乗りをあげました、とか言うのです? そんな単純な話ではないのですよ。陛下は約束どおり、わたしやアルテ家を放っておいてくれたのです……それなのにお兄さまが、王太子と婚約間近と思われたレティシア嬢と逃げて、その渦中の妹が妃候補に名乗りをあげる? 

 これ、お兄さまが腹黒に見えますよね?

 アルテ兄妹は非難囂々ではないですか? 陛下はともかく、側近の方々の反応がもう……目に浮かぶのです。あの単細胞(アレンヴィク)だって、すでにそう思っている節があったのですよ!)


 目玉がぐるぐるした。

(レンさまは、わたしに丸投げしたのです。敵は陛下ではなく、妃の椅子を狙っていた他の公爵たち、それを念頭において、話をしてくださいということ)


 アウリアの沈黙が気になったのか、ユリアスが言った。

“これでもすぐ連れて参れというのを、()()()()()19日にしたのだ。女は支度があるゆえ、ご理解はいただけた”

 ユリアスは誇らしげだが、アウリアの聞きたい言葉ではなかった。

「ええ……気を遣ってくださって、ありがとうございます」

“エメラルド宮には前日入りしろ。身一つで来ればよい。支度は女官長に命じてある”

「重ね重ね、お気遣い、ありがとうございます」


 ユリアスは通信の後、戦場へ戻っていった。

 アウリアが知らないだけで、彼はカッサリア帝国との戦のさなかで、エメラルド宮と行ったり来たりしているのだった。


 その後はレンとやりとりをした。

 レンこそは超多忙なので早口で言った。


“アウリア嬢はデュオクロスでの言動が染みついています。()()が肝心ですよ。陛下は貴族は洗練されていて当たり前だと思われているのです。そこのところ、よくお考えください”

 エンピツの件で出会って以来、アウリアの個性や聡明さを高く評価するレンだったが、一方で貴族令嬢としては規格外、端から評価していなかったのだ。

“せっかく生まれついた美しさがあるのです。付け焼き刃でも所作を磨いてください”


 グサ、グサ、グサ。

 アウリアは打ちのめされた。

 レンは腹を括って、ユリアスの求めるアウリアを王太子妃にしようとしている。

 レンの親心を知らないアウリアは、

(人を山猿みたいに言って!)

 と悔しがった。

 が、レンは飴と鞭の使い分けに優れた補佐官だ。

“前日、陛下に拝謁される際の作法を教えるので大丈夫です”

 と言ってもらい、彼の評価はすぐうなぎ登りになった。


 レンからの助言は多岐に亘った。その中にはお世話になる女官たちにお菓子を差し入れるというものがあった。

(レンさまに言われなかったら、手ぶらで行くところでした! 恐ろしい。気の利かない芋娘になるころでした)


「お菓子なら、『星の花が降る小路』のフルーツを使ったチョコが人気です。第二王女殿下が好まれていたので、様々なところに差し入れなさっていました。王太子宮の女官たちも、懐かしく思われるのではないでしょうか」

 サラが情報をくれた。

「ありがとうサラ。それはとてもよいアイデアです。第二王女さまの護衛騎士だったのよね」

「はい。ご成婚でローデン王国へ発たれる寸前まで」

 サラにとって、誉れ高い任務だったのだろう。

 表情がやわらいだ。


 アウリアも新聞で読んだが、第二王女オフィリアは18歳で、去年の秋、西国境に隣接する古王国ローデン王国王太子の第一王子と結婚した。長女第一王女も異国に嫁いだので、側妃コリンティアはオフィリア王女は手元に置きたかったらしい。

 だけど、王族の成婚はタイミングがすべて。

 もともとローデン王国は閉鎖的なお国柄。

 ところが内政でガタガタした結果、80歳を過ぎた高齢の国王が退位し、新国王は孫の世代からは、新しい風を求めて国外から妃を迎える意向を示した。

 パールシアがその機を逃すはずもなく、あっという間に決まったのだった。


(かわいそうに)

 パールシア貴族は恋愛も流行しているが、王族や高位貴族は政略婚になる。

 第二王女の場合は急だったためにお相手と交流もなく、ローデン王族の意向で早々と婚姻となったのだ。

 

「王族は大変ですね」

 アウリアはしみじみ言ったが、サラは首を傾げた。

「アウリアさまは貴族の価値観が崩壊されていますが」

「うっ」

「オフィリア殿下は大変喜ばれていました。王女として生まれたからには王妃になりたいと、おっしゃっていましたので」

「ほおお、そういう感覚になるのですね」


 少し、アウリアは胃が痛くなった。

 オフィリアの話を聞くだけでわかる。王族との価値観の違いは歴然としている。

(ひとりで歩ける自由を、王侯貴族は羨ましいと思わないのです)


 アウリアは水だけしか飲めない朝だって、自分が選んだ道だと思うと楽しかった。

 使用人が先回りして何もかも準備してくれる生活はありがたい一方、それを窮屈に感じる自分がいる。

 これでも他の貴族家に比べてのびのびしていて、侍女長も小言は言わない。

 口うるさくすれば、アウリアが出ていくとわかっているから。


(エメラルド宮はこうはいかないはず。気が重いのです……)


 アウリアは今なお考えていた。

 王太子妃候補に名乗りをあげず、昔の陛下との約束をなかったことにして、四大公爵家に目をつけられずに、自由に生きていく人生を手に入れる方法を。






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