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28話:王太子殿下が自画自賛しています



 子持ちのレンが目を点にした。

「注射器で種をどうすると?」

「交尾せずに、注射器が種を運ぶ役目を果たすのです。人工授粉のように」


 ひゅるる~

 静まり返る湖畔に、湖から吹く風が吹き抜けていった。


(うーん。おしべとめしべを人間に置き換えただけなのに、思考が拒否するのでしょうか。たぶん、そんな気がするのです)


 ユリアスがいち早く反応した。

「交尾しても同じだと思うが? 注射器を使うメリットはなんだ?」

「前提が抜けていました」

 具体的に話すと専門用語だらけになるので、簡単に説明した。


「注射器に種を入れる前に、種の検査をするのです」

「検査? そんなことができるのか?」

「話が難しいですね」

 ユリアスとレンは教養高く大抵のことは理解できるが、種の検査は想像できなかった。

 みなの頭の中に、向日葵の種のような物が無数に広がっているのだろう。

 アウリアはそれを利用することにした。

「どんな種でもかまいませんが、種の中には良い種と悪い種がありますよね?」

 全員が一応頷いた。

「博士の場合、種が極端に少なかったので、生活を改善してもらいました」

 今度は全員が視線を泳がせた。

 種と生活改善が結びつかないのだ。


「えっと、よい種を作るには栄養が大事です。健康的な生活と身体によい食事です。ストレスや過度な仕事、睡眠不足は避けて、穏やかな環境でゆったり過ごすのが大事です」

 レンが何か顔をしかめさせた。何か言いたそうにして。

(わかります。わかります。レンさまは悲惨な日々を送っているのです。殿下のせいで)

「どんな劣悪な環境でも育つ丈夫な種もあります」

 レンがやっと腑に落ちた顔になる。


「博士は一見健康的な男性でしたが、見直すべき点はたくさんあったのです。お酒を飲み過ぎることや、甘い物に偏った食生活。研究に没頭するあまりの運動不足に寝不足。そこで生活を改善し、定期的に種の検査をした後、種の改善が見られましたので、最初はふつうに夜の営みをしてもらいました」

「それで子ができたのか?」

 ユリアスが訊ねたが、アウリアは首を振った。

「いえ。数はきちんと増えましたし健康的に泳いでいましたが」

「泳ぐ?」

「あ……何でもありません」

(この世界の人たちは、人間の種の形を知らないのです)

 黒猫は知っている顔だった。ふん、と鼻で笑っている。

「最初は結果がでませんでした」

 アウリアは強引に話を続けた。

「わたしは彼女と話をして、寝室を分けることを提案しました。ストレスを感じていたのは博士ではなく、奥さんのほうだと思ったからです。子ができないのは自分のせいだ、という罪悪感が強かったのです」

 サラが真剣な眼差しで聴き入っていた。


「しばらく接触を避けた後、種を精査して、いよいよ注射器で試すことにしました」

「なぜそこで注射器になったのですか?」

 レンが話を遮った。種が改善されたら、わざわざ未知のやり方に挑む必要がないと思ったのだ。

 アウリアは当時の二人とは何度も話し合ったので、きちんと説明することができた。

「失敗しても注射器だから、気軽な気持ちになれるようでした」

「気持ちですか。誰かのせいではなく」

「ええ。わたしはなかなか、そのへんの気持ちまでは汲み取るのが難しくて、何度も話し合いをしたのです。彼女の場合はそれがよかったのですね。2回目の後、妊娠が確認できました。翌年には双子が生まれました」


 これを人工授精という。

 アウリアの前世の彼女の世界では、珍しくない方法だったが、夫妻がそれを受け入れるには相当の覚悟が必要だった。


 エメラルディア大陸では、世界の万物を構成する元素を生み出すのは、われらが母エメラルディア大地神とする。

 万物の神と呼ぶ。

 人間はエメラルディアが与えたn個(説で異なる)の元素を等分に配分した生物であり、生物の最高位として神に最も近い姿を与えられる。


 エメラルディア大陸諸国が取り入れている説は伝統四元素。

 エメス神殿が支持する説で、パールシア王国は多神教である一方、王家はエメス神教に基づく神事に参加する。


 一方人間には個性があり、医学ノ塔では、神と切り離し、実際には等分されない説が主流。

 さて、この元素をどう捉えるか。

 例えば、風の元素を多く有する動物は声を発することになり、土の要素が強いと土に棲む虫になる。獣は最低二つの元素の組み合わせからなり、三つで構成された生物は知能がある。というような決まりの中で、生命誕生を語る。

 こうした元素を学ぶ人たちは、注射器で種を送り込めば子が生まれるとは考えなかったのだ。


「アウリアさま、お話を遮るようですが、一つよろしいですか」

 サラが訊ねた。複雑怪奇な顔になっている。

「我らは子ができない理由として、エメラルディアの神に祝福されなかったからと言われます。もしくは女性に欠陥があったと言われるのです」

「ひどい話なのです」


 子宮に神の領域が生成されなかったというのが、エメス神教の基本的な教えだった。

 多くの民はゆるっとでもエメス神教で育っているため、根強く信じられている。


「博士夫妻の話では、男性に問題があったというのでしょうか?」

「はい。種に関してはそうです。営みについては、夫妻の数だけ要因も様々なのでわからないのですが」


 レンが物言いたげにユリアスを見た。

 そんな筆頭補佐官の反応に満足したのか、ユリアスはにやりとした。

「世界が変わったな、レン」

「変わりすぎですよ」

 王太子と筆頭補佐官だけが知るやり取りであった。


「しかしですよ。今のやり方をもってしても、女性が出産するという点で、魔力格差の問題が残りますね。アウリア嬢」

 レンが挑むようにアウリアに訊ねた。

「はい。魔力格差は解決できると思います」


「はい?」とレン。

「言いきるのか?」

 と、ユリアスが片眉を上げる。

 アウリアはむしろ、ユリアスが気づかないことが不思議でならなかった。

「ユリアスさまが、母胎、いえ、女性の身体を強化して差し上げたらよいのです」

 ユリアスの目が見ひらかれた。

「オレが――」

「先ほどわたしに魔力の結界を重ねたとか、仰いましたよね?」

「ああ」

「外からの攻撃を防ぐというより、わたし自身を強化されたのではないですか」

「そ、その通りだ。とっさにそうしようと思ったのだ」

 ユリアスは半ば呆然と答えていた。


 アウリアは当初、魔力に耐えられる人工子宮を考えていた。

 魔力人形を作る技術があれば容易いだろうし、ユリアスとておのれの魔力で子宮を作れると考えていた。

 とはいえ初の試み、実験が必要なので倫理的な問題はある。

 それに、こちらには卵子を採取するための設備がなかった。

 アウリアは器具の使い方は知っていても、設備設計まではできないのだ。

(道具を設計する人と使用する人は別なのです)


 悩んでいたとき、アキトがユリアスの魔力制御力を絶賛し、ユリアスもまたアウリアに何重もの結界を施したと言った。

(なんだ、ユリアスさま自身で解決できるのですよ)

 そう、アウリアは思ったのだ。


「面白いの、ぬし」

 黒猫が長い尻尾をクルクルさせた。

「母胎となる女子(おなご)自体を強化しろとな、目から鱗じゃ。なぜそんな簡単なこと、誰も気づかなかったのか」

「ユリアスさま本人の強さだけに着目していたからです。ただ、他の人の強化にも使えるなんて、チートな殿下だけの力なのです」

「ちぃ、チート?」

(ふふ)

「わたし自身は強化された感覚はわかりませんが」

「いや、強化されておった。一時期的なものじゃが、殿下の魔力をまとっておった」

「そうなのですね」

(漲るパワーとか感じられたら面白いのに)

「それで大魔道士さま、どうです? この提案なら、禁術には触れないと思うのですが」

 黒猫の尾っぽがビュンビュン振られた。

「うむ、良き案じゃ。良き案はの、単純なのじゃ」

(それは言えるのです。体外受精に魔力による人工子宮なんて、失敗する工程がありすぎなのです)


 レンが学生のように手を挙げた。

「アウリア嬢」

「はい、レンさま」

「殿下のお相手は女性ならどなたでもよいのですか? 魔力の型や魔力体はどうなるのですか?」

「魔力の型は考えずともよい」

 大魔道士が言った。

「魔力が高いレティシア嬢は最初から有力候補。他の公爵家を納得させるために、()()()のじゃ」

 ユリアスがむっとしていたが、アウリアはレンに答えた。

「そういうわけで、魔力の型問題はありません。またレティシア嬢のように魔力が高くある必要もありません。そもそもユリアスさまからすれば、魔力レベルは誰も魔力なしと変わらないと言われるのですから、当然、相手がどなたであろうと、身体強化をして差し上げることが重要だと思います。魔力に耐えられるよう、ユリアスさまが気を遣って差し上げることです」

 話しながら、アウリアは赤髪男の顔が浮かんで、まずい、となった。

(単細胞さんがこのことを知ったら、八つ裂きにされるのです……)


 ユリアスが突然立ち上がった。アウリアを椅子ごと宙に浮かせた。

 目の前に広がるエメラルド湖を見ながら、アウリアは青ざめた。


「浮いてる、浮いてるのです」

「アウリア!」

 椅子から滑り落ちたアウリアをユリアスがキャッチして、抱きしめながら、赤児でもあやすように高く掲げた。

「ひぃいぃぃ」

(胸に手が! 手が当たってるのです。わたし、これでも貴族令嬢なのですよ!)

「最高だぞ。アウリア! いや、そなたに声をかけたオレが最高だな!」


 ユリアスの顔が未だかつてないほどに輝いていた。

(ああ、そうなのですね)

 王太子だって、愛をかわせる妃と長い人生を歩みたい。

 子ができればいいだけの関係など、王太子も求めていないのだった。それがわかる、ユリアスの嬉しそうな表情だった。





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