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27話:化け猫に殺されかけました


 本題に入った。

「昨日は話の途中だったが、魔力の型について確認しに行ったのだ」

 アウリアはサラのために説明した。

 魔塔では魔力持ちのことを魔力体と呼ぶこと。魔力体には型があること。結婚して子を作るためには適合性が必要で、型が合わぬ者同士は子ができない、という考え方が魔塔にあること。

「初めて聞きます」

 サラは驚いたようだった。

「私の従姉が子ができないと悩んでいるのですが、魔力の型? が関係するのでしょうか」

「あくまでも魔塔の考えであって、わたしの考えは違います」


 ピオニーとじゃれるアウリアの姿はそこにはなかった。

 完全に最年少老師であり医師の顔だった。


「殿下、我に話をさせるのじゃ」

 黒猫の目が妖しく光った。

 アウリアに向けられている。

「ぬし、殿下たちの前で言うたそうだな。竜の加護という不確定要素がなければ、殿下が子を授かることは簡単じゃと」

「簡単だとは申しておりません」

「だがぬしは最初から、竜の加護以外のことは問題にもしておらぬ。魔力の大きさすらも」

 ええ、と応えたものの、アウリアは何となく息を呑んだ。

 黒猫がトンと台から降りた。

 次の瞬間、ユリアスが立ち上がるのと、ピオニーがアウリアの前で大きな竜になるのが同時だった。

「ピオニー!」

 目の前で巨大な光が弾かれたようになって、部屋の半壊し、驚愕して動けないアウリアを抱えてユリアスが飛び退った。

 アキトがあわわと傍観し、サラが剣を抜き、レンが長椅子の後ろに身を潜める。

 半壊した部屋の上に青空が広がっていた。

 宮殿の中でも高い位置にあったのが幸いして、他の部屋の倒壊は免れたのだった。

 煙る中、アウリアはユリアスにしがみつきながら、空に浮く黒猫を振り返った。


「な、なに!? 何があったのですか」

「そなたが殺されかけたのだ」

「はひ!?」

 ピオニーがチビに戻って、ふらふらとユリアスの頭上に戻った。

「大丈夫? ピオニー」

「きゅぅ⤵」

「今は自分のことを考えろ」

 ユリアスは真顔だった。

 片手で結界を強固にし、黒猫と対峙する。


「大魔道士よ。初めから、アウリアを殺すつもりでついてきたのだな」

「殿下の話を聞いてすぐ、その者の危険性を悟ったまで」

(え? あのぅ、どの辺の話で、わたしが危険人物に認定されたのでしょうか……)

 溜息を吐きながら、ユリアスの温もりを感じて、ふと、アウリアは思考が飛んだ。

(な、なんて姿!)

 ユリアスの片手で抱えられながら、しかと首にしがみついていたのだ。

「ゆ、ユリアスさま、おろしてください」

「ならぬ。そなたの身に何重もの結界を施した。が、生身では強すぎる結界だ。オレとつながっていれば問題ない」

「は、はあ」

(手をつなぐだけでもいいのでは)

 ユリアスが崩れる天井を一瞥し、黒猫に言った。

「大魔道士、オレがいるところでアウリアを狙ったということは、アウリアに興味があるのだろう」

「・・・」

 黒猫は置物のふりをした。

「でなければ、オレの目の届かぬところで抹殺したはずだ。しかも今しくじったことで、二度目はない。オレがそうさせぬことくらい、わかっているはずだ」

(な、なるほど)

 黒猫が浮遊するのをやめて、瓦礫の上を軽やかに飛んでいく。

 実は黒猫に入った時点で、猫の動きに縛られるのだった。浮遊すると魔力の消費量が跳ね上がるので、猫になりきったほうがよいのだった。

「崩壊する前に場所を変えるのじゃ」

「誰のせいだ誰の!」

 ユリアスが指で魔力を弾き、黒猫をコケさせた。

 颯爽と歩いていたつもりだった大魔道士は、怒り心頭に発して飛びかかってくる。

「こんの、ガキきゃぁぁぁ」

「うるせぇ、化け猫が」

(ああ、こうして喧嘩が始まるのですね)


 今度は破壊させないようにと、エメラルド湖畔のテーブルにつくことになった。

 ユリアスは最初、

「アウリアに舟遊びをさせてやろう」

 と言い、黒猫も大はしゃぎだったが、レンに大きくバッテンされ、アウリアも「遊びに来たのではありません」と言ったので、大人しく湖畔に収まったのだった。


 そこへもじもじと現れたのがアキトだった。

「殿下、大魔道士さま、私はその、竜学者でして。今日は殿下の作られた竜を調べるために参ったのですが」

 アキトがちらちらピオニーを見る。その目には異様な熱が浮かび、涎を垂らさんばかりになっている。

(そ、そうだったのですね)

 ユリアスはピオニーに一言二言告げて、アキトの元へ行くように告げた。


 ピオニーはしょぼくれて、「キュウゥゥゥ(ここにいたい)」とアウリアに訴えたが、アウリアはにっこり見送った。

「アキト魔道士、調べた終えたら、わたしにも生態を教えてください」

「キュッキュウゥゥッゥゥ!!」

 ピオニーは抗議したが、アキトにがっつり掴まれる。

「ふふ」

 アキトは手や頭をピオニーに小突かれながらも、嬉しそうに散歩に出かけていった。



 ✦~✦~✦~✦~✦


「なぜアウリアを襲ったか、申してみよ」

 ユリアスは長い棒菓子をふりふりして、黒猫とじゃれあった。

 大魔道士は猫の習性に踊らされながら、

「その者が、()()に手を染める可能性があるからじゃ」

「禁術?」

 アウリアはもちろん、全員が眉をひそめさせた。

「お言葉ですが、魔塔が何を禁術にしているかなど、わたくしは知りません。一方的に断罪しないでください」

「その通りだぞ、化け猫」

 ユリアスは大魔道士が相手だとガキになるらしい。

 アウリアはこんな時ながらくすくす笑った。


「心当たりがないとは言わせぬ、少し考えればわかることじゃ。ぬしはバカなのか?」

 アウリアは面食らった。

「バカと言われたのは、生まれて初めてなのです」

「腹立つのぉ」

 黒猫はパクッと棒菓子を咥えると、レンに顔を向けた。

「おい補佐官。ぬしは子がいたな」

「ええそうはもう。目に入れても痛くないほど愛らしい息子と娘が」

「どのように子作りしたか言うてみぃ」

 レンはドン引きした。

「何を言わせるのですか。破廉恥な」

「まあよい。ふつうはそういうことじゃ。だがな――」

 黒猫の目の奥が光る。

「――この娘は破廉恥を必要とせぬ、特別な技術を使ったのじゃ。それこそが禁術の入口というておく」

 アウリアは目を瞠った。

(あれが禁術!? 待って、答え合わせをしなくては、でも……)

 大魔道士とだけ確認したい気持ちが強い。


 アウリアが前世の彼女からもたらされた特別な知識と技術。

 その一つが、生殖補助医療(ART)だった。

 ARTは「Assisted Reproductive Technology」の略で、妊娠を成立させるために体外で精子、卵子を取り扱い、得られた受精卵を培養後に子宮に戻す治療法・技術のことだ。

(大魔道士の言われた禁術がそれなら、わたしがやったことが()()と言われたのも正確なのです)

「魔塔にもすでにあるのですね?」

 黒猫の目が強く光った。

「ぬしは、おのれだけが知っておると思うていたのか?」

「……」

(何も、ここでは何も話せないのです。前世の彼女の技術だから)


 誰もアウリアと大魔道士の会話が理解できなかった。


「アウリア、禁術とはなんだ? 申せ」

 ユリアスがアウリアに手を伸ばした。

 彼の痛いほどの眼差しに、アウリアは軽く息をついた。

「生物学的にざっくり話しますと、オスメスの交尾なしで、子を作ることができるのです」


 自意識高い美麗な顔立ちのレンにして、ポカンと口を開いた。

 ユリアスのまっすぐな視線がアウリアを食い入るように見つめた。

 背後でサラが息を呑み、一方で、何を言っているかわからないという空気も流れた。


「交尾なしとはいったい。植物の花粉のおしべとめしべでもあるまいし」

 レンが辛うじて言った。

「そういえば、農業では取り入れていますね」

 アウリアが呟くと、ユリアスがハッとした。

 少しわかった顔だった。


 エメラルディア大陸は豊かな土壌だが、自然農業だけに頼るのが難しい場所もあった。

 パールシアは恵まれているが、西の古王国ローデン王国や南のカルネア王国は魔獣の出現で土壌が瘴気に冒された時期があり、パールシアが支援していた。

 そのとき農業改革が起きて、人工授粉の考え方が広まった。


「農業の話で説明します。

 植物では、花粉がめしべに届くことで種ができます。本来は風や虫に任せる仕組みですが、人は花粉を人為的に運ぶようになりました。これが人工授粉です。

 ここで重要なのは、仕組みそのものは変えていない点です。花粉とめしべという役割はそのままで、「届かせ方」だけを人が補助しています。

 この考え方が農業を安定させました。自然を支配したのではなく、結果が出やすいように介入した、という位置づけです。

 大魔道士さまは禁術の入口とお考えかもしれませんが、発想は同じです。病気や体質、年齢などで自然な出会いが起きにくい場合があるので、人の手が、比喩ではなく、ずばり()が運ぶのです。わたしが以前に使った技術はそれで、出会いが起きる条件を整えたのです」

 ユリアスが軽く身を乗り出した。

「以前に使ったと申したな。包み隠さず話せ」

 アウリアは神妙に頷いた。

 目の前では黒猫が飲み物をねだり、サラが器にミルクを注いでいる。


「3年前、わたしが18歳になったころです。わたしはある博士夫妻から相談を受けました。彼らはわたしが成人するのを待って相談に来たのです。内容が、子ができないという悩みだったからです」

 ユリアスが椅子にもたれかかり、アウリアをじっと凝視した。

(話しづらいのです)


「なぜアウリア嬢に?」

 レンが不思議そう似訊ねた。

「はい。わたしは少し前に、成人する前ですが、生命科学という新しいジャンルの論文を発表しようとしていました。そのとき研究助手として参加したのが、その博士なのです。

 それからご夫妻と交流を持つようになりました。

 博士は学生結婚しましたが、7年の間、子ができずに悩んでいました。ふたりは健康で、子ができない理由がわからなかったのです。夫妻は、魔塔の10人しかいない巡回治癒魔道士の順番を2年近く待ち、相談をしたそうです。そのときこう言われたのです。魔力の型に適合性がなく、子ができないと」

「ふぅん、そこで魔力の型を知ったのだな」

 ユリアスが確認し、アウリアは頷いた。

「はい。魔力の型は、治癒魔道士に接したことのある人たちだけが耳にする言葉で、わたしは博士夫妻から聞くまで知りませんでした。博士夫妻も医学ノ塔を出た優秀な医師です。奥さんは女性専門のクリニックを経営していますが、魔力の型の不適合など聞いたこともなかったのです」


 皆が大魔道士を注目した。

 黒猫は開き直った。

「仕方あるまい。魔力の型は魔力紋の領域。魔力紋はデュオクロスが放棄した知識なのじゃ」

「そのようですね。何ともお粗末な話です。しかし当時わたしは、魔力の型なるアプローチに疑問を持ちました。なぜなら子ができない要因は多様で、魔力の型一つで説明がつくはずがないと思っていたのです。

 大魔道士さまにお伺いしますが――」

「なんじゃ」

「――魔力の型が魔力紋から得られるとなると、遺伝情報の一つなのですか?」

 黒猫が頷く。


(そうなのです。特定の遺伝子同士の組み合わせで、子ができにくくなることは実際にあって、前世の知識によると、不妊原因の約3〜4割は原因不明なのですよ。ですが――)

「治癒魔道士が魔力の型の不適合というときは、様々な要因もある中で、もっとも夫妻が受け入れやすい説明として、使われているだけではないでしょうか?」

「否定はせぬ。特に問題が見つからぬ夫妻に子ができぬ場合、治癒魔道士とてわからぬ。だがの、答えを求めてくるのじゃ。本来医師どもが行うべきことを、最後の望みとして治癒魔道士の順番を待つ。我らは答えを与えることにしておる」

「ありがとうございます。それが聞ければ充分です」

(魔塔の治癒方針として、それも一つの優しさだとは思うのです)

「仰る通り、医師の領分かもしれません。そして医師がやりきれなかったことがあると、わたしも考えたのです。博士夫妻から、自分たちが実験に協力するので、子が授かれるようにしてくださいと頼まれました」

「実験、ですか」

 サラが困惑した。

 あまりよい言葉ではなかった。


「どんな実験だったのだ?」

 ユリアスが訊ねた。

 アウリアは軽く呼吸を整えた。


「はい。博士から種を採取し、妻の身体に注射器で入れました」




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