26話:玄関の外に魔道士が立っています
翌朝――
メイド・ピオニーにペチペチされて目を覚ました。
カーテンと天蓋レースで人工的な暗さはあるが、寝室の気配はすでに昼間だった。
「寝坊!」
眼鏡をかけて天蓋の外へ飛びて行くと、サラと使用人たちが待ち構えていた。
「お客さまがいらしています」
「お客さま?」
「それが……モグラ氏の使いだと言い張る魔道士のようでして」
(ということは、ユリアスさまが寄こした魔道士?)
アウリアはポカンとした。
魔道士というのは基本的にその姿を見せない。
(そんな人を使いに使うって、いいの?)
「文官の恰好をしていましたので、目立たないように来たつもりのようです。すぐにエメラルド宮へ転移で向かいたいと申しています」
(ふぅん、思いのほか早く魔塔から帰着されたのです)
魔道士は文官長衣にモグラ色の外套を羽織って、フードで顔を隠すようにしていた。
それもおどおどした雰囲気で、玄関扉の外側に立っている。
(あれれ……この人)
アウリアはぷっと吹き出した。
王太子は変身魔道具で別人に変身していたが、それには変身後のイメージが必要です、とレンに教えてもらっていた。
モグラさんのもっさりした雰囲気が板についていたので、王太子がどうしてそんなイメージを持てたのだろうと思っていたら、この人だったのだ。
(面白い、そっくりなのです)
それでも王太子版モグラさんには、滲み出る品位があったが、目の前の魔道士にはそれがなかった。
無理やり土の中から引っ張り出されたような雰囲気で、貴族家へお迎えに行くなどという、珍命令は初めてだったにちがいない。
(魔道士が玄関の外にいるって、どういうこと)
アウリアはおかしくて、お腹を抱えて笑い出した。
「リィ、オモシロイカ」
メイドピオニーが不思議そうにアウリアを見上げ、サラが眉をひそめさせる。
「どうかなさったのですか」
「ううん。ごめんなさい」
(ツボに入るときって、理由などないのですよ)
魔道士はただじっと、アウリアの笑いが収まるのを待った。
「ほんとうに魔道士さんですか?」
彼は上目遣いにして頷く。
「精神体ですので、器は借り物です。この姿に似た人間を見かけても、私だと思わないでください」
意外にも声は明るく、ほんとうに青年のようだった。
(でも魔道士って寿命も長くて、よくわからない存在なのです)
「お名前を伺っても?」
「識別用で、自分はアキトと呼ばれています。では転移しますので、陣の中へ」
「侍女はふたり連れて行くけれど、よろしいですか?」
「問題ございません」
アキトは手に持っていた転移リングをかざし、地面に転移陣を描いた。
光が浮き上がる。
「ユリアスさまとは、転移の仕方が違うのですね。ユリアスさまはシュッ、サッ、と消えてしまわれるのに」
アキトはパッと顔を上げた。
「もちろんです。殿下の転移は完璧かつ静謐で美しいのです。術式を唱える様子もなく、あのように強大な魔力を制御できるなんて、生身のままでは到底無理だと言うのに、すばらしい!!」
(あ、この人、ユリアスさまのことお好きなのですよ)
見るからにテンション爆上がり、うっとりしているのがわかる。
「上級魔道士も魔道具は使いませんが、たまに転移点が荒れることがあります。難しいのです。自分はズレまくるので、荒れる以前の問題なんですが。転移点の制御が下手くそなやつは、距離に応じて仕込んだ術式を発動させ、安定的に移動するほうが無難です。その点殿下は――――云々かんぬん」
そんなこんなでひょうきんな魔道士によるユリアス賛辞を聞かされた後、ようやく転移の運びとなったのだった。
転移先は転移点と呼ぶ部屋の中で、そこから15分ほど歩いたのだった。
陽射しが差し込むエメラルド宮殿の回廊を進み、昨日とは様式の異なる壮麗な翡翠列柱のあるエリアへ通された。
王太子が客人を招くエリアであり、エメラルド宮殿と呼ばれる由来となったエメラルド色の美しい湖が広がっていた。
この湖を抱え込むために宮殿が造られたのだった。
アキトは落ち着かない様子だった。
「お手洗いですか?」
アウリアは悩んだ末にそう訊ねたが、彼はいやそうにした。
「生理現象はありません」
(へえ、そうなのですね)
「自分たちはこうした場所には来ないので」
「でもユリアスさまだって、そう滅多に魔塔には行かないでしょう?」
「魔道宮で」
「そっちの空気だと落ち着くのですね」
「ええまあ、一応、巣ですから」
そんな話をしていたときだった。
ピオニーがそわそわし始めた。
「ダメですよ。ダメ」
とアウリアが制止するのもきかず、チビ竜に変身すると、びゅーんと勢いよく、王太子がいると思われる扉へ突撃したのだった。
追いかけて走ると、ピオニーが扉にかじりついている。
(そういえば、親のようなものだと仰ってたのです)
ピオニーは匂いで察したかのように、扉が開くのを待ち詫びる。
「ピオニー、いらっしゃい」
ピオニーが翼をパタパタさせて、くるりん、歓びの舞。
「きゅぅっ⤴きゅっ⤴」
「はいはい。今お会いできるのです」
そうして部屋の中へ入っていくと、それは不思議な光景が広がっていた。
シンプルな青いシャツ姿でもイケメンぶりが隠せないユリアスと小さな黒猫が喧嘩しているのだ。
ほとんど取っ組み合いだが、レンはテーブルに積まれた書類を前に、淡々と仕事をしている。
「カオス……」
勝利したのはユリアスで、シャーシャー威嚇する黒猫の尻尾を掴んで、ぶるんぶるん振り回す。
「アウリア、参ったか」
そう言って、ユリアスが一瞬アウリアに顔を向けたときだった。
黒猫が器用に身体を起こして、必殺パンチ、ユリアスの頬を殴りつけた。
「ひっ」
アウリアとアキトが同時に変な声を出した。
「このやろう、魔塔へ帰れ!」
ユリアスが言えば、
「ちょっとくらいいいではないか。我も話がしたい!」
黒猫がしゃべっている。
(うん、そうですよね。何も不思議なことではないのです)
そこへ親を守ろうとするが如くピオニーが参戦して、火を噴いたのだった。
「ピオニー、火はダメですよ」
とっさにアウリアが言うと、ピオニーは少し考えて、がぶり、猫の頭にかぶりつく。
(ええっ、そんなこともできるのですか)
「ピオニー吐き出して! おいしくないのです」
アウリアは駆けよりチビ竜の胴体を掴み、黒猫は手足をバタバタさせ、ユリアスはニヤニヤしている。
「修羅場」
サラがぽつりつぶやき、レンが「あれでも大魔道士さまです」と彼女に紹介したのだった。
ようやく落ち着いたものの、ピオニーはユリアスの頭にべったり張りついて黒猫を威嚇し、黒猫は牙で傷ついた頭を自分で治し、テーブルに置かれていたフルーツ台のような上に鎮座した。
アキトは少し離れた位置に前屈みに立ち、アウリアはレンの隣りに、サラはアウリアの背後に立つ。
部屋に入ってから30分が経っていた。
ユリアスがやっと、謎の黒猫をアウリアに紹介した。
「これは、大魔道士の思念の欠片だ」
「思念ですか?」
アウリアは首が曲がりそうなほど横に向けた。
ネコも真似して首を横に曲げた。
その目は真っ黒で、レンズのように見えた。
「きゃっ」
「大魔道士が、ブローチにくっついてきたのだ」
マントを留めるエメラルドの大きなブローチのことだった。
王太子の象徴でもあるため、ユリアスはラフな恰好でもエメラルドの装飾品をつける。今なら金の腕環に、彼の名前をデザインしたエメラルドの粒がきらめく。
一方大魔道士は精神体。
アキトが青年に装うように、大魔道士もまた人間の形になれるが、大魔道士は王家との契約で魔塔を出ないことになっていた。
そのため大魔道士は「人間の姿にならねばセーフだ」という謎持論を展開して、強大な魔力を持つユリアスにくっついて、魔塔を出たのだった。
しかしそれだとユリアスとしか意思疎通が図れない。
部屋の置物だった黒猫に入って、追い返そうとするユリアスと喧嘩になったということだった。
「黒猫も魔力人形なのですか?」
「原理が異なる。通常の魔力人形は発掘された魔石を使うが、魔道士はそれ自体がエネルギー体だ。人形とはまるで違う」
「そう、ですか。あの、ついでにお伺いするのですが、ピオニーのこと、魔力人形ではないと仰いましたよね?」
「オレの魔力を核にしている」
「魔石の代わりに、ですか?」
「そうだ。オレは魔石を使わぬ。オレの魔力に負けてしまうのだ。そなたを雇うとき、オレの魔力で完璧な戦闘メイドを作ってやろうと試したのだが、レンの娘を見た後だったせいか、小さい女の子になってしまった」
(どおりで、具体的に女の子だったのですね)
サラも初めて知った顔だった。
「ユリアスさまの魔力だから、ピオニーは特別なのですか?」
「そうだろうな。大魔道士にも聞いたが」
「これ扱いとはひどい」
大魔道士が文句を言う。
「そもそも魔力だけで、こうもしっかりした生物を作れた前例がないようだ」
ユリアスは頭上のピオニーを剥がした。
「きゅぅぅぅ⤵」
「どうぞ、そのままピオニーを預かっていてください」
アウリアは大人げなく言った。
「そう怒るな。オレが近くにいると、くっついて一つになりたがるのだ」
(くっついて一つに――)
アウリアはハッとした。
「同型結合のようなものですか」
「だいたいあってるが惜しいな」
と、黒猫が上から目線で言った。
「だいたい? ――では言い直します」
(黒猫に馬鹿にされては、最年少老師の名がすたるのです)
大魔道士の思念の欠片なら、上から目線も仕方ないのだが。
「ユリアスさまの魔力と、彼から生まれた生き物は同型結合・可動性・可逆性を備えた生物系として振る舞い、共通環境下では自由エネルギー最小化に従って、自発的に一つの集合体へ自己再編成される……という理解でよいのでしょうか?」
「よいのではないか」
くくくっとユリアスは笑った。
「納得したのか?」
「はい。ピオニーの気持ちに関係なく、習性ですから。わたしがちょっと寂しいのを我慢すればよいのです」




