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24話:神話の人だなんて、恐縮なのです



 その日、王室顧問調査部の召喚から始まったアウリアを囲む会? は唐突に終わった。

 ユリアスが、

「エメラルド宮で待機しろ。オレは魔塔に行く」

 と言うなり、庭から転移で去ったのだった。

「――はい?」

(なに、なに、どういうことなのです!?)

「ユリアスさまぁ……」

 ……ぁぁぁぁあ、と声が虚しく響き渡った。


 取り残されたアウリアの前に、レンが現れた。

「はい、撤収しますよ」

「へ?」

 アウリアの戸惑いもかまわず、慣れた様子で、お茶をしている王室顧問たちの元へ行くと、「殿下が急用で消えました」と理由にもならないことを言って、解散を告げた。

 本来今日は集まる予定ではなかった顧問たちだが、「殿下らしい」の一言で受け入れたので、初めてのことでもなかったのだった。



 ラピディオール老侯がさっそくアウリアに、金の目の色のことで手招いた。

 アウリアは内心、嘆息した。

 最初に部屋に入ったときも、ラピディオール老侯は身を乗り出さんばかりにアウリアの顔に釘付けだった。

(あからさますぎて、さすがに気分が悪いのです)

 これでも見識ある人の反応なのだから、社交界で素顔をさらしていたら、珍獣の見世物扱いは避けられなかっただろう。

 アウリアは気弱ではないし、イヤなことはイヤだとはっきり言う人間だった。

 学問街に紛れ込んだ異物扱いをされること11年。最初のうちは言われっぱなし、やられっぱなしだったが、それでは自分の心が壊れるだけだと学んだ。

 人の目や意識を気にかけることの無意味さをしっかり思い知った。

(どうせ社交界で生きようと思っていないのです。お兄さまにはご迷惑をおかけするでしょうが、ここは――)

 アウリアは浅く微笑んだ。

「ラピディオール閣下は、ご自分の目の色について話してくれと言われて、どのように説明なさいますか?」

 ラピディオール老侯の目は曇で翳った空のような青色だった。彼はふむふむと応じる。

「祖父や父と同じ目の色をしている。まあ、一族さほど違いはない」

 パールシア人は明るい茶、赤みを帯びた茶、深い青、晴れた空に近い青の順で多く。北部では隣接国の混血が多く、青灰色や灰色が加わる。


「わたくしにもそのような説明をお求めですか?」

 ラピディオール老侯を始め、聞き耳を立てていた顧問たちは、アウリアの言葉の意味を掴み損ねた。

「先祖代々の目の色ではないことはわかっておる。金の目の色をした人間など、神話の時代に()()存在しないゆえな」

 ラピディオール老侯が言い、アウリアは首を傾げた。

「すると閣下は、我らの先祖は、神話の時代には()()()()()と思われておいでなのですか?」

 顧問たちがざわっとした。


「待ちなさい。アウリア嬢」

 止めたのはレンだった。

(まだ何も何も言っていないのですよ)


 レンはラピディオール老侯とアウリアの間にむんずと割り込んだ。

「ラピディオール閣下、今日のところはご容赦ください。()()()殿下から陛下のお耳へ入ることが先でございます」

 ラピディオール老侯は指摘されて唸った。

 珍しい金の目をした貴族令嬢がいたら、陛下こそ興味を持つであろうことは、誰にでも想像がついたのだった。

 一方で、彼らは王室顧問。

 国王の耳に入ることをあらかじめ精査してもおかしくない立場にある。

 レンとラピディオール老侯はやりとりを重ねたが、他の顧問たちが取りなして、アウリアが最初に目のことを語る相手は国王ということで落ち着いた。

(何を説明しろというのでしょうね……)

 アウリアは少々うんざりした。

(お父さまとお母さまが生きていらしたら、もっと食い下がったのでしょうね)



 レンに促されて、アウリアが先に退出することになった。

 <我らを正す者(コレクトレス)>に入室するときに取り上げられた眼鏡も返却された。

 それをかけてホッとするアウリアの横で、レンが大きく息をついた。

「アウリア嬢、お相手はデュオクロスの老師たちではありません。ただの学術的な話でも過剰に反応されることがあります……」

(ん? ということは―――)

 アウリアは目を輝かせた。

「――わたくしが何を言おうとしたか、わかったのですね!?」

「いいえ! いいえ! 私は何もわかりません!」

 レンは力強く答えて、アウリアを笑わせたのだった。



 ✦~✦~✦~✦~✦


 アウリアが去った部屋では、顧問たちが誰ひとり席を立たなかった。

「やはりあの目が気になりますな」

 アルディ伯が言った。

 ラピディオール老侯が追求できなかったことを悔しがる。

「であろう? さっきも言うたが、金の目を持つ人間など神話の時代ぞ。そもそも王族ですら、金の目を持つお方など聞いたことがない」

「金の目は、竜が人間に変身したときの証じゃ」

 と、ネルラント老伯が神妙な顔になった。

 竜が人間に変身していた神話の時代。

 目の色を見れば、人間か竜が変身した人間かは誰にでもわかったという。

「公式には、竜は王家の始祖ということになっておるが。エメラルディア大陸に竜人がいたことは、疑いようのない事実。我らとて思うてはおる。貴族の大半の始祖は竜人の可能性が高いとな」

「その通りですね。ただ、これまで金の目を持つ竜の子孫は存在した話を聞きませぬ。それゆえ彼女はなぜ一人だけ、金の目の色なのか」

 マルティナ伯の深青の目の奥がキラリと光る。


「彼女は学者じゃ。おのれの目については調べておるだろう。果たしてそれを、我らに明かすかどうかは、わからぬがの」

 ネルラント老伯が言った。

「いや、そのようなこと、調べて辿り着けることであろうか?」

 サーストン侯は懐疑的だ。

 顧問たちはそんな話で、その日は青ざめたり驚いたりしたのだった。


 ✦~✦~✦~✦~✦


 アウリアは王太子から命じられたという騎士たちに囲まれて、王太子宮へ連れて行かれることになった。

 パレスに来るときは3時間もかかったというのに、隣の丘に建つ王太子宮――通称エメラルド宮へは、転移装置への移動距離を含めて20分だった。

 サラと二人で、用意されたかわいらしい部屋で待機を命じられた。

 

 古代の建築様式で、壁がなく、古式ゆかしい列柱とカーテンで仕切られていた。

 カーテンを上げた外は庭園で、兎が走っている。

 テーブルが二つあり、一つにはランチが用意されていて、もう一つにはお花畑のように広がるスイーツが運ばれていた。

 ソファには可愛らしいクッションがあり、サラがアウリアのためにハーブティーを作っていた。


「ここは、エメラルド宮の中でも最奥の一画ですね。このような場所で待機とは」

「そうなの?」

「はい。王宮と違って、エメラルド宮はいくつかの小宮殿が複雑な回廊でつながっていると聞きます。宮殿ごとに雰囲気が違うそうです。エメラルド宮を建築した国王は、異国の建築に興味があったそうです」

「サラはどこでそういうことを聞くの?」

 珍しくサラがおしゃべりだと思ったのでアウリアも訊ねただけだった。

 サラは口を閉じてしまった。

「サラは騎士さまよね? パレスに詳しいってことは、女性の王族やお偉い方の警護関係?」

 サラは少し迷うそぶりを見せた。

「正体明かしていいのですよ。モグラさんなんて、わたしが気づかないほうが悪いと思ってる感じだったもの」

 

「バレているのですね」

「サラは前から騎士さんだと思ってたけど」

(むしろ、どうしてバレないと思っていたのかが不思議なのですよ)

 アウリアはくすくす笑ったが、サラは大真面目だった。

「では、これまで騙していたことお詫び申し上げ、お話いたします」

 侍女服の裾をさっと翻すようにして、踵をならして直立した。

(ええっ、そこから)


 サラの名前はサラ・クールで、それはアウリアが最初に聞いたとおりだった。

 アウリアは騎士爵に疎かったが、クール家は王都騎士爵七家門の一つだった。

 当然元騎士宮トップのサーストン侯とも面識がある。

 サラは第二王女が嫁ぐまでは王女の警護の任についていた。

 その後、国王の母君王太后の居住――王家の館・王家の庭と呼ばれる王宮最深部の警護についていた。


 第3騎士団王族女性護衛部所属。

 つまりサラはかなりのエリート騎士だが、突然配置換えを命じられて、デュオクロスへ派遣されたのだった。


「それって、わたしを雇うことになったから?」

「はい。私が亡くなったベルク老師の血縁であったこと、デュオクロスに訪問履歴があったことが、目に留まったようです。私を選んだのは筆頭補佐官です」

「う……なんだか、申し訳なすぎて、顔を向けられません。誇りを以て任務にあたってる人を、そんな簡単に異動させるなんて」

「いえ、これも私の任務ですのでお気遣いは無用です」

「そうだけど」

 サラは苦笑した。

「アウリアさまのお世話ができて良かったと思います。王族の護衛やお住まいの警備とは違って、新鮮な日々でした」

「ふふ。まあ、新鮮さなら負けないのです」

 


 二時間ほどサラと話したが、魔塔へ行ったユリアスは戻って来なかった。

 レンも顔を出さない。

 サラの勧めで庭を散歩することにした。

 エメラルド宮はいくつかの小宮殿で成り立つと聞いたとおり、パールシア貴族の好む建築様式とは趣が異なっていた。 


 小宮殿の中にも回廊があり、庭を囲む大理石の繊細な細円柱が林のように連なっている。

 その光景は、アウリアに何かを思い出させた。

(アルハンブラ宮殿! ライオンの庭みたいですね)

 タイル装飾はさすがにそれとは違ったが、床は色鮮やかで、壁や天井には植物紋と神話に出てきそうな竜や神獣たちが描かれている。

 浮き彫りの彫刻が精密な柱は陽光の反射を受けて きらびやかに輝く。

 中央には大きな四角い池があり、水路が巡っていた。

 池の縁には淡い紫色の蓮の花が浮かんでいる。


「これは珍しいのです」

 パールシアで蓮の花を見たのは、アウリアは初めてだった。

 ドレスを軽くたくし上げて、池の縁へ近づいて行く。

 蓮に手を伸ばそうとしゃがんだときだった。


「頭おかしいのか?」

 と、威圧的な声がして、アウリアは驚いてバランスを崩した。

 池の水に姿が映り込むほど前のめりになっている。

「きゃ、お、落ちる」

「な、何やってる!」

 驚いたのは声をかけたほうも同じだった。






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