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23話:これは独り言なのです



 アウリアとユリアスは竜の加護について、認識を合わせた。

 現在わかっていることは、昔は竜の加護と呼ばれる魔力を得た者は短命で、成人できなかったので子作りもできなかった。

 その後、魔力解放や抑制方法が考えられて成人するようになったが、子の誕生は難しかった。

 成功例はアウリアが公開資料で入手した2例だけ。

 伴侶のお妃は出産直後に死亡。

 

 一方ユリアスは過去の誰よりも力が強大でありながら、魔力コントロールに長けている。

 彼は伴侶を死なせるつもりはないし、子を諦めるつもりもない。


「ユリアスさまは閨を試したことはないのですか? 年齢から考えると、恋人さんたちもいらっしゃいますよね」

 果敢に攻めるアウリアに、ユリアスは笑った。

「そなたは他の者が聞きにくいことを、ズバズバ聞くのだな」

「真面目な話なのです。性行為もうまくいかぬと仰っていたような?」

「ふむ。ここだけの話だが、()()()死なせている」


(……!!)


 死なせたふたりは、巫女たちだった。

 パールシア王国の成人年齢は18歳で、王子たちは神殿の儀式に挑む。

 そこで女神の祝福を受ける行為として、巫女と祭壇で一夜を明かす。

 ところが最初の儀式で巫女が急逝したのだ。

 その後、紆余曲折を経てやり直すことになったが、その巫女も亡くなった。

 そのことは神殿と王家、王室顧問たちの秘密とされた。


 しかしお妃候補をひとりに絞ったとき、ドレイヴェン公爵夫妻と本人には伝えられたのだ。

「さすがに行為のさなかで死なれたのは、オレが初めてらしい」

(だからなのですね。レティシア嬢が逃げたというのに、王太子も周囲も当然だという空気が流れていて、ほんとうに必死に探しているのかもわからないような気がしていたのです)


「巫女の死の原因は明らかになっていますか?」

「いや。わからぬ」

 ユリアスはその一言で済ませた。

(まあ、あまり触れたくない話なのです。それでもわたしに話せるギリギリの事実として告げたのですね)

「では、わからないなりに、感覚でよいので教えてください」

「なんだ?」

「ユリアスさまは、が巫女を死なせたのは竜の加護と思いますか? それとも魔力の大きさだと考えますか?」

 ユリアスは黙り込んだ。

 アウリアの質問の意図はこうだった。

 儀式から10年近く経つ。

 原因をさんざん調べて議論もして、検査も重ねただろう。


「ユリアスさまにしか、竜の加護の感覚はわからないのでお訊ねしているのです」

 ユリアスが軽く目を瞠った。

「初めてだ。そんなふうに聞かれたのは」

「では?」

「ふむ。オレの魔力が人の身では受けきれぬほど強大なことはわかるが、では竜の加護なのかといえば、うまく言えぬが、違う気がしている。竜の生態を最も把握しているのは王家だが、竜が神のごとき強大な力を持っていたかといえば、そんな話はない。あるのは、竜はかつて人に変身したという伝承だけだ」


 それは誰でも知っていることだった。

 古から竜は、人に変身できる点で獣と異なる扱いを受けてきた。

 神獣とも言うが、獣の字をあてることを嫌う人々も多い。


 竜はパールシア王家の始祖とされている。

 竜が人間の姿で現れて、女神の娘と結婚して、エメラルディア大地に最初の国を興した。

 女神の娘とはすなわち巫女のことで、現在に続く王子元服の閨の儀式につながっている。

 最初にできた国はエメス王国で、現在古語といえばエメス古語だ。

 エメス王国の人々の権力争いで国が分割され、その後、エメラルディア女神の怒りをこうむったように、他の国は滅びていき、竜の始祖の血を継ぐのはパールシア王国王家だけとなった。

 パールシア王国もやはり王位継承権争いがあり、一時期直系の血筋は王位を失った。


「王家の役割の一つに、竜の谷の守り人がある」

「はい。直系の場合ですよね?」

「そうだ。王位を奪われた後も、守り人としての役目は担い続けた」

「具体的には?」

「竜の谷に人間を近づけぬことだ」

「竜は昔人々と触れあったと聞きますが」

「ほんとうかどうかは定かではないが、竜の血肉は不老不死の薬になるそうだ。それも人間に変身できるようになる前の、幼い竜の血肉だ」

(へえ……そうなのですね)

 アウリアは今ユリアスに聞くまで、竜は成人するまでは人間になれないという生態を知らなかった。

(ユリアスさま、秘密をもらす気まんまんなのですよ。いいのでしょうか。後で魔塔誓約で秘密保持をしてほしいのです。うっかり口にするの怖いから)


「王位継承を争ったのも、竜を薬の材料と考える者が現れたからだ。その後オレの先祖が王位を奪還し、現在も竜の谷に人間を近づけず、パールシア国王は竜を従えないことを誓約して、竜と生存している」

 話を聞いて、アウリアは竜の加護のイメージが変わった。

 竜から加護を与えられた話はどこにもなく、どちからといえば、守り人の役目のほうが重要に聞こえたのだ。

 竜はエメラルディアの象徴。

(エメラルディア女神のいわば眷属なので、守らなくてはならないのですね)


「これはオレの私見だが、竜の加護とは、竜を守るためにもたらされた力ではないかと考えている」

「はい。わたしも今そんな印象を抱きました」

 アウリアの何でもないような感想だったが、ユリアスは殊の外嬉しそうにした。

「そなたは過剰に反応しないからよいな」

「え?」

「なかなか理解してもらえぬのだ」

(それは当然なのです)

「神や竜から特別な力を授かったと考えるほうが神秘的です、人は自分の見たいようにしか見ないのです」

「いやだが、現実を見ればわかるだろう。竜は今絶滅しかかっている」

 滅多に姿を見なくなって久しいこともあって、絶滅しかけていることは皆が気づいている。

 アウリアは思い切って訊ねた。

「王家が保護する竜は今、何体いるのですか?」

()()だ」

 ユリアスがあっさり、きっぱり言い切った。

 アウリアは目を見開いて、ユリアスを振り仰ぐ。彼の顔が翳っていた。

「一体だけだ」

「……それはつまり、(つが)う相手がいなければ」

「滅びる」


 アウリアは身震いした。 ユリアスがマントを脱いでアウリアの肩からさっと覆いかけたが、アウリアはますます寒気を感じて、両手でマントをすり寄せた。噴水から吹きつける風の冷たさであればよかったのに、頭の芯が、身体の芯が震えているのだった。


「いつから、それほどまでに減っていたのですか」

「最後に(つがい)で確認されたのは、約千年前だ」

「そんなに前?」

「竜にも格がある。その格の違いで寿命も変わるが、竜の加護の口伝が途絶えたように、竜の個体識別を知る者がいなくなり、現在魔塔で竜の生態を研究させている。王家も人が少ないゆえな」

 現在の王家は隣国諸国へ嫁いだユリアスの妹王女がふたり、嫁ぐときに王位継承権は返上した。他に王子はいないため、パールシアの王位はユリアスが継ぎ、継ぎの王へつなげなければならない。


 ユリアスはアウリアの隣りに浅く腰をかけると、

「そなたは竜の加護を不確定要素とした。だがそれがあったとて、王太子に子が必要はのはわかるな?」

「はい」

「オレが話せることは今できるだけ話した。その上で、そなたは〈我らを正す者(コレクトレス)〉で、医師の倫理観ゆえ話を見送ったと言った。

 倫理観に()()()()()ようなことであれば、そなたは、オレの問題を解消できる可能性があると考えた。そうだな?」

(……さすがなのです。理詰めで攻めてきました)

「はい」

「眠れぬほど悩んだのか?」

 ユリアスはアウリアの目の隈を見透かしたように顔を覗き込む。

「きゃっ」

「はっはっは」

「もう……」

(笑わせてくれようとしたのはわかるのですが……でも)

「アウリア。竜の数を知っているのは、これまではオレと陛下と大魔道士だけだった」

(え?)


「わかるな? そなたは四人目になったのだ。重要な秘密を聞かされておいて、自分だけ逃げるな」

(ひ、ひぃぃ、聞いたのはわたしです。わたしなのですが、でも、いとも簡単に明かしておいて、今さら、そこで脅すのです!?)

 アウリアは口をパクパクさせながら、目を泳がせた。

 ユリアスが「こら」と言いながら、アウリアの視線の先まで追いかける。

 手でユリアスを追いやりながら、アウリアは半分だけ覚悟を決めた。

「これは、独り言なのです」

「いい天気だな」

「はい」

 

 アウリアはベンチの端まで逃げて、言った。


「あらためて魔塔が言ったことを思い出してください」

「オレの魔力の型と合う女は、公女だけだと言った」

「では、血液型はわかりますか?」

「わかるぞ。軍医は兵士の血液型を検査している」

「はい。戦場で負傷したとき、他の人の血を借りることがあるからです。しかし合わない血液型があるのです。この場合、合わない血液を投入された人は死に至ります」

「そうらしいな」

「ですが」

 残り半分覚悟を決めて、アウリアはユリアスの顔を見た。

 ゆっくり突きつける。


「血液型が異なるからと言って、子ができないなどという話はありません」










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