21話:悪気なく正体を明かされました
※不妊の話がでます。内容が苦手な方はお気をつけください。
アウリアの身体は震えていた。指の先まで冷たくなって、体温が下がっていた。
魔素不足。
緊張や過度のストレスで、魔素が減るようだとアウリアは実感した。
(賽は投げられたのですよ)
「では恋だの何だの与太話はやめましょう」
「与太話だったのか」
「はい」
「余裕だな」
余裕などなかったが、軽口の一つも叩かないと、気持ちが負ける。
「殿下に伺います。レティシア嬢お一人に絞られたのは、何が理由だったのでしょうか?」
「過去の経緯から魔塔に、貴族の年頃の娘から、子が為せる女を選出するよう指示した」
「その結果について、お話いただけますか」
王太子は少し黙ると、いや、と低く言った。
「先に、魔塔との関係を教えてやろう」
「よいのですか」
と、驚くアウリアの視線の先で、レンも慌てていた。
顧問たちは王太子の判断に委ねる様子だ。
「よい。中途半端な情報で、誤った議論に終始したくない。それこそ時間の無駄だ」
時間の無駄と言われると、レンはさっと引っ込んだ。
「我がパールシア王家は建国してすぐ、大魔道士と契約を結び、パレスに魔道宮を置いた。それ以降、竜の子孫である王家の者の健康も管理している。通常の医学とは異なる部分も多かろうという理由だ」
(なるほど)
「記録を見れば明らかだが、王家の者は子ができにくい。魔力が高い王家の者は特にその傾向がある。
魔力を抑制する方法がなかったときは、成人前に亡くなった。抑制方法が確立したのは、ここ5、600年程度のことだ。
魔力が抑制されたとはいえ、魔力の差が大きい場合、性交はうまくいかないだろう。
そこを乗り越えたとしよう。妊娠の間に流れる。
さらにある程度母胎が生育しても、出産前に母胎ともに命を落とした例もある。
オレに言わせれば、魔力格差を埋めることなど、まったくもって無理だ。
たとえドレイヴェン公女でも、オレからすれば魔力なしと変わらぬ」
アウリアは軽く目を閉じた。
(殿下からすると下級魔道士と渡り合う――短気男情報なので盛ってる可能性大ですが、彼女ですら魔力なしと仰る。魔力を受けきれないってことなのですね)
「アウリア?」
名で呼ばれて、アウリアはびっくりして目を開いた。
(初対面の貴族令嬢を名で呼ぶ王太子殿下?)
驚くのは顧問たちも同じで、そっと目配せしあう。
「質問があれば受けよう」
「はい、では甘えます。魔塔からは具体的に、どのような話があったのでしょうか」
「ふむ。魔塔では魔力持ちのことを魔力体と呼ぶ。魔力体には型がある。型が合えば適合性があるという。合わぬ者同士は適合性がない。つまり子ができぬ」
「他には何と?」
「レティシア嬢だけが適合したと」
「それだけ?」
「型を示す比較図を見せられた。理屈はあっていた」
「今の話に忘れている点はございませんか。例えば、竜の加護について」
「それは話せぬ」
「なるほど」
(ん……知りたかったのは竜の加護が、具体的に何かということでしたが)
アウリアは唸った。
すかさず王太子が反応した。
向き合っている形のせいで、アウリアのわずかな表情も見逃さない。
「かまわぬ、忌憚なく申せ」
(詰みです)
「わたくしからは話せることはございません」
「なんだと?」
「わたくしが暁ノ塔でもっとも力を入れた専門は医学関係なのです。医師免許、薬師、助産師、医学に関する資格はすべて持っています。
そのわたくしの生命倫理観として、命に関わる以上、竜の加護という不確定要素を抱えたまま、話を進めることはできないのです。王家と魔塔の関係を知った上で、なおさら竜の加護抜きで進めるべきではないと判断しました。竜の加護について、殿下が口にできないことも理解できます。ですから、わたくしは引き下がります」
「ならぬ!」
王太子は言って、立ち上がった。
(ひっ、お怒り!?)
「不確定要素を持たぬ場合の話をいたせ。後はこちらで判断する」
「ご容赦いただきたくお願い申し上げます」
これはアウリアの医師としての倫理観や考えによる線引きだった。
今回話をする上で、あらかじめ決めていたことでもある。
だが、内容を知らぬ者たちはどこか頑なな姿に映り、顧問たちが一斉に口を開いた。
「アルテ侯爵代理」
「アウリア嬢」
「不敬だぞ」
「何がダメなのだ」
「もったいぶるでないぞ」
圧を感じるものの、アウリアは唇をきゅっと閉じた。
「うぬぬ、アウリア嬢、まずは手の内を明かされよ」
アルディ伯が語気を強めた。
「わらわも気になるのう」
ネルラント老伯が続き、ラピディオール老侯がハッとした。
「待ておぬしら。今のアウリア嬢の話ぶりでは、竜の加護の要素以外はクリアできているではないか」
「おぉ、魔力の型の不適合は問題ないというのか」
「そうじゃ。魔力格差は不確定要素とやらではないのかえ」
王太子が言テーブルの前に出てきた。
「アウリア」
名を呼ばれて、アウリアはビクッとした。
息を呑んで振り仰ぐ。
王太子の直視するにはあまりにも美麗な顔貌が迫ってきた。
傷がないエメラルドはないという。彼のエメラルドの瞳がまさにそれで、傷ついて見えた。それがアウリアは気の毒に感じた。
「なぜ話せぬ? そなたが医師なら、オレは患者ではないのか?」
王太子の顔に一瞬、苦渋の色が浮かんだ。
アウリアもまた同じだった。
(竜の加護の正体を知らずに、何も言えないのですよ。もしここで希望を抱かせてしまった後、竜の加護のせいで、わたしの考えが根本からそぐわなかった場合、皆の失望は希望を持たなかったときより大きくなる)
アウリアは両手をぎゅっと握りしめた。
「医師だからこそです。情報がそろわぬうちに、患者に、希望も絶望も不用意に与えるわけにはいかないのです」
アウリアと王太子は見つめ合う形になり、顧問たちは固唾を呑んで見守った。
王太子は身を翻すと、突然虚空からマントを取り出してざっと羽織った。
「15分休憩だ。そなたはついて参れ」
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アウリアは王太子の後について、部屋付きの庭に出た。
長引いた議論の合間に憩うのにちょうどよい広さで、噴水と木立が陽射しをやわらげるように配されていた。
王太子は噴水の周りを歩き始め、アウリアはふと足を止めた。
乳房をあらわにする勇ましい女神が、剣を天に掲げる彫刻が素敵だったから。少し煮詰まった思いで、「子作りできる相手はいませんか」と撫で撫でしながら問いかけた。
(自然な子作りができるなら、それが一番なのです)
「アウリア」
エメラルドのきれいなマントを羽織った王太子が、アウリアを振り返って呼ぶ。
(知ってる人なのです。木漏れ日の彼とそっくりなのです)
「……モグラさん、ですか」
アウリアは消え入るような声で訊ねた。
「そうだ」
「・・・」
(何なのです。そのドヤ顔は)
「すぐにわかったと思ったが」
悪気のなさに、アウリアは泣きそうになりながら小首を傾げた。
「帰ってもいいですか?」
「すまぬ! 騙すつもりはあった」
潔いのは許すが、すぐには素直になれなかった。
「自己紹介をしてください」
「そうだな。そうしよう」
「……っぷ」
ユリアスの正式名は〈エメラルディア女神が守護するパールシア王国エメラルド王朝パレス生まれのユリアス・カリストゥス〉であり、正式署名は古語で記され、通称ではパールシア王太子ユリアス・カリストゥス・デ・エメラルドとなる。
パールシア王国は初代国王の子孫が王権を争ってきた歴史があるが、現在は初代国王の直系王朝に戻っていた。
彼はエメラルディア覇権国パールシア王国エメラルド王朝第32代国王アロンシウス(45歳)と亡き王妃ネフェルナ(享年34歳)との間に生まれた。
アロンシウスは前国王の遅くに生まれた唯一の王子であったため、19歳で即位し、海王国サファイリアから2歳年上の王女を正妃に迎えた。
ユリアスが生まれた後は、ネフェルナはサファイア宮殿に移って療養した。
そして13年前亡くなった。ユリアスは12歳だった。
「オレは月に一度、サファイア宮殿を公式訪問し、10分だけ面会が許された。1年でも120分だ。10年お目にかかっても一日に満たない」
ユリアスは母王妃のことに触れ、アウリアは何か大事な思いを伝えてくれようとしているのを感じて、胸が痛んだ。
「オレを産むときに、オレの魔力が大きすぎて身体を患ったのだ」
「そう、だったのですね」
「竜の加護を持つ者は、産まれてくるときは母親を苦しめ、おのれの子を授かるのも難しい」
あまりにいたたまれない話に、アウリアは指でそっと涙を拭った。




