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2話:流浪の貴族令嬢と呼ばれています②



 アウリアが7歳のとき、両親が亡くなった。

 アルテ領アルテ侯爵家本邸の別館で、深窓のご令嬢らしく育てられていたアウリアは、兄と同じ本邸に移った。

 そのとき整理した宝箱の中に日記帳を発見したのだった。


 

  帰りたい。

  会いたい。


 ページ一面にフレーズ二つがびっしり、埋め尽くされていた。

「きゃっ」

 思わず日記帳を落とした。

 まるで呪詛に見えるそれは、自分の文字で間違いなかった。

 なぜならアウリアが使う、オリジナルの文字だったから。


 そのころアウリアは夢遊病だった。

 夜になると動き回って、わけのわからないことを口にしていたという。

 その人格には、前世は日本人とかいう異世界人の意識や記憶が現れていた。

 

 彼女は嘆く。

『異世界転生なのに、アドバンテージが何もない』

『神の加護も自動翻訳スキルもない。すべてやり直し。おまけにこの世界の文明がヤバい。高次元すぎて笑える』

『転生ガチャ? には恵まれたと思ったけど、そうでもなかった。貴族女性の人権が中途半端。女性の義務は結婚と出産? 独身禁止? 最悪だ~帰りたい』


 彼女は独身で、医師で、研究者で、自分の人生にすこぶる満足していた。

 なぜ異世界に転生したのか

 彼女は答えを求めていた。


 異世界には問題があり、だから自分の前世の知識が必要で、未知の力が働いたのだと思いたがっていた。


『何も役に立てることはないって! 帰してよ!クソ神バカ神!』

 

 彼女の意識がいつ消えたのか、アウリアはわからない。

 それでも日記の内容が理解できた。日本人の言葉、思想、価値観が、アウリアの中に息づいていて、彼女の〈異世界転生〉を否定できなかった。

 

 彼女は前世でエリートだった。

 彼女の世界では身分に関係なく、能力で勝ち取れるものがたくさんあった。

 だからだろう。

 日記の最後は『そうだ デュオクロス、行こう。』だった。


 日本に帰る方法を見つけ出すために、大賢者に会う。

 それが彼女の希望だった。


 アウリアは彼女の()()を引き継ぐことにした。

 正直共感できる思いはなかったものの、

異世界に行く方法を発見できたら、面白いと思った。


(とはいえ、こんな話はできないのですよ)


 アウリアは兄を説得するための理由が必要で、同じことをモグラさんにもした。


「兄は成人する前の17歳で爵位を継いだので、大変でした。貴族学校大学部も中退、大陸諸国の遊学も取りやめです。領地には領政官もいますが、領政官は国の中枢から派遣されるので、結局は他人事です。数年おきに交替しますから。わたしは自分こそが、兄の役に立ちたいと思いました。

 幼い頃から頭だけはよかったので、大賢者の弟子になろうと思ったのです。

 ですが、大賢者は弟子をとらないそうです。後で知りました」

男は首を捻った。

「領地運営と道が異なる」

「はい!兄と同じ指摘をいただきました」

「……」

 ノリよく答えたアウリアに、男は軽く仰け反った。おかしな貴族令嬢だといわんばかりだ。

「我が国は世界の中心国。領地も国際化が進み、領地経営はコングロマリット」

「こんぐ……なんだ?」

 と彼は呟くが、アウリアは声をかぶせた。

「既存の視点に囚われず、国土、大陸諸国全体から、大きな視点で物事を見て、考えて、未来を設計するために、最新の知識を取り込むのです」


 学ぶのに最適な場所が、特別自治区デュオクロスとなる。

 豊穣の大地エメラルディア大陸は覇権国、建国当時にパールシア王国に現れた大賢者が作った学問街がデュオクロス。身分性別年齢関係なく、学問を志す者を受け入れる町。



 10歳の春、アウリアは領地を出た。

 兄はまったく納得していなかったので、自分の宝石やドレスなどを換金して、デュオクロスへ向かった。

 一方デュオクロスでは、家出人や勘違いから衣食住の保証を求めて押しかける者も多い。

 アウリアは前者に相当した。

 しかし誰であろうと、デュオクロスが受け入れるのは<問いをいだく者>だ。

  

 現代の大賢者デュオクロス12世が直々に、幼い娘に問いかけた。


 ―――門を叩く者よ、汝の問いを示せ



 アウリアはあの日のことを思い出すと、胸がいっぱいになる。

 ジーンと当時の思いに浸っていると、男は怪訝な顔になり、アウリアへ振り向けた。



「なんて答えた? そこで黙られては気になる」

「ふふ」

 アウリアは笑った。

「秘密です。これから門を叩く者に真似をされてしまうのですよ」

「オレは関係ないが?」

「いいえ、()()()さんには腹が立ったので教えません!」

「腹? モグラ?」

「あだ名です。わたしがつけました」

「なるほど……」

 モラさんの間抜けな眼鏡づらを見て、アウリアは少し機嫌を直した。


 <問いをいだく者>を突破するのは難しい。

 それを10歳の家出少女がクリアしたことで、学問街が湧いた。

 誰もがその問いを知りたかったが、<問いをいだく者>の儀式は、大賢者と門を叩いた者だけの秘密だ。



 デュオクロス12世に問われたとき、アウリアは迷いなく答えた。


 ―――わたしには別の人生を送った記憶があります。わたしという人間がどこから来たのか、知りたいと思っています


 これ以上に哲学的な問いはないのですよ、と()()顔をした。

 すると大賢者もアウリアが予想もしない言葉を返して、アウリアを驚かせた。


「初代の大賢者は12の人生を送り、13人目に生まれ変わったとき、大賢者になられたのじゃ。おのれが何者かを知るために、追求する場として、山の中にデュオクロスという学問街を築き、同じ問いを持つ者を探されたのじゃ」

 12世の現大賢者もまた、前世の記憶を持っていた。

「10歳の少女が同じ問いを持つか。よかろう」

 アウリアがポカンとしている間に、アウリアは大賢者と同じ問いをいだく者に認定され、最年少で暁ノ塔入りを果たしたのだった。

 

 それから月日が経って、アウリアは大賢者の〈前世〉と自分の〈前世〉が異なることに気づいた。


 アウリアにあるのは、エメラルディア大陸に存在したことのない「日本」生まれの記憶。

 大賢者たちはエメラルディア大陸のどこかで生まれた人の記憶。


 異世界への道はまだまだ遠く、何らかの手がかりもなかったのだった。



 ✦~✦~✦


「それで、戻らない理由は?」

 と、モグラさんは訊ねた。早く話せという口ぶりで。


 アウリアは力説した。

「デュオクロスでは、問いに対する答えが見つかるまで滞在できるのです。ですが学生寮には住めません。生活地盤を固めないと部屋を借りることもできなくて、そうなると、図書館を利用できなくなるのですよ!」

「図書館?」

 彼の空気が変わった。

「おいまさか……自由に味をしめたということか?」


(ギクッ)


 アウリアは目をそらし、あたたかくなってきましたね、とごまかした。

 絶対零度の冷気が流れていたが。


「だって……デュオクロス大図書館には世界中から蒐集された本があって、地下にはまだ解読されていない本や、整理されずに放置されている叡智が眠っているのです。ですが兄は当然戻ると思っているのですよ。後見人のお願いなどできません。いえ、当主なので、結局は巻き込むことにはなるのですが、その前に新しい後見人を見つければ、まだ()()()と思うのです」

「は?」

「できれば後見人を不要とする()()物件があればよいのですが。

 ですが、貴族というだけでみなさんぎょっとされてしまって、せめて仕事が決まっていれば、他の方(平民)と一蓮托生? のような感じに、なれるようなならないようなことを伺ったのです」

 どんどんモグラさんが白けていく。

 アウリアはとっておきの不満をぶつけることにした。


「兄の元に戻ったら、最初に言いつけられるのはなんだと思います?」

「知らん」

「先延ばしにしていたデビュタント、からの結婚です」

 デビュタントは18歳から21歳の間に済ませなくてはならない。

 結婚は25、6歳がピークで余裕はあるが、貴族の婚姻は早いので適齢期に突入している。


「侯爵を助けたいという、幼いころの()()()気持ちはどこへ行った?」

「ええ……まあ」

 アウリアは目をそらした。

「あのですね、よく考えましたら兄はもう三十路(みそじ)、妹の帰りを待つのではなく妻を迎えるべきなのです」

「独身だったな」

「はい! もういい加減兄こそ結婚してほしいのです。それなのにわたしが嫁ぐまではと、妙な親心をいだいてしまって。別に育ててもらっていませんのに、あ、いえ、精神的な支柱でしたけども、兄の支援は断っておりましたといいますか」

 よくしゃべる女だ……ともモグラさんはぼそっと呟く。

「それにわたしは学ぶことで協力したほうがいいと思うのです。

そもそも結婚は人生の墓場。自分より()()な方は生理的に無理でしょう。いえ、わたしは大半の方より頭脳は優秀でしょうけども、アホというのは頭が悪いということを指すのではありません。道理を弁えない人のことです。世の中には様々な方がいらっしゃるのです。話が通じない人にもたくさん出会いました。人間の本質というものは、社交界だろうと学問界だろうと同じなのでしょう。ですからせめて、知的好奇心があり、聡明で優しくて怒らない方がいいのです。社交しなくていいよ、図書館の隣りに住んでもいいよと仰ってくれる方であればなおすばらしい――」


 兄には人生の墓場たる結婚をすすめておきながら、おのれは気楽な学問三昧を企む妹。

 仮に百歩譲って結婚する場合のおのれの理想像は自己中心的。

 モグラさんはすっと立ち上がった。

 わかってしまったのだ。

 流浪は自業自得だったのだと。

 同情の余地なし。

 そして聞いてられるかという顔で、さっきアウリアが受け取らなかったクッキーの空箱を、あらためて押しつけて去ったのだった。


「――あら、まだ途中でしたのに」


 ひらひらひらひら~

 新緑の葉が一枚、広場に舞い上がっていた。


 





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