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19話:胸の内で爆速文句が止まらないのです


 それから30分後、アウリアは<我らを正す者>とエメル古語で刻まれた扉の前に立っていた。

 天井画が見事な回廊の先にあって、衛兵型魔力人形が等間隔に並んでいた。

(ここはたぶん、王家の人とすれ違うような最深部なのですよ)

 案内係は魔力メダルを使って扉を開くと、さっさと立ち去った。

 中に入るとそこにも扉があり、係が二人待機していた。

 金属探知機のようなものをアウリアに向ける。

「失礼します。この部屋には生命維持装置に関わる魔道具以外は、身につけて入ることはできません」

 事務的な言葉に、アウリアはハッとして眼鏡に触れた。

「そちらは預かります」

「待って。視力が低いのです」

「この探知機は生命維持に不必要な魔道具を検知します。それは変装用魔道眼鏡。視力を補う役目はありません」


 声の抑揚が人工的で、まばたきをほとんどしない。

 この違和感は人間との区別のために残されていた。

(そうそう、ふつうの魔力人形はこんな感じなのです。ピオニーは最初からまるで別物でしたね)


 アウリアの眼鏡はトレーに回収された。

 ――金色の目を隠したいのです。亡くなった両親との約束で、人前で外せないのです。

 そう言ったところで、魔力人形は役目に忠実、一切の妥協はない。

 どんな事情も考慮されず、魔道具を預けるというルールは絶対なのだった。


 アウリアはさすがに参った。

 眼鏡を外す行為が、ダイレクトに心にダメージを与えている。

(お父さまとお母さまと約束したのに……迂闊でした。点眼薬にすればよかったのです)


 アルテ使用人たちは、アウリアが目の色を変えていることを知らなかった。

 知っているのは兄と、引退して穏やかに暮らしているアウリアの乳母だけ。

 そのため変な眼鏡をかけていることを不可思議に思っても、亡き両親のプレゼントだと聞けば、新しい眼鏡を作ろうと提案する者もいない。

(話す内容を組み立てるのに時間を費やしたからですね、幸先が悪すぎませんか?)


 係が本扉を開く寸前まで素顔をさらすこと動揺を感じていた。

 が、目の前に広がった光景を見た瞬間、別の意味で硬直した。


(へ?)


 調査官と話をするはずだけだった。

 それなのに部屋にいるのは、調査官ではない。

 中央の独立型テーブル席を両翼から囲むように配された芸術的な木造テーブルに、明らかに長年パールシア王国中枢で活躍した人たちが席についていた。

 彼らの手元にはスイーツやティーカップがあり、和気藹々と話している。

(どういうこと!?)

 彼らは王室顧問だった。

 顧問の構成は5人。

 彼らの任期は5年で、メンバーは建国当時から存在する5つの伯爵家から派遣され、二人ずつ年をずらして入れ替わる。

 

 アウリアは勝手に口は開かなかった。

 こうした雰囲気は、デュオクロス論評会でも散々味わっていたし、学生裁判で壮絶な体験をした身からすれば、恐れるものではなかった。

(でも――)

 顧問たちがざわつき始めた。

 釘付けになるのは金の目であり、それは避けられないことだった。


「アルテ侯爵代理、中央の席に着席しなさい」

 女傑と呼ぶに相応しい壮年の女性が命じた。

 茶褐色の癖のある長い髪を片方によせて束ねている。

 濃い青い目と赤く塗った大きな唇、雰囲気が豪快だ。

「私はマルティナ伯。西部の貴族です。王室顧問の方々を紹介します」


(いえいえその前があるのですよ! 調査部の召喚状で、王室顧問に引き渡されるなんて、スキップしすぎではないですか? いえ浮かれたスキップではなくて、飛ばすほうのスキップですよ!)


 内心で爆速文句を垂れた後、アウリアは引き攣る思いで微笑んだ。

「はい。ありがとうございます」

 優雅に一礼して、浅く着席する。

 座り心地の良い椅子に、小さな丸テーブル。

 テーブルには蓋つきのティーカップが置かれていた。

(なに? どういうこと?)


 アウリアから見て右翼に座すのが、マリウス・ラピディオール老侯爵、76歳。デュオクロス12世大賢者が親しくする貴族のひとりで、老侯爵は学者肌。

 爵位に老がつく方は、爵位を譲った方の名乗り方だ。

ラピディオール老侯のお隣りが、小さな丸眼鏡が印象的な、元外務長官ネルラント老伯。マルティナ伯とは真反対の印象の女性で、ずいぶん華奢だ。70歳。

 アウリアから見て左翼に座すのが恰幅のよい、灰褐色の髭の老年男性、66歳。

「前軍事長官アルディ伯だ」

 彼は渋く低い声音で、自分で名乗った。

 その隣りがマルティナ伯、65歳。

 最後に、今年で筆頭顧問を交替するサーストン侯爵、68歳。

 車椅子に座っているが、元騎士宮トップ、国王近衛騎士団長だった。

 サーストン家は四大公爵家の次に来る序列で、王家や四大公爵家との婚姻に制限がある。昔から中立のサーストンと呼ばれる。アウリアの両親が亡くなったとき、真っ先に駆けつけてくれたのが、サーストン侯爵夫妻だった。

 アウリアは久しぶりにお目にかかったので、一瞬誰だかわからないほど、彼が老いたことに驚いた。

 パールシアは病で亡くなる人は少なく、平均寿命は100歳前後。健康で長寿なのだが、稀に原因不明の病を患う人がいる。治癒師も魔道士も治癒できなかったということ。

(そんな……サーストン侯さまが)


 葬儀前に、兄と一緒に挨拶をした日、サーストン侯爵は活力に満ちて、大きな剣を携えていた。アルディ伯のような巨漢ではないが、細身マッチョな壮年で、カッコイイおじいさまだった。

 厳格そうに見えて子ども好きの彼の温もりを思い出して、涙が出そうになった。

(ええ……こんなところでお会いするなんて)

 雨が降る夕暮れだった。ご夫妻は外套も脱ぐ手間も惜しんで、未成年の兄妹のもとに駆けつけた。サーストン侯爵夫人は、兄と、その傍らで大人しく立っているアウリアを見て、ただそっと、両手をとって握りしめてきたのだった。

 幼い娘を遺して逝かねばならなかった母アマリナを気の毒がって、ずいぶん気遣ってくれた。それもあって、デュオクロスへ発つ前、サーストン侯爵夫妻には手紙を差し上げた。我が道を行く逞しい娘に育ったもので、一言ことわっておきたかったのだ。


「アウリア嬢、久しいね」

 サーストン侯が孫でも見るような眼差しを向ける。

「はい」

「おやおや、泣かせてしまったかな?」

 アウリアは手にしていたポーチからハンカチを出した。

 自分でもびっくりした。

 あまりに急に、涙がぽろぽろこぼれてくる。

「失礼しました。思いもよらないところでお目にかかって……お懐かしゅうございます」

「なんと美しゅうなって。デュオクロスの巣を出るころあいではないかのぅ」

「ふふ……まさか」

 サーストン侯は、他のメンバーにアウリアとの経緯を話した。

 社交界では変わり者で知られているアルテ侯爵妹だが、年配の貴族は大らかだった。

「デュロクロスで暮らしているご令嬢だったか」

「なーに、人生100年のうちのたかだが10年だ。残り80年もあると思えばな、もっと無茶しておけばよかったと後悔したものよ」

 マルティナ女伯とアルディ伯が笑い合う。

 賢さばかりが聞こえてくる若い老師の涙に、ジジババが胸を痛めないはずがなかった。

 アウリアは意図せず、顧問たちの毒気を抜いたのだった。


 サーストン侯が優しい声音で言った。

「実はのアウリア嬢、この後、王太子殿下がご臨席される」

(ひぃっ、王太子殿下が!? なにゆえなにゆえなにゆえなにゆえなのですのぉ)

 思考の中でも言葉がもつれるほど、動揺増し増し。


「我々もそうだが、その目の色には驚かれるだろう。アルテ侯爵夫妻は隠したかったのだろうが」

「はい、仰る通りです。魔道具で隠していましたが、こちらに入るときに」

「なるほどのぅ、強制没収されたか」

 アウリアは頷き、くぅぅ、と悔しさが滲み出る。


(魔力人形なんて、魔力人形なんて、少しポンコツくらいがかわいいのですよ)


「ぜひ話を伺いものだ」

 と、ラピディオール侯が言った。

「しかしなかなか興味深いことゆえ、今回の件より熱が入りそうではあるな。それだと話が散漫になるか?」

「探りを入れてみたが」

 と、アルディ伯が言う。

「殿下はアルテ老師の話を聞くと仰せであった。何かを期待しておられるご様子だった」

「期待ですかぁ」

 ネルラント老伯がかわいらしい声で言う。神殿巫女のような清らかな面差しだが、外務長官の経歴を鑑みるに、相当やり手だ。


(話を聞いてくださる? あら……レティシア嬢のことで怒鳴りに来るのではないと?)


「正直なところ、駆け落ちが事実でも、レティシア嬢しかおらぬからな」

「困りましたのじゃぁあ」

 アルディ伯とネルラント老伯が言い、顧問たちは元凶の妹を見たのだった。

 アウリアは発言許可を求めた。

 進行はマルティナ伯で、彼女が「固くならずともよい」と許可を出す。


「レティシア嬢だけがお妃候補である理由を教えていただきたいのです」

「それを知って、なんといたす?」

 アルディ伯が問い返す。

 アウリアは彼へ視線を向けて答えた。

「今しがた、アルディ伯爵さまが、駆け落ちが事実でも、レティシア嬢しかおらぬと仰いました。わたしはその言葉で確信したのです」


 ネルラント老伯が興味津々に顔を突き出す。

 アウリアは顧問たちを見まわした後、告げた。


「王家と皆さまは、王太子殿下の()()()()()()()ことができるのは、レティシア嬢、ただ一人だけである。そう考えておられるのですね」






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