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18話:王太子が得意げです


 5月12日


 夜が明ける前の闇が濃い静寂の中、アウリアは貴族街侯爵邸へ戻った。

 身支度を整えるのに手早くしても3時間。

 本来半日かかる支度を短縮いたしました、と侍女長は胸を張るが、アウリアはぐったりした。


 王室顧問調査部が呼び出した場所は、パレスにある王宮。

 それは国王が居住する太陽宮であり、デビュタントも済ませていない貴族令嬢が立ち入れる場所ではない。


 パレスとは、太陽宮(王宮)、エメラルド宮(王太子宮)竜宮(竜を迎える場所)、双子の塔、執政宮、外務宮、パール宮(迎賓宮)、獅子宮(軍事宮)、騎士宮、宝物殿、魔道宮(魔塔のパレス出張所)がある町のことで、王都の街を見下ろす双子の丘に広がっている。丘はそれぞれ金竜、白竜とよばれ、金竜は国王が、白竜は王太子の住まいを置いている。

(そりゃわけるのですよ。万が一、巨大な隕石が空から落ちてきて、丘ひとつ吹き飛ばした場合、国王と王太子の両方がお亡くなりになる可能性もあるのです)


 古代神話によると、パレスには三つの丘があり、丘の一つに竜が眠っていた。

 その竜が目覚めたときに丘が崩れて、王都になったと伝えられる。


 王都の構成は、パレス双子の丘+1区から7区+デュオクロス特別自治区。

 1区が通称貴族街。

 パレスと貴族街は専用道路で結び、この辺りは王都でもっとも美しい景観を誇っている。

 ここで働く人たちはエリート。

 言わば国家公務員1種。

 アウリアもパレスで働くことも考えたが、兄の了承が得られなかった。

 デュオクロスの学生の身分を失ったアウリアは、居住や労働、奉仕活動などあらゆることに当主の許可がいる。

(今はなし崩し的にモグラ邸に居座っているのです)


 馬車の出立は日の出とともにだ。

 アウリアはパレスに入れる身分はあっても、デビュタント前。爵位ある者と同行しなければならない。

 例外は呼び出しの類いだが面倒が多い。

 召喚状が届いた後、パレス出入管理部から書類が届いたのだ。


 ――当該指定場所に到着するまで、約3時間かかることをご了承ください。


(嘘でしょう!)


 付き添い人は必須で、サラがアルテ家の侍女服に着替えて同行した。

 凜々しいサラは侍女服の実用性のないレースや刺繍を見て溜息を吐いたが、「これも経験です」と自分に言い聞かせていた。

 

 まだ暗いうちから貴族街を抜けてパレス東門をくぐり、複数の検問所を経て、その都度召喚状を見せて、通行証にサインした。

 サインはサラの役目。

 このサインをするためだけに、急遽アルテ家と雇用関係を結ぶ必要もあることがわかって、その手続きも増えた。


 ようやく丘上の通用門まで来ると、今度は馬車を下りて、パレス内専用小型馬車に揺られることになる。

「もうなんなのですか。侯爵代理として送られてきた召喚状なのに、侯爵家の馬車に侯爵がいないからダメ!?」

 小型馬車に乗り換えた後、アウリアは少々爆発した。

 サラはムラタから渡された書類をめくりながら、

「21歳でデビュタントを終えていない貴族は存在しなかったそうで、果たして爵位代理として認めてよいのか、パレス入管は前例のないことに、アウリアさまの扱いに苦慮していると思われます、と執事殿がメモを添えています」

「・・・」

「デビュタントは貴族の義務なのでは?」

「ええ……、21歳までにデビュタントを終えればよいので、今年の夏のデビュタントに出ればセーフなのですよ」

「参加なさる気はあるのですか?」

 思考停止した。

「さあ、今日は戦いなのです。がんばりましょう」



 ✦~✦~✦~✦~✦


 アウリアが太陽宮の門を通過したころ、朝礼謁見を終えた王太子の姿があった。

 廊下を歩く王太子の斜め背後には、筆頭補佐官レン・オヴィディウスが従っている。

 レンは恨めしそうに王太子を見ている。

「やってくれたな」

「気を利かせて、予告していただろう?」

 ユリアスはしれっと言った。


 時を遡ること一昨日の夕方のことだった。

 ユリアスが葉っぱをつけて執務室に現れると、首席補佐官が待ちかねたように立ち上がった。


 彼の眉目秀麗な顔は目の下に深いくまができて、自慢の編み込み髪はほつれたようになっていた。

 筆頭補佐官は名を、レン・オヴィディウスと言った。

 レンはユリアスが絶大な信頼をよせる側近として、重要な執務を担って日々忙殺されていた。

 王太子が竜の谷の指揮官でもあるため、不在の間、王太子宮の秩序を維持するのもレンの役目だった。

 レンは家に帰って妻子の顔を見て、ひとときの団欒さえ楽しめない。

 王太子の逃げ足が速すぎて、捕まえることができないからだ。

 

「今日は何時間だ?」

「そう目くじらを立てるな」


 ユリアスは強大な魔力によってどこへでも転移ができるが、遠距離転移は魔力波動が起きるため、竜の谷から戻ると、部屋の中の書類が飛び散ってしまう。

 それがないということは、近場で遊んでいたということ。

 少なくとも、レンにはそう見えるのだった。


「デュオクロスにいた」

「きみはもうすばらしい人材を雇っている。それなのに出かけていくのは、ただの息抜きだ!」

「オレは戦で心が傷ついている。癒しは必要だろう?」

「傷ついてるのは私だ。もっと側近を(いたわ)れ!」


 くくく。

 ユリアスは笑いながら外套を脱ぎ、長椅子の方へ放り投げた。

 変身魔道具の眼鏡を外し、元の姿に戻っていく。

 彼は通常特殊な眼帯や眼鏡の類いで強大すぎる力を抑制しているが、魔道結界が張られた場所では、力を放出してかまわなかった。大魔道士が作った装置と連動して、彼の力が結界強化に使われる仕組みだからだ。


「〈我らを正す者(コレクトレス)〉が勝手に彼女を召喚した」

我らを正す者(コレクトレス)〉は王室顧問の正式名称だ。

「陛下がご立腹だからだろうな。でもまあ調査部の段階だ」

「オレも出席する」

 レンは恐ろしげに王太子を仰ぐ。

「待て待て待て。そんな時間はないぞ」


 ユリアスは机の端に腰をひっかけた。

「レン」

「だめだ。〈我らを正す者(コレクトレス)〉とはいっても、調査部の段階だと言ったぞ。王太子の介入はもっと後だ」

「わかってないな」

「きみがな!」

 ユリアスはにやりとした。


「彼女は世界を変える」


 レンはぞっとした。

 ユリアスが妙なことを言いだした後は、レンの仕事が10倍にも20倍にも増えるのだ。

 勘弁してくれ、とレンは叫ぶ思いで、ユリアスのなぜか得意げな顔を見たのだった。



 そして今朝、国王陛下と王太子の朝礼謁見において、王太子は王室顧問調査部の聞き取りに参加する旨を、陛下から許可をもぎ取ったのだった。

 ゲリラ参加もできるが、それでは王室顧問を引っ張り出せないからだ。


「アウリア嬢に同情するよ。いきなり顧問たちが勢揃いなんてな」

「調査部だけでは手に負えない話になる。そうしたら連中がやることはひとつだ。若い女だとバカにして、ろくな対応もしないで会を閉じるだろう」

「何を話すかわかっているのか?」

「さあな。だが、間違いなく、想像を遥かに超えてくる」

「私は想像がつくぞぉ。今日は調査部が泣く日だ。連中からすれば、抜き打ちみたいなものだからな。いやもういっそう、調査部は下げるか。きみには無駄にできる時間は1分もない。よし、短縮しよう」


 筆頭補佐官がぶつぶつ言っている間、ユリアスは流浪の貴族令嬢の顔を思い浮かべていた。


 ――アウリア、舞台は整えた。あとはそなた次第だ。




 王宮はどこも華やかで美しいが、王室顧問調査部の係に案内された部屋は、無駄を排除した素っ気ない空間だった。

 楕円形のテーブルがあり、被告席のような独檀上がある。

 複数の調査官と向き合って、質問を受ける人間は立ったまま応答するらしい。

 その日アウリアは昼礼装をまとっていた。

 王宮を歩くのに相応しい恰好と記されていたためだ。

 鎖骨から首元がレースで覆われたスレンダーラインのドレスを選んだのは侍女長だ。色は紺のパイピングがアクセントとなったクリームイエローで、母が愛用したサファイアのついた三連パールチョーカーとお揃いのイヤリング。地毛の長い金髪は上品に結い上げて、華奢な首に華やかさを追加したのだ。

 ただしこの恰好はいくらか古いらしい。

 サラが何か言いたそうにしていた。サラは社交界には出入りしないが、護衛の職についていたのだろう、とアウリアは思っている。貴族以外で多少なりともドレスの流行がわかるのは、案外女騎士だからだ。

 サラは控え室で待機となる。


 アウリアはポツンと待たされた。

(なぜ誰も来ないのです?)

 午前9時開始とあったのに、もう30分以上放置されている。



 その時間のズレこそが、王太子が気を利かせた結果であることを、何も知らないアウリアなのだった。



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