17話:召喚前夜、熱が出ました
✦~✦5月11日✦~✦
モグラさんと話をした夜から、アウリアは発熱していた。
それでも時間が惜しいので、ベッドに小ぶりの卓上テーブルを置いて資料を広げている。
「リィ、ヤスメ」
メイド・ピオニーが、小さな手でトレーを差し出した。
そこには薬草の匂いを漂わせた渋いボウルを載せている。
「ありがとう。薬湯ね」
「ニガイ、キク、ノメ」
器を受け取って、一気に飲み干した。
「う、ほんとに、苦い」
「ミジュ」
グラスの水を受け取り、半分口にする。
パールシアの医療は予防が中心で、病で命を落とす人は稀だ。
医学ノ塔で学ぶ医療技術も、外科手術はない。
外科と名のつくものは軍医学になる。軍事宮では好待遇で迎えられるため競争率が高い。
「具合はどうですか?」
サラが魔素計を持ってきた。
熱を出しても測るのは体温ではなく、魔素の割合だ。
正確に測るなら血液1滴が必要だが、家で測るなら手のひらで握るタイプだ。
3秒握れば、ピッ、音が鳴る。
測定結果は112パーセント。
魔素計は100パーセントで健康優良。
110パーセントを超えると魔素過剰で、120パーセントで危険水準。過呼吸のような症状が出る。
反対に90パーセント以下が魔素不足で、80パーセント以下で危険水準。低体温症と同じで頭痛と冷えで動けない。
「少し魔素の取り込みが多いようです。魔素を多量に含んだ食材は使用しませんのに」
魔素計は割合だが、魔素計で100パーセントの魔獣の肉を食べたら、人間の身体には毒になる。
魔獣にとっては100パーセントで健康だが、もともとの体内に保有する魔素量が違う。
魔獣は滅多に出現しないので、珍味の部類。
それはともかく、食材には魔素抜きがあるほどで、魔素敏感体質は体調を崩しやすいという特徴がある。
アウリアは前世日本人の知識と混同することはないが、前世の彼女は意識を持っていたときは、苦労したと思う。
前世の空気構成は窒素78%、酸素21%、その他1%。その他の内訳は二酸化炭素、アルゴンなど。
対するこの世界の酸素は18%──前世なら酸素欠乏症に陥るレベルらしい。
かわりに〈魔素〉が、空気中の3%を占める。
魔素学は医学ノ塔で真っ先に学ぶが、奥深い分野で、魔塔にも研究所があると聞く。
「アウリアさま、明日に備えてお休みされてください」
サラがベッドに散乱する資料を見て、渋い顔になる。
「ヤスメ、リィ」
メイド・ピオニーもアウリアの膝に手を伸ばして、トントン叩く。
「うーん、休みたいのですが、明日の尋問だか査問の備えは欠かせないのです。主導権をとるために」
「主導権、ですか?」
サラが面食らう。
王室顧問調査部の召喚など経験したことがなくても、萎縮するだろうことは想像がつく。
(モグラさんのおかげで、一つ絵ができたのです。でもその絵を披露させてもらえない可能性が高いのです。彼らはひょっとして形式的に呼ぶだけ、ということもありえるのですよ。話を聞く気もないが、騒動が起きたから、王家に対するパフォーマンスとして行うだけかもしれないのです)
「ナニトル?」
「勝利を取りに行くのですよ」
「ショリガンバレ」
ピオニーがいじらしく言って、アウリアの太腿に顔をピタッとくっつける。
「応援ありがとうね」
サラはピオニーのように無邪気ではない。
「アウリアさま、明日はおそらく、侯爵さまの行き先を知っているかの確認だと思いますが」
「ええ、そうだと思います。でも王室顧問調査部と話せる絶好の機会なので、今回の駆け落ち騒動の根本原因を解決することにします」
「……根本原因、ですか」
サラは宇宙人でも見るような眼でアウリアを見た。
アウリアは頬を叩くと、綿密な戦略を立て始めた。
(勝負は戦う前に決まっているのです。……できれば若い女だと舐めてくれると嬉しいですね)
熱のせいか、ちょっぴり気弱なアウリアだった。
‡‡‡番外編 ピオニーの謎‡‡‡
魔力人形の原動力は魔石。
魔力人形は魔石を使用する。人形にすることを創生と呼ぶ。魔塔の領域で、創生方法は秘匿されているので、どの等級の魔石が必要なのかも不明。
公開されている情報は、魔力人形は食事をしない、疲れ知らずで睡眠もとらない。
創生目的は、パールシア国土の広さや発展に対して人材が不足しているための補充。
長持ちさせるために、日が暮れると自動で活動を停止する魔力人形もある。
活動中は魔素を取り込んで、人形自らが魔力消費と魔力活性の循環を行う。
アウリアは最初魔力人形として、幼女体系のメイド型を受け取った。
メイド・ピオニーは輝く金髪にエメラルドの瞳。キラキラした宝石のついたメイド服を着て、ときどき唐突に小さな火を噴いて、アウリアの気を引こうとするが、属性ツンデレ。
火を噴く魔力人形も初めて見たが、アウリアは学問街が長く、実家の魔力人形と接してこなかったこともあり、疑問をスルーした。
チビ竜・ピオニー。サイズは不明。アウリアの肩や膝にあわせてサイズを変える。体重も自在に操る。見た目はかわいいの一言。小顔で大きなエメラルド瞳、小さな角二本、背中は金の鱗、腹部や内側は白金、尻尾は長くて細く、翼も広げるとなかなかの大きさ。
メイド・ピオニーは食事をしないが、チビ竜ピオニーはある日突然食に目覚めた。
(10話参照)
アウリアとサラはチビ竜ピオニーの食の好みを調べた。
「お肉、甘みの強い果実は大はしゃぎ。酸っぱいの嫌い。葉っぱは口直し用で、穀類、生地ものは食べられるけど、お肉の前では目に入らない感じ。ミルクはごくごく飲んでたけど、チーズは不明。全種類試さないとわからないかな。生クリームは大好き。ケーキもエクレアも。タルトも案外食べる、木の実はそのままでは見向きしないが、スイーツになると嬉しそう。ベリーは甘くした物は大好き。そうそう、辛いのはまだ試してないね」
「食材が二人分でしたので、今後は10人前くらい必要です」
「ふふ、ピオニーは大食いだったのですね」
「ですが、今日まで食べないで、どうしていたのでしょうか」
アウリアたちは首を捻った。
「ひょっとして、食べなくてもいいけれど、わたしたちが食事をするのを見て興味を持ったのでしょうか」
「興味を持つ方向が、不要なものというのが理解できかねます。社会に役立つよう創生されているはずです」
「魔力人形だものね。魔力人形に埋め込んだ魔石のせいとか?」
「魔石の?」
魔石は魔力保有者は自分でその力を扱えるが、アウリアのような魔力レベル1以下の魔力なしからすると、ただの石。
魔塔で加工されてはじめて、魔力というエネルギーが使えるようになる。
「魔石に最初に関わるのは魔道士だと思うのです。創生だから、上級魔道士とか、魔道士たちの魔力を溜めた装置とかで、その中にお肉好きがいたから、ピオニーが肉好き魔力人形になったとか」
「魔道士が肉を食べるのでしょうか。そもそも人間ではないのでは・・・」
サラとあれやこれや考えたものの、答えは出ず。
ところがモグラさんがあっさり言った。
「魔力人形ではない。説明が面倒だった」
がぉぉぉぉ。
しれっというモグラさんを見たアウリアは、口から火焔を噴いたのだった。




