15話:モグラさんが迫ってきます
それから三日経つも、二人の行方は依然として掴めなかった。
ドレイヴェン公爵家の捜索隊に頼るしかない中で、アウリアには王室顧問調査部から召喚状が届いた。
王家が関わるトラブルはすべて王室顧問調査部の管轄。その上には貴族院王族裁判所がある。
王室は統治機構、王族は身分カテゴリーだから、王室顧問が扱うのは現王とその直系家族(配偶者、子、孫)だ。
アウリアはぷるぷるしながら召喚状とにらめっこした。
召喚日は明後日。
(こうしてはいられないのです)
「一度学問街へ戻ります」
ルイスは息を呑んだが、引き留めはしなかった。
この三日間、領地についての確認をし、アウリアがすべきことが何もないことがわかったからだ。
兄は不在になる前、領内で当面必要な決裁は済ませていた。突然大嵐で領地が壊滅でもしない限り、侯爵代理が本邸に戻る必要もない。
領政官たちは、アルテ侯爵は休暇中という認識だった。
一方貴族家は、当主の所在が不明のときは貴族院に申告義務がある。
が、それには猶予があって1ヶ月以内。侯爵代理として正式な手続きが必要なのも同じ。
それでも駆け落ち騒動事件の当事者たちは、手続きを待たずにアウリアを侯爵代理として扱うのは明白で、召喚状にも侯爵代理の肩書きがついていた。
(怖すぎるのです)
「明日の早朝戻ります。こちらで着替えて、正式に侯爵家の馬車で出頭します」
執事も侍女長も、ここが最初の山場とわかっている。
青ざめながらも引き締まった表情で、死地に挑む気概を示す。
モグラ邸へ戻る馬車の中で、アウリアは目を閉じた。
領地の情報を把握するに忙しく、睡眠時間が確保できなかったためだ。
チビ竜ピオニーを膝に抱いて浅く眠りながら、この後に備えることにした。
モグラ邸に戻ると、アウリアはドレスを脱いで、動きやすいワンピースに着替えた。
ピオニーも大活躍で、閉めきっていた窓を開けたり、侯爵邸から持ってきた食事のバケットを片付けたり、アウリアのハーブに水をやったりと手伝いにいそしんだ。
気忙しいアウリアに呑まれたらしい。
「ピオニーはお昼寝してていいからね」
「キュウ」
アウリアは目覚ましに濃いコーヒーを口にして、サラに訊ねた。
「サラ、有給休暇ってある?」
「なんですか? それは」
「福利厚生。定期的な休み以外に、自由に使える休暇を与える考えなのです。モグラさんはきっと取り入れていると思うのですが」
「そういうことでしたら、アウリアさまの希望に合わせるようにと指示を受けています」
「わわ……ずいぶん、甘やかしてくれるのですね」
兄のことがあるため、モグラさんの仕事が疎かになる。
そのためはっきりしておこうと考えたが、今は甘えることにした。
「さて、考えるにもプロセスを作らないと、時間もないことです」
アウリアは考えるとき、歩き回る方が好きだった。
庭の奥の静かなところを行ったり来たりしていると、ふと、風が吹き抜けていった。
木々の間からバサバサッと鳥が飛び立ち、枝が激しく揺れる。
顔を振り上げた直後だった。
黒い塊が降ってきた。
「きゃっ……!」
一瞬心臓が止まるほど驚き、手に持っていたメモ帳とエンピツを落っことした。
降ってきたのは人間だった。
木の枝を数本折って、身体に葉っぱをつけているのは、相変わらず土竜色のもぐらさんだった。
「モグラさん!」
フードのついた薄茶色の質素なマントで、頭と身体を覆っている。
春らしい恰好をすればいいのに、とアウリアは笑った。
「どうしたのですか」
「一応、オレの借家だ」
「ふふ、そうですね」
彼は身体についた葉っぱを手で払い落とした。
そのときだった。
――――びゅうん
すばしっこい生き物が目の前を遮り、モグラさんの顔を直撃した。
「きゅっきゅぅぅぅ⤴」
「んっ!」
モグラさんの顔にチビ竜が張り付いて、小さな手で彼の頭をがっちり掴んでいる。
「おい」
「ピオニー!」
「きゅぅぅぅぅ⤴きゅ⤴きゅぅ⤴」
ピオニーがはしゃいだ声で鳴いている。
(ええ……わたしのときはちょっとツンな響きなのですよ。言わばカタカナ)
一方、モグラさんに対してはひらがな、とろけそうにな響き。甘えん坊の鳴き方。
(どういうことですの、ピオニー!)
育てているのは自分なのに、とアウリアは少し面白くない。
モグラさんが顔から引き剥がすも、ピオニーの翼も尻尾も興奮しっぱなし。
「もう、ピオニーったら」
モグラさんが眼鏡の位置を直しながら、ピオニーを片手でアウリアの肩に乗せた。
「きゅぅぅぅ⤵」
「なるほど。コレが変身したやつか」
「はい……ここまではしゃぐのは初めて見ますけど」
「触れてわかった。オレはこいつの親のようなものだ」
その答えは想定外だった。
モグラさんは鼻を囓られて、赤くなっていた。
「魔力人形に親という概念があるのですか? 主ではなく?」
「これは魔力人形ではない」
「え?」
(これまでの話が覆るのです)
「渡すときに説明が面倒でそう言っておいた。まさか変身するとはな」
「ではこの竜の姿は? わたしの好みを反映したわけではない、と?」
アウリアはどこまで聞いていいのかわからず、戸惑った。
そうでなくても、今はピオニーの謎に迫るための思考キャパがない。
モグラさんはお返しにチビ竜の額を小突く。
「助けがいるか?」
「助け?」
「貴族街で噂になっている。ドレイヴェン小公爵とアルテ侯爵が喧嘩したという話だ」
「まあ……」
モグラさん曰く、
「アルテ侯爵とレティシア嬢のロマンスは、社交界でも話題になっているらしい。王都新聞によると、それをよく思わなかったドレイヴェン小公爵が、アルテ侯爵邸に乗り込んだ」
「そういう感じになっているのですね」
アレンヴィクの傲慢な振る舞いを思い出すとむっとするが、喧嘩の噂に落ち着いたのなら、最悪の危機は回避できたと思う。
(そもそも王太子のお妃候補が駆け落ちなんて、噂を流すほうも勇気がいるのです。王室顧問に抹殺されたりして……怖いのです)
モグラさんは眼鏡をくいっと押し上げた。
「そなた――いや、きみは、ここ数日館を留守にしていた。貴族街に戻っていたのだろう?」
「はい。仕事もしないで、勝手に休暇に入りました」
「それはかまわぬ。ほら、さっさと状況を共有しろ」
急き立てられて、アウリアは首を傾げた。
「あのぅ、なぜモグラさんに話す必要が」
「きみを雇っているのはオレだ。飛び火するとは考えないのか?」
「飛び火、とは?」
「アルテ侯爵の妹が、デュオクロスで暮らしていることは知られた事実だ。アルテ侯爵とレティシア嬢のロマンスを、裏できみが協力していると思われたら、ドレイヴェン公爵家ではなく、王家がここへ人を派遣するだろう」
そういうことなら、とアウリアは頷く。
「すでに、王室顧問調査部から呼び出されています」
「ほぅ?」
彼の目の奥が鋭く光る。
貴族なら、王室顧問調査部の存在は知っている。
滅多なことでは関わらないところだ。
「もちろん絶対に、モグラさんにご迷惑はおかけしません」
「ふぅん」
「確かに、わたしが居候しているモグラ邸も、捜索される可能性はゼロとはいえないのです。国を出ると見せかけた兄たちを、特別自治区のここに匿う。案外悪い話ではないのです。ここは大賢者さまの許可なく、捜査の手を入れることはできませんから」
アウリアはそのとき、自分が口を滑らせていることに気づいていなかった。
モグラさんがニヤリとした。
「そうか。国を出ると、妹には伝えたのか」
「はい」
「それは大変だな」
「ええ」
自然なやりとりだった。
が―――
アウリアはふと思考が固まった。
「あれ?」
「ん?」
(えっと、モグラさんはロマンスの協力とは言ったのですよ。でも駆け落ちのことは知らないわけで、それなのにわたしは今……二人が国を出たと話したのです?)
ざーっ、血の気が下がった気がした。
「今の話は聞かなかったことにしてください。召喚を控えているので、意識がそちらへ向いていて」
(兄のメッセージがどんな意味を持つのか、自分なりに回答を持った上で尋問に行きたいのですよ。想定問答を作って、戦略も立てないと)
「状況を共有し、どう対策を立てるのか、話してみろ」
アウリアはじりじりと後退したが、彼は距離を詰め始める。
「アウリア」
彼の口が、トドメのように名を呼んだ。
(う……アルテ老師でもアウリア嬢でもなく、呼び捨てなのですよ。どういう了見でしょうか)
「は、話します」
身長差のせいで、アウリアの消え入りそうな声が、彼の壁のような胸あたりに吸収された。
彼は聞こえなかったような顔で、アウリアの顔を覗き込む。
「なにか言ったか?」
「話します!」
(どうしてわたしが、自白に追い込まれたようになっているのですか)
・・・カァ。
頭上のどこかでカラスが鳴いていった。




