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13話:兄の貞操の危機です


 アウリアには同じ年齢の幼なじみがひとりいた。

 カルネア伯爵家の長女アイリン。

 生前母が伯爵夫人と親しくしていたことで、王都や領地で交流をもった。

 アウリアが学問街に住みだしてからは疎遠になっていたが、細々と手紙のやりとりは続いていた。

 わざわざ伯爵家から使者が届けに来るため、アウリアが本物の貴族令嬢だと再認識する学生も多かった。


 アイリンはお茶会を開いていて、ちょうど終えたところだった。

 久しぶりに訪問したアウリアに驚きながらも、「いらっしゃい。スイーツがたくさんあって良かったわ」と、快く迎えた。


 パールシア中央部は淡い人参色の髪の人が多く、金髪や褐色とは異なる明るさがあった。

 アイリンはその典型で、性格も見た目を反映して朗らかだ。

 お茶会の後、ローエン伯爵宰相の次女ソフィアが残っていた。

 大賢者デュオクロス12世が講演をするときは、宰相がお忍びで通って来るので、ソフィアを見たとたん、渋いイケオジ宰相を思い出した。



「それでアウリアどうしたのよ、そろそろ飽きた?」

 アイリンはからかった。

「ううん。違うけど。あのね、ちょっと教えてほしいの。ドレイヴェン公爵令嬢はどんな方かな~と思って」


 うふ、とアウリアは手を合わせて、可愛らしく言ってみる。

 アイリンとソフィアはびっくり(まなこ)で顔を合わせた。クスクス笑いだす。


「なあに、あなたも耳にしたのね。侯爵さまとレティシアさまのこと」


(ということは?)


 そうして二人から仕入れた情報は、アウリアがどれだけ社交界をサボっていたかを思い知るのに、充分な内容だった。


 ドレイヴェン公爵家は軍門家系で、四大公爵家筆頭。

 レティシアは騎士トーナメントで優勝する腕前で、魔力持ちの噂がある。

 赤みを帯びた金髪に青い瞳の華やかな麗人で、性格は剛毅。レティシアをお慕いする令嬢の集まりがあり、その名もベタな薔薇の会。

 王太子と並ぶとお妃候補というより、主君と女騎士のようで、ふたりには距離があった。

 そのうえ王太子殿下は多忙だ。

 今回は戦だが、平時でも大陸諸国を巡られることが多く、不在が多い。


 つまり王太子が頻繁に国を空けられるため、レティシアのエスコートが問題となった。

 ふつうなら身内が務める役目なのに、彼女は毎回親族ではない男性を伴った。

このところ彼女のエスコートを幾度も務めていたのが、アルテ侯爵だった。

 同じ相手と何度もペアになれば、親密さを疑われる。


 ソフィア曰く、

「レティシアさまは武闘派でいらっしゃいますけど、恋多き方よ。殿下のお妃候補でおいでなのに、堂々と恋を楽しまれておられるの」


 アイリン曰く、

「たんぽぽ侯爵さまは、ほわほわなされておいでだから、レティシアさまの猛攻をわかっておられないかもしれなくてよ」


 恋バナは楽しいもの。

 噂の侯爵妹が顔を出したのだから、なおさら、おしゃべりが弾む。

 進めば口も滑らかに、スラスラ本音が飛び交う。


 アウリアはだんだん、心臓がばくばくし始めた。

 これは――

(お兄さまの貞操の危機なのです!)



 日が傾きかけたころ、アウリアは貴族街にあるアルテ侯爵邸へ到着した。

 兄は領地の本邸と王都邸を行ったり来たりするものの、不在が多い。

 そのため執事のクロネス・ムラタが管理しているが、馬車を降りてびっくり、アウリアは思わずハンカチで鼻を覆った。

 馬糞の臭いが漂っていたのだ。

 サラが馬車からピオニーを降ろして、顔をしかめさせた。

「何かあったようですね」

「ええ……」

 

 玄関前に整然と並ぶ軍馬たち。

(信長の馬揃えですか!?)

 先頭ではためく旗には、ドレイヴェン公爵家の鷹の紋章。


 執事と侍女長コレットが、アウリアの帰りを待ちかねていた。


「アウリアさま、お帰りなさいませ」

「いつもありがとう。これは、公爵家の方が押しかけて来られたのですか?」

「はい。学問街に使者を立てたのですが」

「入れ違いですね。それでどなたが? まさか公爵さまが自ら?」

「いいえ。アレンヴィク小公爵さまでいらっしゃいます。ルミナスさまとレティシアさまを匿っているだろうと、お屋敷を探し回られて、何が起きているのか。こちらは把握できておりません」

 ムラタには駆け落ち事件が伝わっていなかった。


(本邸にはお兄さまの補佐が複数いるはず。自分たちで解決しようとしているのでしょうか。それともわたしと合流しているかも?)


 アウリアはアレンヴィク小公爵とは面識もなかった。

 貴族の義務であるデビュタントもまだだったからだ。


「このような侮辱を受けるとは」

 兄の乳母でもある侍女長は、前侯爵夫妻がいたころには考えられない事態に涙を流した。

(はいはい)

 侍女長は寂しいのか、会うたびに涙を流す。

 せめてアウリアが王都邸に住むべきだという話に流れていくので、さりげなくかわす。


「ムラタ、コレット。わたしが今デュオクロスでお世話になっている二人を紹介します」

 アウリアは先にサラとピオニーを紹介した。

 ピオニーは幼い少女に見えるため、メイド型魔力人形だと察した顔だった。

「ピオニーさんは、侯爵さまからの贈り物ですか?」

 ムラタが訊ねた。

 使用人を束ねる者として、把握するためだ。

「いえ、直接の雇い主はわたしではありません。現在の住まいについては、落ち着いたらお話します」

「寮を出られて一ヶ月以上経ちますが?」

 ムラタとコレットが詰め寄る気配だった。


(むむ、モグラさんの素性も知らずに、住まわせてもらっていることが知れたら大変なのですよ)


 学校を終えたら王都邸に戻ると信じていた二人だった。

 避けられない話だが、アウリアは気づかないふりをした。



 玄関から中へ入ると、緑と黒の配色が硬派な騎士がひとり現れた。たっぷり身体を覆うマントを払い除ける仕草が仰々しい。

(ここ、あなたの屋敷ではないのですけど!?)


 サラが耳打ちした。

「ドレイヴェン公爵家の嫡男アレンヴィクさまです」


 一つに束ねた赤みを帯びた長い黒髪、獲物を狙うような鷹の目に精悍な顔立ち、険しい雰囲気。

 アウリアは軽く膝を折った。

「お初にお目にかかります。アルテ侯爵が妹アウリアと申します」

 声を抑えること、自分からは無作法をしないこと。大事の前に一呼吸、亡き母に教えられたことを忠実に守る。


 アレンヴィクはアウリアの顔を食い入るように見た。

「ほんとうに侯爵殿の妹君か? デュオクロスの変人とかいう?」

 学問街では流浪の貴族令嬢、社交界ではデュオクロスの変人と呼ばれている。

(本人に向かって、変人というでしょうか? 失礼な男なのです)


 アレンヴィクは眉を上げると、大きく息を吸った。


「ドレイヴェン公爵家のアレンヴィクだ。きみが侯爵代理になるのか」

「はい。不在の間は務めます」

 アウリアは淀みなく応じた。

 パールシアでは、性別関係なく爵位を継承する。

 兄が独身侯爵で出奔したと知られた場合、妹のアウリアが第一位継承者。


「ずいぶんのんびりしているな!」

 凄む姿に殺気が迸った。


「リィ、マモル」

 ピオニーが前に飛び出した。

(あ!)

 両手を広げて、アウリアの前に立ちはだかった。

「ピオニー、こちらはお客さまなのです」

「フン」

 ピオニーは認めないとばかりにツンと顎をあげ、サラが後ろへ連れ去った。

「なんだ、あのメイドは」

「失礼しました」


 迂闊なのはアウリアだったのだ。ドレイヴェン公爵家から使者が来ることは想定できたのだから。王家との婚約を控えているとなれば一刻を争う。


 しかし、話に聞いたレティシアは猛禽女子。

(お兄さまを振り回しているのは絶対に、公女さまなのです。

 ──だとしてもことは重大。このことが外部に漏れたら、姦通罪!? )


 ちなみにパールシアに姦通罪はない。


(いいえ、まだ正式な婚約者ではありません。ここは切り抜けるのです)






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